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2014年2月15日 土曜日

映画評

The King's Speech (2010)

Directed by Tom Hooper

(邦題『英国王のスピーチ』)

 この映画が2011年のアカデミー賞の、作品賞・監督賞・主演男優賞・脚本賞を総なめにしたのは知ってたが、見てちょっと驚いた。そのニュースを聞いたときも、イギリス映画がそれだけアカデミー賞取るなんてめずらしいと思って、気にはしていたんだが、そのアカデミー賞がかえって引っかかって、なんかあまり見る気にならなかった。でも見てみたら、本当にありがちなイギリス映画(公的資金で作られていて、話は地味でまじめで、名優が名演技を見せて、美術や衣装はやけに豪華で、ほのぼのとしたユーモアとペーソスが漂う)なんで拍子抜けしたわけ。
 なんでこれがアカデミー賞? いや、悪い映画じゃないが、この手の作品ってイギリス映画にはわりとよくある話じゃん。結論から言うと私は好きだが、それでもそんなに特別な映画だという気はまったくしなかったけどな。まあ、ハリウッドはお子様向けの適当なやっつけ仕事で作られた映画ばかりで、賞をやるに値する映画なんかほとんどないのは事実だけど。
 話は本当に地味だ。なにしろ吃音の王様ががんばって、なんとかどもらずにスピーチをしました、というだけの話だから(笑)。だから見る前は退屈しそうだなと思っていたのだが、けっこう最後まで楽しく見てしまったのは、映画の出来がいいからというよりは、単に私が英国王室おたくだからのような気がする。
 というわけで私はイギリスの王様(女王も)の映画が大好き。そういう映画が封切られると必ず見ている。なんというか王室ものって、よく知ってる一家の、普段は見れない内側をのぞき見できる楽しみがあるんだな。私はゴシップなんて興味ない、っていうかそもそもタレントを誰も知らないが、英国王室の内情だけは見ていておもしろい。というのも、タレントなんか目じゃないほどの、とんでもない奴らばかりが揃っているから。その中ではジョージ六世(今の女王様のお父ちゃんね)なんて、吃音を除けばまじめ一筋で、いちばんまともでおもしろみがないので、よく映画にしたなあという気がする。だからもしかしてバーティー【注】はダシに使われただけで、実際は英国の激動の時代や兄のエドワードの退位騒動がメインなのかと思っていたが、本当にどもりを治すだけの話だった(笑)。

【注】 ファーストネームはアルバートなんだが、ドイツとの開戦に当たって、アルバートはドイツ的すぎるというので父の名のジョージを名乗った。ていうか、この人たちそもそもドイツ系なんで、それを思い出させる名前はまずかったんだろう。犬ですらジャーマンシェパードがアルセイシャンと言い換えられたぐらいだから。でも映画はほとんど王位に就く前の話なんであえてバーティー(アルバートの愛称)と呼ばせてもらう。
 あ、ちなみに英国王に英国人の血は一滴も流れていないなんてのは、ヨーロッパの王室ではごくあたりまえのことです。一滴も流れてないというのは嘘だけど。上流階級はほとんど近親婚を繰り返してきたからね。しかしあらためて見るとジョージ六世って露骨にゲルマン人顔だったな。

 というわけで、幼少時から吃音に悩んでいたアルバート(Colin Firth)は、いろんな医者にかかってもいっこうに改善しなかったのに、夫のことを心配したエリザベス(二世じゃなくて奥さんのほう。のちの皇太后)(Helena Bonham Carter)がハーレー街(ロンドンの高級な医師がオフィスを構える町)で見つけてきた怪しげなオーストラリア人、ライオネル・ローグ(Geoffrey Rush)の指導を受けたら、生まれて初めてちゃんとしゃべることができるようになり、ナチス・ドイツに対する宣戦布告のスピーチなんていう大役も無事に果たしてめでたしめでたし。バーティーとローグは終生友達になりましたとさ、というお話。

ジェフリー・ラッシュ演じるローグ

ジェフリー・ラッシュのこと

 これ、コリン・ファースが主演男優賞取ったのに、ジェフリー・ラッシュは助演男優賞逃したんだよね。信じられない。これはジェフリー・ラッシュで保ってるような映画なのに。というわけで、ローグを演じたジェフリー・ラッシュは役柄通りのオーストラリア人俳優。私が見たのはテレビの吹き替え版だから実際のところはわからないが、堅物で無口なバーティーを向こうに、オーストラリア訛りでしゃべりまくる脳天気な男を生き生きと演じている(ようだ)。とにかく何から何まで正反対の、この2人の対比の鮮やかさがこの映画の見所。まさしく旧世界と新世界の出会いだね。
 ところでジェフリー・ラッシュって、誰だっけ?(笑) ああ、『シャイン』の人か。オスカーはすでに『シャイン』で取ってるじゃない。あの映画はあまりよく覚えてないんだけど、他にも彼の出てる映画はけっこういっぱい見ているはずなんだが、特に意識したことはない。が、顔を見ればなんかすっごくなつかしくてうれしくなってしまう、そういうタイプの役者。年取ったらちょっとピーター・セラーズに似てきて、好きだわあ、この手のじいさん。
 『シャイン』もそうだけど、ひところオーストラリア映画に凝ってたことがあるんだよね。私の認識ではオーストラリアというのは文化果つる地なんだけど、あの荒涼とした国からなぜか映画俳優や監督は異才が出現するのだ。規模は小さいけどニュージーランドもだね。

 どんな名医にかかっても少しも吃音症が治らないアルバートは藁にもすがる思いでローグの元を訪れる。でもこいつ、偽医者なんだよね。いや、医者とは一言もいってないし、「ドクター」と呼ばれると、「ライオネルと呼んでください」と言ってたから、騙りではないんだけど。実はただのアマチュア役者。
 ローグはアルバートのどもりは器質的なものではなく、精神的なものだということを見抜き、彼の心を解きほぐし、自信を持たせようとする。という話も定番だな。純な心の持ち主が、善人だけど頑なに心を閉ざした人間の心を少しずつ開いていくってやつ。なぜか歌っているときや罵ってるときはどもりが出ないので、王様に下手くそな歌うたわせたり四文字言葉を叫ばせるってのに笑った。これ、女王様見たんかな? 亡き親父様がドタバタギャグをやらされてるのを見てどう思っただろう? まあ、その程度で動揺するようじゃ英国の君主は務まりませんが。
 とにかくジェフリー・ラッシュは良かった。身分が違いすぎるうえに、性格も水と油のこの2人が終生友情を分かち合ったというのは、多少演出入ってるっぽいが、それでも泣かせる話だし。

コリン・ファースのこと

 Brit Packの時代は英国の若手俳優は残らずチェックしていたので、この人ももちろん『アナザー・カントリー』でデビューした時からずっと見ている。おかげで、コリン・ファースと言えば、「『アナザー・カントリー』の残念すぎる美少年」というイメージを振り払うのに苦労した。リアルタイムであの映画を見ていた英国好きホモ好き女子なら誰でもそう思ったはずだが、耽美的という意味では完璧に近かったあの映画の唯一の汚点が彼だったので(笑)。当時は私も「なんでルパート・エヴァレットの相手役がこのジャガイモなのよ!」と怒り狂ったものだ。
 もちろんその後の出演作を見て、この人がただのお稚児さんじゃない(ていうか若い頃からおっさん臭かった)どころか、すごい演技派なことはわかったが、最初のショックがずいぶんあとを引いてしまって。でもいかにも地味で華のなかったコリンが今や英国を代表する俳優のひとりとなり、かたやルパートは単なる色物で終わってしまったのは、もともと色物だったとは言え、あまりにもルパートがかわいそう。あれはあれでいい役者だったんだけどねえ。
 しかしイギリス男はいいよな。若い頃はどんなにブサイクでも年取るとしっかり威厳のある顔立ちになるから。この映画でコリンの父親のジョージ五世を演じたマイケル・ガンボンなんて、あんなに醜男だったのに、いかにも王様らしい風格があるし。イアン・マッケランなんかも若い頃はすごい醜男だった。その点コリンはまだ枯れきってないので、そうなったところは想像できないが、ルパートのほうは54才になって(うそー! 私も年とるはずだわ)、かつての美少年の面影は消え失せ、ちゃんと汚いジジイになったようなので、もう一皮むけて再ブレイクするのを楽しみにしている。
 というわけで、コリン・ファースは嫌いじゃないのだが、この配役は『アナザー・カントリー』並みにダメだろ。なんでこいつがジョージ六世なのよ!

ジョージ六世 本物(左)と偽物(右)

 というわけで、まったく同じ服装をした本物のジョージ六世と軍服を着たジャガイモ。違いすぎるー! 左は肖像画とは言え、下の写真を見てもらえばわかるように、写真並みの写実画で、この人本当に水もしたたるハンサムだったので、私はファンだったのにー!
 この手の伝記映画って、いかに本物に似せるかが決め手じゃないの? それもシェイクスピアみたいな昔の人ならともかく、誰もが写真や肖像で見て知ってる有名人なのに、なんでここまで似ても似つかない役者を使ったんだろう? 映画だから美化するってのは普通だが、逆はないよー! まあ、キャラクター的にはぴったりだからコリンに決まったんだろうが、別人すぎるわ。というわけで、醜男ってことであいかわらず嫌われるかわいそうなコリン・ファースでした。
 これだけじゃかわいそうなので、誰も知らない(んじゃないかと思う)彼の名作を紹介しとこう。それはアルゼンチンとイギリスの共作映画で『アパートメント・ゼロ』。すごい複雑なプロットの心理サスペンスで、衝撃のどんでん返しもあるし絶対おすすめ。あと、まったく行為は出てこないにも関わらずホモエロティシズム満載。『アナザー・カントリー』よりはるかにエロい。
 でも細部が思い出せないのでいま調べたら、これって日本じゃDVDにもなってないんじゃないの。せっかく紹介しようと思ったのに。私はLDで持ってるけど。こういう隠れた名作って日本じゃDVD化されてないのがけっこうあって、だからLDプレイヤーも捨てられないのよね。

ジョージ六世とエリザベス王妃 本物(上)と偽物(下)

ヘレナボナム=カーターのこと

 彼女も85年の『眺めのいい部屋』から見ているが、この人は昔からずっときらい。チンチクリンだしデブだしオカチメンコだから。だけど、なぜか英国の時代物というと彼女が必ずと言っていいほど出てくるのでむかついている。女優なんか他にも掃いて捨てるほどいるだろうに。
 そもそもこんな魅力のない女優にこれだけ役が付くのも不思議だ。いつのまにかティム・バートンとくっついてるし。実はいいところのお嬢様なんだが、スペイン人かなんかの血が入ってるせいで、英国女らしくないところも嫌い。
 男はたとえ醜男でも英国人なら年取れば使えるが、彼女は私好みのおばさんにはなりそうにない。私が好きなのはとにかく痩せてすらっとしたタイプなので。ただ、元が童顔だからか老けないわね。彼女もかれこれ50近いのに。

 それはともかく、この映画では彼女の存在は傷にならない。というのも、本物のエリザベス王妃もかわいそうだがかなりのオカメ顔だったし、かなり太めだったから。そういや、けっこう似てるかもしれない。もちろんヘレナのほうが美人だが、基本的に同じタイプだし。
 でもルックスはぱっとしないが、エリザベスは家庭的で優しい人柄でみんなに好かれていた。この映画でも陰に日向にバーティーを支える良妻賢母に描かれている。私はヘレナボナム=カーターなら、『ファイトクラブ』みたいなキチガイ女の役が好きなんで、なんか違和感あるんだけど(笑)。
 まだ幼い少女だったエリザベスとマーガレットも登場する。2人ともすごくかわいい。これは実際の写真でもかわいかったので実物によく似ていた。そういえば、エリザベス(娘の方)ってお父さんにそっくりね。目元なんか生き写しで。だから女王様も若い頃はなかなかのハンサムウーマンでしたよ。夫のエジンバラ公もかなりのハンサムだったし、なのになんでチャールズみたいな出来損ない(失礼)が生まれちゃったのかな? 隔世遺伝か?
 あと、ローグの方には男の子が3人いるんだけど、この子たちがなかなか粒の揃った美少年で眼福であった(笑)。
 いやー、私は大の子供嫌いだが、イギリス人の子供だけは大好き。これは英国旅行記に書いたと思うが、とにかく素直で礼儀正しくてしつけが良くて、ちっちゃい紳士みたいで、ちょっと気取った様子がおしゃまでかわいいから。これは子供なんか好きじゃなさそうな人に訊いても、「イギリス人の子供ってかわいいよね?」と言うと、「すっごいかわいい!」と言うから本当だ。ああいうのなら私も欲しいんだが。
 ああ、もちろんそういう子供が大人になったからと言って、いきなり豹変するはずもないので、イギリス人にはそういう、いい意味での子供らしさを残した人は多い。特に男の子ね。女性はレディとして大事にされるせいか、ちょっとつんとした感じがする。私がイギリス人を好きなのはそういう理由もある。

エドワードとウォリス・シンプソンのこと

 美男という点では兄のエドワードも美男だったけど、性格はかなり違ったみたい。というわけで、当然ながら、エドワードとウォリス・シンプソンの関係、エドワードの即位と退位も描かれる。まあ、映画の本筋とはあまり関係ないからさらっと出てくるだけだけどね。
 笑ってしまったのは、この2人が徹底的に悪意を込めて描かれていること。エドワードは国が大変な時期に愛人のことしか考えてない色ボケのバカ息子だし、ウォリスは海千山千の下品な尻軽女だし。まだ近い親族はいるだろうに、よくここまでひどい描き方するなあと。まあ、事実ですけどね(笑)。

エドワードとウォリス 本物(上)と偽物(下)

 なのに、日本じゃ「王冠をかけた恋」とか言われて、まるでロマンチックな出来事みたいにもてはやされたのはなんでなんだろう? たぶん女性週刊誌(に相当する当時のジャーナリズム)のでっち上げ記事が元なんだろうな。
 というのも、この2人のいい噂って何ひとつ聞いたことがないんですわ。チャールズの公式の伝記(『チャールズ皇太子の人生修行』)を読んだら、大伯父だし、いやしくもかつては英国の国王だったこともある人なのに、もうボロクソに書かれてて笑った。チャールズだって、不品行では人を非難できた立場じゃないと思うけど、エドワードは言ってみれば国と王冠を裏切った非国民だからねえ。まさに一家の面汚しで、王室からはほとんど絶縁状態だし、島流しにされたし、英国で相手にされないとヒトラーにすり寄ったりして、ほんとどうしようもない人たち。

 エドワードを演じたのは、ガイ・ピアース。この人もオーストラリア映画『プリシラ』でデビューした時からずっと見てる。で、見ての通り、こっちはなかなか似てる。たぶんエドワードのほうがハンサムだけど。それを言ったらウォリス(イヴ・ベスト)は明らかに似た人にそっくりメイクをさせているので、だったらなんでアルバートだけ似てないんだ!とまた騒ぎたくなるが。
 でもウォリスって見ての通り若くもなければ美人ですらなかったんだよね。「どこがいいんだ?」と劇中でチャーチル(ティモシー・スポール)に言われてるが、ほんとそんな感じ。男を手玉に取るのがうまかっただけか。ちなみにチャーチルも似てなくてがっかり。

 というわけで、べつに大傑作とは思えないが、そこそこ楽しめる良作でした。
 ところでここまで書いて、なんで私があんまりこの映画に乗れなかったかわかった。コリン・ファースがジャガイモ面だからというのもあるが、それ以上に私自身が上がったりどもったりした経験がまったくないからかも。大勢の前でスピーチするなんて、最高じゃない? その場面が晴れがましい大がかりな場面であればあるほど燃える。そこまで行かなくても、大学の教室で話すだけでも気持ちがいい。
 というわけで、物心ついた頃から物怖じや恥を知らないずうずうしくて目立ちたがりの性格だった私は、アルバートとは正反対すぎて、彼の気持ちがわからなくてもしょうがないか。そういや、学校や職場でも学校を代表してスピーチするとか司会するのをみんないやがって逃げてたのはそういうわけか。それで私は「ハイハイハイ! 私やります!」と志願するのだが、なぜかかえって後から恨まれるんだよね。変なの。やりたいならやりたいって言えばいいのに。

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