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2010年8月19日 木曜日

旅行記

望郷のスコットランド旅行記 Part 1

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 というわけで行って参りましたー、スコットランドを中心とした英国へ2週間の旅。どういう風の吹き回しでこうなったかは次に記すとして、今回は同行者がいたせいと、体調不良のせいもあり、いつもみたいに詳細な日記が書けなかったので、印象に残った断片だけです。(と言っても長いけど、今回はカメラマンがいたおかげで写真もいっぱい入る予定。文中の写真で特に記してないものは石神さん撮影)
 よって、日付けもなしですが、だいたい順を追って書いてます。実際の行程は下に表にしてまとめておきました。
 小見出しについてる旗は気にしないでください。そういや、スコットランドの旗のアイコン持ってなかったなーと思って、なんとなく作ってたらかわいいので使いたくなっちゃっただけ。いちおうスコットランドの話には、イングランドの話には、両方にまたがる話にはが付いてます。しかしユニオンジャック(と、その基になったスコットランド・イングランド・アイルランドの旗)はシンプルでおしゃれでかっこいいな。イギリスの好きなところは数あれど、旗のかっこよさも好き。
 去年のヨーロッパ旅行についてはこちらを参照して下さい。

旅行のきっかけ

 去年は20日間もヨーロッパをまわったわけで、今年も行くと言うとみんなの反応は、第一声が「いいですねえ」、第二声が「またイギリス?」というもの。うーん、そういえば、去年も入れれば今回で4度目かー。というか、私は海外旅行なんて、それ以外にはオーストラリアへ2回しか行ってないんだけど。
 そもそも、私はべつに旅行なんて好きじゃないんですよ。基本的に「おうち人間」である私は、家にいるのが一番、外へ出るなんてめんどくさいだけで。
 そもそも去年も書いたように、観光にまったく興味がない。自分ちのそばに有名観光地があっても、きっと行かないはず。(実際、東京ディズニーランドには一度も行ったことない) 水族館とか自然史博物館とか、自分が興味あるところなら行くけどね。

 ただ、イギリスにいるほうが家にいるより快適だし、イギリスがたまたま海外にあるので海外旅行に行かないわけにいかないというだけのことなのだ。それ以外の場所へ行った3回は、去年はアンドレ=ヴァレリー夫妻の招待という特殊事情があったから例外だし、オーストラリアは父が住んでたのでホテル代がいらないから行ったという、ただそれだけ。

 もっとも私の大学仲間はほとんどそういう人ばっかりなので、自分ではそんなに変だとは思わない。そういう人たち(の一部はイギリス人だから別としても)は毎年のようにイギリスには行ってるけど、他国にはほとんど行ったことがないという人ばっかりなんで。(しかもそういう人たちに共通するのはアメリカには一度も行ったことがないということ) 要するに私と同じでイギリスが専門のイギリスおたくというだけですけどね。
 しかし私も、イギリスへ一度行ったらもう他の国に行く気がしないという、不思議な魅力についてはさんざん実感していたけど、去年のヨーロッパ旅行で今さらながら痛感しましたね。もちろんアンドレとヴァレリーは本当によくしてくれたし、それ以外もそれなりに楽しかったし、同じヨーロッパでそんなに大きな違いがあるわけでもないのに、旅行中、「早くイギリス帰りたい」とそればっかり思っていた。
 そういや、オーストラリアでもそうだったな。オーストラリアも1か月近くいたのだが、こっちはもうモロに飽きて、向こうにいても英国が恋しくて恋しくて、少しでもイギリスっぽい香りのするものばっかり追いかけていた。もうこういう体質なんだとあきらめるしかないね。

 そういうわけで、次に海外旅行へ行くなら、もちろんまたイギリスとは心に決めていた。それに私にはまだスコットランドとウェールズとアイルランドへ行くという大きな宿題が残っている。こういう地域(っていうか実際別の国だけど)には、それぞれに深ーい思い入れがあるのだが、いつもイングランドだけ(ていうかほとんどロンドンだけ)で手一杯、どうせ行くなら少しでも長く滞在したいので、いつも「また今度」と思っていたのだ。その「今度」が、(主として私が怠け者のせいで)何十年も巡ってこなかったというだけ。
 でもとりあえず、「今度」があるとしたら、次はやっぱりスコットランドだよなーとは思っていた。

 スコットランドにこだわったのには、もうひとつ理由がある。
 これも去年、ヨーロッパを旅行中にずーっと思っていたのが、「町や教会や美術館はもういい。自然が見たい」ということ。この望みがあいにくと叶えられなかったのは、強行スケジュールのせいもあったけど、主として足がなかったせい。
 自然ならオーストラリアではたっぷり見たんですがねえ。というか、オーストラリアというのは自然以外、なんにもない国だし、日本では見られない大自然とか、野生動物とか、アウトドアスポーツに大いに期待して行ったんですよ。あちらは親父の車があったので、機動力もあったし。
 中央部の真っ赤な砂漠地帯は確かに日本じゃ見られないものだったけど、ただ、あまりに真っ平らでどこまでもどこまでも同じ風景が続く単調な景色で、さすがに飽きたし、美しいという感じはしなかったのよね。野生動物もフィリップ島のペンギンを見られたのは良かったけど、コアラとかカモノハシとかは、現地人でも見たことのある人は少ないというのは知らなかった。いちおうアウトドアスポーツは山で馬に乗ったので満足したけど。そんなわけで、なんか食い足りない感じが残ってしまった。
 同様に、アメリカとかも、確かに写真やビデオで見ると、すごいなあ、雄大だなあとは思うけど、実際行っても私はそんなに感動しないだろうと思う。要するに、これまたイギリスの自然以外は感動できない体質みたい。
 それで自然ならスコットランドでしょう。ウェールズの奇観もすばらしいというけど、それよりまずはスコットランドを見なくては。

スコットランド望郷

 景色と自然以外で、なんでスコットランドか?と言えば、もちろん音楽である。ファンならご存じのように、英国音楽の中心地はロンドンじゃなく北である。人口が多いことでマンチェスター、リヴァプールが目立つけど、そこでの代表的ミュージシャンの多くはケルト系だし、圧倒的に人口が少ないスコットランドもつねにキラッと光る人材を輩出している。

 古くはUltravoxとか。いや、Ultravoxは正確にはスコットランドのバンドじゃないんだけど、John Foxxに替わったリーダーのMidge Ureがスコットランド人で、彼が入ってからのほうが私は好きだったし、はっきりスコットランドの香りがしたからね。Simple MindsもUltravoxと同系統の雄大で切なく、幽玄耽美なサウンドで、このあたりで私のスコットランド音楽の印象が決定づけられた。
 その後はやっぱりネオアコ勢が目立ち、中でもAztec CameraTrashcan Sinatrasがすごい好きだった。Deacon Blueとか、Big Countryとかの、もっとひなびた、スコットランド的なものを前面に押し出したバンドもよくて、こっちの伝統は現在はTravisなどに受け継がれている。

 だけど私の好みはやっぱり「異端者」のほうで、The Jesus & Mary ChainとAssociatesがいなかったら、ここまでスコットランドに入れ込みはしなかった。この人たちについては、今ここではとても語りきれないので省略。

 あと、誰も知らない系では、Lynn RecordsというインディーのBlue NileIt's Immaterialという2つのバンドがすごい好きだった。たまたま石神さんと話していて、彼女がLynnというスコットランドのメーカーのスピーカーを持っているという話になり、はっと気が付いたんだけど、それってあのLynnじゃないか! 確かLynnってもともとオーディオ工房かなんかだし。そういえばあの人たちもスコットランド人だったなー、と思い出した。それに音も私のイメージするスコットランドの風景そのものの音だったし。
 今ならFrantz FerdinandやIdlewild、小物だけどThe ViewとかSnow Patrolがスコットランドで、言われてみればみんな確かにスコットランドの音がする。

 私のイメージするスコットランドの音とはどういう音かというと、(JAMCは完全な例外です)、これはかつてBlue NileとIt's Immaterialについて書いた日記の一部を引用してしまおう。

私の考えるスコットランドの音楽とは、すなわち、幽玄耽美で、荘厳で叙情的で、清らかで純粋で、もの悲しくもの寂しく、だけども芯はしっかりしていて骨太で、ほのぼのとあったかく、川のように雄大に滔々と流れる、すなわちスコットランドの自然そのものの音なのだが、なぜかそれが流れる背景は、霧のたなびくLoch Nessではなくて、Glasgowの造船所だったりするのだが‥‥

とまあ、行ったこともないのに、音楽を聴いているだけで、私はそういう景色が自然に頭に浮かんできて、「あー、あそこに帰りたい」とつねづね思っていたのだ。ここらは私の心のふるさとだからして、行くのではなく、帰るのである。初めてロンドンへ行ったときも、マンチェスターへ行ったときも、「やっとここに帰ってきた」という感慨にしみじみふけったものである。(ちなみに私のふるさとはイギリス中にある)

 「音楽は風土である」というのがかねてからの私の持論である。日本で聞くのもいいけれど、その音楽が生まれた土地で聞くと、もうなんとも言えないものがあるんですよ。特にスコットランドの音楽に共通するのは、聞いていると風景が目に浮かぶということで、これはもう想像しているだけじゃなく、実際に行って見るっきゃないでしょ。

こちらのページに私の好きなスコティッシュ・バンドのクリップをまとめました。別のウィンドウで開くので、ぜひこれを聴きながら読んで下さい。

 あと、スコットランドに対する思い入れというと、えー、やっぱり音楽以外はほとんど知らないな。俳優では好きな人が多いけど、やっぱりスコットランド人というと自動的にショーン・コネリーロバート・カーライルの顔が浮かんでくるな。ユアン・マクレガーとかもそう。映画と言えば、『ハイランダー』という映画がありましたな。映画そのものは不死人のハイランダー(スコットランドのハイランド地方の人)が現代のアメリカで日本刀振り回すというわけのわからないものだったが、私はこの映画が妙に好きで、特にスコットランドが出てくる過去編にじーんとしたのを覚えている。ショーン・コネリーも出てました。

 アーティストではチャールズ・レニー・マッキントッシュというアールヌーボーの建築家=デザイナーがすごい好きで、彼もグラスゴーの人だから、グラスゴーに行ったらぜひ彼の建築を見て、マッキントッシュ・デザインのおみやげが買いたい。

 あとファッションも。紳士服(スーツ)は私は断然英国派だが、アウトドア・ウェアも(たいてい高くて買えないけど)すばらしいと思ってた。それもスコットランド製はいかにも厳しい自然に適応したようなヘヴィー・デューティで、だいたいインヴァネス(シャーロック・ホームズが着てるあのコート)とかマッキントッシュ(レインコート。発明者のチャールズ・マッキントッシュにちなんだ名前だが、これは上のマッキントッシュとは別人。なのに日本のWikiは同一人と間違えてる!)なんて名前が付くぐらいで、そういうのはみんなスコットランドというイメージだった
 個人的にはスコッチハウスというブランドが好きで、初めてのロンドン旅行ではこの店がすっかり気に入って、やたら買いあさったのを覚えている。(バーゲンの真っ最中だったし、当時はまだブランドものが買えるぐらいの金があったので) コートもだけど、ケルト・デザインのアクセサリーがすてきで、それもいっぱい買ってきた。スコッチハウスのダウンジャケットは東京じゃ暑すぎて着られないので、もし冬にスコットランド行くとしたら、絶対あれ着ていくんだ。
 タータンもかわいくて好きだし、キルトも好き。あれ、バカみたいに見えるけど、やっぱり本物のスコットランド人が着ると似合うんだよ。威風堂々とした人は威風堂々と見えるし、若い人はかわいいし。観光客向け以外のキルト着た人見られるといいな。

旅の仲間

 その今度が思いのほか早く巡ってきたのは、石神さんの存在が大きい。彼女もやっぱり英国音楽が好きで、お店のお客さんとして知り合った。私と同じ単身者で、年齢も比較的近い(彼女の方が10才も若いけど)せいもあり、すぐに仲良くなって、いっしょにコンサートに行ったりもしていた。でも彼女はイギリスへ行ったことがなく、「いいよー」とあおってはいたんだが。

 とにかく今年は旅行どころじゃなかったはずなんですよ、私は。去年、思いのほか散財してしまったし、CD不況は底知らずでもうほとんど収入が見込めないし、うちはクーラー2台、冷蔵庫、洗濯機、テレビとステレオセット、デジカメ、プリンターがぜんぶ寿命で壊れていて、早く買い換えないとヤバい(と言いながら何年も使ってるけど)って情況だし、今年こそ家でつましく過ごす予定だったのに!

 それがこういう羽目になったのは、いつものように石神さんと「行きたいねえ」という話をしていて、ふと「じゃ、行こう!」という流れになってしまったせい。
 だいたい私がいつも一人旅なのも、いっしょに行きたい人がいないわけじゃないし、私も(主としてホテル代の節約になるので)人と行く方がいいのだが、2週間以上も休暇が取れる人は、まともな社会人じゃまずいないという事情もある。無職や専業主婦の人は別の意味でそんなに長期間旅行できないし。大学の同僚がいちばん行きやすいのだが、目的が私とは合わないし、そもそも皆さん私と違って育ちがいいし、お金持ちなので、私のように学生みたいな貧乏旅行は無理。
 だけど、旅行でいちばんお金がかかるのは飛行機代だし、私は滞在型の旅行が好きだし、地球の裏側まで行くと時差やらなんやらで最初の数日間はほとんど何もできないし、私としては2週間というのがぎりぎり許容できる限界って感じなんだよねえ。実際、8日間のヨーロッパツアーとかも、日程見ると実質5日間である。それで私にとっては5日間なんて、時差ボケでダウンしている期間なんである。
 だから石神さんも無理だろうと思っていたのだが、彼女はがんばって、なんと2週間の休暇を取ってきてしまった。こうなったらもう後には引けない。

 とかなんとか言いながらも、頭の中ではちゃっかり計算していたのも事実である。

 イングランドの大都市は別として、スコットランドやウェールズのような田舎では、車がないとろくに動けないというのは、さんざん聞かされてたし、私の体感でもわかっていた。田舎では公共交通機関だけで移動するとなると、どうしてもみんなといっしょの決まり切った観光コースになってしまうんだよね。それでもイギリスは公共交通機関が発達しているほう(都会も田舎も日本並み。時刻通りに来るかどうかは別として)だが、それでもなお所要時間や行動範囲には制限がかかる。
 だけど私は運転免許を持っていないし、今後も取るつもりはない。私の友達もほとんどが東京人なので、私みたいに免許がないか、車がないか、めったに運転しないという人ばっか。たとえ免許があっても、免許取り立ての若い人とか、サンデードライバーに、初めての外国での運転をまかせるのは不安が一杯。いや、イギリスで死ぬなら私は本望だから、それはそれでいいんだが、死なないと後がいろいろ面倒だしねえ。
 ところが! 石神さんは道産子で、田舎道や山道の経験も豊富。運転歴も長くて、今も毎日車に乗っていて、車に詳しいし運転も上手(たぶん)、しかも女だてらにマニュアル車オンリー(イギリスはマニュアルが多い)と、願ったりかなったりの人材じゃありませんか。

 それを知ったとき、「むむっ‥‥」と計算が働いたのも確か。もちろん彼女も初めは不安がって運転には消極的だったが、それはそれとなく説得してat my own riskってことで。でも私の説得がうまかったのか、しまいには彼女のほうがやる気満々になって、ほんとに大丈夫かしらん?とは思ったが、こうなったらいつものように当たって砕けろということで(笑)。
 私が通訳兼ナビゲーター(通訳はともかく、方向音痴・旅行音痴の女王の私がナビゲーターとして役に立つかは自分でも疑問だったが)、彼女がドライバーで、ギブ&テイクなら、お互い理想的だしね。

旅行の計画

 なんてものは立てたことがないんですよ、私は(笑)。去年のヨーロッパ旅行記を見て頂ければおわかりの通り。だいたいにおいて、これまでの旅行はすべて滞在型だったので、とりあえず現地行って、旅行案内所やパンフレット見て、適当に行きたいところに行くというのが私の流儀。町中じゃ適当に来た電車やバスに飛び乗って、行き先もわからないまま放浪してるし。
 だけど2人だとそうも言ってられない。少なくとも泊まる所ぐらい決めなきゃならないしね。そこで2人で日曜日ごとにネットカフェに行って計画を練った。「スコットランド中心」という私の希望は難なく受け入れてもらった。というか、彼女は何もかも初めてでイメージ湧かないので、なんでもよかったみたい。

 そこでまずは本命のスコットランドに飛行機で飛んで、レンタカーで各地をまわったあと、鉄道でロンドンに戻る、その途中イングランドの都市をいくつか見て、あとは帰国までロンドンでゆっくりという基本計画を立てた。
 それに沿って宿を決めなきゃならないのだが、これがけっこう悩んだ。まず、スコットランドと言っても広いし、車で一日にどれぐらい移動できるのか予想が付かなかったし。これはとりあえず、極力無理はしないでのんびり(迷いながら)行ける距離ということにして、そうするとやっぱりスコットランド全土は無理だし、旅程表を作っていくと2週間は意外と短いことに気が付いた。でも石神さんは何しろ初めてなんだから、なんにもない田舎だけじゃつまんないだろうしなーと、気を遣ったり。

 でも、実はそこも彼女のいいところ。私みたいに思い入れ持ってる人間ならともかく、スコットランドなんてエジンバラやグラスゴーならともかく、田舎は景色以外は本当に何もないですからね。その景色にしても、私のイメージでも荒涼としている感じで、そういうのが日本人に受け入れられるかどうかも疑問だった。だいたい「行ってみたい国」とかいうのだと、青い空に青い海に椰子の木みたいなのが一般的なようで、私みたいに「灰色の雲が重くたれこめた、寒々とした荒野や北の海が好き」という人は少ないし。
 しかし、ここでも石神さんとは意見が合い、彼女もそういうところが好きだという。さすが北海道の人だけに北の大地がお好みらしい。やたっ! (ちなみに私も半分北海道人である。母方は代々続いた江戸っ子だが、父が北海道出身なので)
 だからスコットランドでも、どうせ行くならハイランド(スコットランド北部地方)。つーかハイランドこそスコットランドの精髄だし。

 とりあえず、大学の仲間に相談したらヘブリディーズ諸島がいいと言うので、そこをメインにハイランド西岸を旅することにした。エジンバラはエジンバラ・フェスティバル(夏場は2か月ぐらいにわたって、さまざまなコンサートや芝居やアート系の催しがある)の真っ最中で、おそらく混んでるので避ける。観光客に人気のエジンバラより、ビジネス都市で日本人には人気のないグラスゴーのほうが、私にとってはいろいろと思い入れがあるし。
 じゃあ、出発点がハイランドの首都インヴァネスで、せっかくだからネス湖見物とかもして、ヘブリディーズ諸島でいちばん大きいし本土にも近い島、スカイ島へ行って、途中ベン・ネヴィス(英国の最高峰。と言っても1500mぐらい)やグレンコー(いろんな映画のロケ地になってますね)とかをめぐって、到達点がグラスゴーだ、と、この辺はトントン拍子に決まった。

ホテルの予約

 あとはホテルだ。とりあえず、ロンドンは私の一存で、例のクリアレイク・ホテル一択。それ以外のホテルもインターネットがある今は予約も簡単だと思ってた。が、これが第一の思わぬ難関だった。

 いや、ホテルもスムーズに決まってたはずなんです。あんな時期に私が病気なんかしなくて、ワールドカップがなければ。その前に2人でホテルも見たのだが、一長一短だったり迷ったりしてなかなか決められなかったのね。だから、「ここは私に任せて」なんて言って、ホテルは私が全部決めるはずだったのだが、寝たきりで順延。治ってからもたまった仕事やらワールドカップの余韻やらがあって、正直な話、旅行のことはあとまわしにしてたのね。
 それではっと我に返ってパソコンを見たら、ホテルもほとんど埋まってるしー! それでも責任を感じた私は、大手の予約サイトに載らないようなB&B(英国流民宿)とかにメールを書きまくったのだが、戻ってくる答は「申し訳ありませんが‥‥」ばかり。そりゃそうだなー。たいていが2室とか3室しかない民宿だもん。それに対してネット見てイギリス行く人は何百万人っているし。
 ひえー、それにしてもさすがピーク・シーズン。実は私が行くのはいつも(飛行機代が安くなる)8月末以降で、こんなピークの時に海外に出た経験ってないんだよね。そう思ってネットのブログとか見ると、ホテルがなくてB&Bのソファで寝かせてもらったなんて話が目に入るし。
 ちょっとあせったが、生来の楽観主義者の私は、「現地行けばなんとかなるでしょ」。だいたい私の仲間は、町に着いたらインフォメーション(観光案内所)に行って、その晩のホテルを取るみたいな旅をする人が多くて、私もそういうのを一度やってみたかったのだ。だいたいホテルが決まっちゃうとどうしても行動範囲も決まっちゃうし、むしろ決めないで行って、気に入ったところに泊まるほうがいいじゃん。
 それでも石神さんは「ホテルぐらい取っておいた方がいいんでは?」と警戒していたが、「なーに、スコットランドなんて田舎だし、シーズンたってエジンバラ以外はだいじょぶだいじょぶ」 なーんちゃって、本当に現地行ってなかったときは、相当命が縮まりましたけどね(笑)。
 そんなわけで、ロンドン(着いた日と、最後の3日間)とインヴァネスのホテルに2泊だけ予約して、あとは行った先で決めるという適当な旅行計画ができあがった。でも適当なようでいて、実際に動いたルートを書き出してみると、まるでちゃんと計画立てた旅行みたい! (実際問題として、スコットランドのルートの大部分を決めたのは、車担当だった石神さんだから、彼女の功績なんだけど) というわけで、以下は私たちのたどった旅程表。

6日 成田を出発。午後、ロンドン、ヒースロー空港着。ロンドン泊。
7日 午前中はロンドンの近場観光。午後遅く飛行機でガトウィック空港からインヴァネスへ。インヴァネス泊。
8日 ネス湖観光。インヴァネス泊。
9日 インヴァネスでレンタカーを借りて、スカイ島へ。宿を見つけた後で島でいちばん大きな町ポートリーまで行って戻る。スカイ島泊。
10日 山道を車でドライブしたあと、南下してアーマデールからフェリーで海を渡り、マレイグへ。フォート・ウィリアム泊。
11日 英国最高峰ベン・ネヴィスとグレンコーを見物。オーバン泊。
12日 グラスゴー空港で車を返す。グラスゴー泊。
13日 国鉄でアンドロッサンへ行き、そこからフェリーでアラン島へ渡る。グラスゴー泊。
14日 午前中はチャールズ・マッキントッシュ関係の美術館巡り。午後国鉄で一路ロンドンへ。ロンドン泊。
15日 カムデン・ロックとコベント・ガーデンでマーケット巡り。ロンドン泊。
16日 国鉄でハンプトン・コート見学。ロンドン泊。
17日 午後早くにヒースローから飛行機に乗る。
18日 成田に帰国。

ヴァージン・アトランティック航空について

 飛行機はもちろん最初に予約した。今度は迷うことなくヴァージンに決めた。乗り心地の悪さや餌のまずさはどこもいっしょ。それなら、せめて機内エンターテインメントの音楽の趣味がいい(NMEセレクションなんてあるのはヴァージンだけでしょ)ヴァージンのほうがいいや。
 だけど、予想はしていたが、ピーク時はやっぱり高い。22万円って、去年の倍じゃん! ああああ、この時点で予算オーバーだけど、もうここまで来て引き下がれない(汗)。
 成田を11時半に出発の便だから、朝もゆっくり(うちは成田まで1時間半)とはいえ、やっぱりなんだかんだで朝6時に起きた。にもかかわらず、石神さんを30分待たせてしまった。おいおい‥‥。ちゃんと前日に乗り換え案内で電車を確認して乗ったのに、遅れたのはもたもた歩いていたせい。平日のラッシュ時で、駅が混んでる中をでかいスーツケース引きずってたからなあ。それにしても体に力が入らなくてスーツケースが重い。去年はそんなことぜんぜんなかったので、病気で休んでたときすっかり体がなまってしまったみたい。
 それでも出発時間には余裕で飛行機に乗り込む。

 あれっ? 座席が広い! 去年乗ったスカンジナビア航空よりぜんぜん広いぞ! 楽に腰掛けても膝が前の席にぶつからないし。なんだよー、これなら去年もやっぱりヴァージンにしとけばよかった!
 ヴァージンはエコノミーでもアメニティーグッズがもらえるのもうれしい。(スカンジナビアはエコノミー・エクストラしかもらえなかった) ビニールのケースに歯ブラシと歯磨き粉、アイマスク、(機内で靴を脱ぐための)靴下、ボールペンが入っている。どれも真っ赤で、ひとつひとつ違う飛行機のイラストがついていて、とてもかわいい。私はどれも一式持ってきているので必要はないが、ただでもらえるものはなんでもうれしい。

 さすがエンターテインメントのヴァージンだけあって、機内映画の種類も質もこっちのほうが圧倒的に豊富。そもそもスカンジナビアでは、エコノミーはただ流れてるのを見るだけだったのに、こっちはオンデマンドでなんでも選べる。これなら眠れなくても飽きずにすむ。

 機内食が日本食を含む4種類から選べるのにも感動。チキンソテーと、バジルのニョッキと、天丼と、松花堂弁当なんてのまである! サービスはこっちのほうが断然いいじゃない。迷ったが、迷ってる暇なんてないので、ニョッキにした。バジル好きだから。どうせなら英国料理出してくれればいいのに。ちなみに飛行機に乗り込んだときから私は完全英国モードに切り替えてるので、日本食は眼中にない。
 味はあー、まあふつー。だけど、熱々で出てくるのがうれしかった。去年のスカンジナビア航空はなんでも冷たかったので。

 結局またほとんど眠れず、映画はティム・バートンの『アリス・イン・ワンダーランド』『シュレック・フォーエバー・アフター』を見た。どっちも金払っても見るつもりだった映画だから、うれしいけど、やっぱり小さい液晶画面は見づらいし、画面の両端が切れちゃうし、意識朦朧で集中できないし、試聴しただけって感じね。いちおうミニ・リビュー。

 『アリス』はけっこう期待したのだが、完全に期待外れ。かんじんのアリスがけっこうな年なので、ロリコンマニアもがっかりだろうし、みんなが「いい人」でアリスに親切なのも変。(だってあれって「変態による少女いじめ」の話でしょ) ジョニー・デップのあのキャラクターはどれもみんな同じなので、何の映画だかわからなくなるし、だいいちぜんぜんマッドじゃないじゃん! 映像もぱっとしないし、外れもいいとこ。やっぱりこの手の不条理ものはアメリカ人には向いてない。というか、これはバートンが久々に古巣のディズニーに戻って撮った映画なのだが、どこからどう見ても普通のディズニー映画で、それなら昔のアニメのほうがよっぽどいい。

 『シュレック』シリーズはアメリカ・アニメにはめずらしく、「大人でも楽しめる」内容なので好き。ジョークやパロディが満載で、ミュージカル場面も楽しいし。これはおそらくシリーズ最終作で、安定した暮らしに飽きたシュレックが、うっかり昔に戻ることを夢見て、せっかく手に入れた幸せを失ってしまい、あらためてその大切さを知るというもの。やっぱりさすがにネタが尽きてきたのか、ジョークが減ってご教訓ぽさが強く、シリーズではいちばんつまらない。だいたい、私がいちばん好きなプス(長靴を履いた猫)がデブデブに太って見せ場が少ないし!

ロンドンで路頭に迷いかける話

 飛行機は無事、午後早くにロンドン到着。何はともあれ、まっすぐホテルへ。しっかし観光客多いなあ。私はロンドンでは自分でスーツケースを持って階段の上り下りをしたことなんてほとんどない。必ずどこかの紳士が運んでくれるから。だけどまわりじゅう観光客だらけでは、そんな余裕のある人いない。飛行機では大丈夫だったのに、早くも膝が痛くなってきた。
 おまけにこのスーツケース、親父が長年使ってたやつだから相当な年代物で、成田へ行く途中で、車輪のゴムの部分が割れて取れてしまった。おかげでスムーズに転がらず、いちいち引っかかって重いったらない。

 私が大丈夫と太鼓判を押したにもかかわらず、ホテルをちゃんと取ってないことに石神さんは不安そうだったが、(この疑念は正しい。というか私をあまり信用しちゃいけない)、少なくともロンドンとインヴァネスは取ってあるから安心と思っていた。ましてクリアレイク・ホテルは3度も泊まったなじみの宿だし、私には我が家同然。それで意気揚々とチェックインしようとしたところ、「そのお名前では予約はありません」。

 ななななな、なにーーーー???

 だって、だってー、ずいぶん前にちゃんとメールで予約して、部屋のタイプも教えてもらったし、クレジット番号も暗証番号も伝えてあったのに。去年は予約確認に手間取ったが、今年はすぐに返事が返って来たのですっかり安心してたのに!
 フロントにいたのは若い黒人の女の子だが、確かに私からのメールはあるが、ホテルからのメールはどこにも見あたらず、コンファームがされていないと言う。で、でも、あのあと何も言ってこなかったから、あれで予約完了と思ってたのに‥‥

ロンドン初日のケンジントン・ハウス・ホテル。と言っても、クリアレイク・ホテル(右に隠れて見えない)とは同じ建物なんだけど。この種の建物はテラスハウスと言って、本来はひとつの建物の内部をいくつかに区切って住む形式のアパート。その一部をホテルに改造してある。

 しばし呆然として、それでも必死で頭を働かせる。とにかく部屋がないんだからしょうがない。繁忙期でもロンドンならどこも空いてないってことはありえないし、でも重いスーツケースを引きずって、これから1軒1軒、ホテルのドアを叩いてまわるのか。ああー‥‥。それも私ひとりならまだしも自己責任であきらめもつくが、石神さんまで巻き込んじゃって‥‥。
 と考えていると、女の子が外へ誰かを呼びに行った。呼ばれてきたのは中年のヒスパニックのおばさん。どうやらこの人が責任者らしい。下町の肝っ玉母さんという感じの人。
 彼女は事情を聞くと、てきぱきと「私が何とかしてあげるから任せなさい」と頼もしいお言葉。それで帳簿とにらめっこしたあげく、「ま、とにかく、予約がないんだからしょうがないわね。後半の3日分はなんとかしてあげるから、今夜のところは自分で探しなさい」と言う。
 ごもっとも。「近所にどこか泊まれそうなホテルある?」と聞くと、「隣をあたってみたら?」。この界隈はフラットを改造したホテルが多いのだが、確かに隣もホテルだ。そこで荷物をクリアレイクに置いたまま、隣のケンジントン・ハウス・ホテルに行ってみる。建物は同じものだが、こっちはクリアレイクより中はかなりきれいで高そうだ。でも背に腹は替えられない。訊いてみると、ツインはないが、ダブルとシングルなら空いてるというので、迷わずここに決める。
 クリアレイクはキッチン付きのツインで65ポンドかそこらだったのに、ここはベッドだけのダブルで101ポンド。高いー! が高いだけあって、従業員はきちんと制服着たプロだし、(クリアレイクはみんな普段着で、朝昼晩とフロントにいる人が替わる。近所の人のパートって感じ)、部屋も設備もちゃんとしている。でもそんなもの見ている余裕もなく熟睡。

 ケンジントン・ハウス・ホテルはバイキング形式の朝食付き。残念ながらイングリッシュ・ブレックファストじゃなくコンチネンタルだったけど、ペストリーがふっくら焼けていておいしかった。

 今回のご教訓。ホテルの予約はコンファームを忘れずに! 当たり前のことなんだけど、クリアレイクみたいなアバウトなホテルが相手だからとこちらも油断したのが間違いだった。
 しかし、こういうときは英語話せて良かったと思いますね。「海外旅行に英語なんて必要ない。必要になるのはトラブったときだけよ」なんていつも言ってるが、本当にそうなるとは。もっとも自分で招いたトラブルだからなんも言えんけど。

ケンジントン観光

 翌日は午後遅い飛行機なので、一日ロンドン観光ができる。だけど、着いていきなり張り切って歩きまわるのは体によくないので、近場ですませるつもり。
 最初はすぐそばのケンジントン宮殿を見るつもりだったのだが、聞いたら以前はここに付属していた衣装博物館(王室所有の代々の衣装やジュエリーが見られる)が、別のところに移転してしまったという。宮殿だけでこの入場料は高いなー。城なんてイギリス中にあるし、べつにここでなくてもいいや。
 そこでぶらぶらと歩いて、これも近所のヴィクトリア&アルバート博物館へ。ここは絵だけじゃなくいろんなものがあるし、誰が見ても楽しめると思ったので。だいいち無料だし(笑)。
 このあたりは美術館や博物館がたくさん集中しているのだが、私のお気に入り(恐竜がいっぱいいるから)の自然史博物館はすごい行列だな。そうかあ、夏休みの土曜日か。こういう子供が喜びそうなところ(しかも無料)は入れそうにないや。
 V&Aでは石神さんはなぜか銀器コレクションが気に入ったようで、もっと見たがったが、ここならホテルの近くだし、いつでも来られるからというので外へ。(この、「いつでも来られる」というのが罠なんだよね。結局やっぱり戻れなかったし。旅ではすべてが一期一会。「また今度」はないと思った方がいい)
 ところが、自然史博物館の前を通ったら、深海魚の特別展をやっているのを見て、私の足が止まる。やっぱ見たい! というので、行列に並ぶ。しかし暑い! 去年のロンドンあの暑さは異常だと思ったが、やっぱり地球温暖化の影響か。
 行列の原因は荷物検査だった。来年にはオリンピックを控えて、ロンドンはテロ対策でピリピリしているのは予想していたが。しかし、列は意外と早く進んで中に入った。
 深海魚と言っても、ここは水族館ではなく博物館なので、標本は全部瓶に入ったホルマリン漬け。生きてるところを見せるためビデオを流しているが、それはほとんどBBC提供で、私がDVDで持ってるやつなのがいまいちでしたな。それでも生きてようと死んでいようと、実物を見るのはほとんどが初めての私は楽しかった。どれも思ってたより小さいんだな。

インヴァネスへ

機上から眺めた初めてのスコットランド。私が長年思い描いていた通りの景色で、息を呑むほど美しい! が、私は通路側の席に座っていたので、これほど美しかったことは、写真をもらって初めて知った。私の席からだと空の部分だけしか見えなかったんで、「あ、うん、きれいだね」とか、いい加減な相づち打って、ろくに見てなかった。
暮れなずむインヴァネス空港全景。これで本当に全部。飛行機のサイズ(この飛行機自体小さい)と較べてください。ほんとにちっちゃい建物。

 それからホテルへ戻り、荷物を持って飛行機でインヴァネス(Inverness)へ。国内線なのでガトウィックから出る。飛行機は格安航空会社のFlybeというところにした。これはネットで自分で予約したが、拍子抜けするほど簡単だった。(あー、もしかして日本からの飛行機も、自分で予約した方が手数料がかからないぶん、HISより安かったんでは?と、あとからちらっと思った)
 しかも運賃は国鉄より安いし、もちろんはるかに早い。鉄道なら7、8時間かかる距離を1時間ぐらい。イギリスみたいな小さな国で飛行機なんてもったいないと思っていたけれど、さすがにスコットランドまで行くと飛行機の方が圧倒便利ね。(格安航空会社が乱立したせいもある) 飛行機じゃ車窓から見る景色は楽しめないけど、それでも降下時には右の写真のようなすばらしい景色が拝める。スコットランド行くなら飛行機マジおすすめです。

 と思ったら、出発が遅れて搭乗ゲートでえんえん待たされる。まあ、こんなもんでしょ。ヨーロッパを旅したあとでは、乗り物が時刻表通りに出る方が意外だ。
 インヴァネス空港は平屋の小さい建物で、本当に田舎の空港。いちおうこれがハイランドの玄関なんだけどなあ。真夏の観光シーズン真っ盛りだというのに、なんか人も少ないし、寒々とした雰囲気‥‥というのが、私のスコットランド第一印象だった。
 ここから市内までバスが出ているはずなのだが、バス停に行っても誰もいない。訊くと、飛行機が遅れたので、バスは出てしまったあとだという。次のバスは1時間半後。はいはい、これもいつものことだから驚きませんよ。

 しかし当初の計画では、ヒースローに着いたその足で、飛行機を乗り換えてインヴァネスまで直行するという案もあったのだが、ここは1泊したほうがいいと私が反対したのだ。この判断は正しかった。くたくたに疲れてヒースローに着いて、重い荷物持ってまた電車を乗り継いでガトウィックまで行って、そこでもここでも待たされて、深夜の2時にホテル到着なんてなったら死んじゃう。(だいたいそこでまたホテルがないなんて可能性も捨てきれないし)

 とにかくもともとが遅い便だったので、ここで1時間半も待ってはいられない。そこでやむなくタクシーを使う。運転手はスーザンという中年女性。気さくでよくしゃべる愛想のいい人だった。運賃は市内のホテルまでチップ込みで25ポンド。帰りも良かったらどうぞと言って名刺をくれたが、悪いけど私らの予算じゃそうそうタクシーなんて乗れないんですよ。

インヴァネスの宿 コロンバ・ホテル

ネス川に面して立つコロンバ・ホテル

 スコットランドの守護聖人の名前のついたコロンバ・ホテルはbooking.comで予約した。基本的にネットを信用していない私は、これもちゃんと取れたかどうか、内心おびえていたのだが、こちらはなんの問題もありませんでした。少なくとも私がメールで予約するよりは安全だったようだ。
 だけど、ネットも決して使いやすいとは言えないよ。ここはすんなり予約できたけど、サイトによってはさんざんあれこれ入力させたあげく、原因不明のエラーで落ちたり、最後に「ただいまシステムがダウンしていて、ご利用になれません」と出たり、スコットランド観光局のサイトも、ツインで予約したはずなのに、確認メールではダブルになっていて、おまけに電話でコンファームしろという。国際電話なんかかけたくないからネット使ってるのに! さらに苦情と再確認のメールを送っても返事が来なかった。ホテルの予約が遅れたのは、こんなことばかりが続いていやになったせいもある。

 場所はここから先は車だからどこでもいいんだけど、ここはまだ歩きだから便利なところがいいと思って、町の中心に近いホテル、だけどアメリカ式じゃない伝統的なホテルを選んだつもり。ネットじゃ写真と簡単な説明文だけで選ぶから、実際のところは来てみないとわからないんだけどね。そしたら本当に町のど真ん中の、ネス川(ネス湖から流れ出る川)に面した川岸という絶好のロケーションにあった。
 道路に面した1階(こちらではグラウンド・フロア)はバーになっていて、もう夜なので、すでに酔っぱらった観光客でいっぱい。バンドがCCR(今の人にはイニシャルじゃ通じないか。Creedence Clearwater Revivalって書いてもやっぱり通じないか。要するにナツメロのロック)を演奏している。すごい音なので、私は去年のアムステルダムの悪夢を思い出して、(ロケーションもなんか似たような感じだし)、一瞬いやな気分になったが、2階(こちらでは1階)の部屋に上がると、騒音はまったく聞こえない。まともなホテルで良かった。ほっ。というか、私は「イギリスで不快な思いするなんてありえない」という確固たる信念の持ち主で、その信念は裏切られなかったわけだが。
 なんとなく作りとかがイン(1階がパブで上が客室になっている伝統的な宿)っぽいな。カプセルホテル並みだったアムステルダム(しかも高かった!)と違って、こんなに町の中心なのに部屋も広々してるし、やっぱり田舎はホテルも安くていいや。
 唯一困ったのはお風呂の蛇口。シャワーとバスタブの切り替えと、お湯と水の混合を3つのバルブでやるのだが、その加減がなんともむずかしく、頭から冷水や熱湯を浴びつつ悪戦苦闘した。まあ、でもお湯が出るだけまし、というのがイギリス流。

インヴァネス城から眺めた町の風景。十分きれいじゃないさ。なんできれいじゃないなんて感じたんだろ?

 しかし、ついにスコットランドの地を踏んだのに、まだ感動が湧いてこないな。インヴァネスの町もそれなりにこぢんまりして悪くはないんだけど、べつにすごいきれいってほどでもないし、タクシーから眺めた近郊の様子も特にどうってことなかった。あとは島に期待するか。

 ここは朝食付きで、朝食は下の食堂でセルフサービス方式。わーい! イングリッシュ(じゃなくてスコティッシュ?)・ブレックファストが腹いっぱい食べられる。(あれでもまだ足りないのか?) というわけで、2人ともはち切れそうなほど食べました。
 これは本当にどこで食ってもうまいんだなあ。特に厚くてスモークの香りがしっかりついた脂身のないベーコンと、ジューシーで見た目ほど脂っこくないソーセージと、カリカリに焼いた薄いトーストはいくら食べても飽きない。石神さんもフルーツがたっぷり食べられて幸せそう。個人的にヒットだったのはワッフル。これはもうベルギーでしか食べられないものと思っていたよ。サクサクで軽い四角いワッフル。メープルシロップやヨーグルトをたっぷりかけて食った。
 あと、正体不明のレバーペーストのようなもの(中にいろいろ刻んだものが入っている)があって、謎だったのだが、これは後ほどスコットランド名物のハギス(羊などの臓物を刻みオートミールや脂肪と共にその胃袋に詰めて煮るスコットランド料理)だったと判明。そうかー、これがあのハギスか。私は胃袋に詰めたやつしか見たことがなかったので、中味がどうなってるのか知らなかった。
 臭いだの、人間の食い物じゃねーだの、ゲテモノとしていろいろ悪口を言われる(特にイングランド人に)ハギスだが、べつに臭いもしないし、癖もそんなにないし、それほどまずいものじゃないですよ。内臓関係がすべてダメな私はやっぱりあまり食べる気はしないが、石神さんはおいしいと言っていた。好きな人にはたまらなくおいしいかもしれない。

 ここのウェイターやウェイトレスは、見るからに夏休みの学生アルバイトという感じの若い男の子や女の子が大勢働いている。全員黒づくめのスタイルがちょっとおしゃれで、みんなキビキビしてにこやかで感じがいい。スコットランド人ってやっぱり人が良さそうで好きだなあ。男の子は美少年率高いし。うんうん、やっぱりケルト系はいい男が多いなあ。
 ただ、働き者過ぎて、人がまだ食ってる皿をさっさと持っていこうとするのはやめてね。というか、周囲の太った中年白人軍団の誰よりもいっぱい食べてる私たちが悪いのか。

インヴァネスのインフォメーション − ホテル獲得闘争

 インヴァネスには2泊するので、翌日はまるまる観光に当てられる。というわけで、翌日はネス湖観光に行くことにした。それもめんどくさいのでツアーに乗ってしまおうと。しかしその前に、明日以降のホテルを予約するという大事業が待っている。さすがの私もロンドンで懲りたので、残りの日程はすべてここで予約するつもりになったのだ。
 そこで朝イチでホテルの近くのインフォメーションへ。ロンドンでヘマをやった私は、ここでもまたホテルがなかったらどうしよう?と、内心戦々恐々としてたのだが‥‥
 ホテルの予約カウンターに並ぶと、「ここ数日間、スカイ島、フォート・ウィリアム、なんたらかんたら(とえんえん続く)で宿を取ることは非常に困難になっております」という立て札が。あちゃー! 実際、私たちの前に並んだ人たちも、長時間相談したあげく、肩を落として去っていく。あわわわわ‥‥これはまずい。非常にまずい。なんとしてもここで粘って眠るところは確保しないと、マジで車の中で寝るはめになる。
 私ひとりならそれも一興だが、連れがいるしねえ。というか、初めてのイギリスで不快な思いさせて、石神さんがイギリス(特にスコットランド)を嫌いになってしまったらいやだと、変なことが気にかかる。
 そこでせめて親切そうな係員に当たらないかと思って見ていた。去年も書いたけど、こういうところの係員はすごいフレンドリーで親切な人とぶっきらぼうで不親切な人がいるからね。あの太ったおじさんが優しそうでいいなと思って見ていたら、本当に彼に当たったのでちょっとうれしい。

 しかし、旅程表(注)を見せると、チラッと見ただけで、「スカイ島、impossible、フォート・ウィリアム、 very difficult、オーバン、very difficult」という感じで、確実に取れそうなのはグラスゴーだけみたい。「そこをなんとかお願いしますうー!」と、こっちはほとんど泣き声になるが、「よっしゃ、やるだけやってみるから私に任せなさい」と、この人もなかなか頼もしい。なんか私がドジなぶん、イギリス人に助けられてるな。むしろ困ったら誰かが助けてくれるはずと確信してるから、計画が甘くなってた感もあるが。

(注) 旅程表と言うとかっこいいが、実は単にノートの端っこに日付けと町の名だけを書き殴ったもの。去年はもちろん、ヴァレリーが時刻まで入った詳細な表を作ってプリントアウトしてくれた。このやる気ときちょうめんさの違い! つくづく書類仕事が苦手というのがわかって、石神さんもちょっとあきれてたんじゃないだろうか。でもね、ヴァレリーみたいにきっちり計画立てられちゃうと、私はなんか拘束されてるみたいで息が詰まっちゃうのよ。だいたいそれじゃ団体旅行と変わらないと思わない?

 それからおもむろに電話をかけ始めた。あー、パソコンで検索とかじゃなくて、手作業なのね。確かにネットじゃ満杯だったけど、パソコンもないような小さい家はこうなのかも。
 だけど、かけてもかけても、返ってくる答は「満室です」ばかり。あきらめかかったところで、なんか反応が違う。え? あった? ツインはなくてダブルしかないし、バスルームは共用だがいいか?と言うから、もうなんでも屋根の下で寝られれば御の字です
 おじさんもよっぽどうれしかったらしく、通りかかった同僚をつかまえて、「聞いて聞いて、俺、明日のスカイ島取ったよ」と自慢していた。相手が「I'm impressed.」と答えると、「聞いた? 彼、感心したってさ」と自慢。もうこうなったら、「あなたは私たちの救い主です」と思い切り持ち上げておいた。その他の宿もこの調子ですべて予定通りの宿が取れて、私は肩の荷が一気に下りて足がヘナヘナになってしまうほど疲れた。
 インヴァネスのインフォメーションのイアン・マッケンジーさん(実にスコットランド人らしい名前)、あなたは最高よ。どうもありがとう! これなら手数料1軒につき4ポンド取られても納得するよ。だいたい、私は自分で電話をかけるという苦行から逃れられるならなんでもするし。
 ロンドンへ帰る途中でヨークに泊まるつもりだったが、イングランドの予約はここではできないという。まあ、いいや、ヨークならきっと飛び込みでも空いてるし。(ぜんぜん懲りてない!) とにかくスコットランドの宿だけ取れれば大船に乗った気分。

ネス湖

 というわけで、完全に血が上った頭を外に出ていったん冷やしてから、あらためてネス湖(Loch Ness)ツアーを予約する。今からだとツアーはひとつしかなくて、バスで30分ほどかけてネス湖の港まで行き、そこから船に乗って湖畔のアーカート城へ行き、そこで1時間ほど自由行動で、帰りはバスでインヴァネスに戻るツアー。
 バスは時間通りに来たが、客が乗り込んでもいっこうに発車する様子はなく、運転手が何度も客の数を数え直したり、もう1台のバスの運転手と話し合ったりしている。この運ちゃんはけっこういい男なんだけど、何かにつけて手際が悪く、慣れてない感じ。石神さんの推理では、「繁忙期だから人手不足で、普段やってない人が駆り出されているんではないか」。確かにそうかも。集合場所を説明して、いかにも自信なさそうに「わかりましたか?」と言っても、客の半分は聞いてないか、英語がわかってないのに笑った。

(帰国してからたまった新聞を読んでいたら、ラスヴェガスで日本人ツアー客の乗ったバスが転倒して3人死亡だって。でも運転手が日本人大学生って、そりゃ留学生のアルバイトじゃないの? あっちも人手不足か。でも学生の運転するバスに乗るなんて、そんな恐ろしいこと私は日本でもできない。インヴァネスの運ちゃんも運転はすごく上手だった。というか、後述するようにイギリス人はみんな運転が超うまい)

アーカート城からネス湖を臨む。しかしこの程度の人で「人だらけ」と感じるあたりが日本と違うね。

 そこでネス湖の感想だが、うーん‥‥でっかいなあとは思った。幅はそうでもないけど、やたら縦に細長い湖なのね。基本的にスコットランドの湖はすべてそうなんだけど。もはや湖というより、川が太くなっているところと言ってもいいぐらい。だから私たちがクルーズしたのはその半分ほど。
 実はネス湖はそれほど期待してなかったんですよ。行った人はつまらないとか書いてたしね。で、結論から言うと別に悪くもないけど、特に感動もしない。だいたいスコットランドには湖なんて掃いて捨てるほどあるし、ネス湖だけが何か特別ってわけじゃないし。(モンスターが出ないかぎり)
 アーカート城は廃墟の城で、廃墟大好きだったから見たかったけど、こうも人だらけではねえ‥‥。だいいち晴れてる! 人だらけの廃墟、霧に覆われていないネス湖なんて一文の価値もない、と個人的には思うんだが。
 でも変だなー。写真や映画で見たスコットランドは、イングランドとはまた別の意味で、私にはぐぐっとくるものがあったのだが、まだそのぐぐっが来てないな。これは期待はずれってことだろうか?

レンタカー

路傍にたたずむ我らが愛車

 とまあ、宿が予約できた時点で私の肩の荷は降りたのだが、今度ずしっと肩の荷がかかるのは石神さんのほう。ここからはレンタカーによる旅が待っているからだ。

 彼女は山道運転には自信があるみたいで、わざわざ人の通らなそうで走りにくそうな細い道をルートに選んだりしているのだが、町中の運転には相当神経質になっていて、ロンドンやグラスゴーみたいな都市は絶対無理だと言う。一通や車線が複雑に入り組んでるかららしい。あと、ラウンドアバウト(信号の代わりに、あらゆる方向から来た車がぐるぐるまわって出て行くようになっている交差点)がいやだと言う。へー、そういうもんなんですか。私はむしろラウンドアバウトは楽しかったけど。
 運転しない私にはぜんぜんわからないけど、要するにモタモタして人に迷惑をかけるのがいやみたい。でも外国で運転するのは初めての観光客なんだから仕方ないじゃない。ドライバーとしてのプライドの問題かな。だから最初は市内の営業所で返すことになっていたグラスゴーは、わざわざ空港に変更した。
 借りるのもインヴァネス空港、というか、市内にはないみたい。レンタカーはよくわからないので有名というだけでHertzにした。そこで翌日はバスでインヴァネス空港へ。が、先に述べたように掘っ立て小屋みたいに小さい空港の建物に入っても、Hertzのカウンターがない! もちろん外にもない。あわてて空港の係員に聞くと、迎えの人間が待っているはずだと言う。
 えー! 迎えと言っても、ちょっとした手違いで、借りる予定の日は昨日になっていて、ついでに予定の時刻もだいぶ過ぎちゃってるんですが、まさか24時間以上待ってないよね?
 するとその女性係員は「探してあげる」と言って、歩き出した。なんかみんなやけに親切だなあ、これも田舎ならではの良さか。迎えの人間はすぐに見つかって、そばのベンチに座ってた。要するにこの人、一日中、ここでぼーっと客を待ってるんじゃないの?

 このお迎えの人は、どこからどう見てもコメディアンという、わざとやってるとしか思えないフランス語訛り(モンティ・パイソンのあれ)で、マシンガンのようにしゃべりまくるコルシカ島人だった。なんでこういう人がスコットランドくんだりで一人漫才やってるのか、まるで意味不明だが、とにかく彼が寒いギャグを連発しながら運転する車に乗り込んで、少し離れた駐車場へ。つまり営業所なんてものはなかったんですね。
 駐車場にプレハブの小さなブースがあって、そこに係員が座っている。今度はちゃんとスーツを着たスコットランド人の男性だったので少しほっとする。
 実はここでも私はけっこう恐れてた。車に乗らない私は、日本でもレンタカーを借りた経験なんて(人が借りるのを見たことも)一度もないし、自動車関係の英語も知らない。めんどくさい契約条項とか手続きとか、(スコットランド訛りで)説明や質問されても、はたして理解できるかどうか不安だったのだ。しかし、向こうは手慣れたもので、「なんたらかんたらの保険はいるか?」と言った矢継ぎ早の質問に、「No, no, no.」と答えただけで手続きは終わり。(必要な保険はすでに付けてある) すぐに車の所に案内された。

インヴァネスからスカイ島へ向かう途中の風景。
これこれ。こういう風景が見たかったんだよ!

 車は小さい方が運転しやすいし安いということで、下から2番目に安いのを予約してあった。パンフレットではフォードのはずだったが、与えられたのはヴォクソール(英国製の大衆車)だった。イギリスのことだから、車もオンボロの骨董品を予想していたが、意外なことにけっこうきれいで新車同然。しかもけっこうかっこいい最新型の車だった。ただ、かっこよすぎて車高が低くて視界が狭いうえに、小柄な石神さんは座高が低いので運転しにくそう。あと、スイッチ類がわかりにくく、マニュアルのたぐいは一切付いてないので、いろんなスイッチが見つからなくて最初は苦労した。
 中でも最後までわからなかったのは、給油口を開けるスイッチ。これは結局、「恥ずかしながら‥‥」と、ガソリンスタンドの店員に訊きに行くはめとなった。そしたら店員が笑いながら給油口の蓋を指で押すとパカッと開くではないか。手動だったのね(笑)。それは予想外だった。ていうか、普通まず手で開けようとしないか? なのに2人揃って考えてもみなかったというのがおかしい。なんか日本じゃ当たり前のことが当たり前じゃないから外国はおもしろいんだよね。

 とりあえず、ヴォクソールって見るからに安っぽいと思ってたけど、小さくても乗り心地は上々。高速で走っても、(で、このドライブの間中、高速で走るはめになったのだが)、音も静かで振動もないし。というか、うちの(実家の)車がボロいだけで、今の車ってみんなそうなんですか?
 そういえば、去年も車に乗ったり降りたりするたんびにモタモタして、ヴァレリーに「日本の車はロックやハンドルの仕組みが違うの?」と不思議がられた。あー、いや、そうじゃなくて、私が日ごろ車というものに乗り慣れないのと、単なるドジのせいなんですが(笑)。

 とにかくそんなこんなでドタバタしながらも、車は一路スカイ島へ。
 その途中、山あいを走ったのだが、ここらへんでようやくじわじわと来ましたよ。スコットランドへ来たという実感が。あー、やっぱいいわー。なだらかに続く山並み(日本人の感覚では高い丘)に囲まれた荒地に低くたれ込める灰色の雲。やっぱりスコットランドはこうでなくっちゃ。
 考えてみたらインヴァネスやその周辺は、ハイランドでは比較的平坦な土地で(だからこそここに首都を定めたんだろうが)、こういう景色が見られなかったのよね。

スカイ島のB&B − アグネス・マックレーおばさんの家

 スコットランド北部には小さい島が無数にあるのだが、スカイ島(Isle of Skye)は本土と橋で結ばれた大きな島だ。

小綺麗なマックレーさんのうち

 宿は取れたが、それが見つかるか?というのが、これまた私の心配のひとつだった。ご存じのようにプロ級の迷子である私は、とにかく初めてのところで何かを探すのが大の苦手。
 ホテルならまだ大きな看板が出てるし、通行人に訊けばなんとかなるが、B&Bというのは完全に個人の家である。ましてここは名前さえ付いていない、本当にただのうち。日本でも人のうちなんて絶対見つけられないから、必ず迎えに来てもらう(最初の10回ぐらいは。それぐらい通わないと覚えないので)私なのに。
 もちろんインフォメーションでは地図も付けてくれるが、それは極端に拡大したGoogleマップの小さな一部で、ほとんど判じ物みたいなの。ただ、日本よりはるかに合理的な住所のおかげで、仕組みさえわかってれば欧米で家を探すのはそんなにむずかしくない。すべての住所はストリートネーム+ハウスナンバーで表されるので、通りさえ見つけられればあとは数を数えていくだけだからだ。でも車であっという間に通りすぎてしまうんじゃ、それもできないのではと、取り越し苦労だけしていた。
 しかし、さすがにひとりじゃない今回は、通りもあっさり見つかった。というか、スカイ・ブリッジを渡ってすぐの海岸沿いという、すごいわかりやすいところだった。

ダブルのほうのベッド
真新しく、木がふんだんに使われていて気持ちの良いバスルーム

 実は私はこれまでB&Bに泊まるチャンスがなく、あこがれてたんですよ。だって、あらゆる意味でホテルよりいいと思ったもん。
 ビジネスライクで一律で無味乾燥なホテルと違って、フレンドリーで親切な家族と人間味のあるふれあいができて、部屋だって自分の家なんだからきれいにしているだろうし、困ったことや不具合があればなんでも気楽に相談できるだろうし、だいたい人の家を見るのが大好きな私は、中へ入れてもらえるだけで感激。(その意味、クリアレイク・ホテルはホテルというよりB&Bのノリである。きれいではないけど)
 というような甘い期待はあっさり裏切られる、というのが世間の常であるが、ことイギリスに限っては、いつも良い方に裏切られるというパターンができているので、ここでもワクワクしながらドアをノックした。
 出てきたのは、これまた私の期待通りの、ニコニコ顔で、ふっくらした、品の良い初老のおばさん。これが女主人のマックレーさんらしい。ちらりとしか見かけなかったが、ご主人との2人暮らしのようで、これも絵に描いたようなB&Bのパターン。(たいていは年金暮らしの老夫婦が副業としてやっている)
 しかもおうちが嘘みたいにきれい! 「イギリスは家である」というのは去年も書いたが、イギリス人は他の何より家を大切にし、内外を飾り立てることに心血を注ぐ。だからどの家もきれいなんだが、ここは飛びきりきれい。というか、最近改装したか、新築のようだ。
 普通だとみしみし言うはずの床(きれいには使うが、古い家を新しい家より尊重するイギリスでは、家本体は古いことが多いので)も静かだし、ガタガタのはずの窓枠もぴたっと閉まるし。家具調度はすべてピカピカ、じゅうたんやリネン類はしみひとつなくフワフワ。おまけに電気製品とかもさりげなく最新型が置いてある。まるで、「素敵なカントリー・ライフ」みたいな雑誌のグラビアのようにきれいでかわいらしい家で、私は気後れさえ覚えるほどだった。

 問題はダブルベッドってだけですね。ヨーロッパではツインは少なく、たいていがダブルだし、こういう事態も想定していた私はたいして気にも留めていなかったが、石神さんはかなり気にしていたみたい。私なんて若いころは友達と雑魚寝(ダブルベッドに4人とか)はざらだったし、年取ってからも大学の旅行じゃ雑魚寝させられてた(これは今でも信じられないっす。いまどきは修学旅行だって個室の時代なのに!)ので、平気なんだけど。
 だけど、部屋を探して訪れたカップルのお客さんを、「シングルしか空いてないのよ」と断っているのを耳にして、即決断。「そっちも私たちが借ります!」 おばさんはびっくりした様子で、「でもお金かかるわよ」などと心配してくれたが、「いいです、いいです。払います!」 このうちは客室はダブルとシングルが1つずつしかないので、実質私たちが貸し切り状態。ついてるときはついてるもんだ。

 朝食もおいしかったし、おばさんは感じよかったし、もう何の不満もない宿だったが、このおばさんには謎の一面が

 B&Bというのは判で押したように、道路に面した庭のところにかわいらしい木の看板が出ていて、その下にVacancies(空室あり)か、No Vacancies(満室)の札が吊してある。ここもそうだったのだが、私たちが借り上げたあとも、Vacanciesの札を外さない。玄関脇にはちゃんと、代わりに下げるNo Vacanciesの札も置いてあるのに。
 だから、次々と宿にあぶれた観光客がやってくる。おばさんはそのたびに出て行って断っている。客はひっきりなしにやってきて、それが夜遅くまで続いた。それもそのはず。ずらっと同じようなB&Bが並んだ通りはどこもNo Vacanciesの看板ばかりで、ここだけVacanciesになってるんだから。
 しまいにはおもしろくなってきて、通りをゆっくりと走ってくる車がいれば、「止まるぞ、止まるぞ」と思って見ていると、必ず止まって人が降りてくる。するとおばさんが出てきて断るの繰り返し。なんかしまいには、わざとやってるんじゃないかと思えてきた。だって、そのたび出て行って断るのってめんどくさくない? がっかりさせられる客もかわいそうだし。(特に私たちもそうなっていた可能性大なことを思うと)
 それを思うと、もうひとつ謎なのは、これだけ目立つところにある、しかも通りのどこよりもきれいな家で、しかもVacanciesの看板を出しっぱなしであるにもかかわらず、なんで空室(しかも2室とも)が残っていたのかということである。インヴァネスのマッケンジーさんの言葉に嘘はなく、スカイ島を旅している間、私はずっとB&Bの看板に目を凝らしていたが、どこもかしこも満室だった。
 そこで私が思ったのは、おばさんは空室のあるときはNo Vacanciesの札を下げ、埋まるとVacanciesに掛け替えているんじゃないかということ。まさか意味がわからないはずもないので、単なるあまのじゃく? まあ、(変人が多いことで有名な)イギリス人ならありえないこともない、というのが恐ろしい。
 とにかく、それを除けば、パーフェクトな宿でした。宿賃はダブルが60ポンド、シングルが35ポンドで、この質ならただみたいなもんだ。

ハイランドの景観について

スカイ島の宿の前から見たスカイブリッジの夕景

 なんと言っても、これが今回の旅の最大の目的だったのだが、前述のようにインヴァネスではいまいちだったので、「なんかなー」と思っていた。それにドライブ初日はいろいろな意味で気疲れして、あまり景色なんて注意していなかったんだが、スカイ島の宿に着き、前に広がる海と島々を眺めたとき、あー、きれいだー。

 それでその後のドライブの間中、見るものすべて息を呑むほどの美しさだった。これは残念ながらビデオや写真じゃわからない。
 というのは常套句だがホント! これまでスコットランドの写真や映画なら腐るほど見てきた私が言うんだから間違いない。むしろイングランドの美しさは、よく「絵ハガキみたい」とか「絵本みたい」というが、行ってみたら本当にそのまんまだったので驚いたぐらいなのだが、スコットランドは予想していたのとぜんぜん違った。
 まさにこの世のものとは思えない、神々しいばかりの美しさ。まして私のつたない文章ではとても伝えられないが、私なりに努力してみます。

 その前にハイランドの地形について。火山帯のないグレートブリテン島は、海底が隆起した、元は海の底だった地形なのだが、そのため南部のイングランドはまったく山のないなだらかな平原が広がっている。しかし北のスコットランドは山がちで、氷河の流れたあとが、ちょうど猫がめっちゃくちゃに引っかいたように、深い溝となって縦横に走っている。その傷のところが谷間(スコットランド語でglen グレン)、谷間でないところがすべて山(スコットランド語でben ベン)で、文字通りの山あり谷ありの地形。そして谷のほとんどすべてに水がたまって湖(スコットランド語でloch ロッホ)になっているわけ。
 山は前述のように高い丘にすぎないんだけど、形が火山性の日本の山とぜんぜん違って、なだらかな弧を描く丸い形をしている。山の形はなんとなく中国の山水画を思い出した。中国の山はもっと高いけど、頂上が丸い形をしてるでしょ?

 それでもってフィヨルド地形。もちろんこれも氷河によって形作られたもの。日本にもリアス式海岸とかあるし、私は東北旅行したときに見てきたけど、これも日本とはかなり違って、もっとめちゃくちゃに入り組んでいる。だから至るところに山と水があり、走っていて水が見えても、それが海なのか湾なのか川なのか湖なのか、ほとんど区別がつかないほど複雑な地形。その向こうに山が見えてもそれが島なのか対岸の土地なのかもわからない。

グレンコーで買った絵ハガキ

もちろん、こんなふうにうまい具合に雲がかかるチャンスはめったにない、プロのフォトグラファーだからこそ撮れた写真だってことはわかるんですが、こういう別世界のような風景が出現してもまったく不思議はないと思わせたグレンコー。一見、雲海から山頂が突き出ているように見えるが、川が見えるようにこれは谷底の風景である。これを見れば、「幾重にも山が折り重なって見える」という意味がわかって頂けるでしょう。

 この山がなんともいいんだなー。もちろん日本やヨーロッパ・アルプスの山も美しいけど、それとはまったく違った美しさ。こういう景観は世界でもそうはないはずで、それがこの世のものじゃないように思わせる要因のひとつ。
 日本の低地の山は木に覆われているから緑一色でしょう? だけど、こっちの山は木に覆われたところもあるけれど、基本的に岩山なので、岩肌がむき出しになっているところが多い。その岩の色がさまざまでなんともきれいなうえ、岩にびっしり付いた苔がまた色とりどりなので、微妙なグラデーションがついて美しい。
 さらに山の向こうにまた別の山がえんえん連なっているような風景は、日本だとかなりの高山に登らないと見られない。それがこっちは平地で見られるのである。ひとつひとつ形の違う山が、幾重にも幾重にも折り重なって、遠くに行くにつれてだんだん青くかすんでいる(しかもその合間には水がキラキラ光っている)光景は本当にきれい。それに雲(低いところでもまるで高山のようにガスがかかっている)がかかっているともっと美しい。
 見ているとなんか遠近感が変になってくる。現実のものじゃなくて、ちょうど映画の背景のマットペインティングを見ているよう。さらに車に乗っていると、その光景がどんどん移り変わっていく様子は、やっぱり現実じゃなくて3Dアニメの中に迷い込んだようだ。角をひとつ曲がるとまったく風景が変わるので、飽きないし。

 水も美しい。北国だから、海も湖も灰色というのを想像していたが、水は濃い群青色で、これはもちろん日本の海とも、南国の海とも違う美しさがある。初めは空の青が映っているのかと思ったが、見ると空はもっと薄い青である。これはなんか知らんがこういう色なのである。
 川や湖だけではなく、(なにしろ雨が多く、木のようなさえぎるものがなく、岩だから地中にしみ込みもしないので)、水はまわりじゅう至るところで、細い渓流や滝になって山から流れ落ちている。これも不思議な光景で、私は『指輪物語』のロスロリエンを連想した。
 比較的平坦なところでは、川はありえないほど大きく蛇行して流れる。とにかく人の手がまったく入ってない野生の自然なのだ。
 石神さんは「川岸が護岸工事されてなくて自然のままだ」と感動していたが、それは私が去年ベルギーで感動したのと同じことなのでにんまり。だけどここではすべてがベルギーよりはるかに雄大で野性的。

アラン島の紺碧の海と空

 その美しい山と水に加えて、イギリス特有の美しい空が広がってるんだからもうたまらない。(イギリスの空についてはPart 3で詳しく書いてます) ただあの空を鑑賞するには雲が不可欠で、晴れた日が多かったのがちと残念。しかも、夜明けや日没だと本当に神々しいばかりに美しいはずなんだが、私たちはほとんど日中しか走らなかったので、そういう景色があまり見られなかったのもちょっと心残り。(そもそも北国なので、夏は朝5時ごろ明るくなり、夜は9時ごろまで日が残っているのだ。真夜中でも空の一部がほんのり明るく、あの下に太陽があるんだなというのがわかる)

 行く前のスコットランドのイメージとしては、漠然と、「モノクロで荒涼としているけど幽玄耽美」というのを想像していたけれど、確かにそういう面もあるけれど、実際はもっともっと雄大で鮮やかで圧倒されるような景色。これも写真の限界で、写真というのはあくまで小さなフレームの中だけしか見られない。それは現地で写真を撮ってみるとわかる。ほんの一部だけ切り出してもただの山とかただの空にしか見えないんだよね。だけど、現地へ行くとそれがまわりじゅう、360度広がってるわけで、この感動はビデオでも写真でも味わえない。

 とにかく、そういう異世界ファンタジーみたいな景色が好きな人にはハイランド絶対おすすめ! それも町や幹線道路から外れた山あいほど神秘的できれいです。

 このページのトップの写真も、走っている途中でたまたま通り過ぎた場所。こんな美しい世界にいたなんて、写真を見てもまだ信じられない。

Part 1 | Part 2 | Part 3

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