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2012年4月16日 月曜日

書評

氷と炎の歌 固有名詞の翻訳の話

第4巻 A Feast for Crows 翻訳の表紙 

 というわけで、待ちに待ったジョージ・R・R・マーティンのファンタジーシリーズ『氷と炎の歌』(A Song of Fire and Ice)の5巻目に当たる新作、“A Dance with Dragons”が出たので、さっそくamazonで取り寄せた。と言っても、まだ全部は読んでないんだけど。あまりに好きすぎてもったいなさすぎるので、一日にほんのわずかずつ、じっくり味わいながら読んでいるのでね。

 というところで話は数年前にさかのぼるのだが、結局このシリーズは全巻、洋書ハードカバーで揃えるはめになった。理由はというと、日本語版の翻訳のせい。
 私はもう翻訳で十分だと思ってたんですよ。年とると年々目は悪くなる一方だし、頭も悪くなる一方だし(笑)。近視のおかげで老眼はほとんど進行していないとはいえ、洋書の小さい活字を追うのは、若い頃とはくらべものにならないぐらいしんどい。そりゃ翻訳には気に入らないところも多々あるけど、それでもこれだけの大著を訳すのがどれだけ大変かは自分でやっててよく知ってるし。
 ところが、1〜3巻を翻訳した岡部宏之さんが高齢という理由で降板し、第4巻から訳者が酒井昭伸さんに変わったんだが、その際、固有名詞のほとんどすべてを変えてしまったのだ。

 なにしろ、ケイトリンがキャトリン、ティレルがタイレル、ブリエンヌがブライエニー、キバンがクァイバーンときては、原書で読んでいちおう名前の綴りが頭に入ってる私でさえ、一瞬誰のことかわからなくて混乱する。あと、役職名や組織名の漢字表記までほとんど全部入れ替えてるし。
 確かに岡部訳には私もおかしいと思うカナ表記がたくさんあったけど‥‥と書いてから、自分の日記(2007年2月19日)読み返したら、Catelynは翻訳では「ケイトリン」になっているが、これはキャサリンを思わせるので、「カトリン」だろうとか、Jaimeは、「ジェイミー」でなくてはおかしいのに、「ジェイム」になっているとか、Gylesはありふれた名前で、どう考えても「ガイルズ」じゃなくて「ジャイルズ」だろうとか、Tommenを「トンメン」にするのもひどいとか、言いたい放題書いてるな。
 これらは酒井訳ではほとんどすべて私の言った通りに直っているので、おそらく酒井さんも同じ気持ちだったんだろう。(Catelynは酒井訳では「キャトリン」になっているが、英国派の私はやっぱり「カトリン」を主張する) 他にも異論があるのもあるが、基本的に酒井訳のほうが英語の常識的に言って正しい。
 あと、CerseiとJaimeは兄妹ではなくて姉弟だというのも直っている。これは岡部さんは知りようもなかったので気の毒だけど、やっぱり話のキモなのでしょうがあるまい。

 名前はもちろん、完全にオリジナルの言語体系を作り上げたトールキンと違って、このシリーズの固有名詞(ウェステロス国内)は、ほとんどすべて普通の英語名を下敷きにしているので、見慣れない名前でも英語わかる人ならだいたい発音は想像付く。
 だけど、しょせんはファンタジーだし、そもそも固有名詞はこう読まなきゃならないっていう決まりはないんだから、原音はどうあれ日本ではこういうふうに表記するというのもあっていいと思っていた。だって日本じゃ未だにMichaelはマイケルと書いてるし、Garyをゲイリーと書く人もいるし、オーストラリアのMelbourne(メルバン)はメルボルンだし。耳で聞けばそうは聞こえないのは誰にでもわかるし、みんな原音も知ってるけど、単に習慣上、間違った読み方をしてる例はたくさんあるよね。でも酒井さんはそういうアバウトなのが許せなかったみたいで、こういうことになった。

 だけど、やっぱりここまでやるのはやりすぎ、勇み足だと思うよ。すでに3巻まで出ていて(3巻と言っても、ライトノベルの50巻ぶんぐらいのボリュームあるし)、熱烈な固定読者が付いている小説の、主要登場人物の名前を途中で総入れ替えって、普通しないよ!
 上に書いたように原書で読んでる私でさえ混乱するんだから、翻訳だけ読んでる一般読者はわけわからないことになっちゃうでしょ。その混乱を防ぐために、オフィシャルサイトに新旧対照表が載ってるというのもおかしすぎる。(しかもその表があまりにも適当すぎるので、とうとう自分で作ってしまった) それやるなら最初から全部改訳でしょ。 
 実際、文庫の新装版では新表記に変わっているようだが、この文庫版ですら、まだ完結していないのに、古いのを買った人はどうしてくれるんだ?ってことになるよね。翻訳文庫は1000円前後もして高いうえに、5冊だか6冊だかの分冊で出てるんだから。1巻が出た頃から買ってる熱心な読者は切り捨てかい?と言いたくもなる。
 まして私はせっかくハードカバーで揃えたのに! それも最初の巻は絶版になってたのをアマゾンのプレミア価格で買ったというのに! ハードカバーの値段自体は原書とそんなに変わらないが、日本じゃそれを2、3冊の分冊で出すから、2、3倍の金払ったのに! これじゃあ今後、改訳したハードカバーが出てももう買う気はしない。そんなのに金出すなら原書のがいいわい!となったわけ。(たぶんハードカバーはもう出ない。だいたい早川はシリーズものを途中まで訳して打ち切りとかよくあるし。さすがにこれは人気あるので、そんなことにはならないだろうけど、信用はしていない)
 それに私はなにしろ記憶力がないんで、半年ごとに最初から読み返さないとストーリーのディテールや登場人物のつながりを忘れてしまう。そのたんびに、違う名前の登場人物を、いちいち脳内で読み替えるのはあまりにもしんどい。何がややこしいって、翻訳を読むときは岡部読みと酒井読みが頭の中で混じり合い、さらに原書で読むときは、その2人のどっちとも違う自分読みで読んでいるので、3通りの読みを脳内変換しながら読まなきゃならないのだ。それをやるぐらいなら、最初から英語で読んだ方がずっと楽!ということになったわけ。 

 ちなみにいま気付いたんだけど、実在の名前をちょっといじってあるのは、もしかして聖書とのつながりを断ち切るため? 英語名の多くは聖書由来だけど、キリスト教が存在しない世界に聖書名があるのは変だもんね。エドワードがエダードみたいに聖書由来じゃなくて、古英語に由来する名前もあるからそうとばかりは言えないんだけど。

 ただ、酒井訳にも問題が出てきちゃったんだよね。というのも、あの翻訳が出たあと、『氷と炎の歌』はアメリカで“Game of Thrones”のタイトルでテレビドラマ化されたのだ。
 2007年2月19日の日記にも書いたように、この小説の固有名詞の読み方には諸説あって(作者のインタビューでの発言とか、オーディオブックとか)、どれが正しいと言い切れるものでもない。ただ、やはりビジュアルの力は圧倒的なので、今後はこのドラマでの読み方が定説となっていくだろう。テレビは本読めないアホでも見れるしね。やがては日本でも放映されるだろうし、そのとき、原作本とテレビの読み方が違ったら、ドラマでファンになって、原作本を読んでみようと思った人はどう感じるだろう? 「えー、これ間違ってるじゃん!」となるんじゃないか。
 すでに『指輪物語』ではそういう逆流現象が起きている。映画から入った人は「馳夫さん」って聞いて笑うし(笑)。(実を言うと、あの訳は子供時代に読んだときから違和感かんじてたんだが)

 それにトレーラーで見ただけだが、酒井訳とドラマ版とでは明らかに発音が違うのである。私はCerseiを「サーシー」と読んでたけど、これは岡田さんも酒井さんも「サーセイ」と訳していた。だけど、ドラマ版聞いてみると、はっきり「サーシー」と言ってるやん! (もちろん、正しくは「サースィー」ですけど) つーか、普通に英語読みにすればいいだけでしょ? 「サーセイ」なんて英語じゃ発音しづらいと思ってたけどやっぱりだった。
 これに日本語字幕付ける人はどうするんだろ? 画面じゃ「サーシー」と言ってるのに、字幕は「サーセイ」なのか? と思ったが、そんなのは日本語字幕では普通のことだった。画面じゃ何度も何度も「メイトリックス」とか「ニオ」と言ってるのに、字幕は「マトリックス」と「ネオ」だもんね。そういうふうに割り切っちゃえば、べつに岡田訳でもなんの問題もなかったんだが。

 この調子であげつらっていくと、まるで揚げ足取りのようだからやめるが、もうひとつだけ言わせて。Brienneは岡田訳では「ブリエンヌ」、酒井訳では「ブライエニー」とまるっきり発音が違うが、酒井さんのあとがきによると、これは作者本人が「ブライエニー」と読むんだと言ってたからだそうだ。
 ところがこれも、テレビ版でははっきり「ブリエン」と言っていて、しかも語尾のnは完全な無音になる日本語と違って、英語は「ン」といったん口を閉じるから、音的には「ブリエンヌ」とも聞こえる。つまり岡田さんのほうが正しかったことになってしまう。だいたい英語では、Roxanneは「ロクサン」、Marianneは「マリアン」になるんだから、Brienneを「ブリエン」と読むのは当然なのに‥‥
 (実は私はPoliceの初期の名曲“Roxanne”がヒットした頃、「ロクサーヌ」じゃない「六さん」だ!と触れ回っていた人。上記の理由で、たいして代わりはないんだけどね)
 Brienneは確かに「ブライエニー」とも読めるし、そっちのほうが古き良き英国っぽくてすてきだとは思うが、現実にテレビでブリエンと連発しているのを聞くと、翻訳だけ凝った読みになってるのはどう考えても浮いてしまう。これは早川書房さん、なんとも早まったね。今さらもう一度改訂版出すわけにも行かないしね。
 ちなみにCatelynもはっきり「カトリン」と読んでいるので、今後は私はカトリンで行かせてもらう。日本の翻訳家はアメリカ系の人が多く、実際この小説はアメリカ小説なんだから「キャトリン」もありだったんだけど、カトリンを演じているのはキャンドルも「カンドル」と言い放つ生粋の英国女優なんで。
 酒井さんはイギリス英語を意識して、「キャッスル」を「カースル」に言い換えたりしてるんだけど、まだまだアメリカ臭いんだよな。

 ということで、もう翻訳はあきらめた! だいたいこれだけ好きなシリーズなんだから、やっぱり原書で揃えようということになったのだが、ペーパーバックならすでに持ってる。だけど、ペーパーのあの小さい字を追っていると頭が痛くなる――それに厚すぎてすごく開きにくい――ので、この際ハードカバーで揃えようと思ったのである。
 ところが洋書の場合、ハードカバーは初版時にしか手に入らないし、そもそも部数も少ないのですぐに絶版になってしまう。そのため、古書をeBayで買いそろえたので、手間も金もずいぶんかかってしまった。それに向こうのやつは日本人ほど本を大事にしないので、けっこう傷んでるし。判型も揃ってないし。ちっ、こんなことなら、最初から洋書ハードカバーで揃えたのに。

 なーんて、電子出版の時代に薄汚れた古本に高い金使ってるなんてバカみたいに見えるでしょうね。(しかも稀覯本でも何でもない、数年前のベストセラー) でもこれだけは絶対に譲れない部分なのよね。
 理由は単純。ハードが変わるたんびに買い換えなきゃならないデジタルソフトなんか買ってられるか!ということ。いくら必死で買い集めて大事にしていても、ハードがなくなればただのゴミ。これはすでにビデオソフトで懲りてるから。ベータビデオ→VHSビデオ→レーザーディスク→DVD→ブルーレイと、これだけ変わったからね。その点、本なら汚れても破れても黄ばんでも、何十年たっても読めるから。さすがに昔のペーパーバックみたいに、数年でページはすべてバラバラ、活字は色褪せて消えちゃって、触っただけでボロボロに崩れるようなのは論外だけど。
 だいたい電子出版に向いてるのは、安くダウンロードして1回読んだらポイして、また新しいのをダウンロードする雑誌や新聞みたいな読み方。単に話題のベストセラーに目を通しておくだけならそれでもいいけど、私はもうお金を出して買うのは、一生手放したくない作品に限っている。そうじゃないのは図書館で借りて読むし。だからどうしても紙の本でないとだめなわけ。

 とにかくそういうわけで、このシリーズのリビューは当面、固有名詞は私流表記で行きます。本当は原語表記がいちばんいいけど、アルファベット混じりの日本文は自分でも読みにくいし、最近英語キーボードに変えたので(このほうが英文打つのはずっと楽なので)、日本語英語混じりの文を打つのはあまりにも面倒すぎるので。

 しかし、このテレビシリーズは魅力だなあ。
 いや、最初は例によって、原作の雰囲気や思い入れを壊されるのが怖くて、なるべくテレビに関するニュースも見ないようにしてたぐらいなんですよ。しかし今回、これを書くためにYouTubeでトレーラーやなんかを一気に見て、(トレーラーと言っても20分もあったり、メイキングや解説番組もあった)、すっかりハマってしまった。それで、さっそくこのDVDボックスもamazonに注文したのだが、その話はまたあとで。

 もちろん、私がいちばん気にしていたのはキャスト。とにかくすばらしい挿絵のおかげもあって(翻訳がどうしても気に入らないのは、気味が悪いとしか言いようのない少女マンガチックな表紙絵のせいもある)、すっかり各キャラクターのイメージは固まっている。それを壊してほしくなかったわけ。
 細かいことは全編見てから書きたいので今は触れないが、かなりの確率でキャスティングは正解だった。特に、この作品の魅力のひとつである美男美女(でおまけに近親相姦)カップル、ターガリエン家のViserysとDaenerys、ラニスター家のJaimeとCerseiが良かったのには驚いた。ターガリエンは全員が銀髪に紫の目、ラニスターはこっちも全員が金髪に碧の目という、人間離れした美貌が売りなのだが、ちゃんとそれらしい役者を揃えたのはえらい。Daenerysは最初、強烈なキャラクターのわりにはかわいらしすぎると思ったが、物語の最初では13才か14才だから、幼いのは当然か。
 ただ、この物語中最高の美少年とされている花の騎士Loras Tyrellは私的にはハズレだったな。
 逆にTyrion Lannisterはハンサムすぎ。本物の小人俳優を使ったのはいいんだが、この人、小人としてはかなり整った顔立ちなのだ。原作では二目と見られないほど醜悪とされているのに、これではあまり実感がわかない。もっとも、原作で醜い醜いと言われるのは奇形の体つきゆえで、顔立ちはラニスター家のミニチュア版だと考えればこれでもいいのかも。それを思えば、知性的なところも原作のTyrionそのものでこれでいいのか。
 醜いと言えば、女で最も醜いと言われているBrienne。小人のTyrionと対照的に、こっちは身長180cmの大女。全身筋肉の塊のプロレスラー体型で、胸はぺちゃんこ。顔はそばかすだらけで馬みたいな出っ歯という、何と言っていいのかわからない気の毒な女性。もちろん内面はTyrion同様、誰よりも美しいんだけどね。
 とにかく、女子サッカーアメリカ代表のワンバックさんを一目見て、「これぞBrienneだ!」と思ってしまったので(ワンバックさんごめんなさい。少なくとも出っ歯ではないよね)、それ以来、私の脳内ではワンバックで再生されていたのだが、これもテレビ版の女優はかわいすぎで、ぜんぜんBrienneという気がしない。
 ラニスターのお父ちゃんTywin公にチャールズ・ダンス。かっこよすぎ! Eddard Starkはショーン・ビーン。あとイギリス人俳優がどれぐらい出てるのかも気になるところ。やっぱりこれはアメリカ人にはやらせたくない。
 実質、この物語の主役と言えるスターク家の子供たちは真っ二つに別れたな。Branはすごい美少年だし、「かわいくない」女の子代表のAryaは男の子みたいですごいかわいい。それにくらべて上の男の子たち、RobbとJonは黒々とした巻き毛でおでこ出して、私の好みとはかけ離れているのでがっかり。特に、Jon役の子は『指輪』でレゴラスを演じたオーランド・ブルームそっくりでオエー!

 とまあ、多少の傷はあってもやっぱり大期待。ってことで、さっそくDVDを注文してしまった。今は第2シーズンが始まったばかりで、まだ第1シーズンの分しかないのだが、見るのが待ちきれなかったので。

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