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ひとりごと日記特別編

じゅんこの北ヨーロッパどたばた旅行記 Part2

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7日目 (クノック→ブリュッセル→クノック)

8月29日 (土) 5:46 p.m. デセール邸にて

 今日はブリュッセルで用事があるという一家にくっついて、車でブリュッセルへ。まず、アンドレの成人した娘(前の奥さんとの間の子)ヴァレリー=アン(今の奥さんと同名だが無関係)のアパートに行く。彼女は来週からバカンスに行くというので、その留守中、アパートを3日間借りることになったのだ。
 ブリュッセルで3日も過ごす必要は感じないが、やっかい払いしたいという意図が見えるし、こちらも彼らの負担にならないほうがいい。娘さんには悪いけど、ありがたく好意に甘えさせてもらう。
 それでこのアパートがまた‥‥! というのはどうせ滞在中書くことになると思うので、今は省略。
 とりあえず、この3日間でアンドレのところではできないこと(ゴロゴロして気が向いたときだけ外出する)ができると思うと、恩知らずだけどうれしい。それにホテル代もだいぶ助かるし。
 そのあとは、ヴァレリーがメトロの駅まで送ってくれて、10回分の回数券も買ってくれて、ほんとに気配りしすぎ(笑)。
 さらに、ブリュッセルではレコード屋が見たいと言ったら、アンドレがレコード屋の一覧表と地図を作ってくれた。だからそこまでしてくださらなくても‥‥。そこまでされると行かないわけにいかないじゃない(笑)。とりあえず、メトロは路線が少ないので、すごくわかりやすい。それを言うなら国鉄も同じだが。アパートからブリュッセルの中央駅まではメトロで10分。

 それで、一家が用事をすませている間、私は夜までブリュッセル観光をしなさいという予定。それはいいが、メトロを降りてからが迷子の始まり。そんなに大きな町ではないのだが、とにかく細い路地が入り組んでいて、地図を見せられ「すぐわかるから」とか、「すぐそばだから」と言われても、私にはさっぱりわからないんですってば。しかもあらかじめアンドレが名所を車でまわって、ここが何、ここが何と教えてくれたにもかかわらず、方向音痴は角をひとつ曲がっただけでもう忘れている

 とりあえず、グラン・プラス(訳せば大広場)というところが観光の中心らしいので、それをさがす。幸い、高い尖塔が目印になるのでこれは比較的容易に見つかった。

壮麗なグランプラス
(この写真はウィキメディアからもらってきたのだが、なんで透明人間がいるのかは不明)

 広場に一歩足を踏み入れると、さすがに圧倒されましたね。アンドレいわく、「ヨーロッパ一の広場」だそうだが、なんというか、人を威圧するような豪壮な建物が四方をがっちり固めている。なんかこういうのは、私には美しいというよりある種のグロテスクさを感じてしまうな。とりあえず、ブリュッセルを見ればパリはもういいや。小パリと言われるだけのことはあって、パリに似ている。エッフェル塔こそないが、凱旋門はあるし(笑)。広場の建物の中には入れないようだけど、外から見ただけで私はご馳走さん。

イロ・サクレの様子

 さて、このあと夕方までどうしよう? (アンドレたちは8時まで帰らないので) とりあえず腹ごしらえだ。日本では1日1食ということもめずらしくない私だが、さすがにこれだけ動くと腹が空く。
 広場の近くに、ベルギーの食い倒れ横町という感じの、レストランばかりがぎっしりと立ち並んだ路地イロ・サクレ(Ilot Sacre)がある。レストランといっても、気の置けない居酒屋みたいな感じで、例によって狭い路地にテーブルを並べて外で食べている。屋内で食べてる人はほとんどいない。入ってみると中は案外豪華なんだけど。
 ここは観光客が多いせいか、写真入りのメニューを置いてる店が多くて助かるね。もうどこがいいかわからないから、中近東人の客引き(ウェイター)の愛想がよかった店に入り、なんか肉の盛り合わせみたいなのを頼む。
 高級レストランは知らないが、ここらの料理はなんでも一皿にわっと盛った大皿料理が多い。それにサラダとフリット(イギリス人のいうチップス。日本のフライドポテト)が必ず付く。肉はビーフとチキンの串焼きとソーセージ状の肉で、どれもうまかった。さすがにフリットは全部食べられず残したけど。フリットはごく普通のフライドポテトで、これはやっぱりイギリスのチップスの方が、脂っこいけどうまいな。

 (なにしろ量が多いので)ゆっくり時間をかけて食事してから、義務のレコード屋捜しに出かける。1本の通りに集中しているらしいのだが、地図を書いてもらって、車で通って「ここだよ」と教えてもらっても、その通りがどうしても見つからない。
 さまよっているときに、たまたま中古レコード屋を見つけて入ったが、日本でもどこにでもあるようなCDしか見つからない。値段もeBayより格段に高いし、これは捜す価値なしと判断して、悪いけどCD探しは中断。

ブリュッセル王宮外観

内部のほうがずっとすてきなんだけど、写真がないし、ガイドブックが折れるのがいやでスキャンが取れませんでした。

 そこでレコード屋捜しはあきらめ、王宮を見に行く。車で通ったとき、「いつも公開してるわけじゃないけど、今日は開いてる」とアンドレが言ったからだ。ところがこれがまた見つからない。そばには大きな公園もあったし、あんなに大きいものが見つからないはずがないのに! 捜しまわった末に、ビルの谷間にある階段を上がって、小さな花壇を抜けると、王宮広場に抜けられることを発見。あー、なんかわかりにくい!
 実はそんなこと、「地球の歩き方」にちゃんと書いてあったんですけどね。方向音痴ほど、意地でガイドブックなんか見ない。

 とりあえず、私は宮殿見るのが好きなので楽しみ。えーと、外見は、グラン・プラスの教会やギルドホールのおどろおどろしい偉容とくらべると、いたって簡素で、大きな柵に囲まれてなかったら市庁舎かなんかと見間違えそう。衛兵が立ってるわけでもなく、普通のガードマンみたいなのがいるだけだし。
 中は確かに豪華だけど、イギリスの宮殿(そんなにたくさん見たわけじゃないけど)のうわー!という感じじゃなく、わりとシンプル。内装は(少なくとも公開されてる部分は)すべて白い壁に金の装飾で統一されていて、キンキラだけど品がいい。

 実はブリュッセルでの私のメインは近くの王立美術館だったのだが、これはとても数時間じゃ見切れないと思って、別の日にすることにした。その代わりにやはり近くにあるマグリット美術館に行くことにする。ところが、行ってみるとSold Outの札が! 美術館がソールドアウトっていったい何のことよ? さっき通ったときは確かに入れたはずなのに。(美術館や博物館はたいてい5時で閉まるので、単に閉館のつもりだったのかも)

 帰りは5時半か6時半の電車でと指定されていたが、もう疲れたし5時半の電車に乗るつもりで駅に向かう。が、駅が見つからない(笑)。しょうがないので、方向を確かめるためまたグラン・プラスへ戻り、また出発するがなぜか駅がどこにもない(笑)。もしかして方向が間違ってるのかと思って、別の方向に歩くとますます市街から離れてしまうばかり。
 なんで人に訊かないのかって? 田舎とか電車とかでは訊きまくるけど、ここってベルギーの中心じゃん。まわりじゅう観光客ばっかりじゃん。それに都会じゃん。そんなところでお上りさんみたいなこと恥ずかしくて訊けるか!という単なる見栄(笑)。生粋の東京人である私が渋谷で道に迷っても、人に道なんか訊けないのと同じ。方向音痴に限って見栄だけは張るという矛盾(笑)。それに地図で見ると駅はグラン・プラスのすぐそばってことになってるので、見つからないはずはないのだ。
 さんざん探しあぐねてやっと見つけた駅の入口は本当に広場を出てすぐのところだった。だけど、人気のないオフィスビルみたいな建物で、おまけに門に囲まれている。確かに入口の上に小さく「ブリュッセル・セントラル」とは書いてあるけど、Station(フラマン語)ともGarre(フランス語)とも書いてないし、これが駅の入口だなんて誰にわかるかよ! この前は何度も通ったが、まさか駅だなんて知らなかった。(当然ながら、自分が出てきた入口は見つからない)
 それでも他に何もないので、まさかと思っておそるおそる入ってみると、がらんとして誰もいないし何もない薄暗いホールに出る。どう見ても閉館後のオフィスビル。なんだー、ここは? 掃除のおばさんがひとりで掃除をしていたので、この人に訊いて、やっとホールのはしっこにあるエスカレーターを上ると駅に出るんだということがわかった。
 実はこの駅には他にも出口があって、そっちはもっとわかりにくく、工事現場の下に隠れた地下道から入る。これが東京なら人がゾロゾロ向かっているほうに歩けばいいだけだが、こっちは5時過ぎるとゴーストタウンみたいになっちゃうのよね。結局かろうじて6時半の電車に間に合った。

8日目 (クノック→オランダのどっか→クノック)

8月30日 (日) 2:51 p.m. デセール邸にて

Happy Sunday! (エミリーのお友達の庭にて)

(大人左から) エミリーの友達のママン、ヴァレリー、アンドレと子猫、黒メガネの怪しい東洋人(私)
(子供左から) エミリーの友達の妹、エミリーの友達、エミリー、マキシム

天国のような日曜日

 今日は予定では、アンドレの友人で日本の大学で教えている人といっしょに食事をするはずだった。ところがその人が急用で来られなくなったので、予定変更。
 午前中は、アンドレ一家とサイクリングでオランダへ。と言っても、ほんの30分ほどでオランダに出てしまう。もちろん国境なんてない。畑の中をサイクリングロードが通っていて、とっても気持ちいい。

自転車の話

 オランダはサイクリスト天国だと聞いていたけど、ベルギーもそう。観光地にはどこでも貸し自転車屋があり、車に自転車を乗せて走っている人や、列車に自転車を押して乗ってくる若者も多い。そう、こっちじゃ自転車(折りたたみじゃなく普通の)を持って電車に乗れるんですよね。これだけすいてるからできることだけど。中にちゃんと自転車置き場もある。
 ただ、ベルギーで自転車に乗ってる人は、やはりレジャーか運動のためという感じだが、アムステルダムでは普通の通勤や買い物にも自転車が使われていた。そうなると、日本みたいになんとなく貧乏くさく、所帯じみた感じになりそうなものだが、外人だと妙にさっそうとしておしゃれに見えるのはなんでだろう? 足の長さの問題か?
 私も自転車に乗りたかったが、なにしろ走っている人たちはちゃんとヘルメットをかぶって専用ギアで身を固めた若い人ばかりで、気が引けたのだ。

まあ、このような牧歌的な景色がどこまでも続いております。

 でも今日は本当に気持ちよかった。いいお天気だが、風が強く、子供たちにはこれ以上無理というので、短縮されちゃったのが残念!
 町中でも車はほとんど通らないし、自転車を見れば止まって道を譲ってくれる。あ、もちろんどこでも歩道を走るのは厳禁である。もっともヨーロッパの歩道は石畳だから、自転車で走ったらガタガタして大変だけど。
 そういや、車椅子の人は気の毒だ。たとえば江戸川区では車道と歩道のつなぎ目はすべてスロープになっている(それでも多少の段差はあったのだが、こないだそれを削ってなめらかにする工事をやっていた)、こっちはすごい高さがある。電車のステップもバスのステップも高いしね。まあ、介護者がいなくても誰かが助けてくれるお国柄だけど。
 スポーツ車は別として、こっちの自転車はごつい。私が借りたのもマウンテンバイクのようにタイヤが太くて、グリップが良すぎるので最初とまどった。でも走りはすごく快適で軽い。こんな自転車なら何時間でも走れそう。私もマウンテンバイクほしいなあ。
 でもオランダは運河が多いので走りにくそう。そのためしょっちゅう橋を上り下りしなきゃならないからね。江戸川もそうだからわかる。

オランダの風車

 その点、こちらはどこまでも平坦な土地だし、沿道は牛や馬が草をはむのどかな景色だし、家々はきれいだし、ヨーロッパの田園風景を満喫。ただ、ひとりじゃないので、好きなところで止まれなくて、お父さんの号令に従わなきゃならないのがちょっとね。時間があったらひとりでサイクリングに行きたいのだが、なんかスケジュールびっしりだし(苦笑)。
 でも、どうしても馬が見たくて途中で頼んで止まってもらった。放牧地にいたのは、たてがみが金色でとても美しい重種の馬(でっかくて太い大型馬)。いちばん近くにいたやつを呼ぶと、トコトコ走って寄ってきた。そのビロードのような鼻づらをなでて、私が悦に入っていると、隣でマキシムが飛び跳ねたのに驚いて、馬は逃げてしまった。
 あー、こっちのほうが驚いたよ。このサイズの馬の力はものすごいんだから、絶対脅かしちゃだめよ。私はちょうどほっぺたをなでていたのだが、馬が首を振って向きを変えたとき、その手を軽くはねのけられただけなのに、手が肩までじーんとしびれてしまった。
 あと、カモメがハトを殺して食ってるところを見た(笑)。カモメって本当に獰猛。

 行き先は名前も覚えていないオランダの田舎町。ただ、風車を見に行ったのだ。もちろんもう使われてなくて、記念に保存されているだけだが、やっぱりオランダは風車だよね。
 よく絵ハガキで見る、チューリップ畑の中の風車じゃなく、普通の民家の裏庭みたいなところにぽつんと立っているのを垣根越しに見る。明らかに観光地じゃないし、なんか生活実感があって良かったです。(このときもカメラを持ってなくて、ウェブで必死に捜した。間違いなくこれが私の見た風車です)
 そういえば、日本を出る前、早稲田の同僚のイギリス人が「知ってる? オランダには風車がないんだよ」と言っていたが、これは本当だ。その意味でも風車を見られてラッキーだった。

これぞまさにマグリットの空!

 北部の良さはどこまでも平坦で、高いものが木ぐらいしかないため、空がやたらと広いことだ。しかもその空がまさにマグリットの空。真っ青な青空に白い雲が浮かんでいる様子は本当に絵に描いたよう。ちなみに、ときおり真っ黒な雲が流れてくるが、そうするとその下だけ真っ暗になり、それ以外は青空だから、本当にマグリットの『光の帝国』そのものだ。あれって、現実の風景だったんだ!

 サイクリングの帰り道、エミリーのお友達の家に寄った。ちょうどもうひとりの友達が遊びに来ていて、4人の女の子とマキシムは大興奮で暴れ回る。
 この家はアンドレの家よりだいぶ大きく、広々とした芝生の庭がある。そこにブランコやすべり台、巨大なトランポリンやビニールプールなどの遊具が置いてあり、遊ぶ子供らを眺めながら、大人はテラスでゆっくりビールを飲むというわけ。あー、日本じゃできないぜいたくだなあ。

 しかし、半裸のかわいい女の子が4人、パンツ丸出しではねまわっているのは、日本の変態ロリコンにとってはたまらない誘惑だな(笑)。でもこっちにはそんな変態はいないらしく誰も気にしてない。というか、自分ちの庭なんだからあたりまえか。でも私は子供より猫にうっとり。
 この家には子猫がいて、この子が本当にかわいい。(茶色のキジトラ) 子供だから猫を乱暴に小脇に抱えて駆けずり回ったりしてるんだが、おとなしい猫で怒りもしない。ヴァレリーは「猫ちゃんがかわいそう」と言ってたけど。でも猫も子供なので、走り回る子供たちを追いかけたり、勝手にボールを追いかけたりして遊んでいた。子供も幸せだけど、広い芝生を思い切り駆け回れる猫も幸せだと思うよ。
 抱かせてもらったが、すぐにゴロゴロ言って、人見知りしないいい猫だ。

子供について

 気になるのは甘いものを食べさせすぎじゃないかということ。子供たちは朝食にも、ドーナツやチョコクリームを塗ったパンなんか食べてる。テーブルにはキャンデーの大きな缶が載っていて、代わる代わるそこからキャンデーをつかみだしていく。キャンデーと言っても日本の硬いアメじゃなく、硬いけど噛めるグミみたいなの。見るからにどぎつい人工着色がされていて、舌がしびれるほどどぎつい甘さで、私にもひとつくれたがとても食べられず、こっそり吐き出した。
 ヴァレリーみたいにきちんとしたお母さんはそういうことにうるさいかと思ったら放任。食事の時子供が好き嫌いを言っても、食べなさいなんて言わないで黙って皿を下げるし。
 逆にしつけでえらいと思うのは、大声をあげると叱ること。たとえ自分の家の庭であっても、興奮した子供が金切り声をあげると、「シーッ!」と怒られる。あー、まったく日本のサルみたいなガキども(大学生含む)にも見習わせたいよ

 あと、危険についてもわりと放置。アンドレの家にもトランポリンがあるのだが、さすがにここより小さくて、子供の身長ほどの直径もない。エミリーはそこで逆立ちしたり、宙返りをしようとしたり(もちろんできないので背中から落っこちる)するので、見ていてハラハラする。だって、頭から地面に落ちたり、ふちの鉄枠で頭打ったりしたら、子供なんて骨もろいから首の骨折れちゃうじゃない!
 でも親たちは何も注意しない。ヴァレリーなんて「私はこわいから見ないようにしている」なんて言いながら、やめなさいとは言わない。

 サイクリングの途中でも、マキシムが疲れてしまったのか、かなり後ろに取り残され、止まってしまった。それに気づいた私は両親を呼び止めたが、彼らは「早くおいで」と声をかけただけで、止まりもせずにさっさと先へ行ってしまう。これが日本なら、絶対止まって引き返すと思うんだが。私は心配でずっと見ていたら、マキシムは元気を取り戻し、懸命に走って追いついてきた。

 ここらがいかにもヨーロッパ流だと思うんだな。つまり、ごく小さいころから「自分の身は自分で守れ」というしつけの仕方。これなら確かにたくましい子に育つし、自立心もつくなあ。これまた子供を持つ日本人の親には見習ってほしいものである。
 活発なエミリーなんか、しょっちゅうあっちこっちをすりむいたり、あざを作って見せに来るのだが、チュッとキスしておしまい。エミリーも泣きもしない。

 家に帰ると、これも外のテラスで昼ごはん。子供たちはソーセージとマッシュポテト、大人はチーズとパン。私は子供用のほうが良かったんだけど(笑)。チーズも硬くて塩辛いのは好きなんだけど、デザートみたいな甘くて柔らかいのは苦手なので。でも子供たちはソーセージを食べず、大量に残したので私とアンドレで片づけた。
 さらに日曜日だからか、デザートも出た(初めて)。日本の倍はある大きなケーキで、私はストロベリーとラズベリーのタルトを食べた。日本のケーキとくらべると、形も崩れてるし、実におおまかで素朴なケーキだが、とにかく果物がうまい。


果物の話

 そうそう、フルーツはここへ来てから、イチゴと、レーヌ・ド・クロードという名前の果物と、ブドウを食べた。私は果物のうまさは日本がいちばんだと思っていたが、考えを改めた。
 イチゴは日本のと同じだが(もちろん形は日本みたいに整ったのばかりじゃない)、レーヌなんとかは初めて見た。一見スモモみたいなので、酸っぱいのを予期して口に入れたら甘ーい! 皮もやわらかくて、丸ごと食べられる。どこか南国のフルーツかと思ったら、フランス産だと言う。今の季節しか食べられない珍味なのだそうだ。
 ブドウは普通のグリーンのブドウだが、これも砂糖でできているように甘くておいしい。


 そのあとは、テラスに並べたデッキチェアで、アンドレとしばらく日光浴。紫外線は毒だとか言ったが、これだけ風が冷たいと太陽の光がぬくぬくと体にしみこんでくる感じがなんとも気持ちいい。それでほてった体はまた風が冷やしてくれるし。聞こえてくるのは木々の葉ずれの音と鳥の声だけ。そうして仰向けに長々と寝て、マグリットの空を流れていく雲や、空を飛ぶカモメを見ていると、「あー、幸せだなー」という気持ちが腹の底からこみ上げてきて、アンドレがうらやましくなってくる。
 「ここは天国ね」と言ったら、アンドレもその通りだと言っていた。彼のオフィスはブリュッセルにあって、そこまで毎日片道1時間半かけて通勤しているのだが、それでもクノックに住む価値があると思う理由は大いにわかる。

クノックの浜辺。多少チェアやパラソルの色が違ったりもしますが(例によってカメラ持ってない)、まあこういうところに寝そべっていたわけです。人出もこの程度。白いものは風よけ。風が強いので、これがないと震えてしまうので。

 さらにそのあとは、ヴァレリーとプライベート・ビーチへ。プライベート・ビーチですぞ! 実際は、町が年会費をとって地元民に貸し出している専用ビーチなのだが。これだけ空いてりゃどこでもいいと思うんですがね(笑)。ヴァレリーも高いから解約するかもしれないと言っていた。
 ただ、これを借りるとビーチハウスが借りられる。ビーチハウスと言ってもただの物置だが、そこにデッキチェアや浮き輪やパラソルなどのビーチ用品を収納しておけるわけ。私は着替え用の小屋かと思ったが、水着なんかはうちから着ていくわけですね。
 そこでまたもデッキチェアで日光浴。晴れて風が強い日で、海にはヨットがたくさん浮かび、浜辺では人々がたこ揚げをしている。洋風のカイトは見たことがあるが、こんなでっかいのは見たことがない。最初は、えーと、あれの名前を忘れたが、人が下にぶら下がって飛ぶやつかと思った。実際飛ばすにはすごい力が必要で、子供なんかは飛んでいってしまうこともあるという。

 それでつくづく考えた。なんでこの程度の幸せが日本では得られないのか? 何も専用ビーチじゃなくてもいい。日本だってこの程度の庭のある家はたくさんあるし、うちのベランダだってデッキチェアぐらい置ける。実際、周辺のホリデー・アパートメントのベランダでは、みんな椅子を出して寝転がっている。
 ただ、うちでこれをやったら隣のショッピングセンターや、下の街路から丸見えで、水着で日光浴なんてしていたら、気でも狂ったと思われるのがオチ(笑)。
 天気のいい日は庭のデッキで食事を取るのもこっちの習慣だが、これまた自分の庭で家族揃って飯なんか食っていたら、通りがかりの人からジロジロ見られるだろう。全員がそれをやってるならなんの問題もないんだが。東京でもはやらないかな。
 とにかくズバリ言おう。家が狭いとか広いとか、金があるとかないとかにかかわらず、日本とヨーロッパとではquality of lifeが違いすぎる!
 もっとも、少なくとも私の子供のころの東京の下町は、夏は通りに縁台を出して、隣近所の人がそこで涼んだり、スイカを食ったり、花火をしたり、将棋をうったりという豊かさがあった。それを思うと、高度成長によって失われた豊かさをしみじみと感じる。まあ、日本も田舎へ行けばまだそういう暮らしがあるのかもしれないし、ここも田舎だけどね。

9日目 (クノック→アントワープ→クノック)

8月31日 (月) 8:49 a.m. クノック駅にて

 今日は『フランダースの犬』で(日本でだけ)有名なアントワープ観光。今はクノックの駅で電車を待っているところ。明日はゲント(ベルギーの都市)の予定(ヴァレリーの計画では)だったのだが、もういい加減ベルギーは見飽きたような気がしたし、やっぱりドイツへも行ってみたかったので、ベルギーからはいちばん近くて見応えもあるというケルンへ行くことにした。こうやってすぐ行き先を変えるので、彼女には頭痛の種だろうけど、今日も駅まで送ってくれて、ケルン行きの切符を買うのを手伝ってくれた。

12:37 a.m. アントワープのカフェで

アントワープ駅構内

 アントワープの駅はすばらしいと聞いていたが、地下のホームに着き、青い間接照明に照らされて、まるで水族館みたいな雰囲気なのに驚いた。ところが地上に出ると、駅舎は例のどっしりとした作り。それと鉄とガラスのホームとの取り合わせは美しいが、ロンドンのBRの駅はみんなそうだったような気が。

 三食しっかり食べているので、昼はお腹がすかない。ワッフルかクレープでも食べようと思ってカフェを捜したが、レストランばっかりでそういう店が少ない。入ったところも甘いものがないので、またクロック・ムッシュを頼んだ。ていうか、食事のメニューが全部フランス語で、クロック・ムッシュしか読めないんだよ(笑)。
 いや、もちろんスパゲッティとかラザーニャとかは読めるが、どうもこっちのイタリアンは避けた方が良さそうなので。ヴァレリーが一度スパゲティ・ボロネーズを作ってくれたが、日本のサラダ・スパみたいに細いやつで、しかも柔らかすぎてズタズタに千切れたのを、ミートソースでぐちゃぐちゃとあえて食べる。レストランのスパゲティも、みたところそれと同じ。これはさすがにちょっと‥‥。アンドレは「日本のイタリアンは本場そのものですごい」と言っていたが、なんで家ではそうしないのかな?
 で、外の椅子に座ったとたん、椅子がつぶれて壊れ、みんなに笑われる。私の体重のせいじゃないもん! まったくなんでベルギーまで来てスラップスティックやってんだ。
 タバコを吸いながら、キョロキョロして灰皿を捜したら、隣のテーブルの男性が金属のカップをまわしてくれた。中には土がいっぱい詰まっているように見えて、一瞬「え?」と思ったが、コーヒーの出しガラだった。なるほど、これならいっしょに捨てられて、手もカップも汚れないし、頭いい。

メトロの駅を出たところの広場。左にそびえるのが大聖堂。
真っ白で美しい内部
これがネロが見たかったルーベンスの絵
川べりにあったお城。道路の向かいはただのオフィスビル。

 それはそうと、着いてすぐにまずカテドラルを見ようと思う。べつに『フランダースの犬』には興味ないけど、(子供のころに一度読んだだけで、覚えてるのは「子供と犬が死んじゃう話」というだけ。アニメも見てないし)、当地ゆかりのルーベンスの絵がたくさん見られるというし、きれいなところみたいなので。
 でも駅からかなり遠いみたいで、アントワープは大都市だし、また迷うのはいやなので、メトロの駅を探す。「地球の歩き方」にはメトロって書いてあったけど、ヴァレリーはメトロなんかないからトラムだろうと言うし、なんか情報が混乱している。とりあえず、「地球の歩き方」を信じて、メトロと書いた階段を下りていくが、チケット売り場が見つからず、いきなりホームに出てしまう。車内で買うのかな?と思ってベンチにすわっていると、チケットと書いた機械が目に入る。なんだ、ホームで買うのか。こういうところ、いちいち勝手がわからずとまどう。降りる駅もわからないので、適当にいちばん安い切符を買ったが、検札も来ないし、改札もないし、あれでよかったのかどうかわからない。
 電車は確かにトラムの電車なので、両方正しかったわけだ。駅を降りると、着いたところは教会の真ん前だった。

 中は完全に観光地化していて、切符売り場のおじさんも感じがいい。ゴシック教会はとにかく薄暗くて陰気な雰囲気だが、ここはすべてが真っ白なせいか、明るくてきれい。絵もすばらしい。なんというか、美術館に収められた絵って、場違いなところにあるようでいやなのだが、こういうところの絵は、本来あるべき場所にあるという感じで落ち着くね。
 ルーベンスもいいが、廊下にあったキリストの受難を絵物語風に描いた絵が気に入った。ガイドブックにも載ってないからべつに有名なものじゃないんだろうが、写実的で美しい。キリストに同情的だった人の頭にはワッカが載っててわかりやすいし(笑)。描かれたキリストは、まさに私たちが思い描くキリスト像だし。(ルーベンスは筋肉もりもりでたくましすぎ)

 帰りに売店でガイドブックを買う。あと、キリストのシンボルであるパンと魚のついた十字架のペンダントが、すてきだったので買う。たったの5ユーロ。ぜんぜん十字架に見えないところがいいし、デフォルメしたシンボルのデザインもかっこいい。安っぽい黒いヒモが付いてるが、これをちゃんとした鎖に変えたら、なかなかすてきなペンダントになるんではないか。

 またカフェで一休みしたあと、ぶらぶら歩いて川に出る。この川はずいぶん広いけど、南部の川ほどきれいじゃない。でも、川のほとりにかわいいお城が建ってたりするあたりがいかにもヨーロッパ。向かいは普通のオフィスビルなのに。
 そのあとは民族博物館というのに行くつもりだったのだが、行ってみるとドアが閉まっている。なんかこっちのミュージアムは、開館時間が極端に短い上に、やってるんだか閉まってるんだかわからないのが多くてめんどくさい。どうしても見たいやつは来いって感じね。私はそれほど見たかったわけじゃないのであきらめる。
 その点、いつでもふらっと入れる教会の方がいいな。静かだし、涼しいし、きれいな音楽が流れてるし、いくら座っていても怒られないし、美しい建築や絵や彫刻の鑑賞もできる。だいたい無料だし。アントワープのカテドラルは有料(5ユーロ)だったけど、本来神様の家なんだから、誰にでも開かれているものなんだよね。でないと貧しい人は救われないことになってしまう。『フランダースの犬』のネロもたぶん入場料は払ってないはず。

 例によって時間が余ってしまったので、駅へ戻って動物園に入る。ベルギー唯一の動物園だそうで、子供連れでにぎわっている。規模も小さいが、定番の動物はほとんどいる。ただ、こないだ見た上野とくらべると、いかにも昔のままの動物園だな。通路の両脇に動物の檻や囲いが並んでるという形の。なんか郷愁を覚える。
 しかし暑い! 動物もバテてる感じ。気に入ったのはラッコ。日本で見たことのあるラッコより大きくて、しかも白い。水族館もあるが、入口にいきなり日本の鯉がでかでかと展示されているのに笑った。こんなのどこの池にもいるよ。あとは小さい魚ばかりだが、でっかいナマズ(と言ってもせいぜい1メートルぐらいだが)が、こっちに向かって泳いでくる様子はなんとなく不気味でこわい。大きさが同じならサメよりこわいと思った。

タバコの話

 とにかく世界中がおせっかいにも私に禁煙させようとしてくれやがるので、ベルギーも例外じゃないだろうとは覚悟していた。しかし来てみれば、やっぱりヨーロッパは自由でいいや。
 おっと、もちろんアンドレの家は禁煙です。だから私は庭へ出て吸ってる。
 公共の建物はすべて禁煙だが、屋外は自由。路上禁煙とかケチくさいことは言わない。駅でさえ、屋外のホームなら吸ってもいい。レストランやカフェはテラス席のみ喫煙可だが、そもそも室内で食べてる人なんかいない。喫煙者の数も日本よりずっと多い感じ。
 ただ、ちゃんと灰皿があるのに吸いがらをポンポン路上に捨てるのはどうかと思うぞ。私はいつでも携帯灰皿を持って歩いているが、ヴァレリーに見せたら驚かれた。こっちにはないらしい。
 タバコの量は減った。ストレスがない(道に迷うのと電車に乗り間違えるのを除けば)せいか、あまり吸う気になれない。ていうか、パソコンに向かってるときがいちばんだめなんだよね。なのに日本ではパソコンなしでは1日も暮らせない私が、これだけパソコンにさわらなくても平気というほうが驚きだ。

 うっ、今、双子の赤ちゃんを乳母車に乗せて、ベンチの隣に座っていた夫婦なのだが、親はここで休んで子供を勝手に遊ばせていたらしく、子供らがワラワラと駆け寄ってきた。上は16才ぐらいから、下は3才ぐらいまで5人+赤んぼ2人で7人の子持ち? アンドレも5人の子持ちだし、べつに驚くことでもないか。奥さんのウエスト・サイズからして、あと3人ぐらいは入ってそうだし。

公共マナーについて

 禁煙の話が出たついでに公共マナーについても。私がイギリスに行っていちばん感心したのもマナーの良さなんだが、こっちはかなりアバウト(笑)。イギリス人みたいにピリピリした感じじゃない。だから多少は人にぶつかられるし、前の席に座った子供に足を蹴られるのなんてしょっちゅう。町は観光名所も(ゴミ箱はたくさんあるのに)ゴミだらけだし、前述のようにタバコや空き缶はポイ捨て。
 それでも東京とくらべれば、町は千倍きれいだからいいけどね。ゴミはいつかは片付けられるが、醜い建物や看板はそのままだから。それにシンガポールみたいにゴミひとつないピカピカの町なんて私はやだし。
 ただ、犬のウンチだけは片付けてほしい。これも噂に聞くパリと同じで、犬の糞を始末しないのがヨーロッパ式だが、なにしろ大型犬が多いもので、ウンチも人間のよりでっかいのがそこら中にゴロゴロしているのだ。

 あー、しかしヒマだ。今は動物園の花壇の中のベンチに腰掛けてこれを書いているんだが、さっきのカフェテリアにあった洋梨のタルト食べたいな。でもそんなのがあるとは知らず、やっぱりクロック・ムッシュだけじゃおなかがいっぱいにならないので、駅ででっかいワッフル買って食べちゃったんだよね。東京にいるときの3倍歩いてるから、むしろ痩せたぐらいなんだけど、日本に帰ってもこの習慣が抜けなかったら大変だ。ああいうふうにだけはなりたくないという見本がそこらじゅうに歩いてるし!

 しかし暑い! 汗はかいてないということは、気温はそんなに高くないはずだけど。それとも湿度が低いので汗が出ないのか? 電車や建物には冷房がないので、涼しいところに避難することもできない。そのせいか冷たい飲み物やアイスクリームがよく売れている。

 晩ごはんはヴァレリーがメキシコ風ラザーニャを作ってくれた。おいしい。彼女は結婚前、ブリュッセルのメキシコ大使館に勤めていたのだそうだ。道理で語学も達者だし有能なわけだ。

 私の留守中にアンドレは例の日本在住の友達から、わざわざプラグのアダプターを借りてきてくれた。これがないため携帯の充電ができず、写真が撮れなかったのだ。日本へ帰ってから返せばいいという。本当に親切。問題は私がいつも携帯を持たずに外出してしまうことだけ。ふだん持つ習慣がないからだめなんだよね。


偏食の話

 弱冠9才にして、エミリーは偏食の女王である。
 食事のとき、子供たちだけが大人とはいつも別メニューなのがずっと気になっていた。それも子供が食べにくい料理(ステーキとか?)のときだけでなく、このラザーニャのような、いかにも子供が好きそうな料理のときもそうなのだ。(だいたい日本の子供は洋食好きだよね) 特にエミリーは、毎食ほとんどチョコレート・クリームを塗ったパンか、甘いドーナツしか食べない。
 それで訊いてみたところ、エミリーは偏食が激しくて、肉もきらい、野菜もきらい、これ以外食べないんだそうだ。
 私にはむしろ、ヴァレリーみたいな完璧な母親がそれを許していることのほうが不思議。だから「糖分の取りすぎが心配だ」と言ったら、「彼女は活発で、カロリーはみんな燃焼しちゃうから大丈夫」だって。
 いや、だから、太る心配をしているんじゃなくて、育ち盛りの子供がチョコレートだけで生きてちゃ、いろいろな栄養素が不足するんじゃないの? でも当のエミリーはあれだけ元気いっぱいで、すくすく育ってるところを見ると、これでいいんだろうか?
 ここらも日本との大きな違いだね。日本のお母さんだったら、娘がチョコしか食べなかったら発狂してしまうだろう。少なくとも、なんとかまともな食事を取らせようとするはず。でもこっちじゃこれが普通だとしたら、栄養学ってある種の迷信なのかしら? 少なくともある程度はそうだ。だって私も偏食で好きなものしか食べないけど、元気にやってるもん(笑)。
 ただ、こちらの女性があんなに太るひとつの原因をかいま見た気もする。


 ここ数日、ヴァレリーはホテルの予約や切符の予約に駆け回ってくれている。しかしベルギー人すべてが彼女のように有能なわけではない。というか、いつものヨーロッパ流。
 オランダへの切符を予約に行ったときは、国際線用のコンピュータがダウンしていて買えず、翌日もう一度ヴァレリーが行ってくれたんだけど、さんざん待たされたあげく、彼女の番になったとたん、また壊れましたと言って買えなかったんだって。「もういいですってば。それぐらい自分でできるから」と言って、切符はブリュッセル滞在中に買うことにする。
 一方、ロンドンのほうは、初めてのロンドン旅行で滞在したホテルが良かったのでそこに決めて、予約のeメール(小さいホテルなのでオンライン予約はできない)を入れてあったのだが、なんの返事もないので、予約の確認に国際電話を何度も、メールもガンガン送って、やっと予約が取れた。だって、メールに返事が来ないから電話しているのに、それはメールで言ってくれとか言うんだもん。
 まあ、今さらガタガタ言ってもしょうがないというか、こういう無気力さとアバウトさがヨーロッパ人の流儀で、電車が5分遅れても大騒ぎの日本人とは対照的。
 その点、ヴァレリーはまったくヨーロッパ人らしくなく、むしろ日本的。(私はどっちかは言うまでもないね) 日本で働いていたら「できる女性」としてさぞかし出世できただろうに。

10日目 クノック→ケルン→クノック

9月1日(火) 8:44 a.m. ブリュッセルへ向かう車中

 今日は初の外国であるケルンに行く予定。(すでにオランダへは行ってるのを忘れてる) しかしこう毎日列車ばかり乗ってると、「もういい!」って感じになってくるな。美しい景色も見慣れてしまえば、「あっそ」てな感じだし、むしろ長距離通勤していたころを思い出してしまう。武蔵野線で2時間かけて埼玉の大学に通ってたころとか、電車が1時間に1本で、駅でえんえん待たされたこととか。観光旅行なんて1週間で十分なのかもしれない。
 昨日はすごい暑い思いをしたので、今日はカットジーンズに素足にサンダルという格好で出かけたら、足がスースーして寒いし。日本の10月下旬ぐらいの気温。太陽が出ると一気に暑くなるのだが、今日は雨になるみたいだし。長袖の上着はつねに持っているが、足元が誤算だった。

 でも運賃は安い。いろいろなディスカウント・チケットがあり、もちろんヴァレリーがいちばん安いのを捜してくれた。日本の鉄道にくらべバカみたいに安い。たとえば今は10回使えるパスを持って旅行しているのだが、これがたったの71ユーロ。ブリュッセルからクノックまででも片道15.40ユーロするのよ。しかもベルギー国内なら、始点と終点さえ指定すれば、どこからどこまで乗っても1回分。1日のうちなら何回でも好きなところで乗り降りできる。いくら国が小さいと言っても、ものすごい距離を旅してるのに。

10:11 a.m. ドイツへ向かうタリスの車中

タリスの車両

 ブリュッセルからケルンまで、これから2時間の旅。タリス(Thalys)というのはベルギーが誇る新幹線。フランス・ベルギー・オランダ・ドイツの主要都市を結んでいる。さすが車両も豪華だし速い。(インターシティは特急とは名ばかりで、のろのろ走る) 列車が高級だと車掌も高級で、なめらかな英語を話し、応対もとてもていねい。
 しかしガラすき(笑)。ひとつの車両に、客は私を入れて3人。いちおう全席指定だし、あとから客が乗ってくるのかもしれないと思って、自分の席を捜してうろうろしていたら、他の客に「どうせすいてるんだから、好きなところに座りなよ」と言われてしまった。
 とまどったのは車両に入るドアの開け方。取っ手を引っぱっても押しても動かないし、開閉ボタンもない。悪戦苦闘していたら、後ろから来た人が教えてくれた。なんと天井にあるボタンを押すのだ。これが私の頭よりはるかに高いところにある。これじゃ背の低い人は届かないんじゃないか?

 しかし、新しい国へ行くのはちょっとワクワクしますね。ドイツは本当に初めてだし。と言っても、今のヨーロッパには国境なんてほとんどないに等しいんだけど。
 これで26ユーロ(片道)は安すぎる! ところが距離はこれより短いのに、ロンドンへ行くユーロスターの運賃はこれの10倍って何それ! 海を越えるのってそんな大変なことなのか?
 ヴァレリーは行きと帰りの乗車駅が違うからとか、曜日がどうとかしきりにすまながって弁解していたが、日本国内の電車賃を考えれば、まあそれほど高くはないから平気です。しかしこれだけあればヨーロッパをもっとまわれたなー。ロンドン行くという考えは間違いだったかも。イギリスならイギリスだけでゆっくり行くべきだった。とはいえ、今度来られるのがいつになるかわからない私には、このチャンスを逃したくなかったのよ。
 パリに未練はないね。なにしろ食べ歩きも興味なし、ショッピング興味なし、観光興味なし、教会も宮殿も飽き飽きするほど見たから。
 だいたいベルギーというのは西ヨーロッパのまん中にあるだけあって、町や地方によって、フランス文化、オランダ文化、ドイツ文化が全部ひとつにまじりあっている。ベルギーだけ見ればヨーロッパは一通り見たことになると言っても過言でない。(イギリスはヨーロッパではない) ブリュッセルに「ミニ・ヨーロッパ」というテーマパークがあるが、まさにベルギーそのものがミニ・ヨーロッパだ。
 あとヨーロッパで行きたいのはイタリアとギリシアぐらいかな。

 タリスを待つ間、駅の自動販売機(こっちはけっこうたくさんある)で、チョコレートドリンクを買おうとしたら、途中まで落ちてきたのに引っかかって出てこない。このクソ機械め! これだからはヨーロッパは! 順番を待っていた男性が、手を突っ込んで出そうとしてくれたのだがだめ。でもその男性が自分のドリンクを買ったら、いっしょに押し出されて出てきた。
 でもこのチョコレート・ドリンクはボトルの形状が悪いのか、飲もうとするとダラダラこぼれる。あー、白いカーディガンにチョコのシミが! 教訓。旅行に白いものを着てくるべきではない。私は「やっぱ夏は白がおしゃれでしょ」とか言って、カーディガンもコートもスカートもバッグも白なのに、私みたいになんでも汚す人間は白は禁物だった。
 しょうがないので列車のトイレで洗ったら、シミは取れたが、ドライヤーが壊れていて乾かせず、濡れたのを着ているとトイレの石けんの強烈な匂いが!

家庭の食事について

 すでにアンドレ一家とかなりの回数食事をともにした。それで気づいたこと。

 たっぷりした暖かい食事を取るイギリスと違って(もっともイギリス人も最近はカロリーを気にして、朝食を減らしているそうだが)、朝食はいわゆるコンチネンタル・ブレックファスト。
 朝はまず、絞りたてのフレッシュ・オレンジジュース、各種のパンを盛ったかご、冷たいハムやチーズの皿が食卓に上る。私はたいていパンにハムとチーズをはさんでサンドイッチにして頂く。一切火を使わないので、奥さん楽でいいな。イギリス人もどきの私は、たまには焼いたソーセージか卵がほしいと思うけど、卵が出たのは日曜日だけ。それに「おかず」はフライドエッグだけだった。ハムは生ハムしか食べない。もちろんすごくおいしい。

 昼も朝とほぼ同じ。夜はヴァレリーが腕をふるって料理を作ってくれるが、一品料理のみで、スープとかサラダは出ない。幾皿もの料理が並ぶ日本の夕食とはだいぶ違う。いや、すべての家がそうだとは思わないが、それでも少なくともみそ汁とおしんこぐらい付くでしょう? それならスープとサラダってことだもんね。
 もっとも、ちゃんと料理を作るぶん、(これも都市伝説かもしれませんが)、ポテチの袋を渡して「はい、晩ごはん」というアメリカよりましかも(笑)。

 だからラザーニャの日はラザーニャだけ。おいしいし量はたっぷりあるが、やっぱり私はなんか物足りないような気がしてしまう。手抜きの女王の私でも、たぶんサラダぐらいは付けるからね。結局、いろんなものをチビチビ食べる日本式の方が太らないような気がする。

11:01 a.m. まだタリスの車中

 ややや、日記を書いてるうちに外の景色はだいぶ変わったぞ。なにしろ今どこを走ってるのかもわからないので、ここがベルギーなのかドイツなのかも知らないが、草地が消えて、うっそうたる森に取って代わられた。小高い丘が連なっているのも南部の風景っぽい。
 看板で見分けようとするが、看板というものがないのでわからない。あったと思ってもNISSANじゃますますわからないし。
 車内放送はさすがに国際列車だけあって、仏・独・蘭・英の4か国語。こっちへ来て初めて英語のアナウンスを聞いた。何を言ってるかわかるとほっとする。

1:42 p.m. ケルンのルートヴィヒ美術館のレストランで

ケルンの大聖堂。普通の近代都市のまん中にこのような異様な建物がたっているという不思議。
どんなアングルでも絶対写真に収まりきらない2つの塔の偉容。なんかものすごいなあ。
足場が組まれてるが、このようにほとんどの教会のあっちこっちで保守・修復作業をしていた。そうでもしないとこれだけのもの保たないんでしょうな。
教会内部
お昼を食べたルートヴィヒ美術館のレストラン
ライン川の眺め

 ケルンが近づいてくると、前方にカテドラルの2つの塔が見えてくる。ここのカテドラルは駅のすぐそばにあるのだ。っていうか、教会のそばに駅を作っただけか。
 2つの塔というと、私はまたすぐ『指輪物語』を思い出してしまうが、この黒々とした威圧感あふれる塔は、むしろ悪の城って感じね。
 でも中に入ると、やっぱり他の教会と違う。異常に天井が高いというか、天井が高いのは当たり前だが、それを支えるアーチの高さが、普通の教会の2倍ぐらいあるのだ。そのため、すべてが上へ上へと向かっている感じで、ちょうど深い森の中にいるような感じがする。これはとても神聖な感じがして良い。
 かすかにお香の匂いがただよってくる。観光客はこれまで見た教会の中でいちばん多い。それだけ有名ってことだが、ざわざわしてるのが玉に瑕。

 ケルンの町に降りても、あまり外国に来たという気がしない。もちろん地続きだけあって、いろいろ文化が似てるからだが、ベルギーとの違いは、人がドイツ語しゃべってることだけという気がするな。ただし、標識とか看板とかは英語が多く、これも観光客を意識したものだろうが、ベルギーではまったく見なかったもの。

 それからインフォメーションに行った。ストリートマップをもらおうとしたら有料。金とられるなら少しは働いてもらおうと思って、「4時間ぐらいしかいられないんだけど、おすすめはどこ?」と聞いたら、係の男性は立て板に水で、「この教会と、この教会と‥‥」と言いながら、今買った地図に印を付けてくれる。また教会? 教会はもういいよー!

 そうこうするうち、お昼になったので食べるところを捜す。ケルンの名物ってなんだろう? (例によってガイドブックを見ないので何も知らない) だけどメニューはやっぱりドイツ語だー! 私はフランス語よりドイツ語のほうがもっとわからない。すると美術館の前に出た。ルートヴィヒ美術館というモダンアートの美術館で、ウォーホルとかリキテンシュタインのコレクションが売り物らしい。ノン、ノン、私はベルギーのモダンアートは好きだけど、そういうのはお呼びでないの。
 だから美術鑑賞は興味ないが、美術館にはたいていきれいなカフェテリアがあって、安くてうまい(ロンドンではそうだった。日本は超まずい)ので、付属のレストランに入ってみる。

 すわってからメニューを見ると、かなり本格的なレストランで、オードブルとか、肉とか、野菜とかが並んでいる。それぐらいはわかるが、個々の料理の名前を見ても何がなんだかさっぱりわからない。見回すと、黒板があって、スペシャルとしてビジネスランチというのが書いてある。なんで美術館でビジネスランチなのかさっぱりわからないが(たぶん日本と同じで、意味もなく英語を使ってみたいだけだろう)、選ぶ手間が省けるし、そんなに高くないだろうと思ってこれを注文する。
 運ばれてきたのはでっかい鉢に入ったスープとパン。寒いので暖かいスープを期待したのに、冷たいスープだった。それはちょっとがっかりだが、スープは本格的な貝のスープ。なんの貝だかわからないが(ムール貝に似ているが、ずっと大きい)、大きな貝をぶつ切りにしたやつと、カニも入っている。野菜もいっぱい刻み込んであり、これだけでおなかいっぱいになりそう。味も上等でした。
 でもスープで終わりってことはないだろうなと思ったのだが、それっきり何も運ばれてこない。聞いてみたら、本当にこれだけだった。ああ、そうですか。しょうがないのであとは何も付けないパンをぼそぼそ食べている。このパンがうまいんだけどね。何かの香ばしい穀物が練り込まれたパンで、できたらバターがほしいんだが、昨日から食べ過ぎなんでこれぐらいでちょうどいいや。と思ったら、ウェイトレスが来て、“Are you OK?”と聞くので、やっぱりバターも頼んでしまった。

 さて、これからどこへ行こう? ケルンの町は観光にはまことに楽ちんというか、主要な観光スポットはすべて駅周辺に集まっている。上野の森もそうだが、上野はけっこう広くて私は迷う(笑)のに対して、ここは全部隣り合っているので迷いようがない。
 とりあえず、ドイツに来たからにはライン川を見なくてはと思って、川まで歩くが、これもすぐそば。ライン川は、まあ普通の川ですな。ベルギーの川ほど感動しない。できたらライン下りの(ここからだとライン上りか?)の遊覧船にも乗りたかったが、それには時間がないのでパス。
 全部一箇所にまとまっているのはいいが、これだと町歩きの楽しみがないですな。

 歩いていたら、ローマ=ゲルマン博物館というのが気になったので入ってみる。というのも、外からローマ時代の見事なモザイクの床が見えたからだ。これはデュオニソスを描いたモザイクで、もともとここでそれが発見されたので、ここに博物館を建てたんだって。観光客の便のためじゃなかったのか。
 ところで私がなんでそれに惹かれたかというと、またもゲームでシムピープルのせい。シムピープルでも古代ローマの衣装や、家具や、壁紙を作ってくれる人がいて、私はすてきなモザイクの床や壁を持っているのだ。ローマの住居は作ったことがないけど、その参考になるかと思って。
 もちろんモザイクや彫刻はすばらしいけど、それより感動したのは、小さな身の回り品の展示。スプーン1本でも凝った細工がしてあって美しいのよ。しかもそれが貴族の持ち物とかいうならわかるけど、庶民の使っていた品物もけっこう展示されていて、やっぱり文化レベル高かったんだなーと感心。
 これほど進んでいたヨーロッパ文明が、中世に一気に後退してしまったのは、もちろんキリスト教のおかげですけどね。
 ジュエリーのコレクションもすばらしい。しかもこれが現代の宝石屋に並んでいても、ぜんぜん違和感のないモダンなデザイン。人間って実は2000年前からあまり進歩していないんじゃないか? テレビゲーム以外は(笑)。
 でもローマの子供もいろんなおもちゃやゲームを持っていたわけで、そういうのも見るとほほえましい。

 外がどしゃ降りになったせいもあって、ここでけっこうな時間を過ごしてしまい、時計を見るともうそろそろ出発の時間だ。タリスは完全予約制なので、逃すわけにはいかない。
 でも、ショップを一目見てから行こうと思ったら、騎士のフィギュアに一目惚れしてしまう。『氷と炎の歌』にかぶれたせいで、騎士人形はぜひひとつ買って帰りたかったのよね。(私は馬の小さなフィギュアもコレクションしている) でも、みやげ物屋にあるやつは、いかにもちゃちで安っぽくて買う気が起きなかったのだが、博物館で売ってるものなら(明らかに子供向けだけど)そう悪くないでしょ。
 そこで2体の騎士(ひとつは王様、もうひとつは悪役のつもり)と、馬に乗ったジュリアス・シーザー(たぶん)の人形を買った。ひとつ6ユーロと書いてあったから安いと思ったが、馬と人は別売りだったようで、全部で40ユーロも取られたけど。
 ここではカードリーダーがボロくて、なかなか私のカードを認識してくれず、あやうく電車に乗り遅れるところだった。


人種の話

 ベルギーには(もちろんドイツ、オランダも)金髪の人が多い。ほぼ全員が青い目だし、5人に1人は金髪だ。あとはアフリカから来た黒人が多い。この人たちは漆黒の肌で、異常に手足が長く、ほっそりして、だいぶ血が薄まってるアメリカ黒人よりはるかに美しくかっこいい。
 一度、黒人のすごい美少女を見かけた。18才ぐらいなのだが、まさに黒檀のクレオパトラと言いたいぐらい整った顔立ちをしている。(だいたいクレオパトラってエチオピア人なのに、本当に白人だったの?) 男の人でもすごいかっこいい人がいた。あまりに背が高く、全身黒づくめのスーツに身を固めていたので、一瞬銅像が立ってるのかと思った(笑)。
 だいたい、こっちの黒人は身なりもパリッとして裕福そうな人ばかりだ。西葛西のインド人みたいなものか? あとはイスラム教徒が多い。女の人はきちんと髪を覆っている。
 これがたとえばオーストラリアやカナダだと、掃いて捨てるほどいるアジア系移民はまったく見ない。やはりEUは(元植民地を除くと)移民にうるさいんだなということがよくわかる。アジア系で目にするのは観光客ばかりだ。それも意外と日本人は少なく、中国や台湾、韓国からの観光客が多いのでびっくり。だいたい、日本人とアメリカ人観光客は決まったところ(ガイドブックに大きく載ってるところ)にしかいない。だからそこを離れると、私はいつでも唯一の東洋人。


子供の話

 エミリーやマキシムと過ごすうちに(エミリーとはいっしょにお絵かきをしたり、トランポリンで遊んだりしてかなり仲良くなった)、子供アレルギーも治ってきたと思ったが、帰りのタリスはなんと満員なうえ、2組の子連れ家族(しかも子供多数)がうるさくてうるさくてまいった。
 特に中近東の家族がひどい。こういうのはヨーロッパではルール違反なのでは?と思っていたら、とうとう子供が金切り声をあげて泣き出した。すると、私の隣の黒人ビジネスマンは、小声で何かののしって、新聞を叩き付け、頭を抱えてしまった。他の乗客も露骨にいやな顔をしている。やっぱり子供がうるさいのはいやなんだ。

 日本なら、電車で子供が泣いても、内心はともかく、みんな「子供じゃしょうがないわね」といって平気なふりをするだろうが、これがヨーロッパとの違い。
 でもやっぱりここの人たちは子供に甘い。これがイギリスなら(そもそもイギリス人の子供はおとなしいが)、おっかないおばちゃんが立ち上がって、「ちょっと静かにさせてくれませんか?」と注意する場面だ。なのに、ここの人たちはいやな顔はしても黙っている。
 しかし、日本人ほど子供に甘い人種はいないな。子供だからこそしつけないと、単にはた迷惑な大人になるだけなのに。


 さすがに昼がスープだけではおなかが減ったので、ブリュッセルの駅で乗り換え待ちの間、食い物屋を捜す。ハーゲンダッツの店でもワッフルを売ってるんだな。でもさすがにワッフルは飽きたので、ラズベリーとチョコのマフィンを買ってみた。店のネームバリューか、2.80ユーロと高かったが、これがうめー! でも考えてみれば、これだけの値段を出せば、日本でもこれぐらいのマフィンは食べられるか。

11日目 クノック→ブリュッセル

9月2日(水) 9:58 a.m. ブリュッセルへ向かう車中

 今日から2日間はブリュッセルのヴァレリー=アンのアパートに泊めてもらうことになっている。さらにあさってには、ブリュッセルからオランダのアムステルダムへ。アムステルダムに1泊して、その翌日は日本=オランダ戦が行われるエンスヘデへ。その日のうちにとんぼ返りでクノックに戻って、翌日はフランスのリルからロンドンへという、私としてはもう目がまわりすぎて、何がなんだかわかんないよー!というハードスケジュールだ。でも、ヴァレリーがいなかったら、たぶんこの行程の半分も実現しなかったから、ここはひとまず感謝。はたしてこれを乗り切れるのかどうかもわからないけど。

 うーん、ドキドキするなあ。初めてのスタジアム観戦が敵地のまっただ中なんて。もっともいちばんドキドキするのは、乗る電車を間違えて、どこかとんでもないところへ行ってしまうのではないかということだが。なにしろこのスタジアムがひどい田舎にあるらしいんで。
 とんでもないところへ行ってしまうというのは、たとえばオランダに行くつもりが、着いたらクロアチアの山奥だったとかそういうことですがね。ありえないことではないんだ。なにしろ改札も検札もないから、本人が気づかなければそのまんま。私の方向音痴(&旅行音痴)をもってすればありえないことではない。

 もちろんインターネットで日本のスポーツニュースはチェックしているから、本田が遠征メンバーに入ったことは知っている。でも先発で使ってくれるだろうか? もし先発じゃなかったらオランダのファンが納得しないだろうが。二軍で戦うつもりだと思われちゃうだろうな。実際は、日本じゃ本田はまだ無名に等しいのに。いや、もうそうでもないのか。2ちゃんねるの本田スレの異常なのびを見ていると。みんな私と同じで彼に一縷の望みをかけているんだろう。
 オランダでは本田は大スターだと聞いているので、ほんとかどうか確かめるのも楽しみ。もっとも、そんなに熱心なフットボール・ファンでもないアンドレが、私がサッカーが見たいというと、「オンダ?」(フランス語ではHを発音しない)と言ってニヤリと笑ったぐらい、こっちでも知られているのを見れば一目瞭然だけど。(たぶんアンドレは他の日本選手の名前なんかひとりも知らない) どっかでTシャツ売ってたら買いたいな。(私はアンチ野球派なのだが、野茂のドジャーズでの活躍には感銘を受けたのでTシャツ持ってる)
 でも、森本がケガで出られないというのは残念。どっちも日本じゃ見られない選手なので、ぜひその実力をこの目で確かめたかったのに。
 試合に勝つことは毛頭期待していない。つーか無理に決まってるでしょ。アンドレなんか0-3で負けると公言している。1点取ってくれれば(願わくは本田が)大満足だし、本田が見せ場を作ってくれるだけでもいいや。

 フットボールと言えば、ここらは本当に田舎でなんにもないのだが、サッカーの練習場だけはどこにでもある。中には小さい観客席のついた草サッカー場みたいなのもあって、やっぱりサッカーが中心なんだなとよくわかる。あいにくサッカーしている人はまだ見てないというか、そもそも人がいないんだけど(笑)。(あとはテニスコートを一度見ただけだ)

 風力発電の風車がたくさんある。風をさえぎるもののない、真っ平らな土地で、空っ風の吹くところだからぴったりなのだろう。私は初めて見たが、思ったよりでかいので驚いた。それがずらりと並んで、ゆっくりとまわっているところはシュールな光景だ。風車はドイツでもたくさん見た。


言語について

 オランダでは英語が通じるというのでほっとしている。ベルギー人があまり英語がうまくないのはバイリンガルだかららしい。つまりフランス語の人は学校では第一外国語としてフラマン語を習い、フラマン語の人はその逆というわけで、英語はどうしても第二外国語になってしまうのだ。ほとんどの国で英語を第一外国語にしていることを思えば、これはたしかに不利だ。
 もっとも、いい職に就くためには、それ以外に2、3か国語を話せる必要があるという。メキシコ大使館に勤めていたヴァレリーは6、7か国語をあやつる。
 クノックはフラマン語圏で、アンドレ夫妻はブリュッセル出身のフランス語族なので、子供たちは家ではフランス語、家から一歩出るとフラマン語の生活で、すでに完全なバイリンガル。よく、バイリンガルの子供はどっちも中途半端になるみたいなことを言われるので、ヴァレリーに「子供は混乱しないの?」とたずねると、「家の内外ではっきり分かれてるから大丈夫」なんだそうだ。
 エミリーは英語に興味を持っていて、(学校では習っていないのに)すでに片言の英語をしゃべる。見ているとまるでスポンジのように言葉を吸収していくのがわかっておもしろい。小学校での英語教育には反対だったが、こういうふうに覚えていくのも悪くないなと思った。もっともそのためには6か国語に堪能な母親がいて、子供が何か聞くと即答してやる必要がありますけどね(笑)。


1:50 ブリュッセルのアパートにて

 はあ〜、なんかもう疲れちゃったよ。私はケダモノなので、環境の変化に弱い。なのに毎日のように新しい環境に放り込まれるんだから、なかなか頭と体が適応しない。とりあえず、今日はヴァレリー=アンのアパートに行き(場所はこないだ教えてもらった)、南仏にバカンスに出かける彼女と入れ替わる形で居候させてもらっている。
 私が着くとヴァレリー=アンが待っていてくれて、近所の案内もしてくれた。彼女はまだ学生さんで、法学の勉強をしている。お父さんのあとを継ぐのは彼女らしい。たぶん子供たちの中でもいちばん賢いんじゃないか。控えめでおとなしい感じの女性。
 「日本へ行ったことはある?」と聞いたら、10年前(まだ子供のころですね)に行ったといい、東京はSFに出てくる都市みたいで(笑)、町がきれいなんで驚いたと言っていた。そおかあ? まあ、確かにここほどゴミは落ちてないが。

アパートの話

 そこでまず、アパートについて書かなきゃね。ブリュッセルの中央駅からメトロで10分のアパートは大きなビルの4階(おっと日本流に言うと5階です)。今いるリビング=ダイニングだけで、私のアパート(マンションなんて恥ずかしくて書けない)全体よりちょっと小さいぐらいの広さがある。すでに書いたようにアンドレの家はかなり狭いので、それよりずっと広い。そこにモダンなダイニングセットとソファセット、あと、日本で言ったら社長クラスの大きな木の机や、巨大なキャビネットが並んでいる。
 それからキッチン。これは小さいが、私はシムピープルの中でしか見たことがないような完全なシステムキッチン。どういうのかというと、冷蔵庫もフリーザーも電子レンジもオーブンも食器洗い機も、ゴミ箱さえもが全部木のキャビネットの中に収まってるの。電子レンジだけは棚に置いてあるだけだが、あとは全部作りつけ。これはすごい!とひたすら感心。
 とにかく壁2面、とてつもなく高い天井まである収納スペースが半端でなく、ひとり暮らしではほとんどの戸棚が空っぽのままだ。すべての収納スペースが満杯で、中味が外にはみ出してえらいことになっている私としては、うらやましくてヨダレが出る。ここにもテーブルがあって、ここで朝食を取ることができる。水回りってことで、洗濯機も乾燥機もここにある。
 バスルームを抜けてベッドルームにはいるというのは、日本人にはちょっと不思議な構造だが、バスルームも広い! 大理石の洗面台の幅だけでも2メートルはあるし、高級ホテルのバスルームみたい。浴槽もアンドレの所よりずっと大きい。ベッドルームはもちろんダブルベッド。すげー! すげー! ほんとにこんな部屋、シムピープルでしかお目にかかったことないよ!

 もっとも、ひとり暮らしの学生にしてはぜいたくすぎるアパートだって点は、こっちの基準でも変わりはない。実はここはアンドレのおじいさんが住んでいた家だそうで、それを今は彼女が使っているんだって。
 言っちゃなんだが、私のアパート(2DK)だって、ひとり暮らしとしては十分な広さなんだが(私の前は5人家族が住んでいた)、うちのアパートの人たちには気の毒で見せられないな。
 くっそー! だから金持ちの子はいいよな。自分では働かないでも、なんでももらえちゃうんだから。私なんか誰の援助も受けず、この細腕ひとつで稼ぎ出した金で買ったアパートなんだからな! というゲスのやっかみはやめておこう。世の中なんてすべて不公平なものなんだから。上を見てもきりがないし、下を見てもきりがない。
 しかし、やっぱり人の家は落ち着かない。自分ひとりでいても無意識に気兼ねしちゃうのよね。ホテル代節約のためとはいえ、ホテルの方が金払ってるぶん自分のものって感じがするし。だから、どんなに狭くても汚くても自分の家がやっぱりいちばん落ち着く。私は旅に出てホームシックになったことなんてないのに、こんなにすばらしいところにいても、ちょっぴり我が家がなつかしい。

 ただ、家はあまり清潔ではない(笑)。浴室には髪の毛が落ちてるし、床には細かいゴミがけっこう落ちてるし。普通、家を人に貸すとなれば見栄でも掃除ぐらいしないかい? 特にバスルームは。私だったら、そんなの人に見られたら恥ずかしくて死んじゃう。(うちはゴミだらけのように見えますが、床にころがってるのも実はすべているもので、ゴミじゃないんです!) アンドレの家でも掃除は週に1回だけみたいだし、町はゴミだらけだし、こっちの人はあまり気にしないのかしら。もったいない! こんなきれいなアパートなら、私だっていつもピカピカにしなきゃ気が済まないけどな。
 テーブルクロスやシーツや寝具もシミだらけ。これも私なら、せめてシーツぐらい新しいの出すけどね。アンドレのところでも私が来て以来シーツを変えた気配がない。むむむ‥‥。まあ、日本人は異常に清潔好きで潔癖な種族ですけどね。
 古いので例によって建て付けはちょっとガタが来てるし、ところどころペンキがはげてたりするのは味があっていいんだけど。

5:55 p.m. ブリュッセルのアパートにて

 ヴァレリー=アンが出かけたあと、商店街(と言ってもあいてる店はちらほら)へ行って、何か食べ物と飲み物を捜す。小さいスーパーもあるのだが、水曜日は定休日だった。そしたらパン屋があったので、そこでサンドイッチとパイとジュースを買う。サンドイッチはクラブサンドと書いてあったが、ハムとチーズと野菜がはさまった非常に素朴なもの。なんか私はこればっかりだな。こっちはこういう素材そのものがうまいからいいけど。でも大きすぎて、とても一度には食べられない。半分は今日の夕食にしよう。
 貧しい? だって、この旅行は予想外(こんなに動き回ると思ってなかったから)に金を使い過ぎちゃってるから、節約できるところは少しでも節約しないと。それにヴァレリーの手料理を食べ過ぎちゃってカロリーオーバーでもあるので。
 あと、パイは小さいのがこれしかなかったので、なんのパイかもわからないまま買ったのだが、食べてみるとチーズパイだった。外はサクサク、中はフワフワで、甘すぎずチーズの味がきいていてうまい! こっちは甘いものがおいしいので困っちゃうな。日本じゃ(安いものはまずいから)お菓子なんてほとんど食べないのに。

 それからまたブリュッセルの駅へ戻って、オランダへの切符を買いに行く。国際線の切符売り場で順番を待っているとき、女の人がまじめそうだったので、この人に当たりますようにと祈っていたのだが、私の順番が来たときに開いた窓口は、やる気のなさそうな男の所だった。げ。
 何を気にしているかというと、ヨーロッパの労働者は仕事熱心なのとそうでないやつとの差が激しすぎるからだ。私としてはオランダ行きは不安でいっぱいなので、できれば、少しでも早くて安いルートとか、乗り換えのこととか聞きたかったので。
 案の定、この男は私が前に立っても同僚と何かぺちゃくちゃしゃべっている。やっと注意を引いて行き先を告げても、「ほいよ」と切符を投げてよこすだけ。これが親切な人だと、こちらが慣れない旅行者だとわかると、いろんなことをあれこれ教えてくれるのに!
 まあ、とにかく切符は買ったし、乗り換えはヴァレリーがネットで調べてくれたのがあるし、とにかく行くっきゃない。これまでのところ、とても無理と思った旅程をなんとかこなしているし(汗)。

 メトロの駅に降りると、Starsailorの曲が聞こえてきてびっくりした。いや、これまでベルギーで音楽って聞いたことがなかったもので。町や店でもほとんどBGMってないしね。聞いたのはテレビぐらいだが、やっぱりフランス人って音楽のセンスないし。しかし、なぜメトロで? 謎だ。とりあえず、もの悲しいStarsailorが、うら寂しい駅の雰囲気によく合っていた。

オルタ・ミュージアム

オルタ美術館
外見は本当にただの家
この天窓は美しいが

 そのあとはオルタ・ミュージアム(Musee Horta)に行くことにしていた。私は家を見るのが好きで、ここはオルタという名前の建築家の家をそのまま公開している。ベルギー・アールヌーボーの粋を集めた家と言うことで、ヴァレリーもぜひ見るといいとすすめてくれたので。
 しかし地図を見ると、例によって入り組んだ細い路地にあり、しかも個人の家だからすごい小さい。うげー! こんなところ、私に行けるわけないよ!
 しかしここで初めて「地球の歩き方」が役に立った。えーと、ルイーズ広場からトラムに乗って‥‥ルイーズってどこよ? メトロにルイーズという駅があったからあれかな? で、ジャンソンというところで降りて、進行方向に100メートル歩くと、DIYの店があるのでそこを左に行ってさらに100メートルと、あ、本当にあったじゃん!

 「地球の歩き方」はえらいと思ったのはこれが初めてだ。これまでの旅行でも、いちおう買って持ってきたのだが、ありふれた観光スポットの、ありふれた説明しか載ってなくて、こんなものなんの役にも立たないと思い、ろくに読んだこともなかったのだ。なるほど言葉がわからない国では確かに役に立つかも。私は地図なんか見せられてもだめで、こういうふうにどこを曲がって何メートルまで書いてもらわないと絶対に迷うのよね。

 そこでオルタだが、外見は本当に普通の家。極端に間口の狭い(昔は間口の広さで税金の額が決まったから、どの家も細長いんだとどこかで聞いた)、マッチ箱を立てて並べたみたいな家が建ち並ぶ路地にあり、旗が立っていなければ絶対わからない。
 ドアを入ろうとしたら、えらそうなおじさんが1分待てと言う。どうやら一度に客がワイワイ入らないように調整しているらしい。家が小さいからしょうがないか。入ってチケットを買おうとしたら、そこはおみやげ売り場で、そこでまた待たされる。何をもったいぶってるんだよ。そんなに人入っているようには見えないのに。それからしばらくしてやっと上に上がってチケットを買う。みんなその部屋でじっとしているので、また待たなきゃならないのかと思ったが、どうやらここからは自由に行動していいらしい。

 建物の面積は本当に狭いが、その代わり縦に長い。ちょうど渋谷の東急ハンズのように(なんちゅうたとえだ)半階ずつずれた小さな部屋が、上へ上へと続いている。この構造自体はおもしろいが、それ以外は普通の古い家だな。
 身も蓋もないことを言うようだが、階段の手すりがちょっとグニャグニャしていたり、ステンドグラスがあったりする以外は、それほどアールヌーボーって感じがしないし、とりたてて美しいとも思えないんですが。
 これなら日本の洋館とかのほうが、うわー! すてき!って感じがするけどな。随所にある、日本や中国美術の影響を受けた絵や、タペストリーや、スクリーン(衝立)は、私の目には安っぽくて悪趣味にしか見えないし。こういうところだけ国粋主義者になってしまうが、やっぱりインテリアのセンスは日本がいちばん芸術的だと思う。
 トイレやバス(足つきのバスタブはちょっといい)やベッドはごく普通のものだし、壁紙がすばらしいとか床がすばらしいとか言うんでもないし、はっきり言って失望。たいしたことなかったな。

お風呂と照明の話

 なんかもう疲れてしまったので、またトラムとメトロを乗り継いでアパートに帰る。帰ると、このアパートを見たときから楽しみにしていたお風呂。ちゃんとしたお風呂にはいるのは今日が初めてなんだもん! いや、アンドレのバスルームだって豪華なんだけどね。ただ、バスタブはシャワーカーテンがなくて、代わりに透明な四角い箱みたいに密閉されちゃうのよ。なんか水槽に入ってるようというか、これって究極のユニットバスでは? バスタブも狭かったし、ぜんぜんくつろげないのよ。
 その点、ここのは本格的なバスタブなので。長々と横になれる西洋式のバスタブもけっこう好き。ただ、お湯の温度を最強にしても、日本人にはやっぱりぬるすぎ。なにしろ最高温度が38度なんだもん。うちの風呂の最低温度が38度だぜ。おまけに広くて浅いので、すぐにお湯が冷めてしまい、寒くてとても浸かってなんかいられない。やっぱり風呂文化のない国はだめだ。(日本のいいところその2は風呂) あー、熱いお風呂に入りたい!

 暗くなってきたので、(こっちは夜8時まで真昼のように明るい)リビングの電気を付けてびっくり。天井に埋め込みの小さいスポットライトがいくつもあって、まるで美術館の照明のようだ。(全体はもちろん薄暗い) アンドレのところでも照明がすてきなので感心したが、ここはそれ以上だ。
 あー、いいなー。こんなの日本の一般家庭だって、たいしてお金かけることもなく簡単にできることで、段違いの優雅さとくつろぎが得られるのに、なんで日本人はああいうギンギラギンの蛍光灯が好きなんだろう? べつに蛍光灯だって裸電球だっていいんだよ。ただ、こっちのはそれがすべて天井に向けて取り付けてあるのに、日本のは下向いてるってだけ。とにかく店でも家でもこうこうと明るくすればいいと思ってるだけ。日本人の照明のセンスって最低! できるものなら照明器具買って持って帰りたい。もちろん通販で買うことはできるだろうけど、送料考えると、う〜ん。


 はあ〜、することがない。テレビを付けても何言ってるのかわからないし、絵だけ見ていても見るからにつまんなそうな番組ばかりだし、コンピューターは使えないし。子供たちでにぎやかなアンドレの家から、だだっ広くて何もないアパートに移ると、なんか寂しい。私は長年ひとり暮らしだが、東京では寂しいなんて思ったこと一度もないのに。おかげで、ちょっぴりホームシック。こんな静かな夜こそ音楽が聴きたい。好きな映画が見たい。
 こんなこともあろうかと、日本から本は2冊持ってきたんですがね。本はこれまでまったく読む気になれなかった。ひとつには、私にとって読書は現実逃避だってこと。これだけ現実離れした場所にいれば、逃避の必要はまったくない。もうひとつは、とにかく疲れて夜はバタンキューと寝てしまうので読む暇がなかった。だいたい、高い金払って外国に来てるのに、本なんか読んでるのは時間のむだっていう気がしちゃって。日記を書く時間はむだじゃないのかって? だってそれはほら、書いておかないと私はたちまち忘れてしまうから。それこそ高いお金出して、帰っても何も思い出せませんじゃもったいないじゃん!
 そこで本を取り出して読んだのだが、文庫本なんか私は2時間で読めてしまうんだよ。英語の本を買いたいがどこにも売ってないし。
 今日みたいに疲れてなくて、寝るにも早いというときは、うちではたいてい散歩かサイクリングに行くのだが、こっちじゃ夜中にほっつき歩く人なんていないし、行くところもないし。
 寝ようと思えばいつでも寝られるんだけどね。でもそうすると朝の4時に目が覚めてしまい、せっかく克服した時差ボケがぶり返すので寝られないし。

 ところでアンドレやヴァレリー=アンの家を見て、ひとつ決意したこと。日本へ帰ったら家を片付けよう! とにかく何がいけないって、ものがありすぎるからいけないんだ。それにはまず大量の本やCDを始末しないと。

サニタリーの話

 こっちの石鹸がどうも肌に合わない。私には高級すぎるのか、ソフト過ぎて、完全に汚れが落ちた気がしない。なんか洗ったあともキュッキュとしないでベタッとした感じだし。石鹸は持ってくればよかった。
 一方シャンプーはなぜか髪に合う。こっちのシャンプーはたいてい2in1、つまりシャンプーとリンスがひとつになったもので、これは私、洗ったあとブラシがすっと通らないのできらいだったのだが、洗い上がりがすごくサラサラになる。私が買ったのはありふれたダヴのやつだが、日本へ帰ったら捜してみよう。
 来た当初は肌がひどい状態になって絶望したが、これは時差ボケと寝不足のせいだったようだ。(この年になりますと、体調がモロにお肌に出るのよね) 今は普通に戻ったが、やっぱりなんかベタベタ感じがしてすっきりしない。ベタベタというなら日本でこそ大汗かいてベタベタのはずなのに。
 目はどうにか治ってきた。目薬を捜して(英語の通じる薬局を捜して)ずいぶん歩き回ったけど。だって、薬を買うにはちゃんと症状を説明して、ほしいものを伝える必要があるじゃない。なのに、“I have sore eyes.”という簡単な英語すら理解できない薬剤師が多いのよ。でもやっといい目薬を見つけた。まったく刺激がなくて目がほっとする。今はようやく涙が出るようになってきた。それに気づいたのはあくびをしたら涙が出たから。来た当初なんて時差ボケであくびばかりしていたのに、涙がまったく出なかったのよね。ほんとに乾いてたんだな。
 一方、私は慢性のアレルギー性鼻炎で、一年中鼻をすすっているのだが、やっぱり鼻も乾燥するのか、あまり鼻をかまずにすむのはありがたい。

天候の話

 日本で調べた平均気温はまったくあてにならなかった。体感温度とは違うからね。これが大陸性気候ってやつなのか、1日のあいだの天気の変化や気温の上下がものすごく激しい。風が強く、晴れていたかと思うと、真っ黒な雲が近づいてきてどしゃ降りになる。その雨雲が吹き払われると、また晴天に戻る。晴れているときは日射しがきつく、むんむん暑く感じるが、曇りのときはものすごく寒い。風が強いのでよけい寒く感じる。雨だったりするとよけい。夜ももちろん寒い。
 秋物を中心に持ってきたのは基本的には正解だったが、むしろ夏物と、完全防水防寒のアウトドア用のパーカを持ってくるべきだった。持ってきた上着はサマーコートと、薄いフリースのパーカと、秋物のジャケットだけで、寒いときにはたとえ下にカーディガンを着込んでも、こんなものじゃ間に合わないんだよね。みんな平気で革ジャンとか着てるし。
 あー、サッカーの試合を見ることがわかってれば、間違いなく持ってきたのになー。雨だったりしたら悲惨なことになるのではないか。ひたすら晴れることを祈っている。
 イギリスも寒かったが、あっちはずっとマイルドな気候で、温度差が小さい。やはり島国は気候が穏やかで住みやすい。雨は多いが、夏の雨はしょぼしょぼ降ってはやむ程度で、向こうの人は傘なんかささない。なのにこっちの雨は、嵐みたいなすごい勢いで降る。

日本とベルギーのアパートの、いいところダメなところ

 照明以外にも、日本のダメなところは第一に外廊下。もちろんこれは建坪率をクリアするための日本特有の発明だが、ビンボくさいったらありゃしない。冬は寒いし、雨降れば濡れるし、だいたい吹きっさらしでコンクリートも傷むので保守に大金がかかる。

 それはしかたないとしても、なぜ日本のマンションは窓がすべて掃き出し窓(床まである窓)なのか? 窓が少ないから少しでも陽を入れようという試みなんだろうが、昔の公団マンションじゃあるまいし(ほんとに窓がひとつしかなかった)、今はそんなことないでしょう。北ヨーロッパみたいにめったに陽の差さない国ならともかく、日本みたいに陽光に恵まれてる(恵まれすぎてる)国で、そんな必要ないじゃん。むしろ窓なんか少ない方が涼しい。なんだか昔の貧乏アパートの習慣がそのまま残ってるような気がするな。これもビンボくさいったらない。このアパートでもアンドレのうちでも、掃き出し窓は台所の勝手口だけ。
 腰高の窓にするだけで、こんなにも高級感と落ち着きが出るのに。それに窓際に机も置けるし、ソファやウィンドーシートだって置けるし。なのに、マンションだと窓はいじれないのがつらい。もっともうちは段ボール箱が積まれて窓は半分ふさがってますけどね。

 逆にこっちの家のダメな点はドアや窓の建て付けが悪いこと。すべて木でできていて、サッシなんかじゃないし、建物自体が古いからしょうがないんだけどね。
 私がいちばん苦労したのもドア。まず、マキシムの寝室に入って、ドアを閉めたら開けられなくなって、てっきり閉じ込められたと思い、大声を出して助けを呼ぶという、最初っからギャグを演じてしまった。(もちろんカギなんかかかっていない) ドアなんてハンドルを押せば開くというのが日本の常識だが、こっちはひねってから押す。でもひねりながら押すと動かないし、ひねり加減もすごく微妙でむずかしい。しかも固いので力いっぱいひねらないと動かない。それで力を入れると同時に押すことになってしまい動かないという仕組みだったわけ。これは何度練習してもうまくならず、絶対に1回で開いたことはなかった。

 それにも懲りずに、今度はヴァレリー=アンのアパートの正面玄関ドアでも同じことをやってしまった。こっちは外から開けるぶんにはすぐに開いた。ところが外出しようと思って、ドアを押しても引いても動かない。途方に暮れて掃除のおばさんを見つけ、開けてもらった。実は取っ手の上のカギをひねって(このひねり具合がまた微妙)からじゃないと開かなかったのだ。しかも思い切り不審人物扱いされて、「友達の家に泊まっている」と言ったら、「なんという名前の友達か?」とかあれこれ聞かれて冷や汗かいちゃった。
 カギのかけ方開け方も容易でない。日本みたいに一ひねりでカチャンと開くほどすなおなカギじゃないのよ。何度もガチャガチャやって、やっと開く。カギを閉める時はもっと冷や汗もので、なにしろちゃんと閉まったかどうか確信が持てない。一度このアパートでも閉めたつもりが閉まってなくて、一晩ドア開けたまま寝ちゃった。泥棒が入らなくてよかった(汗)。

 窓も同じ。開け閉めもコツがいるし、壊れてることも多い。マキシムの寝室も窓が壊れていて閉まらず、夜は寒くてしょうがない。修理の人が来てくれたのだが、やっぱり閉まらないままだった(笑)。
 まあ、味も素っ気もないサッシ窓より、木枠の窓のほうがそりゃすてきですよ。でもそれなりの苦労もあるってことで。

 うちが勝ったと思ったのは寝具だけ。ベッドはそりゃ負けますよ。日本で言うキングサイズのダブルベッド。広すぎて身の置き場がない(笑)。でも寝具は私の勝ち。
 私は肌触りに徹底的にこだわるので、服はもちろん、シーツも上掛けも枕カバーも、触れて気持ちいー!となるものしか使わない。何も高いもの買う必要はないのよ。最近は、無印良品のタオルシーツがお気に入り。タオルだけど目が細かくてザラザラしないで、なめらかな感じが気持ちいいの。よくぜいたくの代表のように言われる絹のシーツは肌触りが冷たくていや。

12日目 ブリュッセル (初めて移動なし! 今日は美術の日)

9月3日(木) 11:30 a.m. ブリュッセルのアパートにて

 まだアパートにいる。好きなだけ家にいられるのはうれしい! だいたい早く出たってすることがないんだ。こっちはすべてにおいて朝が遅く閉まるのも早い。美術館なんか午後の短い時間しか開いてないところもある。
 そこでのんびりスーパーに出かけた。昨日は定休日だったので、何か食べるものを仕入れなきゃならなかったのだ。スーパーでは冷凍食品を買うつもりだった。少なくともイギリスの冷凍食品は、意外とうまく、店で食べるよりはるかに安かったから。でも何を買ったらいいかわからず、かなり迷って、結局買ってきたのはサラダと、東南アジアの焼きそばみたいなのと、明日の朝食べるつもりのハンバーガーとドリンク・ヨーグルト。あと、紅茶とジュースとミルク。
 ほんとはベルギー料理が食べたかったのだが、そっちはオーブン用で、オーブンの使い方がわからないのだ。それを言ったら電子レンジも謎だらけなんだが、いちおう動かせる。

 焼きそばとサラダを半分、朝食兼昼食として食べる。味は、まー、そのー。この国で麺類食べるべきじゃなかったな。そばはフニャフニャで細かく千切れてて、ヴァレリーのスパゲティといっしょだ(笑)。でも具が麺より多いあたりがいかにも。小エビと野菜がたっぷり入ってる。でもすごく脂っこい。サラダはかなりパサパサ。こないだ買ったサラダより、かなり安かったからしょうがないけど。うーむ、イギリスだと冷凍食品のほうが、下手するとレストランの料理よりうまかったりすることもあるのだが(笑)。

 でもベルギーへ来てから初めてちゃんとした紅茶が飲める! と言ってヤカンを捜すがない! 本当にヤカンって使わないんだ! だから、結局、ここでも電子レンジでお湯を作るはめに。まあ、自分でやるときはグラグラに沸騰するまであっためたからおいしかったけど。
 ドリンク・ヨーグルトの味も日本と違う。日本のは牛乳も水みたいだと思っていたが、ヨーグルトもそうだったことがわかる。そういや、イギリスじゃヨーグルトって一度も飲んだことなかったな。アンドレ一家は毎朝ヨーグルト飲んでたし、これも大陸との食生活の違い。
 そのヨーグルトだが、濃厚でクリーミーで、まるで生クリームを飲んでいるようだ。いや、間違って生クリームを買っちゃうといけないと思って、ちゃんとyaourt a boire(ドリンク・ヨーグルト)と書いてあることを確認して買ったんですけどね。
 これなんかヨープレイトの製品で、日本でも売ってるが、日本のは絶対水で薄めてる。たしかに、日本人にはくどすぎて、ちょっと飲むと飽きが来るけど。
 ところで言葉がわからないと、スーパーで買い物するにもけっこう困るね。食器用洗剤とトイレ用洗剤の区別つかないとか(笑)。もっと気の毒なのは日本にいる外国人で、日本製品ってろくでもないインチキな英語ばっかり書いてあるけど、いちばんかんじんな、それが何なのかということは英語では一言も書いてないから。私もスーパーでインド人の奥さんに聞かれたことがある。おにぎり売り場の前で、「これ、おかかですか?」と流暢な日本語で(笑)。

 また雨がざんざん降ってきた。寒いし、出かけたくないなー。でもマグリット美術館と王立美術館のシュールレアリスム絵画はどうしても見ないと。

6:36 p.m. ブリュッセルのアパートにて

ルネ・マグリット「光の帝国」

絵の写真を見るといつも思うことだけど、色、ぜんぜんちゃいます。空はもっと抜けるような青さだし、木はもっと黒々してるし。ま、しょうがないけどね。なぜか私の見たやつはネットのどこにも落ちてなかったのでこれは少しバージョンが違います。美術館にあったのはもっと光の半径が狭かった。

 今戻りました。午後になると陽が差してきたので美術館巡りに出発。ここんとこ毎日こういう天気が続く。夜と午前中は雨降りですごく寒いのに、午後になると暖かくなるの。
 今日行くつもりのマグリット美術館と王立美術館は、すでに見て場所もわかってるし、中央駅の近くなので楽だ。ただ、こないだみたいに閉まってないといいが。

 そこでまずマグリットのほうへ行くと、また入口がない! こないだは確かにチケットはこちらという札が立ってたのに! 同じように困った様子の観光客が、美術館の前でうろうろしている。しょうがないので強引に「団体専用」と書いた入口から入って、そこは空っぽだったので、さらに奥の部屋に入って行って、中にいる係員にたずねると、チケットは隣の美術館で売っているという。隣ってどこよ? 隣の建物は美術館じゃないみたいだし。しつこく聞いても「あっちあっち」と手を振るだけ。ほんと不親切。
 しょうがないので言われた方へ歩いていくが何もない。とうとう王立美術館の前に着いてしまったが、そこにマグリットの看板が立っている。チケット買って初めてわかったのだが、マグリットはあくまで王立美術館の分館だったのね。入口もさっきの建物からではなく、王立の入口から入る。それならはっきりそうと言えよ! どうやら英語が不自由な係員だったらしい。だったら絵に描くとかして掲示しといてほしい。プンプン!
 だいたいこんなことは「地球の歩き方」にも書いておいてほしいわね。と思ったが、帰ってから見たら「2009年にマグリット館がオープン予定」と書いてある。なるほど、私の持ってる「地球の歩き方」はどうせブックオフで100円で買った古本だから、まだできる前の判だったんだ。ということは、オープンしたばかりの新しい美術館。ラッキー!と共通券を買って入る。

 実は私は若いころ(高校生ぐらい)シュールレアリスム絵画にハマってまして、中でもマグリットがいちばん好きだった。もちろん日本でやった展覧会は(私の記憶では2回)全部見たし、画集も何冊も持ってる。「だった」と過去形なのは、べつに嫌いになったわけじゃなくて、最近は生活に追われて絵なんか鑑賞するような心のゆとりを失っていたせいである。それにマグリットはあまりにも有名で、今さら‥‥って感じがするところもちょっとね。
 でもやっぱり好きなものは好きなんだよねー。結論から言うとめちゃくちゃ感動した。きのうのオルタとは正反対。

ルネ・マグリット「アルンハイムの領土」

 だいたいが忘れっぽい私は、マグリットがベルギー人だってことも忘れてた。それを思い出したのは、ここの空を見て、「マグリットの空だ!」と思ったとき。そういえば彼の描く人も家も、確かにベルギーの家だし、ベルギー人の顔だなあ。

 しかし、ここは迷路のような美術館だ。王立から入って、ひとつドアを抜けて、階段を上がったり降りたりして、ずーっと廊下を歩くと、やっと入口らしきものがあり、巨大なリフト(日本で言うエレベーター)の前に、「入口は3階」と書いてある。ところがいくら待ってもリフトが来ない。客はだんだんたまってきてザワザワしているが、近くの係員は素知らぬ顔。これが普通なんだろう。6分ぐらい待ってやっと来た。3階まで上がって降りるのに、なんで8分もかかるんだ!
 ところがこのリフトが2階で止まる。リフトには黒人の係員が乗っていたので、みんな「?}という顔をして彼を見るが、彼はここでいいんだというふうに手を振る。そこで客はゾロゾロ降り始めたが、最初に降りた人たちがドアまで行ってまた戻ってくる。やっぱり違ったらしい。そこでまたリフトに全員乗り込んで、3階へ。3階まで上がって、やっと中に入れた。なんで8分かかったかよくわかりましたよ。ここの係員、いくらできたてだとはいえ、最低だな。
 中は3階から下へ降りるにしたがって、時代順に作品が並べられている。館内は黒の内装で暗い。小さいようだが、マグリットの作品は意外と小さいものが多いので、数もあるし見応えがある。いたるところにモニターテレビがあり、そこに在りし日のマグリットの姿や、彼のモチーフをアニメーションしたビデオが映し出されている。これで見ると、なかなかお茶目なおじさんでかわいい。

ルネ・マグリット「ザ・キス」

ぜんぜん有名じゃないみたいで、こんな小さな写真しか見つからなかったよ。本物はもっともっときれいです。

 でも当たりまえだけど、すべてのマグリット作品があるわけじゃないのね。いちばん有名な「大家族」(灰色の曇った海の上にハトのシルエットが切り抜かれ、その中は白い雲が浮かぶ青空になっている)とか、タイトル忘れたがあのリンゴの絵とかはここにはない。でも多くの名作の原画が見られ、美術展でも画集でも見たことがない絵が見られただけでも感激。

 ちなみにマグリットの絵でいちばん好きなのは「アルンハイムの領土」とやっぱり「光の帝国」。その両方(どっちもいくつもバージョンがあるけど)が見られたのはうれしかった。「アルンハイム」は、一瞬本物じゃなくて、フィルムかアクリル板に印刷した絵に、後ろからライトを当てているのかと思った。それぐらいの透明感と光に満ちていた。とても油絵とは思えない。この感じは写真では絶対出ないので右の写真はほんの参考までに。
 光の帝国は2種類あり、私は見たことないやつも。家の前に川が流れていて、そこに家の灯りが映ったほうが気に入った。
 カタログも買ったのだが、これも印刷された写真で見ても、本当のすばらしさは絶対わからない。木なんか写真ではシルエットみたいに真っ黒に見えるけど、実際はまるでかすかな燐光に覆われているように、くっきり背景から浮き出して見えるのだ。

 初めて見た絵で気に入ったのは、「ザ・キス」と題された絵で、もちろんタイトルとはなんの関係もなく、曇り空の典型的な田園風景が広がるキャンバスのまん中に穴が開いていて、そこから荒涼たる砂漠の風景が見えている。砂漠には点々と4つのオブジェが落ちているというもの。
 あと、マンガみたいなスケッチや生活のために描いた広告とかもおもしろかった。ベルギーはマンガの国でもあるので、マンガチックなのも納得。

ジャン・デルヴィル 「オルフェウス」

 見終わるとショップへ。公式カタログ買いたいなー。でもここで買っちゃうと、この大きな重い本もってサッカー観戦に行くことになるになるんだよね。うーん‥‥。観光客向けに小さくて軽い小冊子もあるけど、絵はやっぱり大判の本で見たい。何より、美術館の外壁がカーテンのようにたたまれて、そこから「光の帝国」が見えている表紙のデザインがすてきすぎて、つい買ってしまった。15ユーロ。
 あと、マグリットの絵が付いたビスケットの缶がどうしてもほしくて買ってしまう。10ユーロ。どうせほしいのは缶だから、中味は食べちゃってもいいや。どうせビスケットもおみやげに買うつもりだったし、できれば2種類の絵柄の両方買いたかったんだけど、さすがにこれは1つで我慢した。ちゃんと計画立てないからこういうことに。(このビスケットはさすがに全部は食べられなかったが、おいしかったので、戻ってでも買うべきだった) 10ユーロ。

 堪能したので、なんかこれで目的は果たした気分になったが、まだ王立美術館のほうが残ってる。もっともこっちは全部なんて見られないと思ったので、近代とシュールレアリスムだけ見て帰るつもりだった。

 ただ、シュールレアリスムはちょっと期待はずれ。マグリットがすべて向こうに移ってしまったせいか、ちょっとさびしい。何より、マグリットと並んでベルギーを代表するポール・デルヴォーはほんの数枚しかなかったし。あれ? デルヴォー美術館もほかにあるんだっけ? 忘れたがデルヴォーも日本でたっぷり見たからいいや。
 ああ、そういえばジャン・デルヴィルもベルギー人だったんだ。私、この人大好き。彼の代表作である「オルフェウス」と「サタンの宝物」の2枚があったので感動。

フェルナン・クノップフ 「見捨てられた街」

 あと、絶対見たかったのがフェルナン・クノップフ。この人の作品は日本で行われた美術展で見て大好きになった。これも代表作の「愛撫」(美形の両性具有人に、顔だけ女性、それ以外は豹のスフィンクスがほおずりしている絵)があったし、クノップフはたくさんあった。(この美術館にはなかったけど、いちばん好きな「見捨てられた街」を載せておきました)
 この人の絵って、「愛撫」を除けば、一見普通の写実的な風景画や肖像画に見えるんだけど、そこになんともいえない深い意味や、隠れた物語を感じさせるところがいいんだよね。色づかいや肌合いもすごく好き。
 そういえば、今になって思い出したけど、私の好きな画家ってなぜかベルギー人ばかりで、そのためベルギー絵画の展覧会には欠かさず行ってたんだっけ。

 あれ? ダヴィッドの「マラーの死」もここにあったのかと、「地球の歩き方」を見て発見したが、気づかなかったな。もちろんすべての収蔵品を常時公開してるわけじゃないだろうし、もしかして閉まってるフロアにあったのかも。
 とにかく今日はこれでもうおなかいっぱい。古典部門はパスした。ルーベンスはもうたっぷり見たし、フランドル派はそんなに関心ないんでいいや。もし見たければ、古典絵画なんてロンドン行けば腐るほど見れるし。

 うーん、やっぱり(好きな)絵はいいっす。私も家にもっと絵を飾りたい。というか、絵を飾れる家に住みたい。
 それにしてもベルギーはアートの都と言って間違いない。フランスが着倒れ、イタリアが食い倒れ、(逆か? まあ、この両国は両方ね)、イギリスが家倒れ(これじゃ家が倒壊するみたいだ。建築にはイギリス人がいちばん才能あるってこと)ならば、ベルギーはアートの国だ。古典も現代も粒ぞろいってところがすごいよね。
 それはアンドレの家を見ても、町の画廊を見てもわかる。私は日本の画廊とか見ても、「マジでこんなの買う人いるの?」としか思わないんだが、ブリュッセルで何軒か画廊を見たんだけど、ちょっと覗いただけで「ほしい! 買って帰りたい!」と思うような、すてきな絵や彫刻がいっぱい!(恐ろしいので値段は見てない)
 私は彫刻なんて広場のえらい人の像だけで十分、個人の家に飾るようなもんじゃないと思っていたが、こんな彫刻ならぜひ飾りたいと思うような現代彫刻(主として抽象)がたくさんあるのよ。うむうむ、どこの国民もそれなりにいいところがあるのだな。
 ちなみに日本がいちばん優れていると思うのは工芸(着物なども含む)だと思う。

 そういえば、ちょっとがっかりしたのは建物。ヨーロッパのミュージアムと言えば、建物自体が芸術品で、それこそ目のくらむような王宮みたいな建物が多いけど、ここはいたって平凡な近代ビルで、見るものがなかったな。 古典部門のほうはそうなのか? そういや、大きな建物に工事の足場が組まれれて、近日公開みたいなポスターが貼られていたけど、もしかして本館は修理中だったのかもしれない。

13日目 ブリュッセル→アムステルダム

9月4日(金) 10:06 a.m. アムステルダムへ向かうICの車上にて

 EU内は本当に国境ってないんだな。ブリュッセルからアムステルダムは在来線の特急で行ける。それはいいが、アホな私はまた早とちりでミスをする。ヴァレリーがプリントしてくれた時刻表を見ていたら、彼女が指定したアムステルダム行きは途中で一度乗り換えがあるのに、同じ時刻にブリュッセルからの直通があるじゃないか。
 乗り換えでオロオロするのがいやなので、こっちで行こうと決める。ところが走り出してからアナウンスを聞くと(英語のアナウンスがあって助かった)、アムステルダムへ行くには、ローゼンバーグというところで乗り換えだという。ああん? だからなんでアムステルダム行きと書いてある電車がアムステルダムに行かないんだよ! 車掌を呼び止めて聞いたら、今回は前3両がどうとかいうんじゃなく、別の電車みたいだし、わけわからん! でも、とまどってるのは私だけじゃないのでちょっとほっとする。

 ブリュッセルの駅で初めて英語のネイティブ・スピーカーに道を訊かれる。こっちへ来てまともな英語を聞いたのは初めてなので、ちょっとほっとする。いや、もちろんヴァレリーだって英語は私よりうまいのだが、すごいなまってるので、聞き取りにかなり神経を使うのだ。もちろんこっちの英語だってなまってるに違いないんだが、相手がネイティブだとちゃんと聞き取ってくれるんだよね。ネイティブでない者同士が英語でしゃべるのは実はけっこうむずかしい。
 ローゼンバーグの駅で、待ち時間にトイレに行こうとして、ホームにあるのを見つけたのはいいが、頑丈な金属のドアになにやらオランダ語で書いてあるだけで、引っ張っても開かないし、使い方がわからない。同じく居合わせたアメリカ人の老夫婦といっしょに頭をひねったあげく、コインを入れるとドアが開くことを発見。そのコインを入れる穴も理解不能なところに理解不能な形でついてるし。まったく、どこへ行ってもドアの開け方には悩まされる。
 でも乗り換えの電車はすぐにわかったので、だんだん「冒険」が楽しくなってきた。これまではわけもわからず突き進むだけだったのだが、ヨーロッパの鉄道にもだんだん慣れてきた感じ。

 今朝、アパートの窓から虹が見えた。陽も差さないまっ黒な空に虹が浮いているのを見て感動。これもマグリットの絵みたいだ。写真を撮ろうとして、携帯の電源が切れていることと、せっかく借りたアダプターをアンドレの家に忘れてきたことに気づく。えー! サッカーの写真撮りたかったのに! どうしてこうドジなんだろ。まあ、今のところ、帰りの航空券ををなくすとか、致命的な失敗はしていないだけいいとしよう。

 しかし寒い! 北ヨーロッパの寒さを甘く見ていた! これならロンドンのほうがまだ暖かい。こっちの人は革ジャンとかコートとか着てるのに、私は薄いジャケットの下はTシャツで震えている。
 でも朝からずっと雨だったのにやっと陽が差してきた。どうか明日の試合は晴れますように。でないと私は凍死する。

11:27 .a.m. アムステルダムに向かう列車上

 フェイエノール(と読むのか?)のスタジアムが見えた。明日の試合もこれぐらい近くでやってくれればいいのに!

 車窓から見る景色はべつにベルギーと変わらない。地続きだからあたりまえだけど。ただ、ベルギーの牛の放牧地に代わって、広い畑が広がっている。さすがに川や運河も多い。ここも真っ平らなので空が広い。

7:00 p.m. アムステルダムのHotel Hermitageにて

アムステルダム中央駅

 というわけで、午後1時頃アムステルダム中央駅に到着。とにかく荷物を置きたくて、先にホテルを目指す。でもホテルの場所がわからない。ネットで見たときは駅からずいぶん遠いように思えたし、地図を見てもあまりに通りが入り組んでいて、さっぱりわからない。インフォメーションで聞こうと思ったら、長蛇の列でいやになったし。
 そうそう、オランダとベルギーの最大の違いは人の数。今朝、私の乗ったブリュッセルのメトロなんか、首都で平日のちょうど通勤時間帯なのにガラガラという、日本ではちょっと信じられない光景。もっとも車で通勤する人も多く、道路はけっこう混んでたけどね。
 ここまでの電車でもベルギー国内のローカル駅は人っ子ひとりいない無人駅ばかり。だいたいベルギー国内では電車もいつもガラガラで、、コンパートメントをひとりで占領できた。ところが、オランダに入ったとたん、続々人が乗ってくる。しまいには立っている人も。おいおい、国際列車で立ってくのかよ。とにかくすごい人!(と、ベルギーの過疎に慣れてしまった私は思う)
 アムステルダムの駅に着いても人があふれてる。私の前を歩いていた日本人の老夫婦なんか、「人混みには東京でうんざりなのにこんなところでも」とかぼやいていた。
 というわけで、ベルギーはヨーロッパの中ではかなりの田舎であることが判明した。それだけでも私はベルギーのほうが好き。

 そこでもう面倒だからタクシーで行くことにした。タクシー乗り場へ行くと、先頭で待っていたのは8人ぐらい乗れるバン。ひとりで荷物も小さいのに、と思ったが、運転手が寄ってきたのでしかたなく乗る。ホテルの場所を言うと、20ユーロだって。高い!けど、これだけの都会じゃやっぱりそれぐらいするかと思って乗る。ところがホテルまではほんの5分ほどの距離。げっ、ボラれたんじゃないの?と思うが、もうめんどくさいので黙って払う。

呪いのHotel Hermitage。外見はきれいだが‥‥この窓ひとつが一部屋だから、どれぐらい狭いかわかるでしょ。

 ホテルは名前だけは立派だが、すごい小さい、普通の家を改装した(ただし1部屋を2つか3つに割って)だけのホテル。ここはヴァレリーといっしょにインターネットで捜した。とにかく引っかかった中でいちばん安いホテルを選んだのだが、それでも定価150ユーロのところを値引きで77ユーロ。でもアムステルダムはとにかく人気観光地だし、満員のところが多く、これぐらいはしょうがないと思っていた。ところが行ってみたら、80.85ユーロだと言う。市税が加算されるんだって。おまけにカード払いは4%の手数料をもらうという。あー、いかにも観光地価格で、だんだんむかついてくる。
 だいたい、このフロントだって、廊下にラブホテルみたいな小さい窓口が開いているだけ。いるのはいかにもバイトって感じの兄ちゃんだけだし。
 私がブリュッセルの初日とディナンで泊まったHotel Ibisは、ヨーロッパ各地に展開する安ホテル・チェーンだが、これより安くてちゃんとしたホテルだったぞ。バスタブこそないが(これはヨーロッパでは普通)、バーやレストランもあって、部屋は広いし、立派なダブルベッドだったし。それが75ユーロで、これが150ユーロって。ホテルだけ見れば物価はベルギーの倍!
 おまけにエレベーターもなく、客は自分で荷物を持って部屋まで上がる。部屋に入ると、かろうじて人が通れるスペース以外は、机とベッドが占領している。ベッドはうちのより小さいシングル。シャワーなんか電話ボックス程度の広さ。これじゃ日本のビジネスホテル並み。しかしもちろんビジネスホテルのような設備はない。ボローい!

 もうこれだけで、私のオランダに対する心証はかなり悪化したが、おまけに寒い! 私は何を思ったか、オランダのほうが暖かいような気がして、薄着で来ちゃったんだよね。うっ、まずい。これじゃサッカーの試合の間に風邪をひいてしまう。もう服買っちゃうか? でも見て歩いたところ、安いパーカとかはあるものの、どう見ても安物で、東京でも着れそうなものは見つからない。どうせ捨てるものに5千円も6千円も出せないよ。(とか言いつつ、自分が着ているものは100円とか300円の古着なのだが、古着でもこれだけいいものが買えるのに、安物に大金出したくないだけ)

 とにかくチェックインは3時だというので、キャリーバッグだけホテルに置いて、トラムで中央駅に戻る。トラム乗り場はすぐに見つかったのだが、例によって乗り方がわからない。でも、着いたトラムを見ると、車内にちゃんとした切符売り場(ガラスで囲まれている)があり、おばさんが座っている。これはわかりやすいね。でもたった3駅で2.60は高いと思う。

 アムステルダムに滞在できるのは半日だけだし、もう地図を片手に歩きまわるのはいやだ。教会もミュージアムも見飽きたし、バカのひとつ覚えだが、カナル・クルーズに行こうと思った。ご存じでしょうがアムステルダムは縦横にカナル(運河)をめぐらした町で、船から名所をすべて見て回れるのだ。これなら座ってればいいだけだし、ガイドも付くし、だいたい私は船に乗るのが大好き。
 船はすぐに見つかったが、例によって人が集まるまで待って出発した。ほぼ満員。
 ところがこの間に、私は花粉症の発作が始まってしまった。いや、症状が同じなのでそう呼んでるだけで、アレルギー性のものなんだが。これが始まると、突然鼻水と涙が滝のように流れ出して止まらない。ロンドンでも一度こうなった。うわー、まいったな。これが始まると12時間ぐらいじゃ収まらない。鼻水たらしながらサッカー見るのはいやだよー。
 今もホテルで鼻にティッシュを詰めてこれを書いている。水のように流れるので、鼻かむぐらいじゃ間に合わない。今はたまると洗面台で洗い流している。
 しまった! これじゃティッシュが足りなくなる。ティッシュの大箱を持ってサッカー観戦というのも‥‥。とか、くだらないことばかり考えていて、それと鼻をかむのが忙しくて、観光になんか集中できない。おまけに満員になった遊覧船ではドイツ人の一家と相席になり、小さい女の子がバンバン人の足を蹴ってるのに、親はおざなりにしか注意しない。赤ん坊はギャアギャア泣くし、親父さんは窓側にすわった私を押しのけて写真を撮るのに熱中してるし、しまいには立ち上がってうろうろ歩きまわるし、鼻はズルズルあふれるし、せっかくのガイドの声も耳に入らない。最悪。
 これまでこういうマナー無視の家族は、たいてい移民か出稼ぎ労働者ふうの人たちだったが、明らかにミドルクラスのドイツ人がこれかよ。おかげでますます観光客とガキとアムステルダムが嫌いになる。もう二度といわゆる観光旅行はしないぞ、絶対

アムステルダムのカナル風景
アムステルダムの典型的な町並み。やっぱりお菓子の家だな。
ハウスボート。これなんかは固定されてますね。

 とにかく、その混乱の中でかろうじて見て取ったアムステルダムの町。たしかにきれいだ。と言っても、ヨーロッパの町で東京よりきれいじゃないところなんてどこにもないが。たしかに水のある風景はいいものだ。ただ、それを言うなら私の住む江戸川だってそうなんだよね。というわけで、私の結論はブルージュのほうがずーっっとステキ! 運河の町というところはブルージュとそっくりだが、静かなたたずまいのブルージュと違って、こっちはオランダの首都なので、はるかに規模が大きく、ごちゃごちゃして、猥雑で、人であふれている。よって、古都ブルージュの持つ、なんとも言えない情緒と趣はない。

 ただ、オランダのいいところはやっぱり家。鉛筆のように細長い建物が並んだところはブルージュと同じだが、ブルージュのカクカクのデザインとくらべて、こちらは繊細な曲線が柱やファサードに刻まれ、優雅で豪華な雰囲気。この辺はイギリスの家に似ている。
 かろうじて聞き取れたガイド(録音だが、英語ガイドがあるのはありがたい。もっともブルージュの船頭さんは肉声で各国語をあやつっていたが)によれば、かつての裕福なオランダ商人たちの家らしい。なんで家の正面のてっぺんに鉤が付いているのかは、ガキがうるさくて聞き逃したけど。
 黒い壁に白い窓枠、黒い桟の家がとってもおしゃれですてき。これは今度シムピープルでまねしてみよう。
 アンネ・フランクの家も外から見たけど、行列ができているのを見て、行くのはやめた。ああいう悲劇のあった場所に、観光客がドヤドヤ乗り込んで、パチパチ写真撮りまくるのなんて、考えただけでもいや。

 カナルにはたくさんハウス・ボートが浮かんでいる。人が住んでいる船のこと。船と言ってもさまざまで、普通のボートにしか見えないのもあれば、川の中のコンクリの台座に載っているのもある。
 船ならば移動できるという利点もあるが、単に川の中に住んで何が楽しんだろ? 湿気と寒さに悩まされるだけのような気がするが。だいたい、毎日観光船からジロジロ見られるし、私はちょっとここに住むのはいやだなあ。

 そんなわけで、ほうほうの体で船を下りて、まずはティッシュを求めて町をさまよう(苦笑)。スーパーマーケットと称する小さな店があったので、聞くとあるという。おお、こちらにもポケットティッシュがあったか! もっとも(テーブルに置く)ナプキンみたいに硬い紙ですが。とりあえず2パック買う。ああ、柔らかいティッシュが町を歩いているだけでもらえる日本って、なんてすてきな国なんだ!(笑)

 次は防寒だ。上着は買えないが、毛糸の帽子なら買えるということに気づいた。帽子ひとつでセーター1枚のあったかさだからね。帽子はそこいらのおみやげ屋の店頭にいくらでもある。ただしぜんぶAmsterdamの文字入り。こんなアホウな観光客丸出しのもの、かぶって歩けるかい! なんとかおみやげ以外の帽子を捜しまわってやっと見つけた。見るからに安物で肌触りも悪いが、背に腹は代えられない。5ユーロ。これをかぶるとだいぶ寒さが和らぎ、元気が出てきた。

 そこで歩いてホテルへ帰ろうと思う。その前に駅のそばのカフェで朝食兼昼食。貧しいとお思いでしょうが、私はここんとこ食べ過ぎもいいところなんですよ。私はめったに腹が減らない特殊体質なので、こういうとき便利。食いだめもきくしね。
 へえー、イングリッシュ・ブレックファストもあるのか。これはベルギーでは一度も見なかったな。(やっぱりオランダは英国びいき、ベルギーはフランスびいきという違いがこれだけ見てもはっきりする)
 魚のグリルというのに惹かれたが、考えてみたらそんなに食べたくないことに気づき、クラブサンドイッチを頼む。焼いたパンにベーコン、チーズ、卵、野菜をはさんだもの。これにチップスがついてけっこうな量で、これだけ食べれば朝まで大丈夫。
 それといっしょにCoffee with milkを頼んだ。私は子供なのでコーヒーは苦くてきらい(笑)なんだが、まずい紅茶にはうんざりしてたので。ところがこのコーヒーがうまい。普通のコーヒーにミルクが付いてくるのかと思ったら、いわゆるカフェオレだった。(やっぱりフランス語を使わず英語ってところに英国かぶれが見える) でも日本のカフェオレでさえ苦くて飲めない私でも、ぜんぜん苦くなくて、もちろんコーヒー牛乳みたいなエセ・コーヒーでもない。そうか、オランダはコーヒーがうまいのか。これからはコーヒーにしよう。
 イギリスで初めて本当の紅茶(日本みたいに苦くて酸っぱくなくて薫り高い)を飲んだときの感動を思い出す。

 それで道に迷っては人に聞きながら、なんとかホテルに帰り着いた。確かにこっちの人はみんな英語がうまいので、道聞くのが楽だね。けっこう嘘を教えるけど(笑)。その途中、近くの広場で蚤の市が開かれているのを見た。なんとなく冷やかして歩いてると、ほとんどが安物だが、ストールのすてきなのがあった。これなら東京で付けてもぜんぜんおかしくない。ストールがあれば首まわりがあったかいから、さっそく買う。こっちの人もみんな巻いてるしね。10ユーロだけど、とてもそんな安物には見えない高級感のある素材と色。これで明日もなんとか保つはず。雨さえ降らなければ。

 そろそろ日が暮れて、ホテルでは他の客も帰り始めた。ところがその声や足音が筒抜け! 例によって床はギシギシいうのだが、それだけじゃなくて、階段をバタバタ上がり下りする音、ドアをバタンと閉める音、なんだかわからないけどガシャンという音、うるさいったらない。部屋の中の話し声もはっきり聞こえる。私も安ホテルにはいろいろ泊まったが、こんなの初めて! 西洋の建物は壁が厚いせいだと思うが。もしかしてこの壁、ベニヤ板1枚なんじゃないか?
 しかも隣はオヤジの団体らしく(こんな狭い部屋でどうやって?)、大声でしゃべり、笑い、音楽を鳴らし、歌い、壁や家具をドンドン叩き、あーーーーーー!

 怒鳴り込めばいいじゃないかと思うかもしれませんが、さすがの私も、女ひとりで真夜中に酔っぱらいオヤジ(それも土地柄からいって、たぶん酒だけじゃなく薬物にも酔っぱらった)オヤジの群れに突っ込む勇気はありません。これがまともなホテルなら、フロントに文句を言うのだが、あのアンちゃんじゃ役に立ちそうにないし、そもそもこの乱暴狼藉に誰ひとり文句を言う人もいないってことはホテル中同じ穴のムジナか?
 そこでこういうときのために持ってきた耳栓を装着するが、耳栓というのは飛行機の騒音みたいな無機的な音は遮断するが、人の声はよく通すので、ほとんど役立たず。布団をひっかぶって思ったのは、なんで私がこんな目に! もうアムステルダムとHotel Hermitageは一生呪ってやるからな! とにかくこれまで泊まった最悪のホテル。地獄だ。皆さん、たとえアムスに行くことがあっても、このホテルにだけは死んでも泊まっちゃダメですよ!
 というのも、私は人一倍音に敏感で、しかもこっちへ来てからずっと、静かすぎるぐらい静かなところでばかり寝ていたので、これはこたえる。
 これがほんとの安ホテルなら、しょうがないともあきらめるが、これで150ユーロって、キチガイか!

Part3に続く

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