2006年7月の日記

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2006年7月3日 月曜日

 いやー、もうワヤクチャっす! この最悪の季節に、体調不良の中、何を思ったかドメインを取り、お店を移転し、Windowsがクラッシュし、頭に来たついでにパソコンを新調、おかげでまた無間地獄のようなインストールと、トラブルと、新しいOSやプログラムの使い方を覚えるのと、ワールドカップと、大学の試験が重なってるもんだから。だからこんなことしている暇はないんだけど、忘れないうちにこれだけは、というので、しつこいですがフットボールです。でも私のワールドカップはこれで終わったので、もうすぐ常態に戻るから勘弁して。(どっちかというと私はイングランドのファンというだけで、べつにフットボール・ファンですらないので)

ワールドカップ2006 イングランドvsポルトガル

 あ〜〜〜!!! ガクッ!
 はあ〜‥‥
 「たら・れば」を言うのは無意味だというのはよーくわかっているが、でも最初から勝ち目のない日本ならともかく、こっちは勝てる力があっただけについ言ってしまう。
 もちろん、オーウェン、ルーニーのツートップが完調で臨んでいれば‥‥なんて言うのは、もうほとんどifの世界だから言わないことにしても、だけどせめて、このPK戦にベッカムとルーニーがいれば、勝つチャンスは(絶対とは言わないまでも)五分五分だったんじゃないか。
 というか、PK戦に持ち込まれた時点で、私はもう頭を抱えていたんだけど。またもPKで負けかよ! 延長戦まで必死で守り抜いたディフェンス陣がかわいそうだよお。ところでPK戦って、私の目には「キーパーいじめ」にしか見えないんですけど。

 それにしても、最悪の予想がズバズバ当たってしまいましたね。ルーニーのレッドカードなんて、見えてたじゃん! あれだけ血の気の多い問題児なんだから。ましてカードが乱れ飛ぶ今大会だから、当然ルーニーにはキツーく釘を刺してあるものとばかり思っていたのに! 特に、8年前に似たような状況で「戦犯」扱いされたベッカムがよーく言って聞かせるべきだった。まあ、いくら言ってもキレるときはキレるってのも、ルーニーならありそうだけど(笑)。
 私は彼のプレイが好きなのだ。まるでブルドッグみたいに、ボールにむしゃぶりついていくところが変にかわいくて(笑)。でもあれはいけませんよ。試合中のラフプレイならまだしも、場外乱闘ってのは。ドンと胸を押したぐらいで、あれでいきなりレッドかなーという気はするけど、でも彼は一次リーグでも審判に血相変えて詰め寄ったりして、カードが出ないのが不思議なぐらいだったから。
 それにくらべ、ベッカムのあれはかわいそうだった。陰険なアルゼンチン選手にしつこく挑発されたすえの出来事だったから。(今回も負けてざまーみろだ) でもルーニーは瞬間湯沸かし器(苦笑)。若さってやつですかねえ。でも若いからこそ、オトナが見守ってやるべきなのに。

 一方のベッカムは、明らかにエクアドル戦での無理がたたっていた。確かに彼があそこで踏ん張らなければ負けてたかもしれないが、1点入れた時点でベンチに下がらせていれば、今日はフル出場できたかもしれないのに。
 確かに、彼はフィジカルも強くないし、スピードもない。でも、今日みたいに死ぬほど欲しい1点が取れない、何をやってもだめってときに、奇跡のようなシュート(またはクロス)を放り込んでくれるのがベッカムなのに。実際、ひとえにそのおかげでここまで来たんだし。少なくともあの絶妙のコントロールがあれば、PKは外さない!
 前半休ませて、様子を見て後半投入っていう手だってあったのに。おまけにベッカムの代役として、いい動きをしているレノンを途中で引っ込めて、PK要員のつもりか入れたキャラガーはPK外すし!

 というわけで、今回の敗退の原因はどう考えても監督のエリクソンなわけだ。ジーコとおんなじだ、おんなじ! わけのわからない後手後手の采配! エクアドル戦であれだけ苦戦したのに、戦術もメンバーも同じで来るし。
 得点できないのが最大の敗因だったわけだが、オーウェンの負傷は誤算としても、ルーニーだって使えるかどうかわからなかったんだし、メンバー選考の段階で負けていたと言える。この手薄なFW陣にウォルコットなんか入れたんだもんなー。クラブでも控えで、しかも監督本人が試合に出てるのを見たこともない17才をわざわざ連れてくるんだから、よほどものすごい隠し球かと思って期待してたのに、一度も出番がないまま。使うつもりないんなら連れてくるなよ! 子供に無料で観戦旅行させるほどの余裕ないでしょ!
 まあ予定では、たとえフォワードがだめでも、黄金の中盤がバンバン点取ってくれるはずだったのだが、これも不発だったのは不運としか言えないが。ベッカムはもちろん、ジェラードとランパードは表情からして苦しそうで、調子悪そうだったな。やっぱり慣れない大陸性の暑さのせいか?
 責任を感じたのか、エリクソンはインタビューではSorryを連発していたそうだ。そういや、とうとうジーコの口からはサポーターに対するおわびの言葉は聞かれなかったな。これにはがっかり。変なたとえで申し訳ないが、仮に私がダメ学生ばかりのクラスを持たされて、「自分の頭で考えるくせを付けなきゃだめだ」と言って放任し、成績が上がらなかったので、「もともと力のない連中だからしかたがない」と突っ放したらどうなると思う? 考えられないよね。
 でも後任のオシムには、だめと知りつつちょっと期待してしまう。ジーコのあとは、経験豊富で老練な監督がいいと思っていたから。

 ワールドカップ後、中田英寿は引退を公表。そうか。でもベッカムのキャプテン返上(代表チームでのプレイは続けるらしい)のほうが泣かせるな。彼にとって、イングランドのキャプテンの座がどれだけ重いものだったか知ってるから。それに若手に道を譲るとともに、同じ立場で代表の座を争うという態度もいさぎよい。
 しかし、フットボールを見ていると、30才というのがスポーツ選手にとっては老齢だというのがよくわかる。ブラジルがあの体たらくだもんな。

2006年7月13日 木曜日

ジダンの頭突き

 実を言うと、今回のワールドカップでは、イタリアがダーティ・ヒーローになるのを期待していた。それこそ「八百長野郎」とか罵られて、キレて暴れるみたいなの(笑)。それがあれよあれよという間に決勝戦へ。まあ、以前も北朝鮮のことを「ダーティで弱いんじゃしょうがない」と書いたが、その意味えらいかも(笑)。ついでに、決勝ではフランスを徹底的に痛めつけて、ジダンの引退試合を台無しにしてくれればいいとさえ思っていた。そしたらまさかそれが本当になるとは! もっとも暴れたのはジダンのほうだったけど。
 そこであの頭突きだが、あれはいけませんよ、絶対に。人種差別発言に怒ったということで、ジダンに同情が集まってるようだが、私は許さない。特に、「フェアプレーとスポーツマンシップこそ英国フットボール精神の精髄」と大学で教えている今年は。
 だって、これを許すなら「被害者なら何してもいいのか?」ってことになっちゃうもんね。そもそも、こういう「報復」行為自体、フットボール精神に真っ向から反するもの。
 8年前のベッカムや今年のルーニーなら、「若くて未経験でバカだったから」という言い訳も成り立つが、こういうベテランに言い訳は効かない。わかってやってる確信犯だからね。ましてやワールドカップの決勝の引退試合でこれをやるとは、自分で自分の経歴に泥を塗るようなもの。
 差別と戦いたいなら、ピッチの外でいくらでもやればいい。ジダンの言うことなら、誰だって聞いてくれるんだから。なのに、退場くらって、おまけに試合に負けてるんじゃ、これ以上みっともないことはない。こういう選手は私は絶対にヒーローとは認めたくないですね。もともと嫌いだったが、ますます嫌いになった。
 そういや、ジーコも選手としては好きだったのだが、あの「ボールにツバ」事件があってから、いまひとつ信用できなくなった。こいつらが大きな顔してられるのは、あくまでフットボールがうまいからなんであって、そのフットボールをバカにするようなことをしてはいかん。そういうのを見ると、私は「野蛮人が英国の国技を汚した」ような気がしてめちゃくちゃムカつくのだ。だって、外人力士が土俵の外で場外乱闘したり、柔道選手が礼をしないで相手をどついたりしたら頭くるでしょ? そういう感じ。

 というわけで、私は隠れもしない人種差別主義者なので、あまり人のことは言えないが(笑)。ちなみに私の差別の基準は言うまでもなく音楽(それもロック)。イギリス人(アイルランド人含む)以外に、ヨーロッパで多少なりとまともな音楽作れるのはドイツ人ぐらいじゃない。あと北欧がチョボチョボって感じで、やっぱりゲルマン系でないとだめなのかなあ。イタリアとかフランスは最低の部類なので嫌いなだけ。
 逆にラテン音楽やアフリカ音楽は許容範囲内なので、ブラジルやアフリカは好きなわけ。まあ、それを言ったら世界最悪なのはアジアなのだが、私もいちおうアジア人のはしくれなので(笑)。

 そういや、私の敬愛するリネカーさんが、今回のワールドカップについて、かなり辛辣な批評をしていたな。あのカードの多さだけ見ても、後味のいい大会ではなかったが、あの決勝がそれをいちばん象徴していたように思う。

 イヤな話を書いてしまったので、お口直しに笑えるのも。ここのピーター・クラウチの写真、めっちゃ笑えるので笑ってください。ちなみにいちばん上がオリジナルで、下はすべてフォトショップで加工したパロディ。でもオリジナルもとても生身の人間とは思えん(笑)。好きだなあ、この人。そういやロボット・ダンスが見られなくて残念でした。(興奮しすぎて忘れてたんだそうだ)

2006年7月24日 月曜日

 どうもです。日記の間隔があいたのは、ワールドカップが終わって虚脱していたわけではなく、仕事で心身ともに腐ってるからです。 教師業と言うのはやればやるだけ腐るので、早いところ足を洗ってレコード屋に専念したいのに、そっちが大不況なので生活のため仕方なく。それでも学生を教えるのはまだ楽しい。いやなのは試験。学生にとってもいやだろうけど、教師にとっては100倍いや! 何がいやって、あれだけ一生懸命教えたのに、こいつら何も理解してないっていうか、何も聞いていないってことがよくわかって徒労感ばかりが増すので(苦笑)。おまけにその採点がやってもやっても終わらない。毎日ひたすら赤ペン持って机に向かっている。ああ、夏がそこまで来てるのに、いつまでこれが続くんだ。

 しかし唯一の救いは涼しいことですね。7月中頃に急に暑くなったときはもう死ぬかと思ったけど、梅雨のぶり返しでじめじめはしてるけど、涼しい。しかし、湿気も疲れる。こないだは昼間の間だけで、クーラーの排水が20リッター・タンクいっぱいにたまるという新記録! ポタポタなんてもんじゃなく、だーっと流れっぱなしだもんな。あ、ちなみにクーラーの水を貯めてるのは、資源の節約のためではなく、ベランダにまくためです。うちは特殊事情により、ほんの数メートル離れた台所からベランダに水を運ぶだけでも重労働なので。

 店の方はあいかわらず。でも性懲りもなく続けているのは、やっぱり儲からなくても楽しいから。だけど、忙しさでレコード捜しの暇がなく、(自分のコレクションは言わずもがな)、オークションに出したりするのも億劫で、開店休業みたいな状態が続いている。
 その間、かろうじて首の皮一枚でつながってるのは、オークションの入札代行もやってるから。外人のためにヤフオクで入札して、届いた品物を送ってあげるのだ。これって、手間の割に(日本のオークションってクレジットカードもPayPalも使えないから、送金やメールのやりとりがものすごい面倒!)手数料少ないし、リスクも大きいからやりたくないんだけど、これも生活のため。
 最近、もっぱら代行を勤めているのは、ピクチャー盤コレクターのベルギー人。ピクチャー・レコードなんてのも当然コレクターがいるだろうとは思っていたが、(私も80年代にピクチャー7インチを集めようかと思ってた)、「本物」の実態はやはり私の想像を超えている。とにかくピクチャーならば、ソノシートでもSP盤でも。それも戦前の子供向け軍歌だの、昔のエロ歌謡曲だのに、毎回1万円以上をつぎ込んでる。
 コレクターというのは、ジャンル外の人には決して理解されないことは知っているが、それにしてもなんでこれがほしいのか、私は理解に苦しみます(笑)。つい、本人にもそう言って、「本当にそれだけの価値があるの?」と問いただしてしまったが、「これでも十分市価より安いし、だいたい、ぼくが日本まで行って買うとしたらいくらいくらかかるんだから‥‥」とこんこんと諭されてしまった(笑)。

 こんな日常の中で唯一の救いは、こないだ買ったBBCの動物ドキュメント・シリーズ。ほんっと癒されるっす。それもかわいい動物を見て癒されるとか、美しい景色を見て癒されるというレベルじゃなく、なんというか、生きてることの根元から考えさせられて癒される。
 ちなみに、これはひとりで見るより、仲間とワイワイ言いながら見た方が絶対楽しいと思って、こないだの日曜は動物好きの友達を呼んで上映会をやったのだが、やっぱり楽しかった。

 とりあえず、日記のネタはディスク・レビュー、映画レビューとも、たっぷりたまってるので、休みが取れたら一気に書きます。たぶん夏休みはもういいってぐらい書きまくりますので、もうちょっとお待ちください。 

2006年7月30日 日曜日

夏休み映画劇場 その1

 私の夏休みはまだなんだけど、とにかく映画は書かないと忘れちゃうので、この数か月間に見た映画をまとめて。

【お断り】
 固有名詞の表記は毎回悩むのですが、やっぱり日本文の中にやたらと英字が混じるのは読みにくいと自分でも思ったので、映画リビューに関してはカタカナで行くことにしました。でもカナだと自分でも誰だかわかんなくなるので、初出時のみ英語を付記してあります。でもタイトルだけはやっぱり邦題を使うのは抵抗があるので、原語のままです。ちなみに音楽関係に関しては、日本でも英語表記が浸透しているから従来のままで行きます。ああ、ややこしい。

The Hitchhiker's Guide to the Galaxy (2005) Directed by Garth Jennings
『銀河ヒッチハイク・ガイド』

 ダグラス・アダムズのこの原作は、私が心から愛する、「私を作った1本」のひとつである。一口で言っちゃうと「ユーモアSF」なんだが、そんな言葉ではとても語り尽くせない、愛らしくておかしくて、そのくせけっこう考えさせられる話である。
 これはもともとBBCのラジオ・ドラマとしてアダムズが書き下ろしたものなのだが、後に三部作として小説化された。(実は他にも続編があるのだが、それはまったく世界が違うので、私は続編とは認めたくない) それがさらにBBCで1981年にテレビ・ドラマ化されたのも知っていたが、当時はPALのビデオを日本で見る方法もなく、それ以前に、スチルで見た登場人物のルックスがあまりにも見苦しいっていうか、小説を読んで想像していたのと違いすぎるので白けてしまって、見る気も起きなかった。

 ところがある日、ビデオ屋に行ったらこのDVDが置いてあったので、映画化されたことすら知らない私は、てっきりあのBBC版だと思って借りてきたのだ。もちろん見始めてすぐ違うことはわかったけど。そうか、そういや、今頃になってなぜか三部作の続編の翻訳が出たと思ったら、これのせいだったのか。
 それはともかく、もしかしてこれってアメリカ映画? 主人公のアーサー以外のキャラクターはみんなアメリカ人だし。だとしたらさ・い・あ・く!

 いや、いつも言ってるように、映画と小説に関しては私はアメリカも尊敬しているが、これだけは絶対譲れないというジャンルもあって、それはミステリとファンタジーとユーモアなのだ。特にダグラス・アダムズは、私がイングリッシュ・ユーモアの精髄と考える人なので、それをアメリカ人にやらせるなんて言語道断!
 イングリッシュ・ユーモアとは何かというのは、むずかしい話になるからやめるとして、この作品に限って言えば、上品でおしゃれでクレバーなところと、かわいらしいところと、ナンセンスかな。あと、ブラック・ユーモアというのもイギリス人の十八番だが、これは基本的にほのぼのユーモアなんで、あまりブラックではない。もっとも、冒頭いきなり地球が爆破されて人類滅亡してしまうんだから、これはこれでブラックか(笑)。

 でも考えてみたら、アーサーとトリリアン以外はみんな宇宙人なんだから、別にイギリス人にこだわる必要もないか。そもそもイギリス自体がもうないんだし(笑)。それにしても、何十年にも渡って頭の中でしっかりイメージができちゃってるキャラクターの場合、目で見たときの違和感はなんとも言い難い。

 たとえば主人公のダメ男アーサーは「青白くてひょろっとして痩せた、ナードっぽい若い男」というイメージができてしまっている。演じるマーティン・フリーマン(Martin Freeman)は、イギリス人なのはいいとしても、情けなさが足りないし、ズングリした感じだし、とにかく顔見てもあんまりおかしくないのが良くない。この人は“Shaun of the Dead”にも出てたが、ショーン役のサイモン・ペッグ(Simon Pegg)あたりがぴったりだったのに! 個人的にはロバート・カーライル(Robert Carlyle)でもよし。
 アーサーの親友フォード・プリーフェクト(Ford Prefect)を黒人にしたのは、まあいいとしよう。(もちろん原作には人種なんか一言も書かれていない) でも、それがなんでモス・デフ(Mos Def)なの! 有名人を使うことの弊害がこれで、モス・デフはどう見てもモス・デフにしか見えないし、フォードにも、ましてやベテルギウス人にはまったく見えない(笑)。
 銀河系大統領ゼイフォド・ビーブルブロックス役の(Zaphod Beeblebrox  カナだと舌噛みそうだ。翻訳では「ザフォド」になっていたが、映画ではゼイフォドと呼んでいたのでそれに従う)、サム・ロックウェル(Sam Rockwell)はまあ、いいとしよう。だいたいが、原作でもアメリカンな乗りのやつだし、ブロンドの長髪にヒゲモジャの「ロックスター風」大統領というのもおもしろいからそれはいい。でも、ゼイフォドのトレードマークの双頭は手を抜いたとしか。BBC版ではちゃんと肩の上に頭が2つ載ってたのに(片方は張りぼて)、ここでは「入れ替え式」になっている。CG代ケチったな。
 トリリアン(Trillian)のゾーイ・デ‥‥、えーい、アメリカ人は名前の発音がわからん! Zooey Deschanelは、まあかわいいからいいが、もっと美人でも良かったな。
 スラーティバートファスト(Slartibartfast)はビル・ナイ(Bill Nighy)が演じるが、この人物は原作でもはっきり「まるでモーゼのような」と書かれていたので、当然ながら白髪白髯の神々しい感じでなくちゃいけないのに、これじゃまるでホームレスだ!
 というふうに、いくらでも文句は付けられるのだが、いちばん許せないのはやっぱり根暗ロボット、マーヴィン(Marvin)だな。心気症のロボットだからして、痩せてると思うのは当然でしょう? よって私はC3POみたいなタイプを想像していたのだが、映画じゃ丸っこいかわいらしい形。ぜんぜんイメージじゃない! 私はマーヴィンがいちばん好きなので、これには本当にがっかりした。

 などと、ぶつくさ言いながら見始めたのだが、なんか原作と話がぜんぜん違う! いちおう例の「生命と宇宙と万物の答」(ちなみに答は42である)をめぐる話にはなっているのだが、途中の話の展開がぜんぜん違って、ジョン・マルコヴィッチ(John Malkovich)が演じるキャラクターなんてのは原作には出てこない。(個人的にはマルコヴィッチが見れたのはうれしいけどさ、べつにおもしろくないね) えー!?
 これは意図的なものだろう。元は三部作なのに、映画ではとても3本撮ってもらえそうにないから、あえて縮めたのかとも思ったが、それにしちゃ二作目、三作目のエピソードは出てこない。なんだ、こりゃ?と言って、脚本のクレジットを見ると、なんたら言う人と並んでアダムズの名前もクレジットされている。えー、だって死んでるのに!(アダムズはこの映画の制作以前の2001年に死去) もしかして制作開始前から脚本書いてたのかもしれないけど。だとしたら、ラジオ、小説、テレビと来て、もう四度目だから、アダムズも飽きちゃって違う話にしたくなったのかも。

 というわけで、とにかく、これは『銀河系ヒッチハイク・ガイド』ではないのだ。まったく別の話なのだ。と思えば、少しは怒りもおさまった。
 そう思って、ぜんぜん関係ない映画として見れば、そこそこおもしろいし、ほどほどに笑える映画になっている。でも原作のあの感じはどこにもないな。考えてみたら、ダグラスがいちばん笑えるのはセリフじゃなくて地の文で、映画じゃそれがないからつまらなくなるのも当然だったのだが。

 少しはいいところも書いてあげよう。アイディアだと思ったのは、かんじんのヒッチハイク・ガイド。当然ながらただの本ではなく、ポケコンみたいなのだろうと想像していたが、ガイドを開くと、それぞれの項目がレトロなタッチのアニメーションで表現されるところはうまいと思った。デザインもレトロ・フューチャーなところがかっこいいし。
 やはりビジュアルは小説やラジオじゃ表現できない映画の醍醐味。その意味でちょっと感動したのは、イルカが地球を去るところ。原作ではイルカがすべていなくなったとしか書かれてなくて、なぜ、どうやってかの説明は何もなかったのだが、映画では夜のプールでイルカがジャンプし、みんなそのまま空へ昇っていく。このシーンは美しいし感動的だ。
 ついでにイルカが人類に残した別れの言葉、「さようなら、魚をたくさんありがとう」(So long and thanks for all the fish)は、傑作中の傑作フレーズだと思っていて、続編のタイトルにもなっているが(そういや、長らく未訳だったこの翻訳が最近になって出たのは、この映画のせいだったか。でもこの話は前述のようにつまんないす)、それをわざわざ歌にして主題歌にしてくれたのもわりとうれしい。
 「惑星製造工場」も、あまりのスケールのでかさに、本を読んだだけでは想像することもできなかったが、そういうのを見せるのはCGが使える現在ならでは。ただ、実際に見せられちゃうと、やっぱりそれほど大きいように見えないのが難点。
 クリーチャー制作にはジム・ヘンソンズ・クリーチャー・ショップ(Jim Hensons Creature Shop)の人がからんでいるらしい。これはうれしいが、そのせいでマーヴィンがかわいらしくなっちゃったのか? 

 というわけで、見終わって思うのは、「三部作をちゃんと原作に忠実に、3本の映画にしてほしい!」ということ。「猫を相手にひとりごとを言う世界の支配者」とか、「ゴムのアヒル大好き船長」とかの大好きなキャラクターがスクリーンで動くのを見られたらどんなにいいか。やっぱりこれもテレビ版買うしかないかな。

2006年7月31日 月曜日

夏休み映画劇場 その2 動物ドキュメンタリー特集

La Marche de l'Empereur (2005) Directed by Luc Jacquet
邦題 『皇帝ペンギン』

 というわけで、例のBBCの“Life Collection”を見ていたら、動物がもっともっと見たくなったので借りてきたのがこれ。この手のドキュメンタリー映画としてはけっこうヒットしたようだし、何より皇帝ペンギンはあのドキュメンタリーでも白眉のひとつで、私のお気に入りの動物だし、暑いので涼しげな南極の景色が見たかったし(笑)。

 ご覧の通り、フランス映画なので、「どうせフランス語わかんないから吹き替えでいいや」と吹き替えで見始めたのだが、たちまち後悔する。なんだ、こりゃー! 男女のナレーターが、まったく感情のこもらない棒読みで、ペンギンの気持ちを代弁してくれるのだ。なんか小学校の「呼びかけ」を思い出す。(あんなのまだやってるんですか? 知らない)
 あわててフランス語に切り替えたのだが、同じやんけ! あのけだるそうでぶっきらぼうなフランス語で、

女 「私は魚を捕りに海に行って来るわ」
男 「ぼくは卵を暖めながらきみを待つよ」

というのを聞かされる恐怖わかります? ていうか、そもそもペンギンにしゃべらせるな! 鳥を擬人化するだけならまだしも、こんなゾンビみたいなペンギンいやだー! 画面のペンギンがどんなにかわいくても、このセリフとへんてこな音楽が聞こえていると、まったくペンギンに集中できなくて、結局音声と字幕をすべて消して見た。

 うすうす予想はしていたけれど、BBCの動物ドキュメンタリーがどれほどすばらしくて、他では絶対撮れないものかが、これを見てよーくわかりました。
 かんじんのペンギンの生態も、ほとんどがBBCで見たのと同じものなのだが、あっちは毎日見ても飽きないのに、これは5分で飽きて、あとは4倍速で見ました。というのも、何もない真っ白な大地を、ペンギンがとぼとぼとぼとぼ歩いていくのを、えんえんえんえん見せられるんだもん。
 BBCはほんの数分のシーンのために膨大な量のフィルムを消費するって聞いたけど、それはもちろん映画だって同じはずなんだけど、「決定的瞬間だけ見せる」と私が書いた意味がわかるでしょ。これ、86分の映画なんだけど、BBCが編集したらたぶん5分ぐらいになるだろう。
 他にも、こういう過酷な自然条件の中では、犠牲になるペンギンもいるんだけど、BBCではそういうのを見てもべつにかわいそうとは思わなくて、当然の自然の営みに見えたし、「大変なんだなー」とむしろ感動した。なのに、これを見ていると(氷のクレバスに落ちたヒナとか)、なんだかすごく残酷な感じで、「いくらなんでも、撮影したあと助けてやったんだろうな」というのが気になる。というところも、本当のドキュメンタリーのあり方を考えさせますね。

 結論としては、BBCのあれのためなら私は何万払っても惜しくないけど、これ、本当に劇場でロードショー料金払って見た人がいたの?という感じ。

Impressionen unter Wasser (2002) Directed by Leni Riefenstahl
邦題 『ワンダー・アンダー・ウォーター 原色の海』

 それであきらめればいいものを、ついまた性懲りもなく、借りてきてしまったのがこれ。何しろこれはただのドキュメンタリーじゃないよ。『民族の祭典』のレニ・リーフェンシュタールが、100才超えて48年ぶりに撮った映画だからね。48年間映画作ってなかったら、いくらなんでもボケてるんじゃないかって? でも、そんなに昔のことは私も知らないが、彼女、ドキュメンタリーに関しては天才なんでしょ? おまけに100才でアクアラング付けて自分で潜るって? なんか知らんがすごすぎる!
 珊瑚礁の生物というテーマもいい。私は魚も軟体動物も好きで、要するに水中生物はみんなおもしろいから。

 それで見始めたが、さすがに魚にしゃべらせたりするようなアホなことはしない。というか、ナレーションはいっさいなし。ただ、スクリーンを魚がヒラヒラと泳いでいく。音楽もジョルジオ・モロダーで、『皇帝ペンギン』よりはだいぶましだ。
 ただ、いま映っているのがなんという生物なのかぐらい教えてほしいなあ。いちおうギャラリーに図鑑がついてるんですけどね。
 それで、魚やウミウシやサンゴやイソギンチャクは確かに美しい。でもこの人たちって、そのまんまでも美しいんで、これはべつにレニの功績とは言えないんじゃ? これこそ本当の環境ビデオで、見ているうちに、まるで熱帯魚の水槽を見ているような気がしてきた。それはそれで美しいし楽しいんだが、BBCのだとそうじゃないんである。(くどいが勘弁してね)
 つまり、BBCのドキュメンタリーでは、どんな魚もサンゴも、獲物を捕ったり、繁殖したり、敵と戦ったり、貪欲に生きてる「生き物」ということがよくわかるのに、きれいな魚がヒラヒラ泳いでいるだけでは、生物というより単なる飾り物のように見えてしまうのだ。
 もちろん、レニだってそういうシーンが撮れれば入れただろう。でもあったのはウツボがタコを襲う一カ所だけ(それも一瞬でよく見えない)。逆に言うと、熟練したダイバーだって、そういうシーンを目にすることはめったにないのだ。なのにそういうシーンだけで構成されているBBCのシリーズは、下準備や調査や撮影に、どれほど膨大な時間をかけているかわかるというものである。
 というわけで、やっぱりきれいだからさすがに退屈はせずに最後まで見たが、結局またまた“Life”シリーズの偉大さを思い知らされただけだったな。この手のドキュメンタリーはもうBBC以外見るのはやめよう。実際の話、あれからNHKなんかのドキュメンタリーを見ても退屈で退屈でしょうがない。恐竜もの(夏休みなのでいっぱいやってる)なんて、番組のつまんなさ以前に、CGのチャチさでいやになっちゃうし。“Walking with Dinosaur”は本当に生きてるみたいに見えたのに! 恐竜のCGドキュメンタリーはアメリカのディスカバリー・チャンネルがたくさん出しているが、これも切り抜きみたいな恐竜がカクカク動くのを見て買うのをやめた。
 何も動物じゃなくても、歴史ものとかも同じで、「ドキュメンタリーのBBC」の地位は不動だ。

 ところで、サンゴがどうやって敵(別の種類のサンゴ)を撃退するか知ってます? なんとビロビロビロと白い内臓を吐き出して、ライバルを生きたまま消化しちゃうんですね。(食われたほうはみるみる白骨になってしまう) こういう環境ビデオを見ていると、単なるきれいな景色にしか見えないのに、やっぱり確かに動物って感じで、なんかすごい!

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