このページのいちばん下(最新記事)へ

サイト内検索 

ひとりごと日記特別編

じゅんこの北ヨーロッパどたばた旅行記 Part1

Part2 Part3

ベルギー行ってきます

 なんと12年ぶりの海外旅行ということで、ベルギー行ってきます。
 自分で選んだ道とは言え、こう貧乏ではもう海外なんて二度と行けないかもと思ってたんだけど、「飛行機の切符さえ買えば、あとはなんにもいらないから」というアンドレ=ヴァレリー夫妻(アンドレはベルギー人のピクチャー・ディスク・コレクター。私は彼のために日本のピクチャー・ディスクを集めるお手伝いをしている)の招きに、これを逃したらそれこそほんとに二度とチャンスはないかもしれないと思って。
 でもけっこう悩みましたよ。長年お一人様をやっているおかげで、すべてにおいてわがままになっている私は、人と長時間いっしょに過ごすだけでもけっこううっとうしいのに、まして赤の他人の外国人の家に居候するなんて。外人の家に遊びに行ったことはあるけど、泊まったことすらないしなー。まして小さい子供(9才と6才)のいる家だし。(子供すごい苦手。まして言葉の通じない子供は) 救いは、アンドレはまあアレだけど(笑)、奥さんのヴァレリーがすごいいい人だってことぐらい。
 滞在日数をどうするかも迷った。次はいつ行けるかわからないことを思えば、(高い航空運賃払って、しかも13時間もつらい思いすることを思えば)こっちとしては最低1か月はいたい。だけど、それじゃこちらも向こうも気が狂うのは確実だし(笑)、どこまで甘えてよくて、どこまで耐えられるかのぎりぎりの限界ということで、20日間の旅行になりました。たぶん、誘ってくれたほうはせいぜい1週間ぐらいのつもりでいたはずだけどね(笑)。
 最初、私が想像していたように、アンドレが超の付く大金持ちなら遠慮なんかはしないんだけど、どうも様子を聞いてると、そういうわけでもないみたい。私のためにお姉ちゃんのエミリーを弟と一緒に寝かせて、子供部屋を貸してくれるというし。えー、予備の寝室ないの? なんかエミリーに悪いことしちゃったな。
 とはいえ、私は12年ぶりのヨーロッパだというのに、あっちは毎年日本へ来るし、1年の4分の1ぐらいは海外でのバカンスを楽しんでいるご身分。貧乏人の特権として、多少は金持ちから搾取してもいいんじゃないかと。だいたい、それぐらいしてもらってもいいぐらい、アンドレにはこき使われてるしなー。
 と言いながらも、小心者の日本人である私は、気を遣ってせっせとおみやげを買い込んだ。それも特に子供たちに。将を射んと欲すれば、まず子供からだ。年がいってからの子供だから、猫かわいがりしているに違いないし。

 もちろん、ずっとアンドレの家にいるつもりはない。ベルギーというのはヨーロッパのほぼ中央にあり、ヨーロッパの主要都市へはどこでも電車で2〜3時間で行けるんだよね。私はイギリス以外のヨーロッパは初めてだし、行きたいところがいっぱい! だからベルギーを拠点にして、あっちこっちさまよってくるつもり。もっとも怠惰な私のことだから、行ったら急にめんどくさくなって家でゴロゴロしているかもしれないけど。まあ、12年ぶりのホリデーなんだから(マジで店を始めてからは、夏休みも年末年始も休みなく働いてました)、それもいいかも。

 楽しみなことはいろいろあるが、実はいちばん楽しみなのは、今いちばん熱中しているオランダのフェンロにいる本田くん(サッカー選手)の試合が見られるかもということ。オランダとベルギーなんてほとんどおんなじ国だからね。日本対オランダの親善試合も行くつもりだったのだが、チケットは早々に売り切れてしまったみたい。
 事前にさりげなく「あなたたちはサッカーなんて見ないよねー?」と探りを入れてみたのだが、アンドレはテレビで見るそうだが、危険だからスタジアムには行かないんだって。ああー! フーリガンのこと忘れてた! そうか、私もたかがフットボールでこわい思いするのなんかいやだから、テレビで見られればいいや。日本じゃBSやCSでも見られないそうだが、たぶんベルギーならば見られるんじゃないか。

 心配もある。いちばん不安なのはタバコが吸えるかってこと。はい、タバコは麻薬です。それで私はれっきとしたアディクトなので、そもそも飛行機の13時間を乗り切れるかどうかもわからない。(12年前は喫煙席があったのに。トホホ‥‥) 眠ってしまえばいいのだが、飛行機じゃ眠れないたちだし。たぶん、ベルギーへ着くころにはヤク切れで死にかかってると思うので、そのあとホテルもレストランも禁煙とかなったら発狂するかもしれん。よくすればこれを機に禁煙できるかもしれないが、たぶん無理。

 もうひとつの不安は言語。私はこれまで英語国へしか行ったことがないんですよ。言葉の通じない国へ行くのってすごく不安。英語のできない日本人が外国へ行くのや、もっとすごいのは日本語がぜんぜんできないアンドレが日本中を旅して回るのって、すごい!と思っちゃう。
 いや、もちろん観光産業に従事している人は英語できるのは知ってるけど、町を歩いていても看板も読めない、テレビのニュース見ても何言ってるのかわからないのって不安じゃない? そもそも地図を見ても、発音できない不可解なアルファベットが並んでるだけだし。
 考えてみれば、イギリスもオーストラリアも、知識量の豊富さからいって、私にとっては行く前からぜんぜん外国じゃなかったんだよなー。その意味では初めての外国ひとり旅かもしれない。

 それで今は荷造りをしているところ。これがまた楽しいんだなー。長期の旅行の荷造りは引っ越しの楽しさと似ている。取捨選択して、好きなものだけを残せるところとか、なんか古い人生を精算して、新しい人生に乗り出すような気分になれるところ。
 何を持っていくかということだけど、私は現地で買えるものはすべて現地で買う主義。文明国行くんだから、買えないものなんてほとんどないし、買い物自体が楽しいから。まして今回は個人宅なので、持ってく必要のあるものはほとんどないと言っていい。でも私の巨大なサムソナイトのスーツケースは衣類でパンパン。本気でヨーロッパ周遊するとしたら、あらゆる気候帯に合わせた服が必要だし、いちおうしゃれたレストランでも行くときのために、ドレス(英語のドレスは日本でいうワンピースです)とパンプスも。だいたい、私の服はどれも100円〜500円で買った古着だから、重ければ捨ててきてもぜんぜん惜しくないので。ある意味、貧乏人ならではのぜいたく。
 そういえば、初めてのロンドンでは買い物しまくって、(当時は今と同じ大学非常勤だったが、今の倍の収入があったし、コレクター全開モードだったので)、おみやげだけでスーツケースがいっぱいになり、日本から持ってった服とか小物なんかほとんど捨てて帰ってきたんだよなー。

 というわけで、何が起こるかわからない旅ですが、旅行中はもちろん日記書きます。だいたいパソコンないと日記書くぐらいしかすることないし(笑)。でもアップできるのはたぶん帰国後になると思う。向こうからもアップロードする方法あるはずだけど、そんなめんどくさいこと考えたくもないし、ブログならできるかといちおう登録だけしてみたんだけど、これもめんどくさくて放棄しちゃったので。どうぞお楽しみに。

前書き

 というわけで、無事帰国しましたので、お待ちかねのじゅんこ旅行記行くよー!

 実は出発前に、情報集めと様子見のため、人様の旅行記を拾い読みしたりしてみたんだけど、思ったのはつまんねー! まあ、考えてみたら人のブログなんてみんなつまんないのに、旅行記だけおもしろいわけもないか。
 だいたい長文が読めない書けない学習困難児が増えてるせいか、旅行記と言っても数枚写真が載ってて、その下にたとえば料理なら「おいしかったー」とか書いてあるだけ。だから、これはどこのなんという店のなんという料理で、何でできてて、どこがどうおいしくて、サービスはどうで、チップはいくら払ったのか、それぐらい書けよ。これじゃなんの参考にもならないし、本人以外は見てもおもしろくもなんともない。
 だいたい、旅というのはハプニングの連続だったり、カルチャーショックを受けたり、もっともっといろいろあるはずなのに、単なる名所の写真が並んでるだけ。「なんだ、パック旅行か」と思うと、そうじゃなかったりするんだが。逆に、「これはすごい」と思えるような旅行をした人でも、なんか淡々と行程が記してあるだけで、何がおもしろいんだかさっぱりわからない。
 なら、みんななんのトラブルもなく帰って来るのかと思いきや、口コミサイトにはあれやこれやのクレームが並んでいて、なんなんだー!
 私がいちばん知りたいし、読んでおもしろいのは、失敗談とか、現地の細かい習慣とか事情なのに、そういうのはさっぱり。
 ならば私が書いてやろうじゃないか。というわけで、普段の「ひとりごと日記」には私生活のことや日常のことは原則として書かないことにしているが、旅行中だけは逆に、おもしろかろうとつまらなかろうと、起こったことや感じたことはできるだけすべて書こうと思う。そのため、いつもよりさらに長々しくなると思うけどご勘弁を。

 それに、文章がやたら長いわりには、他の旅行記と違って写真少ないです。私はカメラを持たない観光客なので。というと偉そうだが、実は今回は日記に載せるためにちゃんと写真撮るつもりだったの。できたらガイドブックに載ってない、普通の観光客が撮らないような変な場所を中心に(笑)。
 ところが、カメラ代わりに持っていった携帯の電源はすぐ切れ、わざわざ買っていったアダプターは合わないことがわかり、気の利くアンドレ夫妻が日本で働いてるベルギー人の知人からアダプターを借りてきてくれたにも関わらず、今度はそのアダプターを持っていくのを忘れ、あるいは充電するのを忘れ、(なにしろ普段携帯持ってないので)、写真が撮れたのはほんの数日。しょうがないので、ある程度はパンフレットやネットで落とした写真でごまかそうと思う。
 下手な文章より見た方が早いってこともあるし、ほんとは写真で見せたいものがたくさんあったんですがねー。残念。

出発前

 まずはチケットの予約にHISに行った。別にどこでもいいんだけど、どこにでも支店があるし、HISしか利用したことがないので。
 ここで初めてベルギーへは直行便がなく、どこかの都市を経由しなければならないことを知る。えー、めんどくせ。おすすめはどこ?と聞くと、ロンドン経由のヴァージンか、コペンハーゲン経由のスカンジナビア航空を勧められる。
 これまでの私なら迷わずヴァージンだが、ロンドンはもう十分って気がした(この時点ではイギリスへ行くつもりはなかった)のと、スカンジナビア航空(SAS)のほうが安いし評判もいいというのを聞いて、こっちに決める。あとから考えると、飛行機会社の評判なんて口コミサイトに書いてあることと大差ないんだから、まるで当てになるわけなかったのに。

 ちなみに、航空会社の口コミサイトを見ると、いろんな苦情が並んでるが、私に言わせれば飛行機会社なんてみな同じ。エコノミー客は貨物! 機内食はエサ! 日本にいるとサービス過剰に慣れてしまうので、それと同じサービスを外国で求める方が無理。
 ただし、アエロフロートだけは別だと思う。(中国の会社も別らしいが私は乗ったことがない) シベリア強制収容所の囚人気分が味わえます(笑)。

 というわけで、飛行機選びはあとからヒジョーーーーに後悔した。ヴァージンにしておけばロンドンで遊んでそのまま帰国できたのに。FIXにしちゃったので、航路の変更もできない。

 教訓――チケットの予約は余裕を持ってしよう。さんざん「チケットはもう買った?」とヴァレリーにせっつかれたあげく、大あわてで適当に決めたのが大きな間違い。
 だいたい私はパスポート取ったのも(こないだ海外に行ったのが12年前だったので、もう切れてた)、出発の3日前。どうして何でもさっさとやれないのかなー。ちなみに出発の前々日に税務署行って、去年の確定申告なんかしてるし。なんというか、「明日やれることは今日は絶対やるな」がモットーになってしまっているのよね。きのうできたことを今日やってるんだから、忙しさは変わらないのに。

 そのくせ持ってく服をどうするかなんてことでけっこう悩んだ。灼熱地獄の東京と、酷寒のシベリア上空と、秋風の吹くヨーロッパを、1日のうちに移動しなきゃならないからである。
 いや、頑丈な人ならいいんです。だいたい白人はみんなそうだけど、どこ行ってもどんな気温でもジーンズとTシャツで平気。だけど繊細な私は、マメに着替えないと、それこそ着いたとたんにインフルエンザで寝込むことになるから。最初のロンドンがまさにこのパターンだった。とにかく異常な高温多湿に体が慣れてしまっているところに、機内の超低温超乾燥に13時間もさらされるのだから、私みたいな虚弱体質は耐えられるわけがない。
 そこで考えたのは、出発時は麻のタンクトップにカットオフ・ジーンズ、機内ではその上に綿ニットのトレーナーとフリースのジャンパー、厚手のスパッツ、厚手のソックス、さらにふかふかのあったかスリッパ。これで機内でも寒くないはず。
 でも結論から言うと、これはさすがに暑すぎた(笑)。というか、最初に利用したロンドン行ったときに利用したアエロフロートが異常に寒かったんだよな。毛布2枚をきっちり体に巻き付けても、震えて歯の根が合わないほど。機体に穴でもあいてたんじゃないかと思うぐらい。

1日目 (東京→コペンハーゲン→ブリュッセル)

8月23日 (日) 11:31 a.m. 成田からコペンハーゲンへ向かう機上にて

 今は機上で離陸を待っているところ。まずは昨夜の狂想曲から。

 私は自他共に許す忘れ物・失くし物の達人である。
 出発の3日前にも、いちばんいいメガネをなくした。そこで、空港に行ったらチケットを持っていない、といった最悪の事態を防ぐため、(コンサートでは一度体験ある)、これだけは千回はチェックした
 それで前夜、スーツケースを詰め終えて、さあ寝ようと思ったとき、何かが足りないような気がした。あー、スーツケースって確かカギがかかるんじゃなかったっけ? このカギは大切なものなので、なくさないようにスーツケースの中のポケットに入れてあったはずなのだが、それがどこにもない。さあ、どうしよう? 盗られて困るようなものは、アンドレのためのピクチャーディスク以外何も入ってないが、カギなしのスーツケースなんて預かってもらえるんだろうか?
 とにかく捜すっきゃない! とは思ったが、我が家でなくなったものは、まず10年は出てこないという魔窟。12年前(前回の海外旅行)になくしたカギが、すぐに出てくる可能性なんてまず皆無! でもあきらめずに捜せばなんとかなるものですね。運良く、カギは「がらくた入れバスケット」(これが何十個とある)のひとつから見つかった。なんでこんなところに入ってるんかなあ。たぶん、疲れて帰国して、スーツケースを開けたときに適当に放り込んだんだろう。

 しかしこの日は大変だった。なにしろ長い間留守にするから、立つ鳥跡を濁さずってわけで、家をきれいに片づけ、掃除し、汚れた洗濯物や食器はすべて洗って乾かし、ゴミを捨ててから出ようと思ったのだ。
 普通の人は毎日やってるからどうってないでしょうが、やらない私はこれだけで2日がかりなのよ(笑)。そのうえ、買い忘れたもの(プラグのアダプターとか)を捜して、西葛西中を飛び回ってたから。
 さらにブレーカーの電源を切っていくため、冷蔵庫の中味を空にするのも大変だった。冷蔵庫なんかは普通は付けたまま出かけるものだが、うちの冷蔵庫は壊れかけの旧製品なため、ものすごい熱を出す。締め切った部屋で電気ヒーターみたいな冷蔵庫を付けっぱなしだと熱がこもってえらいことになるのだ。埃が積もって漏電火災なんてのもこわいし。そのつもりで冷凍食品とかは食べ尽くすように計算してたんだが、開封した調味料とかが思ったよりたくさんあって、結局ほとんど捨てていくはめになった。まあ、ほとんどが期限切れだったから、ちょうどいいんだけど(笑)。

 夜中になって思い出したことはまだある。洋服選びなんかに夢中で、かんじんのものを忘れてた。お金ぜんぜん持ってない! 財布を開けたら千円札しか入ってないし(笑)。これで外国に行こうっていうんだから、いい度胸だ。もっとも、イギリスでの経験では、現金なんかほとんど使わなかったし、ATMも両替所も空港にあるからいいか。
 でもうちには、お店の代金としてもらったユーロがかなりの額あったはず。机の引き出しを引っかき回すと、あっちこっちから1枚、2枚と出てきて、結果数万円分になった。なんでお金がこう無造作に突っ込んであるかなあ。

 とにかく必要なものは揃ったので寝て、翌朝は6時起床。なんだって11時40分の飛行機に乗るのに、こんなにバカ早く出なきゃならないの? でも結果はそれでちょうど良かった。
 というのも、空港が込んでいたからではなく、玄関のカギをかけたあとに、何度も忘れ物に気づいて取りに戻るはめになったから。ちゃんと荷造りしたつもりで、スーツケースに詰めてない袋があっちこっちにちらばってるのよね。いつもの通勤時でも同じだけど。おかげで機内持ち込み用のバッグ(いつものキャリーケース)がパンパンになってしまった。

 というわけで、遅刻に脅えながらもちょうど出発1時間前というぴったりの時刻に成田到着。遅れそうだったのだが、船橋まで来たらちょうどスカイライナーが来たところだったので乗ってしまった。わずか500円で「最後のタバコ」が吸えるなら惜しくないや。しかし今どき、特急列車に喫煙車があるとは知らなかった。

 スカイライナーでタバコを吸いながら考えた。私は禁煙なんて考えたこともないが、世の中には禁煙パッチというものがあるらしい。タバコが吸えないせいで気が狂いかけたら、それでニコチンを補給すればいいんではないか? そこでさっそく成田で薬局に行ったら、やっぱりあった。「べつに禁煙のためじゃなく、当座がしのげればそれでいいんです」と言ったら、薬剤師はあきれた顔をしていたけれど。おおー、これで禁煙対策もばっちり!

 ところで、夏休みの成田というと、芋の子を洗うような大混雑と長蛇の列を予想してたが、チェックイン・カウンターに並んでるのは数人、セキュリティ・チェックも出国審査も流れるように進んでまったく待たされなかった。
 なにこれー? ゴーストタウンみたい。マジで不況の影響? おかげで海外旅行のいやなところ第一関門は突破。

 第二関門は飛行機の座席。位置だけじゃなく、周囲の客層もだ。これまでも、団体の中に放り込まれたことや(最悪)、隣に座ったキモ男に言い寄られて困ったこととか、ろくな思い出がない。後者はオーストラリアに行ったときで、これから向こうの大学に留学するという30才ぐらいの日本人なのだが、私が大学教員だと言うと、自分もそうだと言って勝手に盛り上がり、向こうで連絡を取り合おうと、すごいうるさかった。それがいい男ならまだしも、佐川一政(パリ人肉事件の)にそっくりなんだもん! これは絶対、白人女性殺して食う顔だぜ。私も日本人にしては大柄で色白だから狙われたのかも。((((;゜Д゜)))
 それはそうと、今日は絶対必須の通路側で、お隣さんは北欧人の男性、しかも離陸前からすやすやと寝息を立て始めるという最高の隣人だった。

スカンジナビア航空のエコノミー・シート

 しかし、席はやっぱり狭いわ。これが飛行機のいちばんいやなところで、あらかじめネットで口コミ情報を調べたりもしたのだが、「座席もゆったり」なんて日本人が書いてるのを見ても、なんの参考にもならないことを忘れてた。
 自慢じゃないが自慢だが私は足長いです。私は女としてはどこの国の平均身長よりのっぽなうえ、女は男より胴が短いので、足の長さはだいたい身長180cm台の男性と同じぐらい。よって、周囲の日本人は楽に足組んだりしてるのに、私はまっすぐ座っても膝が前の席の背につかえてしまって、足組むなんて不可能。ちなみに隣の男性も私より足が20cmぐらい短いし、おそらくは背も私より低い。あー、これはまた膝が痛くなりそう。

 でも、それを除けば、私は飛ぶの大好き。特に離陸の時のふわっと体が持ち上がる感じや、着陸の時のエレベーターで体が浮くときのような感じが好き。あいにく通路側なので外の景色は見えないけど、この機は座席の前についた液晶スクリーンで(12年前はこんなのファーストクラスだけだったのに)、機体の前部と下部のカメラに映る景色がリアルタイムで見られる。下から見上げることはよくあるが、見下ろすのはなかなか楽しい。特に着陸の時とか。しかしうちの上空も大型旅客機の航路になってるんだが、いつも見られてたのか。

 ところで、禁煙もつらいが、禁飲はもっともっとつらいことがわかった。私はヘヴィ・スモーカーであるばかりでなく、ヘヴィ・ドリンカー(水の)でもある。家にいるときは、つねにティーサーバーとカップを手元から放さないし、外出時にはペットボトルを放せない。タバコなら4〜5時間はがまんできるが、飲むのは30分とがまんできない。ところがご存じのように、最近は機内に液体は持ち込み禁止なんですよね。
 そこで乗るとすぐに「水ちょうだい」と頼んだのだが、「すぐに出るからもう少し待ちなさい」と言われてしまった。待てないから頼んでるのに! それでじりじりしながら待ったが、あんなちっぽけなカップで足りるかい! 1000mmのペットボトル寄こせ! なにしろ日本はあの暑さで喉が渇くし、機内は異常乾燥で喉が渇く。でも、ただでさえ仕事したくないのが見え見えのCAに、10分置きに水くれなんて頼めないし。

 11時40分発の便なので、飛び立つとすぐに昼食。メインはスキヤキ(?)風の焼き肉。けっこううまい。その肉に、おにぎり状のご飯が添えてあり、さらに押し寿司がついている。寿司には手を付けなかったので味は不明。日本人ならとりあえず米さえ食わせておけばいいだろうという魂胆だな。私は洋食のほうが好きという非国民なので、むしろ帰りの機内食のほうが楽しみ。
 しかし、何か食べるとタバコが吸いたくなるね。でもまだ耐えられないというところまでは行ってないので、パッチの出番はなし。それより鼻と目が乾いて痛い。目薬持ってくればよかった。

 暇なので、備え付けのエンタテインメント・システムで遊ぶ。映画や音楽やゲームがオンデマンドで楽しめるというのはすごいと思ったが、5分で飽きた。映画は例によって、どうでもいいようなファミリー・ムービーしかないし、単にテレビみたいに流れてるのを見るだけで、好きな時に好きな映画を見られるわけではない。(ビジネスクラスではできるらしい) 音楽に至っては、私のジャンルのものはひとつもない。こうなるとむしろクラシックを聴いているほうがなごむ。
 これなら自由にインターネットとかブラウズさせてくれるほうがいいよ。もちろん読むための本も持ってきているのだが、目が痛いし眠くなってきた。そこでなんとか寝ようとしてみる。

4:26 a.m. 成田からコペンハーゲンへ向かう機上にて (その2)

 禁煙開始後5時間たったが、まだ大丈夫。っていうか、普通寝ているときは6時間ぐらいは吸わないんだから、これぐらいは耐えられて当たり前。
 ものすごく眠いのは朝6時起きのせい。私は飛行機で寝られない(主として窮屈で足が痛いせいで)ことにも神経質になってたが、考えてみると11時から13時間の飛行ってことは、日本時間の午前0時には着くということで、私には余裕で起きていられる時間のはず。
 でもなんかイライラするのはたぶんニコチン切れのせい。座席の背中をドンドン叩くな、うしろのガキ!(と言っても20才ぐらい) あと、通路を歩く人が肘や膝に触るのもカンに障る。そのたびにうつらうつらしていたのがハッと起きるのがすごいいや! 私は神経は太いほうなので、普通ならこれぐらいでイライラしたりしないのだが、これが噂に聞く禁煙のイライラってやつか。タバコ切らしたことなんてないので知らなかった。それに目をつぶっていると、「狭い! 狭い!」とそればっかりが気になって、閉所恐怖症になりそうだ。

 4時30分にサンドイッチかおにぎりの軽食が配られた、らしい。というのは、私はトイレに行っていてもらえなかったから。その後席に戻っても無視。ふだん1日2食の私はべつにおなかもすかないからいいけど。昔は「これも料金のうち!」とか言って、出されたものはなんでも食べてたのに、私も大人になったもんだ。

 しかし膝いてー。さすがに5時間座ってると、最初に悲鳴をあげたのは膝だった。これはもそもそ動かしたぐらいじゃだめ。立って、用もないのにトイレとギャレーを往復するのだが、飛行機が小さいので近すぎるのが難点。

6:44 a.m. 成田からコペンハーゲンへ向かう機上にて (その3)

 出発から7時間。
 乾燥のせいか、喉が焼け付くように痛い。タバコの吸いすぎでそうなることはあるが、タバコ吸ってないのに。いや、むしろタバコの吸いすぎで喉の粘膜が弱ってるところへ、乾燥でよけい痛くなったのか? 私は普段は甘いものは飲まないのだが、大学で教えてるときも、喉を酷使するので、冷たくて甘い飲み物(それもミルクやヨーグルトの入ったやつ)がほしくなる。だけど、あるのはジュースだけ。外国へ行くといろんなジュースがあって楽しいのに、あるのはリンゴとオレンジだけ。アエロですらもっと種類があったぞ。

 というのも、実は海外で私がいちばん楽しみなのは飲み物。と言っても、酒はいっさい飲めない体質なので、もっぱらお茶とジュースですが。特にブラックカラントとか、クランベリーとか、ベリー系のジュースがお気に入り。こういうのの100%ジュースって、日本じゃ目玉が飛び出すほど高いが、イギリスではオレンジと値段は同じだった。そのオレンジだって、日本のみかんジュースと違って、スーパーで売ってるパックだって、ちゃんと本物のオレンジの味がするし。
 なのにここのジュースは日本よりさらに薄い感じで味も素っ気もない。これはSASがケチなのか、それとも北欧じゃみんなこうなのか?(寒い国なので果物は贅沢品ということも考えられる)

 そういや、缶コーヒーって日本独自の発明? 海外では見たことない気がする。それを言ったら、缶やペットボトルのお茶はもっとないけど。ほんと、日本人って清涼飲料水好きだなあ。理由はやっぱり酒が飲めない人が多いからだと思う。

 そういえば、(喉が痛いせいもあるけど)ぜんぜんタバコ吸いたいという気が起こらない。眠りたいとは思うけど。これなら禁煙も簡単? たぶんヨーロッパでは禁煙できても、日本へ帰ったらたちまち吸い始めるだろうけど。酒も飲めない私には、これぐらいの合法ドラッグは残しておいてよ、という感じ。

8:36 a.m. 成田からコペンハーゲンへ向かう機上にて (その4)

 眠くて眠くてしょうがないが、眠れないので、つまらない映画やつまらないドキュメンタリーを見る。よくまあ、こんな退屈なプログラムを組めるな。逆に言うと、自分が日頃、エンタテインメントに関しては、いかに刺激に満ちた暮らしをしているかを実感した。まあ、旅行というのはリラックスしに行くので、何も刺激なんかなくてもいいけどさ。
 日本には最新のものはすべてある。ヨーロッパへ行った日本の若者は、向こうの若い人の服装がみんな野暮ったくて古くさいのに驚くはずだ。その代わり、日本には過去がない。日本で過去といえばせいぜいが昭和だが、ヨーロッパへ行くと、数百年以上前のものがまわりじゅうに満ちあふれていて、過去や歴史が文字通り触れられる形で存在している。どっちがいいとかいう話じゃないが、単にヨーロッパには日本にないものがあるので好きと言うだけ。

9:30 a.m. 成田からコペンハーゲンへ向かう機上にて (その5)

 かろうじて眠りそうになると、食事で叩き起こされる。何がなんでも眠らせない魂胆らしい。機内食の蓋を開けたら、茶そばとフルーツの缶詰、グリコのポッキーが入っていた。なにこれー! 私はアエロを経験したから、もう何が出ても驚かないが。しかしこれじゃ、外人は腹が保つまいと思っていたら、あとから巨大なハンバーガーが来た。なんかコロッケバーガーみたいな味で、わりとうまい‥‥はずなのだ。氷みたいにカチカチで冷たくなければ! これは暖め忘れたのか、それとも故意なのか?
 もう何も考えずに我慢して食うが、さすがに半分食べるのが限界だった。あとはフルーツを少し食べただけ。隣の人もほとんど残してた。毎日機内食だと、いいダイエットになるな。もっとも座ってるだけじゃだめか。
 しかし、(他に楽しみがないせいで)昔は機内食って、すごい楽しみだったんだが、ここまで食物らしくないものばかり出すのもすごすぎる。断っておくが、私はイギリス人並みの味音痴で、はっきりいって食い物なんか口に入ればなんでもいいと思ってる。その私が食べられないというか、そもそも見ただけで食欲を減退させるようなものばっかり出してくるなんて。
 ちなみにアエロでいちばんすごかったのは、「内も外も真っ黒焦げで、歯も立たないし何の肉かもわからない、炭化した肉のかたまり」だった。(ちなみにそれとやはりカチカチのパンだけがトレイに載っていて、付け合わせもなんにもなし)
 もういっそのこと機内食なんかなしで、多少割り引きして、飲み物もセルフサービス、弁当持ち込み可にしてくれたほうがどんなにいいか。

5:40 p.m.(ここからヨーロッパ時間) コペンハーゲン空港

 などとぶーぶー文句を言いながらも、飛行機は遅れもなく快晴の空の上を飛んで、無事コペンハーゲンへ。ここで降りてブリュッセル行きに乗り換えるのだが、待ち時間が2時間もある。
 これだけがんばって禁煙したんだから、ここで思い切りタバコを吸うつもりだったのに、この空港は全館禁煙! もちろん外へ出ることもできない。吸いたいときに吸える、飲みたいときに飲めるという最低限のぜいたくを禁止されて、名所を見たりおいしいものを食っても何が楽しい!
 クソー! このど田舎の後進国空港め! ほんとに人がいなくて閑散としていて、トイレは汚いしボロいし、成田のきれいさと豪華さとくらべると雲泥の差だ。成田の喫煙室なんか、しゃれた喫茶店みたいな作りで、窓からの眺めも最高だったのに! あー、クソ、北欧なんか二度と来てやらないからな!(禁断症状でイライラしている)

 まわりを見回すと、長身金髪の北欧人ばかり。確かにきれいですけどね。ただ、ティーンエイジャーの母子なんか見ると、娘は本当にエルフのよう(透き通るように白い肌、絹のような髪、手足が細いのは日本の女の子もそうだけど、こちらはすらりと長くて、膝が出てなくてまっすぐ)なのに、母親になるとそれがいきなり3倍の太さのトロル(体だけじゃなく顔も)になってしまうのはなんでか?(笑)
 前から思ってるんだけど、日本人の若い子ってべつにきれいでもないけど、年をとっても劣化が少ない。私もアンドレとほとんど同い年だと言ったら、「アンドレよりだいぶ保ちがいいわね」と驚かれた。もっとも私は40過ぎまで短大生と間違われたし、55の今もときどき「(遠目には)学生かと思った」と言われますけどね。
 それで何が言いたいかというと、日本女性で世界に誇れるのはおばさんだということ(笑)。そこらの萌え男どもも幼女なんか見てんじゃないよ。幼女なら白人のかわいらしさ美しさにかなうはずがない。それより日本人なら50代女性のほうがよっぽど狙い目なのにね(笑)。

 それに「外国」をひしひしと感じる。今もどこで乗り換えるのかもわからず、えんえん到着ゲートに座ってた。パスポート・コントロールという、ものものしい檻みたいなところを通らなきゃならなかったのね。単に群れについていけばよかったのだが、団体行動が苦手な私はいつも群れから距離を置いて歩くので。しかし他にも日本人が大勢到着ロビーで待ってたが、みんな知らないのでは?
 禁煙はやはりつらい。吸えないのがつらいんじゃない。他人から強制されるのが屈辱的でつらい。あと、まわりの人が何言ってるのかわからないのも、すごく孤独な感じがする。

6:00 p.m. コペンハーゲンからブリュッセルに向かう機上

 乗り換え便に乗る。が、ゲートを抜けて地面をパタパタ歩き、階段を上る飛行機なんでびっくり。そういや、これって国際便とは名ばかり。ヨーロッパ国内のローカル便なんだ。飛行機も小さく、こんなのは岩手に行くとき乗ったプロペラ機以来だ。

 この飛行機を見て、とたんに機嫌が良くなる。なんと言ってもこれぐらい小さいと飛んでるって感じがするし。さっきは液晶画面で見ていた風景が生で見られるしね。やっぱりエンジン音が高まって、滑走に入るときと、ふわっと浮き上がる瞬間は感動する。うわー、糸で吊ってないのに浮いてる!なんて。
 眼下に広がるのはコペンハーゲンの郊外風景。みんな同じサイズの敷地が整然と並んだ、建て売り分譲地みたいなところだが、日本とは広さが違いすぎる。隣との境はこんもりとした木立で囲まれてるし、広々とした芝生の庭があるし。
 やっぱりなー。空港が立派だったり、トイレがきれいなよりも、個人の家が広くて立派なほうがどんなにいいか‥‥。ここらがヨーロッパとの差で、やっぱり日本は後進国か。

9:20 p.m. ブリュッセルHotel Ibisにて

 はあー、疲れた。フライトだけでわやわやなのに、ブリュッセル空港もブリュッセル駅もむだにでかくて、迷って歩いた末にホームレスに道を訊くはめに。もう何がなんだか‥‥

ブリュッセル南駅。遠景に見えるビルはビジネス街。

 それでついにベルギーに足を踏み入れたわけですが、ズバリ言っていいですか? 第一印象は失望だった。(イギリスしか知らないくせに)とにかくヨーロッパの町はどこもかしこもきれいという印象を持っていたので。
 空港駅で市街へ行く電車が入ってきたのを見た瞬間、「?」と思った。なにしろ電車は一面、汚らしいグラフィティに覆い尽くされている。
 私はグラフィティにはそれなりに思い入れがあるが、そんな芸術的なやつじゃないの。ただの落書き。国の玄関口がこんなんでいいの?
 外へ出ればあたり一面、壁も機材も落書きだらけ。消そうという努力は放棄してるな。しかも落書きがなくても今にも崩れそう。
 沿線の建物も、レンガ造りだってことを除けば、成田周辺とそんなに変わらない。要するにビンボ臭い。古めかしい赤レンガの建物が多いが、明らかに労働者階級の住居として建てられたもので、荒れ果てた感じでボロい。
 でも、いくらなんでも市街に入れば違うだろうと思ったが、なんか輪をかけてボロくて汚い。いや、ロンドンだって古くて汚いが、そこがなんとも風情があっていいのに、ここはなんかわびしくてみすぼらしいだけ。イーストエンドの貧民街だってこんなに汚くないぞ。そういや、東京って本当の意味のスラムがない街だったんだな。

 これは意外だった。ベルギーと言えば、とにかくきれいな写真しか見たことがなかったので。ま、当然だけど。しかし、ロンドンやイングランドも、絵ハガキみたいな景色の写真ばかり見ていて、行ってみたら本当に絵ハガキそのものだったので驚いたのに。ましてベルギーなんかイギリスに較べればはるかに田舎だから、もっときれいなはずだと思ってたのに。
 ロンドンでは、着いたその日からなんか故郷に帰ってきたような安らぎを感じたが、ここではとてもそんな気になれそうにない。ばかりか、なんかやーな気分になっただけだった。
 Brussels Midi(ブリュッセル南)駅に降り立ってもその印象はまったく変わらない。駅前のビルは工事中なんだか廃屋なんだかでボロボロだし、歩道もつぎはぎだらけでデコボコでゴミだらけ。東京ってなんてきれいな街なんだろうと思えるぐらい。あとからアンドレに聞いた話では、ブリュッセルでもこのあたりはあまり芳しくない界隈なんだそうだけど。

 もちろんバリアフリーですらない。昔の日本の駅はエレベーターもエスカレーターもなかったので、階段を一段一段、重いスーツケースを引っ張り上げて登るのは難行苦行だった。それがイギリスに行ったとたん、その苦労がなくなったので、「文明国とはこういうものか!」と感嘆したものだ。
 それが今は、うちの玄関を出てから飛行機に乗るまで、スーツケースを持ち上げる必要は一度もない。ところがブリュッセルに着くと、いきなり電車のステップが高い! しかしそこはさすがヨーロッパというべきか、スーツケースをゴロゴロ引っ張って出口へ向かったとたん、若い男性が「持ちましょうか?」と言ってくれる。他にはなんにもなかったとしても、これだけはすばらしいといつも思う。

 とにかくここまで、一度もタバコを吸えるところがなかったので、とりあえず駅の外で一服。ふう〜、生き返る。
 すると失業者風の男性が寄ってきた。片言の英語でタバコを1本くれと言う。ヨーロッパはタバコの値段が高いのでこういうのはよくいるが、普段は(ちょっとこわいので)相手にしない。
 でも、私自身もワーキングプアの身分で、多少やさぐれた気分になっていたこともあり、親近感をおぼえてタバコをあげる。すると、それ以上何も要求せず離れていった。そこで呼び止めてホテルの場所を聞いたら、駅の反対側だと親切に教えてくれて、なんとなく会話が始まった。
 聞くと、モロッコから出稼ぎに来たのだが、職もない、泊まるところもないというお決まりの話。とうとう金をせびろうとしたので、それは丁重にお断りして、“Good luck.”とだけ言って別れた。でも、いやな顔もせず、礼儀正しくていい人だった。
 たとえluckがあっても、この人が這い上がるのはまず無理とは思うけどね。それにひきかえ、日本に生まれ、いちおう教育を受けた私は、半失業者の身分でも、こうやって海外旅行もできる。それを思うと格差の厳しさに泣けてくる。ヨーロッパというのは露骨な階級社会なので、これはこのあともたびたび実感することになる。
 しかし、ベルギーに着いて最初に話したのがホームレスとはいかにも私らしい(笑)。ガイドブックやなんかでは、こういう職にあぶれた移民の犯罪について、くどくど警告が載ってるのに。

ブリュッセルのホテル・イビス
イビスの部屋

 (例によって方向音痴の私は反対側に出てしまったが)私の泊まるHotel Ibisはこの駅のすぐそばにある。アンドレ夫妻の住むクノック(Knokke)はベルギー北端の田舎町なので、着いたその日に移動するのは大変だろうといって、一泊だけ駅近くのホテルを取ってくれたのだ。値段も56ユーロと格安(私は相場を知らないのでわかんないけど)なんだそうだ。
 よって私は日本のビジネスホテルみたいなのを想像していたが、部屋はでかいしきれい。なぜかダブルベッドがひとつとシングルベッドがひとつある。シングルだけで良かったのに!

 ただ、外国のホテルは何にもないのを忘れてた。部屋でお茶一杯飲むこともできないのね。この旅行は絶えず飲むものを捜してばっかりいるような気がしてきた。
 あわてて駅へ戻って店を捜したが、時間が遅いのでほとんどの店がしまっている。外の街はゴーストタウンみたいでなんにもない。かろうじて開いていた店で、夕食代わりのピザとミネラルウォーターを買ってきた。
 コンビニないと不便だねー。飲み物なんて、ソフトドリンクはコーラかファンタ。ジュースがないかと思ったら、ミニッツメイドだって。これ、まずいので日本でも飲まないのに。水の方がまだましだ。(とか言いながら、本当に他になんにもないので、このあとはミニッツメイドを毎日のように飲むはめになる)
 この薄暗い(西洋の部屋はどこも薄暗くて、日本みたいにこうこうと照明したりはしない)、だだっ広い部屋で、ひとりでボソボソ夕食を食うのはわびしかったが、ピザはでかくてうまかった。これで5ユーロは安い。でも、350mlの水が2ユーロって! (1ユーロ=132円)

 人々も違う。コペンハーゲンでは見るからにバイキングの子孫という感じの人ばっかりだったが、こっちは見るからにオランダ人(よく肥えて赤いほっぺで田舎っぽい)。でも若い男の子はすごくきれい。もっとも28ぐらいでビール腹のおっさんになってしまいますが。

2日目 (ブリュッセル→クノック)

8月24日 (月) 9:18 a.m. ブリュッセルからクノックに向かう電車の上

 無事ホテルに着いたものの、翌朝は知らない土地で電車に乗り、あまつさえ電話をかけるという苦行(私は電話恐怖症)が待っている。昨夜は10時頃(日本時間は午前3時)に寝たのに、時差ボケで朝の3時に目が覚めてしまい、することがない。風呂があれば入りたいがシャワーだけだし。
 ホテルは思っていたよりずっと豪華で快適だったが、お茶は飲めないし、シャンプーもない。あと、浴室の壁に前の客の髪の毛が張り付いてたりするのも、日本では考えられないこと。
 でもベッドは王様並み! ダブルとシングルがあるだけでもアレなのに、スプリングの厚さは日本の倍。柔らかいけど沈まない理想のベッドで、大の字に寝ても手足がはみ出さない! うちにもこんなのがほしい!
 それに電車は冷房がないのでけっこう暑かったが、ホテルの部屋は完全空調付き。おかげで時間は短いけどぐっすり眠れた。

 それで身支度をすませ、いざ電話をかけよう(ドキドキ)と思ったら、やっぱりつながらない。泣きそうになってフロントへ助けを求めると、外信を使うにはクレジットカードを見せてロックを解除してもらわなくちゃならないんだって。そんなこと部屋のパンフレットには書いてないじゃん!
 やっとアンドレの家につながってヴァレリーと話せた。でも降りる駅はクノックじゃなくて、Duinbergenというひとつ手前の駅なんだって。そっちのほうが近いというのだが、そんな発音できない駅困る。なにしろ慣れないので、この電車でいいのか、降りる駅はどこなのか、何度も人に聞かなきゃならないので。しょうがないので、結局紙に書いて人に見せてまわるはめに。

9:35 p.m. Knokke デセール家にて

Duinbergenの駅
ちなみにここにアンドレの家の写真が入るはずなんですが、携帯から写真をパソコンに転送する方法がわからない(笑)ので、また後ほど。これはネットから拾ったご近所の写真だけど、まあこんなような感じの所です。

 それでもなんとかDuinbergen到着。駅までヴァレリーが車で迎えに来てくれた。駅はちっちゃなボロい駅舎がぽつんと立ってるだけの無人駅で、降りる人もまばら。駅前もただの野原。うわー、本当に田舎だー! それでもインターシティ(主要都市を結ぶ特急)が1時間に1本止まるのはすごいけど。そしていよいよデセール(アンドレとヴァレリーの名字)邸へ。

 ちなみに、アンドレのことを大金持ちだと思っていたころの私が想像していた彼の家は‥‥海辺にあるというので、北の海を見下ろす、そそり立つ崖の上の一軒家。海を見晴らす総ガラス張りのモダンなリビングがあって、下にはヨットハーバー付きという、なんかマフィアのボスが住んでそうな家。(少なくともアンドレの外見はマフィアのボスそっくりだし)
 というのはアメリカ映画の見過ぎ、っていうことぐらい十分わかってたんですけどね。外人と言えば大きな家に住んでるというのは完全な誤解。狭い狭いと文句を言ってる私のアパートですら、イギリス人に言わせれば、「これでひとりなら十分広い」。

 車が入って行ったのは小さい白い家が建ち並ぶ住宅街。赤い瓦、白いレンガの壁、とんがり屋根に煙突と、いかにもヨーロッパのおもちゃみたいな家で、かわいらしいがどれも決して大きくはないし、道は車が1台やっと通れるほど狭い。要するに広さだけから言えば、東京の山の手の普通の住宅地と変わらない。
 着いたのはそういう家の1軒で、しかもこっちではなんというのか知らないが、セミ・デタッチト(2軒長屋。1軒の家を半分に割って、それぞれ独立した住居になっている)だった。それでもこのあたりでは最高級の住宅地で、すごい高かったんだって。うーむ、外見は軽井沢とかのこじゃれたペンション(の小さいの)みたいだな。でも日本の高級住宅地(成城とか田園調布とかの)と較べると圧倒的に小さい。
 内部はどこも真っ白。半地下がガレージと洗濯室、それとおもちゃが散らかった子供の遊び部屋、1階はリビング=ダイニングとキッチンとトイレ、2階(ヨーロッパ風に言うと1階)は、夫婦の寝室と、子供部屋2つ、それにバスルーム、3階というか屋根裏部屋がアンドレの城で、彼の書斎兼コレクションルーム。
 階段なんか日本の家より狭くて急だし、部屋の広さも普通の日本の一戸建てと変わらない。床はちゃんとギシギシいうし、それなりに古びていて建て付けは悪いし、これもいかにもヨーロッパらしい(笑)。
 ただ、ちょっと違うのは、いたる所に巨大な絵画や彫刻が飾ってあることと(狭いところにあるもんだから、彫刻なんか私はしょっちゅうぶつかっていた)、じゅうたんは昨日敷いたようにしみひとつなくフワフワだし、照明はすべて間接照明だし、手入れが行き届いた、いかにもこじんまりとして住みやすそうな家だ。言ってみればこんな家に住みたい(ただしひとりで全部占領できるなら)という私の理想の家。
 ただ、隣家と接しているのはプライバシーがないなーと思ったが、ヨーロッパ人は気にしないのね。ピクチャー・ウィンドウ(通りに面した大きな窓)なんてものがあるぐらいで、家族の団欒を外から見られても平気。ご近所から丸見えでも、狭い庭にはちゃんとテーブルとデッキチェアが置かれ、そこで日光浴なんかしている。
 これも私がヨーロッパの方がえらいと思うことのひとつ。日本の住宅密集地で、昼間からきっちり窓やカーテンを閉め切った閉鎖的な風景にうんざりしていたから。(私は平気で窓全開にしてましたが)

 着くとすぐに、ヴァレリーと娘のエミリーといっしょに海岸をお散歩。海までは20分ぐらい歩く。なんだ、海辺じゃなかったのか。これならうちとそう変わらないや。途中はずっと住宅街で、迷路みたいだ。見事なガーデニングの庭に囲まれた白い家の間を縫って歩いていく。同じような家ばかりなのでヴァレリーに聞いたら、屋根は赤、壁は白という決まりがいちおうあるのだが、強制ではないそうだ。なるほど。このぐらいのこと、日本でだってほとんどお金もかからず簡単にできるのに、どうしてだめなんだろう? こういうふうに色が揃っている方が、町並みははるかに美しく見えるのに。

クノックのビーチ。これは観光局のサイトから取ってきた写真で、なぜか人っ子ひとり見えないが、夏だから実際はここで海水浴客が日光浴したり、泳いだり、たこ揚げをしたり、ヨットに乗ったりしている。
ビーチの通り側の風景。左に見える小さい白いのがビーチハウス。右の大きな建物はどれもホリデー・アパートメント(休暇用別荘)。これまたひとけがないが、実際はいかにもリゾート客って感じのアロハや水着の人々が行きかっている。

 海へ着いて驚いた。ただ海が見えるというだけかと思ったら、本格的なシーサイド・リゾートじゃないか。遠浅の砂浜がどこまでも続く広いビーチに、ビーチハウスが並び、デッキチェアが置かれ、岸辺には高層アパートが並んで、ちょっと南仏とかの高級リゾート(の、やや安いの)に見える。ただし、人はまばら。「プライベート・ビーチみたい!」と言ったら、プライベート・ビーチも本当にあると言う。すごーい! へえー、こんなところだとは知らなかった。考えてみたらここはベルギーでは唯一の海岸だから、夏のリゾートになってるんですね。
 海はさすがに冷たくて泳ぐ人は少ないが、それでも人々は水着で歩き回り、見事に腹の出た白人の男女がマグロのように横たわって体を焼いている。こんな風景、映画でしか見たことないや。
 よく晴れた日で、日差しはものすごく強くて熱い。めったになく暑い、夏休みももうすぐ終わりの日、日本だったら海水浴客が押し寄せて、芋を洗うような状態だろうに、これだけ広いビーチをこれっぽっちの人間で独占できるなんて嘘みたい。
 エミリーは貝がらを拾っている。波打ち際には貝がらがいっぱいで、素足で歩くと足が傷だらけになりそうで私はひるんだが、現地の人はぜんぜん平気。なんの貝かと聞いたらこれがムール貝なんだって。そうかー、こっちではいちばんありふれた貝なんだな。
 でもエミリーが捜しているのはめずらしい貝で、それを見つけて持っていくと、紙の花(巨大な造花)がもらえるんだって。なんかほのぼのしてるなあ。

 ヴァレリーはなんでもてきぱきと計画を立てて事を進めるタイプなので、さっそく私を旅行代理店へ引っ張っていき、ヨーロッパのどの都市へ行きたいのかたずねる。
 もちろん私は計画なんて持ってない(笑)。そんなこと言われても、時差ボケ頭の私はボーッとしてるだけ。それよりシーワールドがそばにあって、イルカのショーなんかも見られるというので、それ行きたい。でもヴァレリーはそんなお手軽な観光じゃ許してくれない(笑)。
 しょうがないので、ガイドブックで読んだことを必死で思い出し、「シタデル(要塞)」が見たいと言ったら、「じゃあ、ディナンね」と言って、ほとんど勢いだけでディナン(Dinant。ベルギー南東部の町。フランス語の発音は「ディノ〜ン」なんだけどね)へのチケットと、ホテルを2泊3日予約させられてしまった。実は私が言ったのはナミュールのことだったんだけど(笑)。でもここは中世そのままの要塞都市で、近くにグロット(洞窟)もあるというので楽しみだ。

子供について

 そうそう、子供たちのことも書いておかなくては。エミリーは9才で、活発な女の子。人なつこくて、片言の英語で(まだ学校では習ってないのにえらい)必死に私に話しかけ、自分の宝物を見せてくれる。いわゆる美少女ではないが、本当にかわいい。6才のマキシムはシャイなのか、こわいのか、私にはあまり近づかない。でも、おみやげに持ってきたポケモンのぬいぐるみを2つあげたら、しっかり抱きしめて夢中でキスしている様子はやっぱりあどけなくてかわいい。子供嫌いの私がかわいいと言うんだから、本当にかわいいのだ。親にとっては目に入れても痛くない感じでしょうな。
 エミリーにはハローキティのショルダーバッグをあげた。タータンの布と革でできた、なるべく安っぽく見えないやつをわざわざサンリオ専門店で捜したのだ。
 しかし小さい子供がいると、やっぱり子供が主役で私の出番はあまりないですな。子供はどこの国でもいっしょで、姉弟げんかをしたり泣いたり大騒ぎ。

 ヴァレリーは子供が悪いことをすると叱るが、だいたいにおいてやさしいお母さん。アンドレは権威があって、彼が一言ぴしゃりと言うと、子供たちは一気に静かになる。ヴァレリーが言うには、彼女はいつも子供と一緒にいるので、一日中ガミガミ叱ってばかりいるわけにはいかない。だから甘くするけど、代わりにアンドレが厳しくしつけてくれるのだと言う。おっしゃる通り、正論である。権威のない日本のお父さんや、ガミガミ小言ばっかり言っているお母さんたちに聞かせたいね。
 要するに、絵に描いたような理想の家族と理想の家。ここまで理想的だと私はうらやましいのを通り越してちょっと引いちゃうけど。

夫婦愛について

 アンドレとヴァレリーを見ていると、その愛情表現が日本人とあまりに違うのでおもしろい。アンドレは55ぐらい、ヴァレリーは13才年下だというから40代の初めなのだが、何気なくアンドレの腕に飛び込んで思い切り甘える。ちょうど子供が彼女の腕に抱きついてキスの雨を降らせるのと同じ。アンドレはちょっと照れるが、うれしくてしょうがない感じだ。要するにラブラブ・カップルなのだが、日本人が(特に中年の日本人カップルが)これやったら恥ずかしくて見ていられないだろう。でも外人だと許される(むしろ子供みたいでほほえましく見える)のが不思議。
 もっとも私は自分が結婚体験ないので、夫婦というのは私の目にはみんな不思議な感じに映るんだけどね(笑)。日本人はそもそもボディ・コンタクトが苦手なうえに、私の目には避け合っているようにさえ見える。まあ、逆に言うと、そんなによそよそしくても離婚率がはるかに低い日本のほうがすごいような気もするが。

 金持ちかどうかということに戻ると、もちろん貧乏ではないし、ベルギーでは中の上に属する階級だと思うが、私が思っていたような大金持ちじゃない。なんで私がそう思ったかというと、レコードの買いっぷりもさることながら、通常のバカンスとは別に、年に1度は日本を訪れる(なにしろ地球の裏側ですからね。向こうの人の感覚では、日本人がアフリカへ行くぐらいの秘境だし大旅行)うえ、泊まってるホテルも一流ホテルだからだが、そういうお金の使い方ができるのも、福祉の発達したヨーロッパ人だからか。(老後は国が面倒見てくれるので、老後の蓄えなんか必要なくて、あるだけ使っちゃっても平気)
 それでもお手伝いさんぐらいいるだろうと思ったが、メイドは週に1回来るだけ。これは悪いことしちゃったな。小さい子供を抱えた専業主婦なんて忙しい盛りだろうに、そこへこんな居候まで抱えるはめになっちゃ、ヴァレリーにはかなりの負担をかけることになる。食事の支度は無理としても、せめて掃除洗濯ぐらいは自分でしようと思っていたが、掃除はメイドさんが来たときだけみたいだし、洗濯は洗濯機の使い方がわからず、ヴァレリーに聞いても「いいから任せて」と言ってさわらせてくれない。食器洗いもディッシュウォッシャーに入れるだけだし、何もすることがなくてかえって困る。ならばせめて子供の面倒ぐらいみようと思ったが(私もー、これでもいちおう女ですからー)、子供たちは勝手にゲームで遊んでるし、私はそれを眺めてるぐらいしかすることがない。せめてあまりに邪魔にならないようにと思って、小さくなってた。

 私が寝るのはマキシムの寝室で、マキシムはお姉さんの部屋で寝る。子供部屋はどっちも壁収納のベッドが2台あるのだ。子供用だから狭いけど、文句は言えません。明日はブルージュ観光の予定。

3日目 (クノック→ダム→ブルージュ→クノック)

8月25日 (水) 6:33 p.m. デセール邸にて

 先ほどブルージュから帰宅。とにかく足が疲れた!

 今日はイルカショーの見られるマリンパークへ連れて行ってもらうはずだったのだが、あいにくの天気で、こういう日は市街観光の方がいいというヴァレリーの鶴の一声で、ブルージュ(Brugge)観光に差し替え。とりあえずベルギーで最も人気のある観光地だそうで、クノックからも近い(ブリュッセルからクノックに向かう電車が途中ブルージュにも止まるので、すでに通るだけは通っている)ので、観光初日としてはふさわしいだろう。

ダム近郊の運河

 行きはヴァレリーが、子供たちを習い事に送っていくついでに、車で連れて行ってくれた。まずはクノックの駅へ行き、明日からのアルデンヌ地方めぐりのための切符と周遊券を買ってくれた。さらにその途中で、美しい小さな田舎町として知られるダム(Damme)にも寄ってくれた。
 実は私、ブルージュからダムまで蒸気船が走っていると聞いて、それに乗りたかったんだけど、まあいいや。町は別に普通だと思ったが、感動したのは運河の美しさ。
 このあたりでは運河や道路の両側に、高い木が一列に植えてあって、しかも運河だから、それがどこまでもどこまでもまっすぐ続いている。それがなんとも美しい。あー、この運河に沿ってサイクリングしたら気持ちいいだろうな。でも車窓から眺めるだけでも満足。
 ブルージュに着くと、ヴァレリーは親切にも観光案内所まで連れて行ってくれた上、「駅はここ、何時何分の電車に乗ればいいから」と教えて下さる。だからあのー、そこまでしてくれなくてもいいんですってば。私はただブラブラしたいだけなんだから。と言っても、帰りが何時かわからないと向こうも困るんだろう。よっておとなしく指示に従うことにする。

 しかし、この町は思ったよりかなり大きいのに、公共交通機関はなく、古い町らしく細い路地や運河が縦横に入り組んでいる。しかも建物がけっこう大きいので一切視界がきかない。これは私なんかたちまち迷いそうだな。案内所で地図はもらったが、こんなの見ても何がなんだかさっぱりわかんないよー。
 こうなると私がいちばん心配なのは「ちゃんと帰れるか」ということ。電車に乗り遅れたりしたらきっと心配される。そこでまずは駅の場所を確認することにする。観光案内所があるのは町の中心で、駅からはけっこう離れているのだ。そこで駅らしき方向へ向かって歩き出すのだが、来る途中で車の中から「駅はここよ」と教えてもらったにもかかわらず、方向音痴は絶対迷うんですよね。人に道を聞きながら、やっとの思いで駅までたどり着いたときは、まだなんの観光もしてないのに疲れ果てていた。でもまだここで帰るわけにはいかない(苦笑)。
 そこでまたえっちらおっちら歩いて町の中心を目指す。今度は絶対迷わないように、曲がり角ごとに目印を記録しながら。なんか観光しているというより、人跡未踏の砂漠かジャングルの中でさまよってるような気分だ

 いや、いつもはいくらなんでもこんなじゃないんです。行く前からほとんどの地図が頭に入っていたロンドンは別としても、オーストラリア行ったときも、行きずりのバスやトラムに飛び乗って、適当に歩き回ったわりにはちゃんと家に帰り着けたし。まあ、オーストラリアは逆にだだっ広くてなんにもないから、目印が見つけやすいということはあったけど。
 私が迷った最大の理由は、やっぱり言葉がわからないことだと思う。フランス語ならまだ多少は読めるのだが、ここはクノック同様フラマン語(ベルギーで使われているオランダ語)圏で、看板のたぐいがまるで読めないのだ。(ちなみにガイドブックには、ベルギーの道路標識は必ず二か国語で書かれているなんて書いてあるが、それは大都市だけ。田舎へ行くとどっちかのことが多い) 早い話が何かの標識があっても、それがストリートネームなのか、ただの広告なのか、それとも店の看板なのかもわからない。
 言葉がわからないだけで、五感から入る情報がこれほどまでに制限されるものなのか。英語国ではある程度働く土地勘が、ここではまるで意味をなさない。

 そのため、もらった地図を見て、ここへ行ってみようと思ったところにはひとつも行き着けなかった(笑)。例の蒸気船もぜひ乗りたくて乗り場を捜したのだが見つけられなかったし。ただ、中心部にある大きな教会だけは尖塔が目印になるので、迷ってはそこへ戻るの繰り返し。なんか同じところをぐるぐる歩いてただけのような気がする。よろよろと歩き回っては、すてきなカフェ(これはたくさんある)で休むの繰り返し。

 そういえば、ここで初めて本場のベルギー・ワッフルを食べた。カフェのテラス席で人が食べてるのを見て、おいしそうなんでついフラフラと。ああ、ちなみにこっちのカフェやブラスリー(居酒屋レストラン)は必ず店の前にテーブルを並べて、みんな外で食べたり飲んだりしている。外はにぎやかなのに店内はガラガラ。私も外は喫煙可なのでいつも外の席。
 ワッフルにもいろいろな種類があって、私が見たのは生クリームとフルーツを載せたやつだったが、生クリームは苦手だし、やっぱりベルギー名物ってことで、チョコのやつを頼んだ。出てきたワッフルは20x15センチぐらいあるでっかい長方形で、上に溶かしたチョコレートがかかり、バニラ・アイスクリームが載っている。一口食べて、うまい!
 まるで油で揚げたように芯までカリカリで、日本のフニャフニャで粉っぽい「ベルギー・ワッフル」とはえらい違いだ。熱々のワッフルを噛むと油がじわーとしみ出て、それとチョコとアイスとの相性も抜群。めちゃくちゃくどそうだが、サクサクして軽いので、意外とお腹にたまらない。

ブルージュ市内の運河を行く観光ボート。私の乗ったのもこういうボートだが、これは秋景色みたいね。
いたる所にこういう橋がかかっていて、とってもロマンチック。こっちの写真はたぶん夏なので、私が見たのに近い。

 さまよっているうちに、運河の観光船の乗り場に出くわした。蒸気船には乗れなかったけど、これはお手軽な市内観光になる。私は船大好きだし、何より足が棒になってるのですわってられるのがありがたい。さっそく乗船。
 ああ、言い忘れたが、ブルージュは水の都です。市内を無数の運河が流れ、北のベネチアという感じ。(行ったことないけど)
 もう出発直前だったので、あわてて乗ろうとすると船頭のおじさん(なかなかおしゃれでかっこいいナイスミドル)が、「どこから来たの?」とたずねる。これはベルギーでガイド付きツアーのたぐいに参加するたびに聞かれた。実は、何語を解するか確認しているのだ。それに合わせてガイド(や録音された音声)の言語を選ぶわけ。さすがバイリンガルの国。このおじさんも4か国語を流暢にあやつってガイドしてくれた。
 さらにおじさんはグラグラする小さいボートに乗り込む私に手を貸してくれ、すでに乗ってる乗客が「女性にはずいぶん優しいじゃないか」と冷やかすと、「彼女はぼくの昔の恋人でね」と冗談を言ってウインクする。こういうのキザなまねは外人にしかできないんだけど(笑)、(というか、日本人がやるとただのおやじギャグ)、それが決まってるのよ。あとで気づいて後悔したんだが、彼にチップをあげるべきだった。実際、私が会ったガイドではいちばんのプロだったし。

 このおかげで、ブルージュの観光名所はほとんど(外からだけど)見ることができた。むしろ私は建築に興味があり、ブルージュへ来たのも主として中世の町並みを見るのが目的だったので、これは大きな収穫。というのも、道が狭くて建物が高いので、家を見ようとすると上ばかり向いて歩くことになり、首が痛かったのよね。船からだと距離があるので家並みが一目で見られるし、歩いていては見られない裏側も見られるのがおもしろい。
 そのあとはブラブラ歩いて教会を見たり、店を冷やかしたりしただけ。お店もしゃれたものが多くて、おみやげのチョコレート(人にあげる用)を買おうかとも思ったのだが、まだあまりに早すぎるし。
 特産のレースは素朴だが美しくて、テーブルクロスはもう少しで買いそうになったが、うちのテーブル(がらくた置き場と化している)に置いてもなんの意味もないということに気づいてやめた。結局買ったのはシャンプーと歯磨き粉だけ(苦笑)。
 中心部は観光客でけっこう混み合っているが、ちょっと外れると人気はなく、なんかさみしい。人が住んでるような気配もないし、近くで見るとボロボロの廃屋みたいな家も多い。裏町を歩いていると、なんだかテーマパークの作り物の町のような気がしてくる。

ブルージュの典型的な町並み。このお菓子の家みたいなカクカクしたファサードの建物が特徴だが、この種の建物はベルギーのあちこちで目にした。

 いや、ほんとにブルージュは美しい町なんですよ。だけど、私はまだ時差ボケがひどくて疲れている上に、歩き回ってくたくたで、ろくに鑑賞する余裕もなかった。ここを最初にしたのは間違いだったかも。ある程度ベルギーに慣れて、体調も回復してから行くべきだった。

 でも気力体力ともに限界に達していた私は、このあたりからすでにホームシックを感じ始めてしまう。外国に行ってホームシックになったことなんて(あんまり好きじゃなかったオーストラリアですら)一度もなかったのに!
 やっぱり大陸は私向きじゃないのかもしれない。日本には帰りたくないが、イギリスには帰りたい。ヴァレリーは何がなんでもパリに行かせたいらしいが。
 フランス系のアンドレとヴァレリーは、なんでもフランスがいちばんだと思っているらしいが、(イギリスのことはバカにしているのも、いかにも)、私はフランスが好きじゃないし、パリに行っても楽しめるとは思えない。慣れないところであたふた観光する苦行を思えば、そのホテル代をロンドンのホテル代に当てて、勝手知ったるところでのんびりするほうがいいや。オランダには行くつもりだが、旅の後半はイギリスに行くことにするかもしれない。

 そう、私は観光を苦痛と感じる観光客なんです。ロンドンにはもう通算6週間ぐらい滞在しているけど、バッキンガム宮殿も、大英博物館も、ロンドン塔も、ウエストミンスター寺院も行ったことがない(もちろん歩き回っているときにすべて外からは見た)と言うとみんなに驚かれる。だいたい(自分も観光客のくせに)観光客きらい。だから観光客が行くところは避けて通ってるとこうなっちゃうわけ。「じゃあ、何してたの?」って言われるけど、裏町をぶらぶら歩き回ったり、公園でぼーっとベンチに座ってたり、ホテルで紅茶飲んでお菓子食べながらテレビ見てるのが何より幸せなんです。でもそういう論法は少なくともヴァレリーには通用しそうにないな。ほんとに親切でいい人ではあるんだけど。

4日目 (クノック→ディナン)

8月26日 (水) 9:05 a.m. ブリュッセルに向かう電車の上

 昨夜はくたくたに疲れて帰ったが、夜はアンドレといっしょにベルギーのチーム(名前は忘れた)とフランスのリヨンのフットボールの試合を見る。始まる前からアンドレは「どうせ0-6で負けるよ」とグチっていたが、やっぱり0-3で完敗。まるで子供扱い。それでもアンドレは、昔のベルギーがいかに強かったかとか、日本に行ったベルギー代表は二軍だとか(6月1日の日記参照)、弁明を続ける。ファン気質ってのはどこでも同じだわね(笑)。
 ただ、金がサッカーをつまらなくしたという意見には賛成。ずっとマンチェスター・ユナイテッドのファンだった「愛国者」の私が、プレミアリーグに興味を失ったのは、金でかき集めた外人選手ばかりになってからだもん。

 さらにそのあと、夜10時から、一家揃って海岸で行われる花火大会を見に行く。花火大会と言っても、ヨーロッパ最大の国際大会で、毎晩違う国が花火をあげ、1位を決めるんだって。今日はスウェーデンの番。しかし、音楽が流れなかったりして開始が遅れに遅れるのがやっぱりヨーロッパ流(笑)。花火もたったの30分で、きれいだったけど物足りない。ヴァレリーが「日本にも花火はあるの?」と聞くから、日本の花火職人は世界一、それも私の地元の江戸川は花火で有名なんだと教えたが、どうもぴんとこない様子。今度YouTubeかなんかで見せてあげよう。

 夜は時差ボケのせいで、やっぱりよく眠れない。でも3時間ごとに目が覚めるのは日本でも似たようなものでしょうがないが、午前3時にパッチリ目があいてしまい、午後6時には猛烈に眠くなるのには困る。初日は例によってヴァレリーに連れ回されたが、おかげでちょっと横になりたいから休ませてと言ったら夜まで眠ってしまって笑われた。だから白人と日本人は体力が違うんですってば。おまけに私は日本人としてもきわめつけの根性なしだし。

 それでも今日は初の泊まりがけの旅でディナンに出発。いや、泊まりがけの旅は毎日やってるんだが(笑)。ディナンはフランドル地方のクノックから、はるか南方になるアルデンヌ地方にある小さな町。本物の要塞都市だというので、中世かぶれの私はワクワクするが、電車の乗り換え(というか、そもそも自分の乗る電車を見つけるのが)めんどくせー。団体旅行はきらいだしできないが、誰かが全部手配してくれて、人にくっついて歩いていればいい楽さがちょっとうらやましい。

6:06 p.m. ディナンのホテル・イビスにて

 というわけで、心配しただけのことはあって、さっそく電車を乗り間違える(笑)。いや、確かにディナン行きには乗ったのだが、ディナンへ行くのは最後尾の3両だけだなんて、どこにも書いてないじゃん! アナウンスでは言ってたのかもしれないが、私にはわからないし! しかもこっちの電車は車両間の移動ができないときている。
 実はクノックへ行く電車も、前3両だけで、後ろの車両は別の駅に行っちゃうんだよね。これはあらかじめ教えられていたにもかかわらず、やっぱり一度間違えた。電車から降りたら見たこともない景色だったときは、何が起こったのかわからなくて本当にあせった。その経験があるから、万が一と思っていちばん前の車両に乗ったというのに!
 それでもまだ不安だったから、車掌が来たときに確かめたのだが、この人は英語が下手で、わかったのは「この電車はディナンへは行かない。ナミュールで乗り換える必要がある」ということだけ。だってディナン行きって書いてあったのに! ディナン行きがディナンへ行かないんじゃ、いったいどの電車に乗ればいいの? しょうがないので乗客の間を歩き回り、「どなたか英語話せる人いませんか?」と声をかけて歩く。
 あ、ベルギー人で英語話せる人は意外と少ないんです。ディナンじゃカフェや商店の人もほとんど英語話せなかったし、弁護士として高い教育受けたアンドレが英語は片言しか話せないというだけでも察するべきだった。いろいろな人に話しかけて、学生さんがいちばん英語が上手だということを発見。やっぱり学校で習っているからだろう。大人はもう忘れてるからだめなのは日本といっしょ。(日本じゃ大学生もだめだが)
 とにかくそれでやっと、ナミュールでいったん降りて、後ろの3両に乗り換えればいいということがわかった。とにかくそんなわけで、着くまではドキドキハラハラ。

鉄道について

 こういうところは日本の鉄道のほうがずっと親切。構内にもホームにも、路線図なんてないし、駅名のアナウンスもあったりなかったり。特に前駅と次の駅名を並べて表示する日本式は本当に便利なので、そういうところはぜひ見習ってほしいものだ。(もっとも日本語だけじゃ外人にはわからないが)

 ヨーロッパ鉄道旅行という言葉の響きにあこがれてたが、アナウンスはわからないし、表示は読めないし、乗るには人に聞いてまわらないと不安でしょうがないし、降りる駅もわからないので寝るわけにもいかないし、意味もなくやたら遅れるし、行き先やホームが平気で突然変わったりするし、もういや!
 あらためて日本の鉄道の偉大さを見直すとともに、日本へ来たヨーロッパ人が日本の鉄道はすごいと口々にほめる理由がよくわかった。

 イギリスではおもしろいと思った手動で開閉するドアもいや。重いスーツケースを引きずってドアまで行っても、開閉ボタンがないドアもあって、降りられなくて泡を食ったこともある。だいたいこのボタンも反応が鈍くて、「開かない!」と騒ぐことも。
 鉄道についてもうひとつ文句を言うと、すべての電車にある一等と二等の区別がよくわからない。別に一等が豪華なわけでもなく、同じ車両を使っていたりするし。これも一度、間違えて一等に乗ってしまった。車両に1とか2とか書いてあるのだが、1号車2号車の意味かと思ったんだもん!

 いいところは、あー、すいてる(笑)。とにかく列車で立ってる人なんて見たことない。というか、1両に数人ということもしょっちゅう。だいたい夏の観光シーズンなのに、どこへ行ってもガラすきだからねー。アンドレはどこも観光客でいっぱいだと言うが、こういうのは日本では過疎っていうの(笑)。人が少ないというだけでも、我々にとってはすばらしいぜいたくだ。

 他にいいところは、駅や設備や外観は実に汚らしくボロっちいが、内部は快適なところ。シートはゆったり広々してるし、背もたれも高いし、テーブルもついてるし、トイレもすべての車両にある。もっともそれはこれが特急電車だからかもしれないが。もちろん灰皿もついてるが、あいにくすべて禁煙。
 トイレは清潔で、鏡や石けん、ハンドドライヤーまで付いている。ベルギーではほとんどの公共トイレが有料なので、私はできるだけ車中でトイレに行くことにしている。 

対岸から眺めたディナンのシタデルと教会。絵はがきのようだが、本当にこうでした。これは斜め横から見たところだが、駅はシタデルの真向かいにあるので、矢尻のように細長く空中に突き出た城塞が本当にミナス・ティリスの庭園みたいに見える。遠近のせいで、あまり高くないように見えるが、実際は城塞の方が教会のてっぺんよりはるかに上にある。

 そんなわけで、ディナンに着いたときは、気疲れで疲労困憊。でも‥‥

 ディナンの駅を一歩降りて、顔を上げた瞬間、「おおー!!!」

 ベルギーへ来て初めて、「やたっ!」と思いましたね。まあ、右の写真をご覧下さい。
 ゆったりと流れるムーズ川のほとりに、かわいらしい家が建ち並び、その上にそそり立つノートルダム教会の黒々とした偉容。さらにそのまたはるか上にそびえ立つ、巨大な天然の岩山の上に、城が載っている。
 一目見て、「ミナス・ティリスだ!」と叫んでしまったぐらい。というか、まるで『ロード・オブ・ザ・リングス』のセットに迷い込んだみたいだ。(ミナス・ティリスのデザイン自体が、明らかにこういう城塞をモデルにしているので、これは逆ですがね)
 この教会がまた、漆黒に輝くゴシック建築で、見るからに不気味で不吉っていうか、いかにも「悪の魔法使いが住むお城」という感じなので、できすぎ。

上から見下ろしたディナンの町

 まずインフォメーションに行って地図をもらったが、ここは本当に小さな町で、端から端まで歩いてもたいして時間はかからない。川と平行して走る道路があり、その両脇に家が並んでいるだけ。ホテルはそのいちばん端っこにあった。こういう道に迷うことが不可能なぐらいシンプルな町大好きだ。

 連日の寝不足で目はウサギみたいに真っ赤だが、ホテルに入ってシャワーを浴びると、すぐにシタデルに向かった。町の中心にある教会のすぐ裏から、ケーブルカーで一気に頂上まで上がる。
 この城塞は11世紀に建てられたものだそうで、まさしく中世の産物だが、今ではほとんど廃墟。でも第1次世界大戦まで実際に城塞として使われていたというから驚き。ガイドツアーじゃないと入れないところもあるようだが、高所から見下ろす町と川の風景は絶景だし、内部もいかにも中世っぽくて良かった。
 城塞から降りるとその足ですぐ教会へ。ゴシック教会を見たいというのも今回の旅の目的のひとつだったのだが、こう立て続けにたくさん見ると(ブルージュでも教会ばかり見て歩いたので)、どれも同じに見えてちょっと飽きてきますな。昔、来日した海外バンドが、寺社めぐりに連れ回されて(昔は来日アーティストなんてめずらしかったから、最大級の接待を受けたのだ)、「寺はもういい!」と音を上げていたのを思い出す。この教会は外見が異常で、そこがちょっとおもしろいんだけど。

 さらに疲れもなんのその、今度は近くにあるラ・メルヴェイユーズ(La Merveilleuse)の洞窟へ。私は高いところに上がるのも好きだが、穴に潜るのも大好き。町のこんな近くにこんなものがあるのもすごい。
 シタデルと反対岸の山をエッサエッサと登っていくと、洞窟の入口がある。ここはガイドに連れられてないと入れない。ガイドは学生アルバイトっぽい若い女の子だが、4か国語をあやつる。ここでも最初に国籍を聞かれたが、英語を話すのは私ひとり、あとは全員地元民らしい。
 連日、暑い日が続いていたので、涼しい洞窟に入れたのがうれしかったが、日本の洞窟とはずいぶん違うな。鍾乳石はあまりないのね。その代わり、つるつるした岩でできた洞窟で、やたらと深い。まだあるのかと思うほど、どんどん下へ降りていく。
 この洞窟も軍用に使えるな。この町はまさに天然の要塞かも。

不思議と神聖な気分になるラ・メルヴェイユーズの洞窟の内部

 狭い穴の中を降りていくので、洞窟というよりは坑道のようだ。今度はモリアの坑道だ! 残念ながらあれほど広くはないが、深い裂け目の上を渡ったりして、けっこう雰囲気はある。ワイルドなわりには、床はきちんと石畳が敷かれ、階段には手すりがついている。観光用というよりは、かなり昔から使われている感じ。
 灯りはつけっぱなしではなく、ガイドが止まるたびに付けたり消したりする。したがって、一時的に暗闇になることがあるのだが、私は洞窟よりこっちの方がおもしろい。真の闇って生まれて初めて経験したから。
 しかし、こんなに下に降りて、上がるときが大変なのでは? 洞窟の入口までもけっこうな上り坂で疲れたし、とか思っていたら、最後は急な階段で一気に地上まで上がる。ミシュランマン体型のお年寄り(というか、40才以上はみんなそう。鍛えてるヴァレリーは違うが)は、みんな途中でへばって座り込んでいるが、私は何とか登り終えた。
 中にいると、なんだかゴシック教会にいるような気がしてきた。もともとゴシックってこういう場所をイメージして作られたんだろうけど。

 夕方、急に何か甘いものが食べたくなったので外出した。ブルージュを歩いていたときは、いっぱいおいしそうなお菓子を売っていたので、ここでもあるだろうと思ったのだ。そしたら店はすべて閉まっている。まだ6時なのに! 朝は11時にならないと開かないし、確かにこれがヨーロッパ時間。働けよ。
 かろうじてNight Shopというあやしげな名前の店(コンビニみたいなものらしい)が開いていたので、ミルクとオレンジジュースと、あとロールケーキを買った。私がいちばん好きなのはビスケット(日本で言うクッキー)なのだが、おいしそうなのがなかったので。このケーキはただの安い袋菓子でやっぱり甘ったるくてまずかった。
 あー、コンビニとか100円ショップがいかに偉大かを痛感させられます。だいたいブリュッセルみたいな都会を除けば駅にキオスクもないし、駅の外にも店なんかない。電車に乗ってておなかが減ったり、喉が渇いてもどうしようもない。

気候の話

 さすがに夜は冷えるのだが、日中の日射しは強く、露出した肌がピリピリしてくるぐらいだ。(帰るころにはおでこがすっかり日焼けしてしまった) 日射しだけなら日本の夏より弱いはずなのに、こっちのほうが熱く感じるのはなぜだろう? 空気がきれいでさえぎるものがないからか。
 来る前はイギリスの夏のことを思って、「どうせ寒いに決まってる」と思いこみ、秋物ばかり持ってきたのは誤算だった。こっちの人にしてみれば、短い夏を堪能するバカンスの季節。じいさんばあさんも思い切り肌を露出した格好をしている。
 ああー、サングラスは持ってきたが(サングラスなしじゃまぶしくて何も見えない)、帽子と日傘は最後まで迷った末、置いてきちゃったんだよね。あれがあれば良かったのに!
 というのは、ヴァレリーに言わせるととんでもない考えらしい。いかにも北ヨーロッパの人らしく、わずかな陽光をむさぼるように浴びる主義で、真っ黒に日焼けしている。私が「紫外線は有害で、皮膚ガンや白内障の原因になる」と言っても、鼻であしらわれてしまった。
 私は紫外線はタバコよりよっぽど毒だと思うけどね。というわけで、帽子や日傘、はては長手袋で武装している日本人とはえらい違いだ。(私にいたっては、太陽が空にあるうちは極力外へ出ない)

 あと、私は日本では夏と言わず、春でも秋でもサンダル履きなのだが、(だって足蒸れません?)、「観光地ならともかく町中や教会でサンダルはまずいかな?」なんて思って、まともなパンプスも持ってきた。でもこれは一度もはかなかった。だって、こっちじゃおばあさんでも生足で平気で歩いてるんだもん。もちろんストッキングなんてはいてる人はひとりもいない。これもむだな荷物だった。

食べ物の話

 とにかく着いたときは喉がカラカラでお腹がペコペコだったので、ホテルへ行く前に川岸のカフェに入った。でもメニューが読めない! フランス語は読めるというのは嘘でした。ごめんなさい。ウェイトレスも英語が通じない。ブルージュはベルギーを代表する大観光地だから大丈夫だったけど、これぐらい田舎だと外国人観光客はあまりこないのかしら。かろうじてクロック・ムッシュはわかったのでそれを注文する。
 で、やっぱりこれがうまいんだわ。薄く切ったパンにハムがはさんであって、上にたっぷりチーズをかけて、カリカリに焼いてある。それに生野菜サラダがついて、どれもうまい! ただし、いっしょに頼んだ紅茶はティーバッグ。これはベルギー中どこでもいっしょだったけど。
 「日本のパンとハムとチーズは死ぬほどまずい」とヴァレリーに言ったら、心底うなづいていた。そのせいか、毎朝、ハムとチーズのサンドイッチをご馳走になっている。

 そう言えば旅行記に付きものの食い物の話してませんでしたね。私はもともと食べることにあまり興味がないもんで。
 デセール家でご馳走になった夕飯は、1日目がバーベキューのようなもの。ラムとソーセージを串に刺して焼いたやつ。ラムが苦手な私はラムはちょっときつかったが、ソーセージはやっぱりうまい。(私は日本ではソーセージは絶対食べない)
 2日目はローストチキンで、もちろん骨付きのトリを丸ごとオーブンで焼いたやつ。こっちのほうが絶対うまいのに、なんで日本ではトリは必ず解体して売ってるんだろう? それと感動したのは付け合わせのシャンピニオン(日本で言うマッシュルーム。どっちも単にキノコの意味なのにね)のクリーム煮。キノコに目のない私は感激したので、このソースの作り方を聞いたのだが、生クリームに塩コショウだけだという。これなら私にも作れそう。家に帰ったら試してみよう。
 もうひとつの付け合わせはライス。もちろん細長い外米。私はこれが日本の米より好き。パラパラしたライスに脂っこいチキンの肉汁とソースがまじりあったものををかけて食べるとうまー! だいたい私は汁をかけて食べるドンブリものが好きなのだが、この米だとベチャベチャにならなくていいのよね。そう言ったら、アンドレもヴァレリーも大いにうなづく。日本の米はネチャネチャしていてまずいというのだ。やっぱり私は日本人じゃないなー。
 ついでに生の魚は食べられないので寿司も刺身も嫌いだと言ったら、日曜日に日本料理店に連れて行ってくれるつもりだったらしいアンドレは、予定を変更してベルギー料理にするという。せっかくの好意を悪いことしちゃったが、私はその方がうれしい。

言葉の話

 ヨーロッパはどこへ行っても英語が通じるというのは真っ赤な嘘。それは店をやってても感じたけどね。英語がすごい下手なのは決まってヨーロッパ人だから。
 ベルギーでは標識や注意書きに英語がほとんどない。さらにベルギーはフランス語とフラマン語が公用語で、ウェールズみたいに二か国語表示のはずなのに、実際はどっちかのことが多い。しかも駅名なんか、フランス語とフラマン語で綴りも発音もぜんぜん違って、同じ駅とはわからないほど。だからフランス語で覚えた駅名を必死で捜しても見つからなかったりするのがすごい不便。
 観光案内所に行っても、英語のパンフレットはほとんどない。さすがに係の人は英語が達者だが、これだけ世界中から観光客が集まる土地で、ずいぶん不親切だと思う。
 ヨーロッパ(大陸)人のつねとして、英米人がきらいなのかもしれないが、ヨーロッパ以外の外国人は英語使うしかないのに。ガイドツアーでも英語がないところがけっこうある。そう言えば、そもそも(東洋人は言うまでもなく)英米人の姿を見ない。もちろんブリュッセルやブルージュのような国際的観光地に行けば大勢いるが、私が行ったような田舎町までは来ないらしい。

アンドレの家のこと

 普通、コレクターというものは、来客があればたとえ相手がいやがっても、自分のコレクションを見せびらかしたがるものだが、アンドレはまだコレクションを見せてくれない。というか、レコードの箱の詰まったキャビネットを開けて、「ほら」と言って見せてくれただけ。レコードはさすがに1枚1枚、(ジャケットがしわにならないように)ボール紙の当て紙をした上で、ビニール袋に入れ、それをさらに箱に詰めて、その箱が作りつけのキャビネットに並んでいる。ここらへんはどこの国のコレクターも同じだなと思う。
 それはそうと、予想では家中ピクチャーディスクが飾ってあるのを想像していたが、ピクチャーはアンドレの書斎につつましく数枚飾ってあるだけで、あとはすべて戸棚の中。これもわかりますけどね。子供にいたずらされたりしたら困るもん。

 その代わり、壁という壁、廊下という廊下に、大きな彫刻や巨大な絵が飾ってある。すべてベルギーの現代美術だそうだ。私の知ってるのはフォロンだけだったが。(もちろんポスターじゃなくて本物ですよ。フォロンは絵だけじゃなく彫刻もあった) ベルギーのモダンアートは以前からすごく質が高いと思っていたが、どれも美しくて趣味がいいのに感心する。おかげで、家全体がちょっとした小美術館。いいなー、私もこういう家に住みたいなー。

 あとはほとんど子供のもの。やっぱりね。本とかビデオとかも子供用中心で、ほとんどない。これはどこの国の家でも普通だろう。子供部屋も日本の子の部屋と変わらない。だって、ポケモンとハローキティだもん。
 でもエミリーが今いちばん夢中なのは『ハイ・スクール・ミュージカル』というアメリカのドラマ。ニヤケ面のアイドルが出てくる、いかにもたわいのない学園ものって感じだが、9才のエミリーにとってはあこがれの大人の世界なんだろうな。背伸びしたい年頃だもんね。でも、「いちばん好きなのは誰?」と聞いたら、女の子を指さすあたりがいかにも子供でかわいい。もちろんDVDも持っていて、すっかり歌を覚えて、いつでも歌ったり踊ったりしている。歌も上手だし、発音も見事なもの。完全に耳から入った英語だからね。この年からこれやってれば英語うまくなるよなー。
 マキシムの部屋はポケモン一色。確かにこちらの子供向けキャラを見れば、デザインにしろ、色使いにしろ、かわいらしさにしろ、ポケモンがいかに良くできているかがわかる。
 ところで、日本のアニメは主人公がみんな少年少女だってところが外国じゃ受けないと聞いたけど本当? 確かにこっちのアニメを見ると、ヒーローはおっさんか、せいぜい20代だし、ヒロインはセクシーギャルだが。でも子供はモンスターが好きってところはいっしょ。マキシムも恐竜大好き。私も子供(笑)。

子供=コレクター? コレクター=子供?

 ポケモンといえば、もちろんマキシムはポケモン・カードも集めている。やはりカエルの子はカエル?
 しかしポケモン・コレクションはほぼ終わったらしく、エミリーとマキシムが今いちばん熱中しているのはディズニーのカード集め。これは近所のスーパーで買い物するともらえるのだが、カードの詰まった箱をどこへ行くにも持ち歩いている。ちゃんとしたアルバムもあり、どうやら箱の中味は交換用らしい。スーパーの駐車場で近所の人と出くわすとたちまち交換会が始まるし、あとで海辺で会った近所の奥さんは2人のためにカードを集めてくれているらしい。もちろん、レア・カードが出たときは大騒ぎ。
 でも2人ともまだ小さいので、集めたカードの管理や整理はもっぱらヴァレリーが汗水たらしてやっている。その姿を見ていて、彼女がアンドレのためにやっている仕事とまったく同じなので、思わずニヤリとしてしまった。
 あまりにも世話になっているので気が引けた私が、「大きな子供がひとり増えたみたいでごめんね」と言ったら、ヴァレリーは、「アンドレも子供よ。ひとりで4人の子供の世話しなくちゃならなくてもう大変!」と言って笑っていたが、確かに集めてるものが違うだけで、やってることはまったくいっしょだ。
 そういや、他人から見れば何がおもしろいんだかわからないものを集めて興奮するのって子供に共通する特徴だよな。コレクターというのは、私も含めて、みんな成長しきれなかった子供なのかもしれない。(それでもおたくよりはましだと思いますがね)
 ただ、私はカードやそのたぐいを集めてたのは、ごく小さい子供のときだけだったな。鉄腕アトム・シールと、『狼少年ケン』シールと、あとなぜか永谷園の東海道五十三次カードに夢中になったのが最後だった。大人の目から見ると、こういう「集めさせることだけを目的に作られたもの」って、なんか虚しいような気がする。しょせんはただの紙切れなんだし。その点、レコードやCDは好きなアーティストとリンクしているからこそおもしろいんだし、箸袋みたいな「普通の人は集めないもの」を集めるのもそれなりに意義があると思うけど。

北部と南部

 同じベルギーでも北と南とではまったく風景が変わる。北はどこまでも平坦で、その中に牛や馬が、のんびり草を食べている。イギリスではいちばん多い羊はまったく見なくて馬が多い。ヴァレリーに、「あの馬は何に使うの?」と聞いたが、「さあー、食べるためじゃないことだけは確かだけど」と、彼女も知らないらしい。競走馬にも見えないし、やっぱり乗用馬? でも馬に乗ってる人なんてひとりも見ない。これまたイギリスではちょっと郊外へ行けば、乗馬を楽しんでる人たちが必ず見えるのに。どこかで馬に乗れないかとも思ったが、無理そうだなあ。
 というわけで、きれいといえばきれいだが、真っ平らで何もなく、いかにも単調な景色。私はやっぱりイギリスの田舎のほうが美しいと思ったな。
 イギリスのどこが違うかというと、まず、あの着色でもしたように真緑の芝(牧草?)、それと山がないのはいっしょだが、平らではなく、ゆるやかに起伏する丘がどこまでも連なっているところ。ゴルフ場を思い浮かべてもらうとわかりやすい。というか、ゴルフ場ってイギリスの田舎風景を模したものじゃないの? この絵の具を塗りたくったような緑の草地のあちこちに、真っ白い羊の群れや、黒っぽい森や、青い池や川が点在する風景がほんとに絵本のように美しい。
 ただ、北部でも上に書いたダムみたいな運河沿いの並木景色は本当にきれい。そういや、北海道にもこんなところあったなー。ゴッホの絵にもあったし。これが糸杉ってやつ?

 それに対して南部は、山というほど高くはないが、小高い丘が連なっている。当然その上には人は住めないから木に覆われている。(北部はほぼ完全に整地され、木は少ない) その丘を縫って川が流れ、川のほとりに村や町が点在するのだが、この風景が奇妙なほど日本の田舎を思い出させる。違いは建物と、いやらしい看板のたぐいが一切ないことだけか。これはヨーロッパはどこでも共通だけどね。
 私は(イギリスはともかく)日本の田舎に郷愁かんじたことなんてないはずなのに、やっぱり血ですかねえ。緑の山を見るとほっとするよね。
 あと、川がすごくきれい。水は濁っているんだが、流れがゆるやかなせいか鏡面のようで、そこに周囲の緑が映り込んで見えるところが。それに日本なら大きな川は必ず護岸されてコンクリートで固められているが、自然のままに岸辺に木が生い茂っているし。

 やっぱり私は南部の方が好き。ベルギー行くなら南部がおすすめですよ。それにこんな小さい国なのに、地方によってぜんぜん景色が違うのがおもしろい。

5日目 (ディナン→アン・シュール・レッス→ディナン)

8月27日 (木) 10:00 a.m. ナミュールの駅で電車待ち中

アン・シュール・レッスの洞窟行きトラム

 今気づいたのだが、今日は私の誕生日じゃないか。まあ、これ以上のプレゼントはないというぐらい、今年は豪華プレゼントだが。

 アルデンヌ地方の旅2日目は、アン・シュール・レッス(Han-sur-Lesse)という田舎の村へ行く予定。アンへ行くにはナミュールでジェメル行きの列車に乗り換え、ジェメルの駅からさらにバスに乗らなくてはならない。今はナミュールの駅でジェメルへ行く電車を待っているところだが、次の電車まで50分もあるので、こんなの書いてる。日頃、5分待てば電車が来る生活に慣れている私だが、日本だって田舎へ行けばこんなもんだし、休む時間ができるのでむしろありがたいぐらいだ。それぐらい強行軍が続いてますからね。
 こちらの駅は改札というものがないから、町へも出られるし。ナミュールは明日観光する予定なので、特に見る気もないけど。ここは見たところ、かなりの都会で、ガラスと鉄でできた駅舎もかっこいい。ブリュッセルよりモダンな感じ。
 喫煙所で食べるためにワッフルを買った。ワッフルは丸いのと四角いのがあることがわかった。丸いのは日本で見かける中に砂糖の粒の入ったやつ。四角いのは、こないだブルージュのカフェで食べたやつで、上にクリームやフルーツをたっぷりのせて食べる。私は四角いほうが好きだが、上になんかのってるやつは外で食べるのはむずかしいので、今日は丸いのを買ってみた。カフェのやつと違って、駅の売店で売ってるのは焼きたてでもないので、味自体は日本のベルギー・ワッフルとそんなに変わらない。でも巨大。半分だけ食べて、あとはおなかがすいたら食べよう。

8月27日 (木) 5:39 p.m. ディナンへの帰りの車中

神秘的なアン・シュール・レッスの洞窟を行くツアー客

 アンの名物はまたもや洞窟だ。ほんと穴に潜るの好きね。でも洞窟としてはこっちのほうが有名なので、ラ・メルヴェイユーズの洞窟よりもすてきなんじゃないかと思って。
 とにかく不便なところなので、例によってちゃんと行き着けるか心配だったが、だんだん慣れてきたのか、今日はスムースな旅だった。山間の森の中を走るバスも楽しかったし。ナンは本当にかわいらしい小さな村。

 着くとすぐに売り物の洞窟へ。洞窟へ行くには、村の中心で切符を買って、おもちゃのようなトラムに乗って出発する。トラムと言っても、客車には壁がなく、屋根がついてるだけ。まるで遊園地の乗り物みたいで童心に帰った気分。けっこう混んでいて、やっぱり子供連れでいっぱい。
 ここは洞窟の他にも、自然動物園とか遊園地(と言っても、機械仕掛けでない素朴なやつ)とか、子供が喜びそうなものがいっぱいで、休暇村って感じ。しかもほとんどが地元民で、どこへ行っても、私が唯一の外国人観光客だった。
 トラムはどんどん山を登っていき、切り立った崖の上を走ったりする。実に風光明媚、子供たちも大興奮だ。

 この洞窟はディナンと違って横穴だが、はるかに広く、多彩な表情があっておもしろかった。特に、洞窟の中にけっこうな水量の川が流れているのがすてき。ただ、「地球の歩き方」には最後はボートで流れを下ると書いてあって楽しみにしていたのに、なぜかそれはなかった。
 頭をぶつけそうな狭い穴の向こうに、無数の巨大な部屋ができていて、それをひとつひとつまわっていく。部屋ごとに鍾乳石の種類が違い、実に多彩だ。いわゆる奇景のたぐいもいっぱい。
 ここではアトラクションめいたものもある。自然の円形劇場みたいな部屋で、座ってライトショーを見るのだ。ライトショーと言っても、音楽とともに洞窟のあちこちがライトアップされるだけだが、やっぱり洞窟の良さは闇だね。全体を明るく照明するより、部分的に照らしたほうが絶対にきれい。

洞窟から出たところにあるレストラン。私はここではトイレを借りただけでしたが。
みんなで遠足楽しいな(笑)。でもどう見てもただのトラック。
アン・シュール・レッスの山頂からの眺め。これだけ見てもきれいだが、写真に撮れるのはそのほんの一部。これが360度広がって見えるのは絶景。

 ツアーはフランス語とフラマン語の組に分かれるのだが、英語のツアーはない。ほとんどの人がフラマン語だったが、私はまだフランス語のほうが多少はわかるので、フランス語組に入った。
 ツアーの途中、孫を連れたおじいさんが気を遣ってくれて、私に英語で「フランス語はわかるのか?」とたずね、できないと答えると、ガイドに「この人は英語しか話せないよ」と大声で言ってくれる。ガイドの言葉がわからず、迷子になるのを心配してくれたのだが、大丈夫ですってば(笑)。(たぶん) ここでもガイドは若い女の子だったが、それからはフランス語の解説のあと、英語でも簡単な説明をしてくれた。

 迷子になるのは洞窟を出てからで(笑)、入ったのとは別のところから、いきなりのどかな放牧地の真ん中に置いて行かれる。てっきり帰りもトラムで村まで送ってくれるものと思っていた私は、大いにとまどった。あわててガイドに聞いたら、村は歩いてすぐそこだった。あー、時間さえあれば、私はここに一日中座っていてもいいのに。

 次はサファリ・ツアー(と呼ばれていたが、ちょっと違うと思う)へ。ヨーロッパ固有の野生動物だけを放し飼いにしてある動物園らしい。これも村の中心から、今度はバス(と言っても、さっきのトラムみたいに壁のない遊覧バス)に乗っていく。揺れ方からすると、バスと言うよりトラックの荷台に座席を付けただけのように思えるのだが。
 バスはまた山を登っていく。(牛と鹿を除く)動物は本当の放し飼いではなく、山中の森の中に囲いを作って、その中にいるのだが、それをバスに乗ったまま(ときおり降りて)眺めるという趣向。

 最初、いきなりイノシシの群れが突進してきたので、何かと思ったら、客が投げ与えるエサをねらっているのだ。ここでは「動物にエサをやらないでください」なんて言わないのね。動物は他に、野生の牛いろいろ、野生の馬いろいろ、鹿いろいろ、あとはオオカミとフクロウとクマと山猫。あれ? ヨーロッパ・オオカミとか、ヨーロッパ・バイソンとか、クマって、絶滅したんじゃなかったっけ? と思ったら、やっぱりそうだった。これは復元種か? リスやキツネはどこにでもいすぎるからかいない。
 前にも書いたけど、こういうのを見るとつくづく日本は野生動物の宝庫だということがわかる。

 まあ、こんなのは東京の動物園でもいくらでも見られるので、動物はべつにどうってことないが、客は大喜びだった。それより私はヨーロッパの森を見られたのが楽しかった。特に、下界の風景がパノラマのように見られるポイントがいくつかあり、これは本当に絵に描いたような美しさだった。
 おもしろかったのは、ラスコーの壁画に描かれたのと同じ種類という野生馬。馬たちは草を食べているやつ以外は、狭い小屋(屋根と三方の壁だけがある)の中に、まるで厩につながれてでもいるように、きちんと一列に並んでまっすぐに立っているのがおかしい。
 馬を馬房に押し込めるのはべつに自然に反した行為じゃないんだな。草食う必要がなければ、あいつら一日中ああしているに違いないし。

 帰り道、車内ではいきなり「アン・シュール・レッスの歌」が流れ出した。なんかかわいくて楽しい歌で、乗客は大喜びして大人も子供もいっしょに歌う。なんか小学生の遠足みたいっていうか、ほんとの行楽気分で楽しいなあ。

 帰りにおみやげ屋を見る。やはり鉱物と動物関係のおみやげが多い。私は何か動物にちなんだものが買いたくて、石の猫を買った。単なる石ころに猫の絵が描いてあるだけだが、猫がかわいいし、石の表面を削って猫の毛並みをうまく表現してある。これは文鎮にしよう。

人について

 これだけ電車ばかり乗っていると、景色もいいかげん見飽きてくるので、人間を観察している方がおもしろい。
 美男美女率はイギリスやアメリカやオーストラリアとくらべて圧倒的に高い。モデルみたいな男女はザラ。たとえば、デヴィッド・ベッカムはイギリスでは最高の美男の部類だが、あの程度ならこちらにはいくらでもいるというか。ハリウッド・スターなんて、ブスもいいとこ。だけど、そういう美男美女は見るからにキツそうで、意地悪そうに見えるのがちょっとね。
 これだけ美男美女ばかりだと、ブスの女の子(やっぱりいる)はかわいそうだね。ブスは化粧が濃い(美人はほとんどスッピン)ということを発見した。年齢にかかわらず、化粧をした女性はほとんど見ない。オフィスとかでは違うのかもしれないけど。日本に帰ったら若い娘の厚化粧が今まで以上にうざく感じられそう。

 しかし、そういう美人(桃のような白い肌、絹の髪、出るところはボインと出て、ウエストがぎゅっと締まって、ほれぼれするほど長くてまっすぐな脚)が、30才になるとブクブクの脂肪の塊になってしまうのは、なんとかならんものか。イギリス人というのは(そりゃ中にはデブもいるが)ヨーロッパでは破格に痩せた人種だということを発見した。
 とにかく今日は子連れの一家をたくさん見たのだが、小さい子供がいるってことはまだそんな年ではないだろうに、見事に太った人ばっか。老人グループも多かったが、この人たちはそれに輪をかけて太っている。これだけ大量のデブを見たのは生まれて初めて!
 ご存じと思うけど、こちらのデブは日本とは桁が違う。何というか、おすもうさんどころか、山が歩いてくる感じ。あれが末路と思うと、美人を見てもちっともうらやましくない。子供と、若者と、中年とではまるで別の生き物のようだ。
 私が若く見られるという話はすでにしたが、それを言うなら私の仲間だって、それなりに肉が付いたり、白髪やしわが増えたりはしたが、基本的には学生時代とそんなに変わってない。人種が違うとこんなにも違うのかと感心。

 あと、人見知りの激しいイギリス人でも、こちらが旅行者と見ると話しかけてくる人は多いのに、こっちの人は電車で隣り合わせてもまったく口をきかない。南欧とか行くとぜんぜん違うんだろうけど。店員はまったく無愛想なのと、フレンドリーなのと両方。これは国民性と言うより個性の違いか。

 子供は本当にかわいい。不必要なぐらいにかわいい。ほんと、天使の像が生きて動いているような子が多い。
 そのせいか、子供のしつけは甘い。少なくともイギリスとくらべると、人混みで騒いだりするような子供が多いが、親はおざなりにしか叱らない。もっともイギリスのしつけの厳しさは、ヨーロッパじゃ白眼視されてますけどね。
 ただディナンの洞窟見学の最中に騒いでいた子は、他の客やガイドに叱られていた。

 でも、大人のマナーはいいほう。電車の中ではひそひそ声でしゃべるし、もちろん携帯で声高にしゃべってる人なんかいない。携帯がかかってくると、みんな車両の外へ出て話している。

虫の話

 いやー、ヨーロッパへ来て(それもこんな北の方で)虫に悩まされるとは思わなかった。とにかくハエ! でっかいハエがそこら中を飛び回っている。東京じゃもうハエなんて長らく見てないのに。(ロンドンでも虫は見た記憶がなく、それもロンドンの好きなところだった)
 それと同じぐらい多いのがミツバチ。刺しはしないが、あまり気持ちのいいものじゃない。しかもこういうのがブンブンと人に寄ってくるのだ。見ていると、観光地ではゴミ箱のコーラの缶にハチが群がっている。ここのミツバチはコーラの砂糖で蜂蜜作るのか? あまり食べたくないな。
 レストランの中でハエがブンブン飛び回っていたら、日本じゃ客が黙ってないと思うが、こっちは平気。アンドレの家でも窓を開け放っているので、ハエやミツバチが食卓の上を飛び回っているが、まったく気にしていない。殺虫剤とかハエ取り紙なんて使わないのね。
 ヴァレリーの話では蚊もいるという。刺されたことは一度もないけど、確かに大きな蚊がベッドルームで死んでるのは見た。まあ、自然と共存というわけだが、私は虫と共存するのだけはごめんだ。

体調の話

 時差ボケはだんだん良くなってきて、午前1時にパッチリ目がさめることはなくなった。それでも6時には起きてしまう。寝るのが11時だもんね。連日の強行軍で疲れ果て、どうしても10時にはおねむになってしまう。テレビは見てもわからないし、起きててもおもしろいことないしね。
 今悩んでいるのは目の充血。飛行機に乗っているときから始まったのだが、まだ治らない。最初は寝不足のせいかと思っていたが、8時間寝ても目が真っ赤でヒリヒリ痛い。どうやらドライアイらしい。変だなー。あれだけ乾燥していたオーストラリアでもそんなことなかったのに。クノックに帰ったら目薬持ってないか聞いてみよう。

 膝は例によってしくしく痛いが、それ以外はいたって快調。特に海外へ行くと、食生活の違いのせいでおなかをこわしたり、逆に便秘になったりする人が多いが、私はこちらの食事が合ってるのか、一度も縁がない。

紅茶について

 何がつらいと言って、お茶が飲めないのがつらい。私はすごいティー・ドリンカーで、ほぼ一日中なんらかのお茶を飲んでいる。だから、人のいるところなら24時間お茶が飲めるイギリスは天国だった。
 いや、もちろんカフェには紅茶もある。でもどこへ行ってもティーバックとぬるい湯の入ったカップが出てくる。ただ、紅茶やコーヒーを頼むと必ず小さいビスケットがついてくるのはちょっとうれしい。帰りにはスーパーでビスケットを買っていくつもりだ。
 しかし紅茶文化というものがない国なんだな。私が紅茶党だと知ると、ヴァレリーが毎朝紅茶を入れてくれるのだが(紅茶は私がスーパーで買ってきた)、カップに水を入れて電子レンジでわかすんだよ。ヤカンというものがないらしい。(コーヒーは立派なエスプレッソ・マシンがある)
 ううー、ポットいっぱいのイギリスの紅茶が飲みたいよー。

6日目 (ディナン→ナミュール→クノック)

8月28日 (金) 9:53 a.m ディナンのカフェにて

 今日はディナンで遊覧船に乗ってから、ナミュールへ行って城塞を見る予定。昨日、時間を確かめに行ったら、船は10時に出るというので船着き場に行ってみたら、誰もいない。遊覧船はいっぱい泊まってるが、午後発がほとんどみたいだ。いちばん早いので11時。うーん、どうしよう? 今日はあいにくの大雨だが、雨の川もいいんだけどな。
 この時間では店もほとんど開いてないし、もうナミュールへ行っちゃおうかとも思ったが、ナミュールへ行ってもすることがなくて暇をもてあましそうな気がする。私はこの町が本当に気に入ったので、暇をもてあますならディナンでのほうがいいや。
 よって、かろうじて開いてるカフェを見つけて入る。客は2組いたが、すぐに出て行って今は私ひとり。なんかさみしい。過疎の観光地というのはわびしいものだが、日本人の感覚からするとベルギーはどこも過疎だ。あーあ、これから1時間どうしよう。お天気ならベンチにすわって川を見ているだけでもいいんだが、雨じゃ座るところもないし。こんなことならホテルでもっとゴロゴロしてるんだった。

お菓子の話

 昨日はケーキ屋でリンゴのケーキを買ってみた。いわゆるタルト・タタンのあまり上品じゃないやつ。とにかくでかい。実はパイを買おうとしたんだけど、ホールでしか売ってないというので。でもおいしかった。
 私は生クリームが嫌い(料理に使うのは好き)なので、日本のケーキはほとんど食べられないのだが、こういうのならいくらでも食べられる。しっとりしてリッチで、だいたい入っているリンゴが違う。子供のころ、母が作ってくれた焼きリンゴ(リンゴの芯をくりぬき、バターと砂糖を詰めてオーブンで焼く)の味がする。焦げたバターと砂糖の風味がなんともいえない。ただ、大きすぎてさすがに一度には食べられず、2日に分けて食べてちょうどいい。
 チョコレートやワッフルじゃなくても、お菓子はだいたいどれもおいしいね。というか、イギリスに較べればなんでもうまいんだけど(笑)。

サラダの話

 昨日は持ち帰りのサラダも買った。これも日本のパックされたサラダの10倍ぐらいの量がある。ツナとチーズがあって、チーズはさすがにカロリー高すぎだと思ったのでツナにしたのだが、ツナ缶1缶ぶん載ってるし! 私はオリーブも好きだが、さすがにでっかいオリーブが(黒とグリーンと合わせて)12個も載ってるとうんざりする。これも2日に分けて食べ、半分は今日の朝ごはんにした。
 でもベルギーは生野菜がたくさん食べられていいね。これがイギリスだと、生野菜を食べる習慣がないので、サラダを頼んでもたいていまずい。その代わり温野菜がおいしいんだけど。(ただしゆで過ぎ)
 このように質量ともにたっぷりなので、食べ物は高いという気がしない。このサラダも6ユーロだったけど、日本で同じものを作ったら、きっと1500円ぐらいするし。
 でも飲み物は高い。カフェの紅茶が2.10ユーロってのは日本でも普通だが、ペットボトル飲料が高いのは観光地だからか? でも、なんだかんだでしょっちゅう店に入って休むので、ユーロがどんどん減っていく。小さい店ではなぜか私のカードが使えないので。

12:13 p.m. ディナンからナミュールへ向かう車中にて

もういっぺんディナンの要塞。何度見てもすげー。
私の乗った船はこういうところまでは行けなかったんだけど、時間さえあれば行っていたという、ディナン近郊の川の風景。

 船が出るのを待っている間に雨が上がり、陽が差してきた。船着き場に行ってみると、客は私の他、2組だけ。定刻の11時になっても、いっこうに出発する様子がない。客がもう少し増えるのを待っているらしい。残念ながらそれ以上客は増えず、まったくこういう商売って、どうして成り立ってるのかわからない。船長はちょっといい男だった。
 往復で45分のコースだったが、船は遅いので45分じゃたいして遠くへは行けないのね。それでも沿岸のかわいらしい家々をじっくり観察できた。
 途中、支流のようなところへ入っていって、そこは川幅も狭く、両側にこんもりした森が生い茂る、妖精の国みたいですごいすてきなところだったので、わー!と思ったのだが、単にUターンに利用しただけだった。
 最初から予定に入れておけば、7時間というクルーズにも行けたのだが、あんまり遅くなってヴァレリーに心配かけるわけにもいかないし、ひとり旅のようでそうじゃない、こういう旅はけっこう不便。しかしディナンは気に入ったので去りがたい。

5:00 p.m. ナミュールからブリュッセルに向かう途中

 もうシタデルはディナンで見てしまったので、ナミュールはパスしてもいいぐらいの気分だった。(日本ではこっちのほうが有名) でもまだ1日は長いし、他にやることもないので、やっぱりシタデルを見に行くことにする。
 インフォメーションは駅のそばですぐに見つかった。ここでシタデル行きのミニバスの切符を買わなくてはならないのだ。でも外へ出てキョロキョロ。そしたら、「こっちこっち」と教えてくれたおじいさんがドライバーだった。これは言われなきゃわからないな。マイクロバスかと思っていたら、普通のRVみたいな車だったから。
 これじゃせいぜい8人ぐらいしか乗れないぞ。1時間に1本しかないのに、客が殺到するときはどうするの? たぶんそんなことないんだな。行きも帰りも全員乗れたから。
 シタデルは町のはずれの川べりにあり、車で10分ぐらいかかる。曲がりくねった急坂を上って、バスはまたインフォメーションの前に着く。降りてまわりを見回すが、何もない。というか、坂道と城壁がうねうねと続いているだけ。同じ城塞でも、ここはディナンよりはるかに大きくて、これじゃまた道に迷う。

要塞から見下ろしたナミュールの町。ここは大都市です。
こちらがナミュールの要塞。ディナンほど「おおー!」という感じじゃないけど、こっちのほうがはるかに規模はでかいです。
それでここが馬で上ったという階段。傾斜は見た目よりきつい。

 とりあえずインフォメーションに入り、英語ツアーはあるかと聞くとあるというのでそれに参加することにする。ツアーには2種類あって、「地下道探検」というのが魅力的に思えたが、時間的に遅すぎる。次のツアーは「中世コース」だというので、喜んで参加する。
 ここで気が付いたのだが、私はホテルをチェックアウトしてしまったので、いちおう荷物を抱えている。キャリーバッグ(機内持ち込み&小旅行用)は軽いとはいえ、こんなの持ってゴツゴツの石畳の道を歩いたり、階段の上り下りなんてできない。あわててインフォメーションに戻って聞いたら、ここで預かってくれるという。ナミュールのインフォメーションは、町の方にいたおばさんも、ここの若い子もにこやかで親切だった。(英語も上手だった)
 《荷物はほんとに邪魔だ。しかし、日本へ帰ってきて留守中の新聞を読んでたら、ドイツのハンブルグ中央駅で、日本人観光客がバッグを駅のベンチにくくりつけて置き去りにして観光に出かけ、爆発物と思われて大騒ぎになったという記事が。そんな大きな駅ならコインロッカーだって手荷物預かり所だってあるだろうに。それにそんなことすれば東京だって爆発物処理班が出動するよ。よっぽどの田舎の人なのか、単なるバカなのか。
 それで罰金が数万ユーロだって。高い預かり料だね。向こうは罰金バカ高いです。言われなくても(原則的には)規則は守る日本人と違って、抑止力ないと誰も守らないから》

 実はこの城塞は、時間を追ってどんどん建て増しされたらしく、だからこんなに巨大なわけだが、このツアーはオリジナルの中世に作られた部分だけを巡るツアー。またも英語を話すのは私ひとり。あとはフランス語圏の人で、巨大なお母さんと夫と子供2人の家族と、1人参加の中年女性だけ。
 ガイドはやっぱり夏休みのアルバイトとおぼしき女の子。メガネをかけて賢そうに見えるのだが、英語はかなりおぼつかない。meatとかnextといったかんたんな単語を忘れ、言いよどんでは他の客に教えられるしまつ。でも一生懸命だったからいいとしよう。

 中世部分は面積としてはいちばん狭い。というか、ほとんど残っていないに等しい。それもそのはず、こういう要所は戦争で取ったり取られたりを繰り返しているし、城を取るためには当然ある程度破壊しなくてはならなくて、次の城主がまた建て直すから。今残っているのは、城壁と塔がいくつかぐらいで、元もとあった城は失われている。と、たとえつたない学生の英語であっても、これだけわかるのはいいね。

 今回の旅行でなぜ私が中世にこだわっているかというと、遠くは『指輪物語』、近くは『氷と炎の歌』のおかげ。どっちもファンタジーだが、中世の雰囲気をリアルすぎるぐらいリアルに伝えているし、その背景をこの目で見たかったわけ。特に中世の暮らしの細かいところは、なかなか読んでもわからなかったし。

 このツアーでおもしろかったのは、再現された中世のガーデン。ガーデンと言っても要塞なんだから、普通の庭はない。城壁の内側に、狭い段々畑のような部分があって、そこに小さな古い石のプランターが置かれているだけ。そこで植物を育てていたのだそうだ。ベランダ菜園みたいなものだな。
 私はべつにガーデニングには興味はないが、最初の「庭」で植物についた名札を見てびっくり。「マンドラゴラ」に「ベラドンナ」だって! ベラドンナはともかく、マンドラゴラって実在したのか。もちろん人の姿をしてしゃべったりはしないと思うが。思わず、「錬金術師の庭だ」とつぶやいてしまったが、すぐにガイドがフランス語で、「ジャルダン・ド・アルケミスト」と言っているのを聞いてやっぱり!

 おっと、ゲームTOMEの影響も見逃せないな。そうそう、TOMEはあれこれプレイしたあげく、(前に書いたように、ローグライクゲームはキャラの職業や種族によって、まるで別のゲームのように戦術が変わるので)、今はサンダーロードのウォーメイジにガンダルフという名前を付けてやっている。鷲の乗り手というのがまずズバリでしょ。あと、かつては伝説の魔法使いとして地上に暮らしていたという「生い立ち」がまたガンダルフにぴったり。ガンダルフだから職業はメイジでもソーサラーでも良かったんだけど、私は近接戦のほうが好きだし、映画でも剣をふるって戦っていたから、戦うメイジであるウォーメイジがぴったりだと思って。
 まあ、TOMEはもともと『指輪物語』に忠実だから、「指輪なりきりプレイ」はできて当然なんだけど。

 あとは菜園とか、果樹園とか、ワイナリーとか、お花畑(ただし全部プランター)。花はすべてチャペル用で、それぞれの花に宗教的な意味があったんだけど、記録が何も残っていないので全部はわからないのだそうだ。家畜は貴重だったので、肉はめったに食べられず、ほとんど菜食だったというのも初耳でおもしろい。

 個人的に感動したのは、広くて段の低い階段。ステップが下へ向かって傾斜していて、勾配がすごく急なので、すべり落ちそうでこわい。これは馬に乗ったまま上がってくるための階段なんだって。これを聞くと私の頭の中には、シャドウファクスを駆ってミナス・ティリスの階段を駆け上がるガンダルフの姿がありありと浮かんでくる。
 そうそう、ディナンの城塞はミナス・ティリスの庭園(あの細長く宙に突き出した部分)そっくりだったが、全体として言えばこっちのほうがミナス・ティリスに似ている。山の斜面に刻まれた何層も続く要塞都市ってところが。

 最後は、小さい中世博物館に連れて行かれてツアーはおしまい。でもこの博物館がおもしろかった。びっくりしたのは、本物(ではないかもしれないが、剣なんかボロボロに錆びついていて本物っぽい)の剣や衣服や鎖かたびらに触れて、着てもいいってところ。(というか、単に床に投げ出してある)
 驚いたのは鎖かたびらの重さ。その名の通り鎖を綴っただけのものだから、見かけからして重そうだとは思っていたが、25kgぐらいはあるぞ! 片手ではぴくりともしない。両手で「うーん!」とうなって、ようやく持ち上がるぐらい。こんなの着たら、私は亀の子みたいにひっくり返って起きあがれない。まして騎士はこれ着たうえに、鎖どころか鉄のかたまりみたいな甲冑を着て、馬に乗っていたなんて信じられない。いや、こっちの男のたくましさを見ているとそれは信じられるが、馬がかわいそうすぎる!
 剣は小さくて軽かった。これなら私でも振り回せそうだ。盾持ったらどうかわからないけど。
 ここも第1次大戦まで、実戦に使われていたそうで、軍事博物館もあった。

 しかし今日も歩かされて疲れたので、城塞の他の部分とナミュールの市内観光はパスすることにする。ここも中世そのものの町だが、上から見れば十分だと思って。
 ここもシタデルからの眺めがすばらしい。ディナンのほうが緑が濃く、山に囲まれて美しいけど。領主としてこういう所に住んだら、まさに世界を足下にしている気分になっただろうな。

11:55 p.m. クノックのデセール邸にて

 3日間の南部旅行を終えてクノックに帰ってきた私をサプライズが待っていた。
 留守中にアンドレとヴァレリーが、帰国までの私の詳細な旅程表を作って待っていたのだ。うわー、来たー!
 ふだんの私はまさに気まぐれな旅人で、たまたま電車が来たから行き先も見ずに乗るといった、その日の気分で適当にほっつき歩いているのだが(それは事前にも話してある)、さすがに彼らは大人なので、そういうやり方は通用しないみたいだ。しかし、お世話になっていることもあり、ここはありがたく彼らのやり方に従うしかない。
 それでもパリ滞在は頑強に主張してロンドンに変えてもらったけど。だって、英語が聞けなくてホームシックだし、本もCDも買いたいんだもん。このときの私はよっぽど必死の形相をしていたらしく、ヴァレリーなんかあわてふためいて、「もちろんあなたの好きなようにしていいのよ」とあわててフォローしていた。

 でもここまでするってことは、もしかしてほんとに迷惑に思ってるのかしら? なんか罪悪感に駆られて、「こんなに迷惑かけてごめんね」とあやまったら、アンドレが「本当に迷惑だと思っているならとっくにこうしているさ」と言って、首根っこをつかんで放り出すまねをする。まあ、確かにそういうところは外人は率直だから、これはすなおに好意と受け取っておけばいいんだろう。ほんとはこっちがちょっとつらいんだけど。

 しかしうれしい驚きは、日本対オランダの国際親善試合のチケットがまだ買えるという知らせ。わざわざスタジアムに電話して訊いてくれたのだ。日本で買おうとしたら売り切れててあきらめてたけど、それはJFAの割り当て分が売り切れたというだけのことで、スタジアムに直接注文すればまだ買えるんだそうだ。でも‥‥それだと当然ホーム側の席だよね。オレンジ色のスキンヘッドの中にまじって、小さくなって座っている自分の姿が目に浮かぶが、まあ、私も正統的な日本人とはとても言えないし、細かいことは気にしない。本田が出るのは確実だから、生本田が見られるだけでもいいや。それに本田はオランダで人気あるから、彼が得点して大騒ぎしても殴られたりはしないだろうし。初めての国の初めての町で、ひとりぼっちで初めてのスタジアム観戦というだけでも、私は心配で気が狂いそうになるが、それも考えないでおこう。
 さっそくその場でヴァレリーに見てもらいながらスタジアムのサイトでチケットを予約する。これは本当に助かった。だって全部オランダ語なんだもん。

Part2に続く

 このページのいちばん上に戻る

ひとりごと日記トップに戻る

inserted by FC2 system