2006年4月の日記

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2006年4月5日 水曜日

 日記の間があいたのは忙しいせいじゃありません。単なるスランプです。私は春って大嫌い! 大嫌いな新学期の始まる季節だし、明るくて清潔で乾いた冬が終わって、暑くてうっとうしくてじめじめして虫がうじゃうじゃ出てくる、いやな季節が来るというのもそうだけど、私の人生において、いやなことや悲しいことはだいたい春に起こっているので、春になるとスランプになり、鬱状態になるくせがついてしまった。
 だから、人が桜を見て浮かれているのを見ても、ちっとも楽しい気分にはなれませんね。桜はそのイヤな季節の到来を告げるものだから。桜そのものはやっぱりきれいだとは思うけど。
 でも、鬱だと言って何もしないでいるのも健康に良くないので、最近買ったマンガ評など書こうと思ったけど、やっぱり無気力なので書けません。もうちょっと待ってね。

2006年4月8日 土曜日

 あいかわらず鬱状態。外へ出れば気分が晴れるかと思って、おとといはお友達のゆうこさんと湯島の旧岩崎邸へ、今日は親父と母の墓参りに行ってきたのだが、やっぱり桜の咲いているうちはなかなか調子が出ない。

 私は引きこもりみたいな生活をしているが、本当はアウトドアが好き。外へ出るだけで幸せな気分になるのだが、本当に好きなのは、人間が誰もいなくて、人間が作ったものも何ひとつ見えないような場所。そんな場所、日本にねーよ!(離島や極度な過疎地ならともかく) だいたい車の運転もできないのに、そういう場所にどうやって行くというのか(苦笑)。ならばバックパックを背負って寝袋持ってと行きたいところだが、実際はホテルのベッドでさえ枕が変わると眠れないという軟弱人間なんだからどうしようもない。
 私が海を見るのが好きなのも、海には(海水浴場以外)あまり人がいないし、いたるところに看板が立っていたりもしないからかもしれない。こういうときこそ、ひとっ走り海を見に行きたいのだが、自転車を(また)盗まれてしまって行けない。

 旧岩崎邸はちょっと期待外れだった。こないだ行った旧古河邸と同様、英国人建築家Josiah Conderの作品なのだが、家はこっちのほうがかわいらしくてロマンチック。だけど、やけに小さいと思ったら、家も庭も、一部分しか残っていないのだ。
 洋館が来客用で、家族が暮らす和館が棟続きでくっついているのが変わっているが、和館のほうはほんの一部しか残っていない上、内も外も傷みが激しくみすぼらしい。もちろん元はこちらも豪勢な家だったんだろうが、今じゃなんか白い洋館にすすけた木造家屋がくっついてるみたいで、せっかくの雰囲気を壊すだけみたいな。
 家の内部も家具がすべて取り払われた空っぽで、往時の雰囲気を思い浮かべるのはむずかしい。トイレの便器がロイヤル・ドルトンだったりして、おそらくは家具もものすごくお金がかかっていたんだろうに。
 まあ、私が家を見るのは、もっぱらシムピープルで家を建てる参考にするためだからいいんですけどね。柱や梁の作り方はかなり参考になったけど、これはシムピープルではほとんどできないんだよね。
 でも基本的には私の家と同じだということを確認して満足(笑)。前にも書いたように、私の作る家は英国の貴族館をお手本にしているから当然なんだけど。だけど、シムピープルで作れるのはそのミニチュアで、日本の洋館も(本物とくらべれば)ミニチュアだからちょうどいいのだ。
 しかし、やっぱり本場との差は感じてしまうなあ。向こうじゃこういう家(の何十倍もの広さのやつ)が無数にあって、今でも人が住んでいるんだから。(しっかり金取って人に見せてるところは同じだけど) でも、日本じゃこういうのは美術品だから、さわることすらできないけど、イギリスの貴族館にはホテルになっているところもけっこうある。もちろん高いけど、それでも日本のホテルにくらべれば払えないような額ではないので、ミーハーだけどやっぱり一度はこういうところに泊まってみたい。もちろん四柱式ベッドの付いたところに。ただ、飛行機代が払えないんだよなー(苦笑)。

 母の墓は富士霊園にある。ここは桜の百名所のひとつだそうで、去年は桜が満開だったが、今年はまだつぼみだった。別に桜なんて都内でもいくらでも見られるからいいんだけど。しかしなんですな、桜というのは、木そのものはぜんぜん優美でもなんでもなくて、黒くてゴツゴツして不気味なのに、そこにあんなにかわいらしい花が突然咲くってところがいいんだな。

 富士霊園に行く途中、父に聞いた話。彼は遊びと名の付くものならなんでもやる人で、カメラも好きなのは知っていたが、若いころカメラを作る会社を興したという話は初めて聞いた。アウラというステレオ・カメラ(立体写真を撮るカメラ)だそうだが、これが日本初のステレオ・カメラで、最近東京にできたばかりのカメラ博物館へ行ったら、それが展示されていて、館長(当然カメラ・マニアでアウラも2台持っているのだそうだ)と3時間も話し込んでしまったという。
 そういえば、小さいころ、うちにはステレオ写真のスライドがあって、ビューワーで見て遊んでた覚えがある。私はあれがけっこう好きで、裸眼立体視にハマったのもそのせい。
 これがそうらしい。ここには「生産台数 1,000台説もある」なんて書いてあるが、父の話では500台ぐらいしか作らなかったとか。当然ながらほとんど売れなくて(笑)、この会社はすぐにつぶれたのだが、アウラという名前はその道のマニアの間では有名らしい。ちょっと検索しただけでたくさん見つかったし。
 なんかすごい!と、ちょっと父を見直した。もういつ死んでもおかしくない老人だが、それでも自分の作ったものが博物館に残るなんてすごいじゃない。それに私もコレクターのはしくれとして、カメラ・コレクターというのは、私には手の届かない高尚な趣味というイメージを持っているので、50年もたった今でもそういう人たちの間で語り継がれているなんてすごいじゃない。
 でも私が死んでも何も残らない、と、またちょっと落ち込む。その一方、商売人としては、「その在庫がうちに500台ぐらいあったら、一財産なのに!」(もちろんうちには1台も残ってない)と思ってしまう自分が情けない。それと同時にコレクターというのはやっぱりえらいと思った。作り手よりもコレクターのほうがその品物に愛着を持っていて、この人たちがいなかったら、アウラなんて残るはずがなかったんだから。
 私が残せるとしたら書いたものぐらいなのだが、まだ自分の本と言えるような本は出してないし。やっぱり死ぬまでには自費出版でもいいから、1冊は残したいな。たとえ古本屋で100円で売られるとしても、形あるものは何らかの形で誰かの心の中に生き残るから。
 あいにくウェブに書いたものじゃそうはいかないんだよね。同様に、私は(自称)日本を代表するシムピープル建築家のつもりだが、ゲームそのものの開発者ならともかく、ただのゲーマーじゃ誰も覚えてはいない。そもそもシムピープル自体、すでに旧世代のゲームだし。

2006年4月11日 火曜日

映画評

 どうも、この日記でいちばん人気があるのは映画評みたいで、楽しみにしていてくれる人も多いんだけど、(私も客観的に見ていちばんおもしろいと思う)、いかんせん、レンタル・ビデオを借りる金もないという情けない状況なわけです。(もちろんそれぐらいはあるけれど、私的には本やCDのほうが優先されるので、そのお金が残らない)
 こうなったら、せめて読者にレンタル代ぐらい寄付してほしいと思うのだが、日本じゃPayPalが使える人がほとんどいないので、気軽に寄付を求めることもできないというつらさ。おまけにセールの日は100円だったのに、旧作が120円に値上がりしていた。
 と言っても、そもそももう借りたいような映画がほとんどないんだけどね。なんでかというと、私がいつも出遅れるので、見たい映画は借り出されているということもあるのだが、そもそも店の在庫が少ない! いや、本数は決して少なくはないのだが、棚の内容が大いに様変わりしている。
 なにしろ圧倒的に多いのが邦画とアジア映画とあとはアニメ。見ていると実際に借り出される映画もほとんどがそれみたい。ほんのちょっと前までは、映画と言えば洋画(それもほとんどがハリウッド映画)だったのに! というわけで、映画の世界もなんか音楽の世界と同じような状況になってきている。そして、音楽同様、日本やアジアやアニメがだめな私は、ここでも苦境に立たされている。音楽もそうだけど、何がおもしろいのー、あんなの! というのは人の好みの問題だから言えないけど。
 実は邦画には原作もの(主としてマンガ)を中心に見てみたいものもあるんですがね。それこそイメージ壊されるのがこわくて。というわけで、だんだん落ち穂拾いになってきたけど。

David Copperfield (1999) Directed by Simon Curtis

 これは映画じゃなくて、BBCのドラマ。言わずと知れたCharles Dickensの傑作、しかもドラマの質の高さに定評あるBBCの作品だが、私の狙いはもちろん、主役の子供時代を演じたDaniel Radcliffe 10才であることは言うまでもない。
 Harry Potter以前の作品だから、まだ幼くてかわいいだろうとは思っていたが、まさに殺人的にかわいい! イギリス人の子役がかわいいといつも言うが、これは子供らしく無邪気でのびのびしててかわいい(アメリカの子役はたいていそうだ)と言うのとはちょっと違う。チビのくせに、大人みたいにすました口をきく(必ずしもそうではないのだが、イギリス英語のせいでそう聞こえる)うえに、態度も表情も妙に大人びてませた感じで、それでもときどき、ふっと年齢相応のあどけなさを見せるところがたまらなくかわいい。このDaniel Radcliffeがまさにそのタイプ。
 特に、Davidの子供時代は「子供いじめ」の話なので、ブカブカのおんぼろの服を着せられたところとか、首から大きすぎる木札をぶら下げられたところとか、とどめに、歩いてDoverへ向かう場面は、私のような「美少年いじめ」マニアにはヨダレものである(笑)。でもって、ふざけたり笑ったりすると、本当に愛らしくてかわいいんだよね。
 残念ながら、このかわいらしさは成長とともに失われつつあるが、この子は元が美少年だから、大人になってもハンサムになるだろう。(前に好きだと書いたChristian Baleは子供の時からかわいくはなかった)
 と書きつつ、インターネットで検索をかけたら、現在のDanielの素顔がいっぱい見れたのだが‥‥かわいくねー! 現在17才、本当ならいちばん食べ頃(笑)なのに、でかすぎる目、黒々と密生した眉毛とまつげ、丸顔の童顔と、私のいっとう嫌いなタイプやんけー!(3月18日の日記参照)
 あー、しまった! この手の子供が成長するとあれになってしまうのか。なんかLOTRのElijah Woodにそっくりで、私はあの子の顔もすごくきらいなのだ。がっかり。イギリス人は年をとるとまた化けるから、60過ぎるまで待つしかないか(笑)。
 子役で本当にかわいいと思ったのは、ほかにはEthan Hawkeがいるが、彼も大人になったら私にはマチョすぎて好みじゃなくなっちゃったし、子役時代も現在も、気が狂うほど好きなのはEddie Furlongだけだな。もっとも彼も子供時代は美少年だけど、かわいいというタイプじゃなかったけど。
 ところでふと思ったが、この手の男は子供時代はかわいいという法則からして、Paul Draperの子供時代なんて、本当に天使みたいな男の子だったに違いない。でも年取ると化け物(ひどい!)なんだよね。

 気を取り直して、ストーリーについては今さら言うまでもない。原作が大河小説だから、テレビ版はどうしてもダイジェストみたいになってしまうが、それでも巧みな演出でうまくまとめた。
 山あり谷ありの波瀾万丈のお話で、笑わせて泣かせて、韓流ドラマなんかより、(「ありえねー!」というような、ご都合主義のメロドラマは、すべてDickensが源流と見ていい)、はるかにおもしろいのに。

 それより何より、イギリス・ドラマの楽しみは役者! ここでも目を奪うような豪華な役者陣の共演が見られる。
 Harry Potterにも出ていたMaggie SmithはDavidの叔母さん役で出てるが、あれより百倍いいはまり役で、いちばんの儲け役。
 歴史に残るユニークな脇役代表のMicawber(Bob Hoskins)と、Uriah Heep(Nicholas Lyndhurst)は、まさにDickensの小説から飛び出してきたみたい。他の配役は考えられないというぐらいのはまり役。
 LOTRのIan McKellenも校長役でエキセントリックな怪演を見せる。イギリス映画と言うと必ず出てくるような気がするZoe Wanamakerも、意地悪ババアが決まりすぎだし、とにかくイギリス映画は(子役の他は)ジジイとババアがいい。
 純朴な労働者階級代表の、Peggotty(Pauline Quirke)、Barkis(Michael Elphick)、Daniel(Alun Armstrong)、Ham(James Thornton)らも、なんとも味のあるしみじみした演技で感涙を誘う。
 そのわりに、Davidをめぐる女性たちがあんまり美人じゃないのだが、その方がかえってリアルだからいいとしよう。問題は、成長したDavidを演じたCiaran McMenamin。何これ? 不細工と言っていいのかなんだか、とにかく変な顔。まあモデルのDickensだってハンサムじゃないからいいようなものの、Daniel Radcliffeが成長してこれになると言われると、ウソだー! どうもこれだけ(あと、Daniel Radcliffeの現在の姿)が唯一の汚点でしたな。

 でもおもしろかった。BBCのドラマもっと見たいな。もっとも私のお目当ては子供とジジババで、ヒーロー、ヒロインはわりとどうでもいいのだが(笑)。

La Mala Educacion (2004) Directed by Pedro Almodovar
(邦題 『バッド・エデュケーション』)

 Almodovarは評判に惹かれてずいぶん前に1本だけ見たが、私にはぜんぜんぴんとこなかったので、それ以来避けていた。というか、そもそも私は「外国映画」(英語以外の映画)って苦手で、あまり見ないし。(おまけに、うちのDVDプレイヤーはなぜか字幕がしょっちゅう消えるので、そのたびに戻して見直さないとならない)
 それなのにこれを借りてきたのは、ほかにあんまり見たいものがなかったのと、ゲイ監督がゲイ・ラブを描くからには、何か見所があるだろうと思って。

 で、いきなり結論だが、やっぱりだめだった。
 お話は少年時代に教師のマノロ神父に性的虐待を受けた少年イグナシオと、イグナシオと愛し合っていた同級生のエンリケ、そしてイグナシオの弟のフアンの4人が織りなす愛憎の物語。
 日本語版の宣伝文句は「究極の愛か? 欲望か?」というものだが、中立的立場の語り手であるエンリケを除くと、イグナシオとフアンの目的は金で、純粋に愛に生きてるのはいちばんの悪役のはずのマノロだけではないか。純愛ものを予想していた私はこの時点でまず外れ。登場人物が何考えてるのかよくわからないし、作者が何を言いたいのかもよくわからない。
 劇中劇の形でエンリケが撮るイグナシオの物語をはさみこんだ構成と、「スタイリッシュな」雰囲気がなければ、単なるあまり出来の良くないサスペンスだと思うんだが。
 そのスタイルとか美術がすごいとほめてる人をよく見るが、あの手のラテン系の原色使いと乾いてザラザラした空気が私はダメ。これがイギリス映画だと、景色や家の内装を見ているだけでうっとりなのに。だいたい、同じ寄宿学校でも、上のDavid Copperfieldとこれをくらべてみてよ。本当にあんなペンキ塗り立てのセットみたいな所で生活してるんだろうか?
 そういや、少年たちがかわいくないのにも感心(笑)。ラテン系の男の子にはときどきはっとするほどの美形もいるんだけどね。
 美形と言えば、主演のGael Garcia Bernalはチビなところが難点だが、顔はなかなかのハンサムで好み。女装してもけっこうきれい。特に本物の女でも男顔が好きな私は。Daryl Hannahが女で通るなら、あれだって十分女で通るぜ(笑)。

 さすがに本職だけあって、ゲイ・セックスのシーンはリアルだ。ただ、ゲイならゲイの恋愛映画がうまく撮れると考えたのは誤解だった。考えてみたら、それを言ったらストレートの監督なら誰でも傑作恋愛映画が撮れるということになっちゃうもんね。
 気になったのは、感想に「オッサンとのからみはキモいけど」なんて書いてるやつがけっこういたこと。ゲイが気持ち悪いと思うなら、ゲイ映画なんか見なきゃいいのに。私なんか恋愛映画はほとんどがキモいと思ってるからめったに見ないけどね。
 なんか、雑誌とかの評だけ見て、「Almodovarはおしゃれだ」とか誤解しているような‥‥っていうか、いかにもそういう人種が見そうな映画だから私は嫌いとも言えるんだが。

2006年4月13日 木曜日

Constantine (2005) Directed by Francis Lawrence

▲ どうもー、忘れたころにやってくる四重人格(のうち二人)です。
◆ いや、本体が大学の仕事が始まってカリカリしてて、それどころじゃないっていうもんだから。
▲ それに映画のオーディオ・コメンタリー見てて、やっぱり座談会っておもしろいと思ったんで。
◆ そういや、“Gremlins”のコメンタリー見たでしょ? おもしろかった?
▲ 大受け! 私らが見てて受けるシーンってあるでしょ。そこでスタッフ・キャストがいっしょになってキャーキャー言って喜んでるの。本当に好きで作ってるというか、完全にファンの立場で作ってるなーと。
◆ その点、この映画のコメンタリーは‥‥
▲ ちょっと! その前に映画の話しなくちゃ。

◆ ああ、そうだった。それでこの映画、“Constantine”なんだけど‥‥
▲ 批評はボロクソの駄作ということで一致してますな。
◆ それは日本人がそもそも宗教ってものに縁がないからでしょ? 原作もアメコミで日本ではまったく知られてないし。
▲ いや、海外ではもっとボロクソ。
◆ それはなまじ知りすぎてるからでしょ?
▲ そうやって弁護するところを見ると、あなた、この映画好きでしょ?
◆ 悪い? 少なくともKeanuすてきだし。
▲ 結局それだけかい。
◆ 悪い?

▲ しかし、この映画がバカにされるのもわかる気がする。私も見ていて、脚本が破綻しまくってるなーと思ってたし。なんか矛盾だらけじゃない?
◆ あまりにもよくある話だしね。
▲ そう。天国と地獄が、なんだかわけのわからない目的のために、人間を駒にしてゲームをしているという話はたくさんあるし、人間に化けた天使や悪魔が社会に入り込んでいるというのもよくあるし、二度目のチャンスを与えられた男が天国に行くために試練を与えられるという話もよくあるし。
◆ Matrix meets The Exorcistというのもぴったりだし。
▲ 同じアメコミの“Spawn”そっくりだと思ったな、私は。
◆ “God's Army”(米題“The Prophecy”)にも似てない?
▲ と言うぐらいいくらでも思いつくわけ。

◆ ところで、あれは本物の天使や悪魔じゃなくてその代理人。映画じゃhalf-breed(合いの子)と言ってるけど。だからGabrielもほんとの大天使Gabrielじゃないんだよね。
▲ だからあれがひどいよー! 日本では「プロテスタントの国なのに、なんでカトリックなのか?」とかトンチンカンな反論している人がいたけど、
◆ もちろん、悪魔憑きだのエクソシズムなんぞ認めてるのはカトリックだけだからだよ。
▲ そんなことより、こっちのほうが大問題だよ! half-breedと言うからには人間との混血ってことでしょう? 悪魔ならまだしも、天使が人間をはらませることができるのか? っていうか、天使にセックスがあるのか?(笑) これはものすごい冒涜じゃないの?
◆ んー、まあ、神様に人間をはらませることができるんだから、天使もできるんじゃないか?(笑)
▲ ところで些細な疑問だけど、なんで天使の羽が黒いの?
◆ Blattyの“The Exorcist 3”では、白人の天使は白い羽、黒人の天使は黒い羽(と言っても、この映画と同じ灰色)で、納得できたんだけどね。混血だから多少汚れてるんじゃないの?(笑)
▲ “The Exorcist 3”の小道具借りてきたのかも(笑)。

▲ まあ、どうせキリスト教の教義自体が荒唐無稽だから、宗教的なたわごとはともかくとして、原作のコミックのファンが怒る気持ちはわかる。
◆ 読んでもいないくせに。
▲ いちおう調べたから。第一に、主人公のConstantineが原作とは似ても似つかないの。原作ではブロンドのイギリス人で、年も50代のくたびれたおっさん、レインコートを着て、ハードボイルドの探偵みたいな格好をしているのに。
◆ 映画のKeanuは見目麗しい美青年で、服もダークスーツにネクタイをバリッと着こなして。
▲ ヒーローもので、かんじんのヒーローをこれだけ変えちゃっていいの? こういうのって原作のイメージを大切にするんじゃないの?
◆ いいんだよ、Keanuは絶対あのスタイルが似合うんだから。
▲ だからそういう問題じゃないでしょって!
◆ やっぱり初めにKeanuありきで作っていったからじゃないの?
▲ キャラクターも相当違うみたい。映画のConstantineってなんか情けないでしょ? 末期癌で死ぬことを恐れてるし、天国に入れてもらいたくてGabrielにおすがりしたり。原作のConstantineは完全な一匹狼で、天国にも地獄にも荷担しないタフガイなのに。
◆ あのキャラクターはけっこう好きだけどな。
▲ 脇役もぜんぜん違うみたい。たとえば、相棒のChasは頼りになる親友という設定なのに、映画では単なるパシリのガキになってるし。こういうのは原作ファンは怒るよ、絶対。
◆ おまけにあっけなく殺されちゃって。
▲ おまけにエンド・クレジットのあとに取って付けたような昇天シーン付けちゃって。

◆ でも、少なくとも主人公はイギリス人のままにしておいてほしかったな。Keanuもアメリカ人にはぜんぜん見えないし、mid-Atlanticアクセント(アメリカ訛りとイギリス訛りの中間。カナダ人だし、お母さんが英国人だから)のせいで、イギリス人と言っても十分通用するのに。
▲ それはアメリカでの興業上の理由でしょ。
◆ 私はてっきりイギリスのコミックなのかと思ってたよ。ヒロインのRachel Weiszがイギリス人だし、悪魔の手先のBalthazar(Gavin Rossdale)と天使の手先のGabriel(Tilda Swinton)も二人ともイギリス人だし。
▲ こういう低予算映画でイギリス人役者をよく使うのは、実力があるわりにギャラが安いという利点があるからなのだ。
◆ 低予算? そうは見えなかったけど。
▲ じゃあ、「作り手が愛着を持っていない映画」と言い換えよう。どっちみちギャラのほとんどはKeanuが持ってっちゃったはずだし。

◆ でも読んでると、確かに原作のコミックのほうがおもしろそうだね。
▲ そーお? それは疑問だな。だってアメコミだぜ。大人用のアメコミって、単に暴力描写や性的描写があるっていうだけで、頭の悪いティーンエイジャーのためのものだから。
◆ 確かに(一部の)日本のマンガとはえらい違いだってことは知ってるけど。
▲ まあ、ハリウッドは映画の観客も頭の悪いティーンエイジャーだけだと思ってるから、ちょうどいいのかもしれないけど。
◆ しかし、いつも思うんだけど、アメコミってなんでみんなあんなに暗いの?
▲ そんなに読んでないから知らないよ。
◆ だってSupermanはともかくとして、BatmanもSpidermanもやたら暗いじゃない。心に傷を負ったヒーローみたいなのが多くてさ。これも暗いし、Spawnも暗いし。
▲ わかんないけど、子供向けマンガが人畜無害すぎるから、暗いヒーローだと大人っぽいと思うせいじゃないか?
◆ こういう世界観は嫌いじゃないんだけどねえ。

▲ 映画に話を戻して、じゃあ、あんたはなんで好きなのよ? Keanuは別として。
◆ やっぱりConstantineのキャラがいいよ。
▲ だからKeanu以外で!
◆ “Matrix”のNeoがあまりに良い子すぎてイライラしていた私としては、基本的に性格悪い「やなやつ」ってところがすごく気に入った。
▲ 出た! ◆の「ろくでなし男」好き!
◆ だって、Keanuはその方が絶対かっこいいって。
▲ おまけに原作じゃアル中でニコチン中毒。ますます好きでしょ?
◆ うん。スーパーヒーローじゃなくて弱っちいところもいい。血を吐いたりして病弱なKeanuもステキ。
▲ でも私にはどの映画を見てもKeanuはKeanuにしか見えないな。この人、ワンパターンじゃない?
◆ 演技力もある役者なんですけどね、やっぱり存在感がありすぎるのよね。でも“Matrix”とは意図的に役作りを変えて、やさぐれた感じを出そうとしていたのわかるでしょ?
▲ おんなじに見えるなー、私には。
◆ この人はヒーローなんかじゃなく、残酷な悪役をやるといいのに。
▲ それは“The Watcher”があったけど、ぜんぜんおもしろくなかったじゃん。
◆ あれは作り手がアホすぎた。

▲ 役者ではRachel Weiszだけが名演技と評判高かったけど。
◆ ああいう良い子ぶった女嫌い。だいたい、演技に凝るような映画じゃないでしょ。マンガなんだから。
▲ ひでー言い方。
◆ だいたいTilda Swinton様が出てるのに、他に女なんかいらないわ。
▲ 彼女がハリウッドでけっこう役が付くのも驚きだな。Derek JarmanのTildaだもんねー。あの人は一生、アングラ映画しか出番がないと思ってた。
◆ とにかくステキ。うっとり。
▲ でも繊細すぎる人だけに、男には見えないなー。あの男装は似合わない。
◆ 天使に性はないのだ。中性的って意味ではぴったりじゃん。
▲ 悪魔のGavin Rossdaleは?
◆ なんかニヤケた悪魔だな。あんまり好きじゃない。もっと退廃的な感じの人の方がいい。まあ、役者はどうでもいいのよ、Keanu以外は。

◆ ところでそう言うあなたはどうなの? やっぱり嫌い?
▲ 私はけっこう楽しみましたよ。
◆ 自分も好きなんじゃないさ!
▲ 私はみんながつまらないという“Spawn”もすごく楽しめたし。
◆ アメコミ好きなんじゃないさ! どこがいいのよ?
▲ ディテールがいいじゃん。この監督は演出力はぜんぜんないけど、映像はなかなかきれいだし、CGも派手でいいし。
◆ よくあるタイプだと思ったけどな。地獄の描写なんか、LOTRの「指輪の幽鬼の世界」そのものだし。ディテールってたとえば何よ?
▲ ほら、悪魔に取り憑かれた神父が、いくら酒飲んでも一滴も飲めないと思って、ガブガブ飲んで死んじゃうところを神父の視点から描くところとか。いかにも悪魔らしい殺し方だと思った。飢餓地獄みたいな感じで。
◆ それから?
▲ 天使と悪魔が集う中立地帯の酒場とか。
◆ あれこそ「どこが?」と思ったけどな。誰が天使やら悪魔やら、ぜんぜん普通のバーにしか見えなくて。
▲ それとやっぱり音楽。
◆ A Perfect Circleなんて好きなの? アメリカのバンドだよ?
▲ Toolは例外的にわりと好きなのだ。この主題歌も雰囲気に合ってるし。

◆ じゃあ、非難ごうごうのあのラストはどう思う?
▲ deus ex machinaならぬ‥‥えーと、ラテン語で悪魔ってなんて言ったっけ? とにかく、バカ息子の不始末を、父ちゃん呼んで始末させるってやつですね。
◆ あれでコケた人多かったみたいね。私はやっぱりKeanuの自殺シーンにうっとりしたけど。
▲ あんなわずかな出血で人間死なないよ。
◆ そういう細かいことは別として!
▲ それにルシファーがただのおっさんだったりしてね。なんかこのパターン多いな。“Angel Heart”のDe Niroがそうだったが。
◆ 私はやっぱり“God's Army”のViggo Mortensenみたいな美しい悪魔のほうが好きだけど。でもねえ、少なくとも“Matrix”のラストよりは納得できたよ。自己犠牲でしょ?
▲ それまでも十分自己犠牲は払ってると思ったが。人助けのために自分の命を危険にさらしてるんだから。だいたいなんでルシファー父ちゃんが息子に腹立てるのかわからない。人間界を悪魔が乗っ取るならいいじゃない。それに、「天国に行かせるぐらいなら生き返らせてやる」っていう心理もよくわからない。そもそも超能力があるのはKeanuだけじゃないのに、なんでルシファーがあそこまでKeanuにご執心なのかもわからない。
◆ だから脚本はめちゃくちゃなんだってば!

▲ というわけで、決して感心できる出来じゃないけど、そこそこに楽しめる映画って感じですか。
◆ せっかく出てきたんだから他の映画の話もしよう。
▲ そういや、そのKeanuの“Scanner Darkly”はまだ日本に来てないのか?
◆ まだみたい。
▲ でもやっぱり◆がご執心のViggoのCronenberg映画はもうやってるよね。なんで行かないの?
◆ 今みたいにバタバタ忙しいときに見るのはもったいなくて(笑)。もうちょっと落ち着いたら行くよ。
▲ “Narnia”は?
◆ あれは見るよ、もちろん。だけど、ちょっと心配で。
▲ 何が?
◆ だってDisneyじゃない。Narniaと言えば、LOTRと並んで私の少女期に最も影響を与えた物語。
▲ 正確にはそれ以前ですけどね。LOTRはさすがに子供にはむずかしすぎて、読んだのは高校生の時だったけど、Narniaは小学生の時すでに読んでたから。
◆ そのLOTRがアメリカで出版されたとき、オリジナルの挿画を付けたいという話があったんだよね。それでTolkienはDisneyだけは絶対にやめてくれと言ったとか。わかるなあ。
▲ だってアニメじゃないもん。
◆ Disney体質がダメなんだよ、私は。
▲ まあ、LOTRと違って健全な内容だから大丈夫だとは思いますがね。
◆ なんでイギリスものはイギリスで映画化しないんだ、まったく!

2006年4月14日 金曜日

El Maquinista (2004) Directed by Brad Anderson
(英題 The Machinist 邦題 『マシニスト』)

◆ なんか乗ってきたので続けて対談で行ってみよう。
★ 今度は▲がお相手じゃないんですか?
◆ これはあの子にはまずいっしょ。あのカラダは。
★ 説明しないとわからないと思うけど。
◆ もういいの。とにかく▲はこんなの見たらまたRicheyを思い出しちゃうから。

★ 確かに私もびっくりなんてもんじゃなかったけどね。ほとんど吐き気を催すぐらい‥‥
◆ 何かというと、主演のChristian Baleの激痩せなんですけどね。60ポンド(約27キロ)の減量だって。Christianはあと20ポンド痩せようとしたんだけど、これ以上痩せたら命に関わると言って止められたんだそうだ。
★ 死ぬよー! これ、餓死寸前の人の体だよ! Richeyだってここまで痩せてなかった。あのまま行ったらたぶんこうなってたけど。
◆ 映画史上でもこれだけの減量は記録にないそうだ。映画のために痩せたとか太ったという話はよくあるけど、私もここまですごいのは見たことない。
★ ありえないよ。アウシュビッツの記録とかでなら見たことあるけど。
◆ 私がこれまで映画で見て、あまりに痩せてるので気持ち悪くなったのは、“The Man Who Fell To Earth”(『地球に落ちてきた男』)のDavid Bowieだったけど、彼もここまで痩せてはいなかった。
★ それにBowieは元が華奢で小柄だけど、Christianは背も高くて、特に“American Psycho”で意外とたくましい筋肉見たあとだけによけい。人間の体とは思えないよね。私は体だけCGで置き換えてあるのかと思っちゃったぐらい。腹のあたりとかこわいよー!
◆ 病的に痩せてて、健康診断じゃ「栄養不良」と書かれてたころの私でもあそこまで痩せてなかった。
★ ところが今は減量に苦しんでる私としては、いったいどうやって痩せたのか知りたいところだけど。
◆ インタビューでChristianはシラッとした顔で、「絶食しただけ」。
★ そりゃ食わなきゃ痩せるけどさあ‥‥
◆ あれに私は彼の役者魂を見たね。普通ならどんなに苦労したか熱っぽく語るところじゃない。でもこの人はこれぐらい当然という感じ。ほんの小さな子供だったころから、演技に関しては並はずれた才能を持っていたから、期待してこれまでずっと見守ってきた俳優だけど、私の目に狂いはなかった。
★ 演技の鬼と言えば、よく引き合いに出されるのはRobert De Niroで、彼が“Raging Bull”のために25キロ増量した話は有名だけど、それを上回ったな。
◆ ほんとにすばらしい、役者の中の役者だと思う。
★ これは“Batman”も見なくちゃね。
◆ うー。
★ “Constantine”なんか好きなやつが何を迷ってる?

◆ だけど、この映画で良かったのはChristianだけじゃないのよ。監督はアメリカ人なんだけど、これ、スペイン映画なんだよね。ロケもすべてバルセロナでやってるし。
★ それ私、わかったよ! 見ながらずーっと、ここはどこの国なんだろう?と不思議に思ってたもん。どうやらアメリカという設定らしいけど、なんか空気が違う。アメリカのような、ヨーロッパのような感じで。
◆ ロケ・シーンではすべての景色をアメリカ風に作り替えてるんだけどね。なんでそこまでするんだろう?と思っていたけど、最後まで見て納得。これはアメリカでは絶対撮らせてもらえない映画だから。
★ と言いますと?
◆ ハリウッドが想定している観客である「頭の悪いティーンエイジャー」(もしくはそれに類似した知能の持ち主)には絶対良さがわからない映画だから。
★ ふーん? 確かに暗いし救いがないし、一般観客には受けないことは明白だけど。でも何もそこまでしなくても、ロケはアメリカでやればいいのに。
◆ だから脚本に敬意を表して、今回はネタバレはなしで行く。
★ それだとしゃべりにくいんだけどね。

★ しかし、上で“Constantine”のこと、よくある話だの、あれに似てるだの、さんざんバカにしているけど、それ言ったらこれだってよくある話じゃない? 最近見た中じゃ、“Memento”に雰囲気がそっくりだし。映画の中盤からいきなり始まって、観客には何がなんだかわからないというところも、記憶喪失ってところも“Memento”をパクったとしか思えない。IMDbにも「 'Thinner' meets 'Memento' by way of 'Angel Heart' a la Hitchcock」なんて書いてあった。不眠症ってところは“Insomnia”かとも思ったら、それは違ったけど。
◆ だいたい“Insomnia”も不眠症の話じゃないし。私は「カフカ meets ドストエフスキー」だと思ったけどな。
★ それはちょっとほめすぎなんじゃ?
◆ とりあえず、これだけ多くの映画が作られている以上、完全に新しい話なんてないよ。問題はそれがよくできているかどうかで。
★ でも、これも“Memento”と同じだけど、「種明かし」をされてみれば、話自体はわりとどうってことないんじゃない? あれでがっくりした人も多いみたい。
◆ “Memento”もそうだけど、これもどっちかというとスタイルの映画だからな。それを活かすためにはストーリーはこれぐらい単純なほうがいいんだよ。
★ “Memento”で言ってたことと矛盾してるじゃん! それなら“Bad Education”もあれでいいってことになるじゃん!
◆ だから中味が違うんだって。“Memento”も前半30分ぐらいまでの緊迫感はものすごかった。だけど、ネタが割れてくるとそれが中盤で失速して、尻つぼみに終わったのが不満だったの。
★ それは「逆まわし」であるからにはやむを得ないね。
◆ この映画はそれがないんだよ。ラストまでまったくゆるみなく、あの異常なテンションが持続する。もちろん役者の格の違いもあるけどね。だからものすごーくこわい。

★ 確かにこわかった。Christianを見ているだけでもこわいんだけど(笑)。お化け屋敷があんなにこわいものだとは知らなかった。
◆ こわいのはお化け屋敷じゃなくて、子供に何かが起こることが予感できるからでしょう? 工場での腕の切断事故の場面もこわかったよね。
★ うん、私はホラー・マニアだから腕がちょん切れるシーンなんか見慣れてるんだよね。でもホラーなら、わめき立てる犠牲者の顔のアップから、カメラが引くと腕の切り株から血がピューピュー出ているだけなのに。
◆ これは切断シーンすらはっきり見せないくせにむちゃくちゃこわいんだ。
★ 冷蔵庫からあふれ出す血のシーンも、ホラーなら定石なのに、これはやたらこわかった。
◆ 実は単に停電のせいで、冷凍庫に入れた魚が溶けてただけなのに。
★ それを言ったら子供だって、単にてんかんの発作を起こしただけなんだけど、それがわかってもやっぱりこわい。
◆ つまり観客は想像力をかき立てられて、つねに実際よりこわいものを想像してしまうんだよ。これこそ監督の演出力だと思うな。

◆ あと、カメラね。実際は酷暑の夏のスペインで撮ってるにもかかわらず、映像は徹底的に非人間的で冷たい。
★ そのせいか、Cronenbergを思い出したな。
◆ そう! Cronenbergとも共通点あるよ。次々、あり得ないことが起こるから、これは主人公の見る幻覚だろうってことはわかるんだけど、いったいどこからどこまでが幻覚で、どこが現実だかわからない。そこで観客はクラクラするような幻惑感を味わうあたり。
★ それもちょっとほめすぎ。いくら“Spider”がつまんなかったとはいえ、この道ではまだまだCronenbergには及ばないよ。
◆ でもCronenbergを思わせるだけでも私的にはすごいの! Michael Ironsideが出てたので、よけいそう感じるのかもしれないけど。
★ 年はとったけど、あいかわらず存在感はすごいね。あまりに存在感ありすぎるから、もっと重要な役柄なのかと思ったよ。
◆ どうせなら彼はIvan役にすれば良かったのにね。あと、Hitchcockというのもよくわかるな。
★ だからほめすぎだって! Hitchcockはこれだけじゃ終わらないよ。もっと深みと余韻があるし、ユーモアもあるし、登場人物もあんなゾンビみたいじゃないし。
◆ とにかくこの若さでこれだけ撮れれば十分。今後に期待できる監督だ。
★ 確かに悪い映画じゃないけど、見て楽しいとか気持ちいいって映画でもないなー。特にラストの救いのなさが後味悪い。
◆ でもいちおうあれで救われたんだよ。最後にredemptionへの道を選ぶわけだからね。
★ あの右か左かってやつね。あのモチーフは途中に何度も出てくるんだよね。
◆ そう。もうひとつこの映画がえらいなと思うのは、一見なんでもないように見えるシーンや小道具が、すべて「真相」の伏線になってるんだよね。

◆ あとはトリビア。感心したのはメイキングの作り。普通、メイキングなんていかにもいい加減に作るものじゃない。なのにこのDVDに付いてたメイキングは、いかにも映画風の凝ったカメラで撮って、凝った編集をしてあって、おまけに音楽まで付いてる。この辺に作り手の熱意を見たね。
★ 納得いかないのはなんで不眠症なのかってこと。
◆ そりゃもちろん罪悪感からでしょう?
★ それなら激痩せだけで十分だって。なにも不眠症である必要ないでしょう?
◆ まあいいじゃないか。もっとも1年間寝てないというのは絶対ウソだけどね。1年どころか、1か月寝なかったら人は確実に死ぬよ。よく不眠症で眠れないと言う人も、自分で気付かずにけっこう眠ってるのだ。
★ これもIMDbで読んだんだけど、主人公の名前、Trevor Reznikというのは、Trent Reznorのもじりなんだって。
◆ えー、なんで?
★ 脚本書いた人がNine Inch Nailsのファンなんだって。音楽もNINを使いたかったらしいけど、監督が反対したんだそうだ。
◆ そりゃまあ、そうでしょ。“Natural Born Killers”じゃないんだから(笑)。私も原則としてロックをサントラに使うのは反対だ。
★ 『機械工』というタイトルがかっこいい。中味とぜんぜん関係なくて(単に主人公の職業というだけ)、いったい何の映画だかわからないところが。

◆ とにかくChristian Baleはすごい! Ralph Fiennesは名優だし、Guy Pearceも予想外にがんばったけど、でもその両者を軽くしのぐサイコ演技!
★ “American Psycho”もやってるしねえ。このままサイコ役者で行くのかと思ったら、“Batman”がまわってきて、どうにかトップスターの仲間入りできて良かったけど。

Pecker (1998) Directed by John Waters
(邦題 『I Love ペッカー』)

▲ いとしのEddie Furlongなら●の領分でしょ。なんで私が。
◆ そう思って●に声かけたんだけどさ、いやだって言うから。
▲ 私もJohn Watersはべつにいとしくないんだけど(苦笑)。それになんであんたが仕切ってるのよ?
◆ 私は四重人格の中の映画担当なの忘れたの?
▲ だいたいなんで今ごろこんな古い映画?
◆ それがねえ、確かにビデオは借りてきた記憶があるんだけど、見た記憶がないことを思い出して。ほら、この当時は今と違って本当に忙しかったじゃない。だから映画なんて見てる暇なくて、借りてきたビデオはすべてダビングして、時間ができたら見ようと思ってたんだけど、見ないまま忘れてしまった映画がたくさんあるのよ。これもその1本だと思う。

▲ まあ、見ないわけにはいかない映画だけど、でもなんでEddieなの? Johnny Deppならまだわかるけど、EddieとJohn Watersってぜんぜん結びつかない!
◆ 確かに、あの暗い顔だし、デビュー作のT2を除くとめちゃくちゃ暗くて重い映画ばかり出てる人だからねえ。
▲ なのにWatersだったらコメディでしょ?
◆ Eddieは演技派だからなんでもできるでしょ。
▲ それはそうだけど、よりによってWatersコメディ。だいたい、これって自伝的作品って聞いたけど‥‥
◆ うん。職業はフォトグラファーに変えてあるけど、おそらくキャラクターは少年時代のWatersそのものだし、周囲の人たちにも現実のモデルがいるらしいし。最後に「次の予定は?」と訊かれたPeckerが「映画でも撮ろうかな」と言うのも、明らかにWaters自身を連想させる。
▲ ならWatersには自他共に認めるそっくりさんがいるじゃない! Steve Buscemiという! なんでBuscemiにやらせない?
◆ それはまあ、年齢的に‥‥それにやっぱり自分はハンサムにしたかったのかも(笑)。
▲ えー、だってせっかくBuscemiみたいなおもしろい顔に生まれたならば(笑)、その利点を活かさなくちゃ。ましてコメディなら、Buscemiなら出てくるだけで笑えるのに。
◆ でもEddieもがんばったよ。「軽いEddie」は初めて見たけど、なかなか新鮮で良い。

◆ で、お話はというと、Baltimoreのスラム街に住むカメラ小僧Peckerは、家族や近所の人の悪趣味でビンボくさい写真を撮りまくってるんだけど、たまたまそれがNew Yorkの美術商の目にとまり、たちまちアート界の寵児に祭り上げられてしまう。ところがそのprice of fameのため、自分も家族も友達も恋人も不幸になってしまったのを知って、初心に返ってBaltimoreに戻るというもの。
▲ なんかそういうふうに要約すると身も蓋もない(笑)。要するに批評家たちがPeckerの写真を「お芸術」として賞賛するのも、「下賤な輩の下品な暮らし」に対する好奇心とこわいもの見たさでしかないのよね。そこでPeckerは、そういう気取ったNY人種の卑しい部分を写真に撮って見せて逆襲するの。
◆ そう言うと、逆にめちゃくちゃシリアスな話みたいじゃないさ。実際はいかにもWatersらしい、脳天気でテンポが良くて、ちょっとお下品でハッピーなコメディ。ラストだって、アート・ピープルもホームレスもいっしょになってBaltimore万歳で終わるし。
▲ 確かにちょっと突っ込めば立派な芸術批判になるんだけど、そういう志はあんまりなくて、Peckerの周辺のビザールな人たちを見せたいのは明らか。
◆ これがやっぱりおもしろいじゃない。特にPeckerの家族。お父さんはわりとまともなんだけど、古着屋をやってるお母さんはホームレスを着飾らせて喜んでるし、ちょっとボケてるおばあさんは、聖母マリアの像を腹話術でしゃべらせてるし、お姉さんはゲイのゴーゴー・バーに勤める「おこげ」(ゲイ好きの女性)。
▲ 妹はアディクトだし(笑)。
◆ この小さい妹が最高にかわいいよね。最初は甘いもの中毒でお菓子をむさぼり食ってるんだけど、それを治すために与えられた薬に中毒してジャンキーみたいになっちゃうし、最後は健康的な食事に戻ったかと思ったら、野菜中毒になってしまう。
▲ サラダを鼻から吸引して恍惚としてるんだけど、どうやるんだ!?(笑)
◆ それにくらべるとPeckerはいかにも良い子でつまんないよね。
▲ もう絵に描いたような天使のような良い子。おばあさんのボケにも大まじめでつき合ってあげるし、ブスの恋人(Christina Ricci)にも優しいし。とにかく愛情にあふれてて、みんなを幸せにするという話。

▲ で、むしろ今回問題にしたいのは、「John Watersはなぜメジャーになり損ねたか?」ということなのだ。
◆ なんでこういう映画でそういうシリアスな話になるのよ?
▲ だってこういういかにもハッピー・ハッピーした映画を見ると、つい裏を考えたくなるじゃない。
◆ そんなのはあんただけだって。
▲ そもそもWatersが好んで描くホワイト・トラッシュだけど、Waters自身はこんな環境に育ったわけじゃなくて、Baltimoreでもけっこう裕福な家のお坊ちゃまなのだ。だからある意味、Peckerの写真を喜ぶ批評家と同じスタンスなわけ。
◆ あの批評家たちも決して悪人に描かれてるわけじゃなくて、滑稽だけど愛情込めて描かれてるよね。
▲ おまけにWaters自身、「ないしょだけど、実はWoody AllenとかGodardみたいな「芸術映画」も好きだって言ってたじゃない。決して芸術志向やメジャー指向のない人でもないのよ。
◆ それもPeckerとダブるじゃない。
▲ Watersと言えばバッド・テイストが代名詞になってるけど、同じバッド・テイストを売り物に出てきたPeter Jacksonがあっという間に「お芸術」の世界に迎えられて、アカデミー賞まで取っちゃったのを見るにつけ、その差を思わずにはいられないじゃない。
◆ まあねえ。
▲ だいたいバッド・テイスト監督としてもJacksonには負けてたしね。あと、「いくつになっても童心を失わない」、要するに大人子供としては、Tim Burtonにもよく似てると思うんだけど、Burtonもいつのまにやらメジャー監督になっちゃってるのに、Watersはいつまでたっても“Pink Flamingos”の監督としか見てもらえない。この差はなんなんだろうと思うわけよ。

◆ なんなんですか?
▲ やっぱり力の差でしょ。
◆ それまた身も蓋もない!
▲ でも、私のWatersに対する評価ってそんなものよ。Peter Jacksonにしろ、David Lynchにしろ、初期のゲロゲロ映画を見ても「これぞまさしく私のタイプの映画だ!」と熱狂したけど、“Pink Flamingos”を見てもなんとも思わなかったし。
◆ あれはともかくとして、その後の“Hairspray”、“Cry-Baby”、“Serial Mom”にしろ、この映画にしろ、ほのぼの(ちょっと悪趣味)コメディとしては十分楽しめる映画になってたと思うよ。
▲ でもこの古くささなんとかならないの? なんか昔のsit comでも見てるみたい。
◆ それは狙ったものでしょう。古き良きアメリカ(のちょっとお下品なの)みたいなの。
▲ だいたいスラムや底辺の人々を描いても、そこに当然あるはずの貧困も犯罪も暴力もなし。いかにもありえない作り物めいた善良さが、またTim Burtonを思わせるんだけど。この映画のBaltimoreでは犯罪と言ったって、万引きと空き巣だけ。下品と言ってもたかがストリップ小屋で陰毛見せたというだけじゃない。砂糖衣に包まれたバッド・テイストなんだよね。
◆ 基本的に彼自身、「いい人」なんだと思うな。Peckerみたいな。
▲ いい人には本当の芸術は作れないんだよ。私がWatersを見直したのは、彼が書いたものがおもしろかったから。映画よりもエッセイのほうがおもしろいよ、この人は。

▲ で、なんかそう思うとかわいそうになってきちゃってさ。Baltimoreに対する郷土愛もそうね。とにかく彼の映画はすべてBaltimoreの宣伝映画と言ってもいいぐらい、ただひたすら故郷に対する愛を歌い上げてるんだけど‥‥
◆ Christina Ricciなんか、NYから戻ってバスから降りたとたん、地面にキスしちゃうもんね。あれにはたまげたね。
▲ ところがそれがまったく報われない愛なんだな。Baltimoreじゃいまだに郷土の名を汚したってことで鼻つまみ者らしいし。
◆ そういや、たまたまこないだ読んでいた小説で、Baltimoreの良さを自慢しまくる男が出てきたんだけど、「映画ならBarry Levinsonがいる」って。
▲ そこでJohn Watersの名前は間違っても出てこないでしょ。これは気の毒。もっと気の毒なのは、何本見ても、ちっともBaltimoreがいい所に思えないことなんだけど(笑)。私らの目にはただの退屈で汚い田舎町にしか見えなくて。
◆ 少なくとも家は東京よりはきれいだよ。
▲ 私は東京に生まれて良かったと思うことはめったにないんだけどさ。これなら、少なくとも東京のほうがおもしろいと思うじゃない。
◆ それは私が基本的にアメリカが嫌いなせいでしょ。こういう「お国自慢映画」はイギリスに多いんだけど、そういうのを見ると、無性に「私も行ってみたい!」と思うじゃない。
▲ だから、本当にすぐれた映画なら、興味のない人にも「行ってみたい」と思わせるようでなくちゃだめなんだよ。

◆ そんなに悪い映画とは思わないけどねえ。少なくとも幸せな気分にはなるし。
▲ だから悪くはないけど、それほどおもしろくもないだけ。ただこういう映画は作ってて楽しいだろうなというのは想像できる。キャストもみんな楽しそうだもんね、Eddieも含めて。
◆ いいじゃないの、好きな映画だけ作ってられるんだから。
▲ 顔はおもしろいんだから、役者になれば良かったかも。でなきゃ物書きになるか。映画監督としてはもう限界が見えちゃってるような気がするから。

The Haunting (1999) Directed by Jan de Bont

 お化け屋敷ホラーのリメイクだが、「ホラーならばむしろ古典のほうが」と思って借りてきた。オリジナルは見てないが、原作は読んだのに覚えていられないほど退屈だったのを忘れてた。これもなぜか不眠症がモチーフだが、どんな不眠症の人でもこの映画を見れば確実に眠れる効能付き。
 唯一の収穫は、屋敷そのもので(外観はイギリスに実在する家、内部はセット)、シムピープルでゴス・マンションを作るときの参考になったという程度。

2006年4月16日 日曜日

I, Robot (2004) Directed by Alex Proyas

◆ ああ、忙しい!
★ なんでこんなに映画ばっかり見ているかというと、GEOで半額デーがあったその直後に、50円デーなんてものをやってくれたものだから、こういうチャンスでないとなかなか映画が見れない私としては、まとめてどっと借りてきたからなのです。
◆ 見るだけでも忙しいのに、こんなもの書かなきゃならないんだから。
★ だったら書かなきゃいいのに。
◆ 私は書いておかないとなんでも忘れちゃうんだよ。というわけで、さっさと始めて!

★ えーと、これは“Dark City”を絶賛してしまった都合上、やっぱり見ないわけには行かなくなって借りてきたもの。あそこに書いたように、本当は見たくなかったんだけどね。
◆ 今回はロボットをめぐる日米の比較文化論をやってあげるから、心して聞きなさい。
★ はあ。でも「Susan Calvinがおねーちゃんになってる!」とかいう文句はもういいんですか?
◆ それに関してはね、Asimov原作だと思うから悪い。これはAsimovの“I, Robot”とはまったくなんの関係もないオリジナル。共通してるのはタイトルと固有名詞だけだと言ってもいい。
★ だったらAsimov原作なんてうたわなければいいのに。ほとんど詐欺じゃん。
◆ まあ、その辺はハリウッドならではの経済学とかがあるんでしょ。
★ わかってはいたけど、私も最初イライラしたよ。Will Smithが殺人ロボットを見つけようとして、罪もないロボットの頭を撃ち抜くシーンとか。
◆ ありえないよね、Asimovなら。ていうか、あんな刑事はハリウッド映画の中にしか存在しない。
★ それより「本物の」Susan Calvinなら、Will Smithなんか八つ裂きにしてるよ、あの時点で(笑)。ロボットを子供みたいにかわいがっていて、人間なんか虫ケラ同然に思ってるんだから(笑)。それで二人がロボットに襲われても、三原則を持ってるはずの他のロボットは見て見ぬふりしているし。
◆ だからそういう突っ込みはこの映画じゃ無意味だから、Asimovは忘れて、「ロボットの反乱」ものと思って見ればいいの。
★ なんかそういうのもよくあるなあ。

◆ そう。All Cinema Onlineの評を読むと、Asimovファンはやっぱり怒ってるんだよね。殺人ロボットなんてAsimovの理念の正反対の映画だって。ところが、“Bicentennial Man”あたりまで行くとそうでもないけど、“I, Robot”のころはまだ、ロボットは感情のない単なる機械で、用途を誤ったり、何かのはずみで間違ったプログラムをしてしまうと、人を傷つけることもあるんだ。ところが日本人はロボットと言えばアトムだから、「ロボットは人類最良の友」という考えがしっかり刷り込まれてしまってるんだよ。だから日本人には大いに抵抗を感じる話なわけ。
★ なるほど、そういうヒューマニズムはAsimovよりむしろ手塚治虫のものだよね。
◆ 日本人が明らかに不合理で不経済な人型の二足歩行ロボットの研究に執着するのも、アトムのせいと言っていいね。ところが西洋人はロボットと聞くとフランケンシュタインズ・モンスターを思い浮かべて、まずこわいという感情が先に立つわけ。Will Smithのロボット嫌いも、ごく普通の感情なわけだよ。
★ それってそもそもキリスト教の理念でしょ。人の形をしてるのがまずいんだよね。
◆ そう、人間が人間のようなものを作ると言うこと自体、神に対する冒涜だから、当然その報いを受けることになる。
★ で?
◆ QED(証明終わり)。
★ だから映画はどうなのよ!

◆ んー、まあ、悪くないんじゃないの? それなりに端正な映画で。SFミステリとしてはいちおうつじつま合ってるし、Asimovのこのシリーズ自体が基本的にSFミステリだしね。
★ だったら、主人公は名前も忘れたけどあのロボット学者二人組でいいじゃない。それをよりによってWill Smith! Asimovらしくない、いちばんSFらしくないキャラクターじゃない。絵に描いたようなタフな黒人デカでさ。だいたいAsimovのロボット刑事物なら、『鋼鉄都市』のシリーズがあるのに!
◆ だからこれはAsimovじゃないの!
★ ところでWill Smithって懐古主義者なの?
◆ そうとしか思えないよね。聴いてる音楽がいきなりStevie Wonderだし、コンバースの2004年ものなんか履いてるし(笑)、内燃エンジンのバイクなんか乗ってるし。若いのにジジむさいやつだ(笑)。
★ そういや、あの未来都市の描写どう思いました? 私はなんか安っぽいと思ったなあ。“Dark City”みたいなレトロ・フューチャーならそれでいいんだけど‥‥
◆ “Dark City”はべつに未来の話とは言ってないよ。実際、あの時代から誘拐されてきた人たちなのかもしれないし。
★ それはともかく、未来にしちゃやけに古くさいし、ぜんぜん変わってないじゃん。“Blade Runner”みたいなのがとっくにできてるのに、これはないでしょうって感じ。
◆ だって、みんなが宇宙服みたいなの着てたら、それこそ60年代SFになってしまう。
★ 確かに未来SFがみんなレトロに逃げるのもわかるんだよね。アトムの時代なら未来はこうなるっていう共通イメージがあったけど、現実の21世紀になったら、かえってわけわかんなくなってしまった。
◆ 少なくとも60年代に考えられていた21世紀の風景はぜんぜん実現しなかった。東京なんかかえって汚くなっただけで。あのころと基本的にたいして変わっていないという意味で、この未来もこれでいいんじゃないの?
★ マザー・コンピュータがまた古くさいし、ロボットのデザインも変だし、かっこわるいし。やっぱりこういうのは日本人にデザインさせるべきだ。

★ で、わりと弁護してるみたいだけど、それじゃどこがいいの?
◆ SF映画じゃストーリーがあんまり破綻してないというだけでも上出来なのだ。
★ なにそれ。
◆ わりと心がなごんだのはラストね。Sonnyの見た夢の風景がそのまま現実になるでしょう。あの「絵」は“Dark City”みたいだと思った。
★ ま、その程度の映画だったわね。
◆ 少なくとも“A.I.”よりはずっといいよ。あれなんかちゃんと映画化すればいい話になったのに。
★ “Bicentennial Man”も映画化されてるんだけど、ますます見る気がなくなったなあ。

Charlie and the Chocolate Factory (2005) Directed by Tim Burton

◆ もうめんどくさくなってきたし、似たようなものだから、“Charlie and the Chocolate Factory”と“The Brothers Grimm”はまとめて片付けてしまおう。ほら、あんたも少しは協力しなさい。
● 投げやりなリビューだなあ。似てないじゃん。
◆ 似てるよ。“The Brothers Grimm”はなぜかBurtonの“Sleepy Hollow”みたいだし、Gilliamは前作をJohnny Deppで撮ろうとしてたし、どっちも童話が元になっていて、この二人は「童心を失わない大人」っていう点でも似てるし。
● 要するに大人子供ってことね。

◆ それじゃまずは、“Charlie and the Chocolate Factory”から。
● Tim Burtonは嫌いなんだよ、私は。
◆ またそういう身も蓋もないことを。
● もちろん才能のある監督だってことは認める。でも私とは基本的に肌が合わない。何がってあのディズニー体質が! 一度でもディズニーに関わった人間は一生そこから抜けられないんだな。でもって、この映画は丸ごとディズニーのアトラクションのようなもの。
◆ うーん、たしかにそれは言えるけど。私はけっこう楽しかったけどな。
● そりゃ、ディズニーランドだってそれなりに楽しいでしょ。でも私は嫌い。
◆ もっと具体的に言ってくれない?
● 人工的で、わざとらしくて、薄っぺらで、チャチで子供だましなところ。
◆ だってこれなんか原作も童話で、本当に子供向けの映画なんだから。これがどのくらい好きかで、その人の子供度がわかる。私はけっこう子供だから楽しめたけど、子供のころに見たら絶対もっとおもしろかったはず。

● いいところもないではないんだけどね。
◆ たとえば?
● 工場に入って最初に出てくる人形のショーなんて、それこそディズニーランドそのものなのに、それに火を付けて、人形の顔がデロデロに溶けたところを見せるようなところ(笑)。
◆ 確かにBurtonはこういう悪ふざけというか、ブラックなところがあって、それが憎めない。
● ブラックと言えば、原作のDahlもそうだし、まさにBurton向けの話だよね。主人公のCharlieの家の貧乏さも度を超しててブラックだし。
◆ こういう暮らしの家はけっこう現実にあるんじゃないかな、アメリカには。

● でもこのストーリー、やっぱり日本人にはなじめないんじゃないかな?
◆ なんで?
● 5人のまったくタイプの違う子供が出てきたら、日本ならやっぱり「友情・努力・勝利」って感じで、力を合わせて戦う話になりそうじゃない。ところがCharlie以外はどうしようもなく憎たらしい悪ガキで、それをこらしめる話。日本人は子供に甘いからこういう話はめったにない。
◆ そこはそれ、子供向けだからご教訓が入ってるんだよ。
● でもこの子たち、それで改心するわけでもなくて、ぜんぜん懲りてないんだよ。その辺が好きだ(笑)。
◆ だから何が言いたいんだ!
● 結局勝つのはいい子のCharlieってところがつまらないな。他の子はみんな「やっちゃいけない」と言われたことをやって脱落していくけど、Charlieは黙っておとなしくついていっただけで勝利するってのが納得いかない。いちばん子供らしくなくて、かわいげのないのがこの子じゃない。それを言ったら、当たりくじだって拾ったお金で買ったもので、決して彼の努力の成果じゃないし。
◆ 確かにあれはおじいちゃんがへそくりで買ってくれたチョコが当たったほうがいいと思ったな。

◆ Oommpa Loompaのミュージカルは?
● あれも好き(笑)。Deep Royは偉大だ!
◆ あれって人種差別ギャグにならないんだろうか? Johnny Deppは?
● 彼は基本的に嫌いなんだけど。
◆ Burtonは彼がよっぽどお気に入りらしいけど、ある意味自己投影なのかな。嫌いってのはなんで?
● つるんとした顔と、人畜無害のよい子なところが。あと、ほとんどあらゆる映画に出てるような気がして、もう見飽きた!
◆ それはたまたま私が選ぶような監督がDepp好きというだけでしょう(笑)。
● 確かに、Tom Cruiseとかが出てるような映画は意図的に避けてるから、残り物はDeppだらけ!(笑)
◆ 私のメガネにかなった監督が選ぶんだから、やっぱりいい役者だということじゃん。
● そうなのかな? とにかくあの男があのニマーとした笑みを浮かべて出てくると、「またか!」と言って生卵をぶつけたくなる。
◆ かわいそうじゃん!
● 彼は「大人になれないバカみたいな大人」を演じるといいんだよな。“Benny & Joon”(『妹の恋人』)とか、“Ed Wood”みたいな。本当の大人の前では、ビクビクして卑屈な感じになるのがいいし。
◆ 好きなのか嫌いなのかはっきりせい! 結局この映画、けっこう好きなんじゃないさ。やっぱり●は四重人格の中じゃいちばん子供だからかな。
● なんとでも言ってよね。ただ、Television Roomでは“2001”のパロディじゃなくて、“The Fly”のパロディをやってほしかったな。だってテレポーターなんだから。

The Brothers Grimm (2005) Directed by Terry Gilliam

◆ 続いては“The Brothers Grimm”です。Tim Burtonが元ディズニーということで嫌われるなら、Terry Gilliamは元Monty Pythonというわけで、私の思い入れ度は段違いの監督で、当然期待もこっちのほうがはるかに大きかったんだけど。
● だめだね、この人はもう。
◆ だから最初からそうやって切り捨てるなって!
● だいたいまだゴタゴタやってるのかい、この人は?
◆ 前作“The Man Who Killed Don Quixote”が制作中止になったことを言ってるの? あれのドキュメンタリー“Lost In La Mancha”は見たいんだけど、うちのほうのビデオ屋には置いてないみたいで。
● やっぱりこの業界でやっていくにはmisfitなんだなー。
◆ って、かんたんに決めないでよ。トラブったのはあれのほかは“Brazil”だけでしょう? だいたいGilliamのせいじゃないし。
● いや、やっぱりこれはこの監督の持っている業だよ。こうトラブルばかり招くっていうのは。“Brazil”の内幕本は読んだけど、やっぱり監督にも問題あるようだし。映画監督というのは政治家の素質も必要なのに‥‥
◆ 確かにまとめ役だからねえ。
● でもこの人はそういうのがまったくない芸術家肌で、魑魅魍魎のうずまく映画業界でうまくやれるわけがない。それにそういう中で作ったものがいいはずはないんだ。

◆ とにかく最初からそう言わずと、映画の話!
● これは期待したのになあ。Gilliamがいちばん輝くのは、やっぱりこういうフェアリー・テールだと思ったし。
◆ フェアリー・テールと言っていいのか、とにかく主人公の名前がWillとJakeというだけで、現実のGrimm兄弟とも、Grimm童話とも、ほとんど何の関係もないんだよね。
● 童話の断片が散りばめられてるって聞いたけど、本当にほんとの断片が一瞬ちらっと出るだけだし、話の本筋とはなんの関係ない。だいたい、ストーリーの核になる鏡の女王の話はGrimmじゃないよね?
◆ ちょっと『眠れる森の美女』や『白雪姫』が入ってるけど、これは創作でしょう?
● それを言ったら、女王の寝ているベッドは『豆の上に寝たお姫様』のものだけど、やっぱり関係ないな。

◆ いちおうストーリーを紹介しますと、映画のGrimm兄弟は迷信深い村人の無知に付け込んで、インチキ・モンスター退治をしている詐欺師。ところがひょんなことから本物に出くわしてしまい、おまけにインチキがバレて詐欺罪に問われ、にっちもさっちも行かなくなるが‥‥という話。
● フランス統治下のドイツの話で、フランス軍は冷酷な圧制者に描かれてるから、こうなるとお得意の反体制気質が出てくるかと思ったら、べつに反逆するわけでもないの。これじゃハッピー・エンディングにならないじゃない! それにあのイタリア人の拷問者なんなの? いちばんの悪役に見えたのに、なんでいきなり寝返って味方になっちゃうの?
◆ なんかあの辺になると、まじめに見る気が失せてぼんやり見てたから、見落としたのかもしれん。

◆ とにかくそれじゃ何がいけないのかはっきりさせなきゃ。
● おもしろくない。
◆ だからなんで!
● Gilliamは見るからにインチキ臭いBurtonなんかと違って、本物志向の監督だから、映画はちゃんとできてるんだよ。だけど、ぜんぜんおもしろくない。風刺、毒、幻想といった、Gilliamらしさがまったくない、普通の映画。
◆ 確かに。ファンタジーなのにお得意の幻想シーンがひとつもないのには驚いたな。
● だいたい、童話を元にした映画なら、Neil Jordanの“The Company of Wolves”という傑作があるじゃない。Gilliamほどの監督が今、大人向けにフェアリー・テールを撮るなら、せめてあれぐらいやらなきゃ。
◆ あれは本当に傑作だ。元の民話を換骨奪胎して、新解釈や精神分析的要素を入れたあたり。
● 神秘性や幻想性もだよ。あの映画にくらべると、水のように薄くて何も中味がない。

● この映画をおもしろくする方法はいくらもあったと思うのよ。たとえば主人公の兄弟にしても、現実主義者の兄と、夢見がちな弟という設定をうまく活かせば。最後には弟が正しかったことがわかるんだから、信じることや夢見ることの重要性を打ち出すとかさ、お荷物でしかなかった弟が最後に兄を助けるとかさ。
◆ いちおう助けたけど。
● でもあれじゃ単なるお調子者の兄弟が漫才やってるだけじゃない。
◆ 主演のMatt DamonとHeath Ledgerは息のあったところを見せて、よくやってましたけどね。
● でもなんかすべてが小さくまとまって、Gilliamらしいセンス・オブ・ワンダーがない! この人はそれがすべてなのに!
◆ そう言う意味ではBurtonはあくまで趣味を押し通して、いかにも彼らしい映画を撮ったのに、Gilliamは自分の良さを発揮できなかったということかな。
● もう終わった人かな。
◆ そうかんたんに見捨てるなって!
● でもクリエイターが創造的でいられる時期ってのは本当に短いんだよ。永遠に続くと思う方がおかしい。いっそ職人に徹することができる人ならいいけど、この人はそういうんじゃないからね。そういう例は音楽のほうでさんざん見てきたから。
◆ この夏公開予定の“Tideland”には期待してるんだけどねえ。予告を見た感じではおもしろそうだったから。

2006年4月21日 金曜日

映画リビュー特別編

Human Nature (2001) Directed by Michel Gondry
(邦題『ヒューマン・ネイチュア』)

◆ これは“Being John Malkovich”や“Adaptation”のCharlie Kaufmanの脚本。スタジオはこの映画もSpike Jonzeに撮らせたかったらしいけど、Jonzeが製作をやりたがったので、Bjorkのビデオで有名なフランスの監督Michel Gondryにお鉢がまわってきた。
● “Being John Malkovich”や“Adaptation”はけっこうけなしてたよね。Charlie Kaufmanって嫌いじゃなかったの。
◆ “Being John Malkovich”は嫌いじゃないよ。“Adaptation”はちょっと‥‥だけど。でもあそこ(2005年9月14日の日記参照)で、「ハゲでデブで暗くて女にモテない男の話なんてオエッ!だ」なんて書いたのは言い過ぎたかなと反省している。この映画みたいに自分が共感できる話ならすごい感動するわけで、男性にとってはあれも深刻な問題なのかも(笑)。
● 容姿に自信が持てない人の話っていう点ではこれも同じなんだけど。よっぽどコンプレックスのかたまりなんだな。

● で、とりあえず気に入ったわけね。
◆ これは傑作だよ! コメディとしては無条件に笑えて、それでいてすごく哀れで泣ける悲劇で、考えさせられるという点で。もう文句の付けるところがない傑作。
● な、なんか“Adaptation”とは打ってかわった絶賛!
◆ とりあえず、ストーリー。
● 多毛症の女と、猿(*)として育てられた男と、ネズミにテーブルマナーを教えてる科学者と、フランス人のふりをしているアメリカ女の話でしょ。
◆ それじゃなんのことかわからんでしょ!
● でもこれ聞いたとき、めっちゃくちゃおかしいと思った。エキセントリックな人物ばっかりのコメディだと思って。
◆ コメディには違いないんだけどさ。

*注 正確にはape(霊長類)。でもいちいち区別するのがめんどくさいので猿で統一した。ただし、ここで猿と言っているのは、ほとんどが「愚かな人間」の意味の悪口で、本物のapeの皆さんを中傷する意図はありません。

◆ ストーリーはと言うと、Lila(Patricia Arquette)は生まれついての多毛症に悩んでいる女の子。普段はせっせとカミソリで剃っているんだけど、剃るのをやめると全身猿みたいに毛むくじゃらになってしまう。「動物は毛むくじゃらでも気にしないし、差別もしない」というわけで、とうとう彼女は動物として自然と共に生きることを決意し、裸で森で暮らし始める。
● 素っ裸で毛むくじゃら。ひどい役やらせるなあ(笑)。Patriciaかわいいのに。
◆ でもそれをやるところがいかにもArquette家の女優だよね。
● うん、大好き!
◆ こういう小さくて細い女の子嫌いじゃなかったの?
● Arquette姉妹は許す。一見はかなげなのに、実はものすごく強くて、なおかつ狂気があるってところがサイコー!
◆ やっぱり役者に共感できるかどうかが、“Adaptation”との違いかなあ。
● 確かに、出てくる役者がことごとく嫌いな“Adaptation”とは正反対だね。

● でも完全な動物ってわけじゃないんだよね。生活のために自然の本を書いてベストセラーになるし、お金が入るとちゃんとした小屋を建てて住んでる。
◆ でも人間社会とは一切交わらず、友達は動物だけ。ところが発情期になると(笑)、どうしても人間の男がほしくなってしまうんだよね。でも自分なんかを愛してくれる男はいるはずがないと悲観していたところ、仲良しのエステティシャン(永久脱毛のためにエステに通っているのだが、なにしろ毛が多いので、何年もかかるのだ)から、心理学者のNathan(Tim Robbins)を紹介される。
● 彼もコンプレックスの持ち主で、35才で童貞。あのでかい図体で、「子豚みたいな小さなペニス」で悩んでいるというので大笑い(笑)。
◆ つくづくコンプレックス男だな。でもそれだけじゃないんだよ。彼はしつけの厳しい厳格な両親に育てられたんだけど、とりわけ両親が彼にたたき込んだのは、人間と動物の違いは文明化されてるかどうかで、人間はひたすら偉大で動物は卑しいということ。そこで彼は動物も文明化してやろうと、ネズミにテーブルマナーを仕込む実験に没頭している。
● このネズミがまたかわいいんす。もちろん本物のネズミじゃ無理なのでCGだけど、ちゃんと椅子に座ってフォークでサラダを食べたりして。
◆ あまりに出来がいいので、私は最初CGとは気付かなかったよ。
● だってありえないじゃん! 私が気付いたのはハツカネズミにしては耳が大きすぎるというところでだったけど。

◆ それじゃ役者としてのTim Robbinsは?
● この人もなぜか私好みの変な映画によく出てくるんだよね。好きとは言えないけど、悪い役者とも思わない。
◆ 変な顔だよね。ブルドッグみたいで。この人ってものすごく醜いと前から思ってたんだけど。
● おまけに異常な長身(1m96cm)で、最近はそれに加えてブクブクに太ってきて、ますますフリークじみてきた。やっぱり好きかも。
◆ 何だ、それはー!
● こういう体のでかい人は堂々として見えるはずなのに、なんか卑屈でいじけた雰囲気があるのが役柄にぴったりなんじゃないでしょうか?

◆ ストーリーに話を戻すと、Lilaは多毛症のことを隠して彼とつき合い始め、最初はうまく行っているように見えたんだけど、摩擦が生じたのは、彼女があくまで自然派なのに、彼は文明派。特に彼女のテーブルマナーが気に障ったみたい。
● ところがNathanを失いたくない一心のLilaは、「魂を売って」でも必死で彼好みの女になろうとするんだよね。このあたりの女心がいじらしい。
◆ この二人が森へ出かけたときに出会ったのが野人Puff(Rhys Ifans。ウェルシュ・ネームだから変なつづりだけど、リース・エヴァンズと読みます)。彼は自分が猿だと信じ込んだ狂人の父親に、猿として育てられた男。Puffを見たNathanは、文明をまったく知らない人間を文明化するという、すばらしい実験台だと思って、彼を研究所に連れ帰り、「教育」を始める。
● もちろん自然のままがいちばんいいと思っているLilaは、せっかく野生で幸せに暮らしていたPuffを実験台にするのには反対なんだけど、やっぱりNathanに嫌われたくなくて反対できない。
◆ 「実験」は順調に進み、Puffは言葉を覚えたばかりか、いっぱしの文明人らしく振る舞うことを覚えたんだけど、動物の性衝動だけはコントロールできない。
● このあたりはもう爆笑の渦。Rhysの「猿まね」を見てるだけでも笑えるんだけど、オペラ鑑賞の練習するのに、わざわざボックス席の模型を作って、だけど、それが檻の中で首輪を付けてるの。
◆ 外での「実習」はもっと笑えるよ。気取ったレストランで、いっぱしの紳士風の口をきいていたPuffが、いきなりウェイトレスにのしかかって、ウホウホ言いながら腰を使うあたり(笑)。
● Monty Pythonみたい!

◆ というわけで、この映画の主役はやっぱりRhysですね。
● “Twin Town”に出てたイカレたウェールズ人だよね。猿はいいけど、あのウェールズ訛りをどうするんだろうと思っていたんだけど。
◆ なまってるままでもいいと思うけどね。チンパンジー入ってるんだから。
● それってウェールズに対する差別じゃない?
◆ でもちゃんとアメリカ訛りをまねてるからえらい。
● お猿だからね。猿まねってぐらいで。
◆ でもPatriciaをかわいそうと言うなら、この人なんかもっと悲惨な役柄。なにしろ服着てるシーンはほとんどなくて、終始フリチンで猿まねしなくちゃならないんだから。
● まさに体当たり演技だよね。しかもこの人はそれを真剣にやるもんだから、よけいおかしい。
◆ まさに演技賞ものの熱演なんだけど、これじゃアカデミー賞はもらえないんだよね(笑)。かわいそう。
● でもセクシーですてき。
◆ やっぱり女って蛮人に惹かれるものなんですかね。

◆ でまあ、実験は順調に進んでNathanは鼻高々なんだけど、その辺からLilaとの仲がおかしくなってくるの。
● 多毛症もバレちゃうしね。
◆ そう。Nathanが動物の中でもいちばん嫌いなのが猿で、それも人間と似てるからなんだ。
● 私と同じじゃん。
◆ それは置いといて。だから彼女を愛する一方で、嫌悪感にも襲われるんだよね。
● Lilaだってたまらないでしょう。NathanがPuffにしていることは、彼女としては絶対許せない悪行なんだから。
◆ まあねえ、人間に首輪付けて監禁して、間違うと電気ショックだから、人道的にも大いに問題あり。
● でもそれにすなおに従うPuffも哀れ。ごほうびとして、立派な家具調度を与えられるんだけど、それでも檻の中なんだから。
◆ Puffが従順なのは、やりたい一心でしょ。
● 言う通りにしないと檻から出してもらえないし、女とできないとわかってるから。そういう猿知恵は働く。
◆ そこへ割って入るのがNathanの助手Gabrielle(Miranda Otto)。
● この女はすれっからしのアバズレなんだけど、Nathanの前では徹底してかわいい女ぶりっこして、しかもなぜかフランス人のふりをして、フランス訛りで話す。

◆ LOTRのEowynですが‥‥
● バーロー! くそったれ! こんなの私のEowynじゃねーや! こっちのほうがずっと本性に近い。
◆ 本性も何も、演技してるだけなのに(笑)。なんでそんなに嫌うの?
● 顔見ただけで虫酸の走るタイプの女っているんだよ。彼女がまさにそのタイプ。顔も体つきもしゃべり方もみんな嫌い! おまけにこの役はまさに私の嫌いな部分を戯画化したみたいなキャラクターだから、これ以上考えられないぐらいの適役!
◆ ほめてんだか、けなしてんだかわからんな(笑)。
● 少なくともキャスティングはほめていい。
◆ 別に本当のアバズレや悪女ってわけじゃないんだよね。ただの‥‥
● 脳も尻も軽い女。男って本当にこんな女をかわいいと思うのかね?
◆ かわいいとは思わなくても、やりたいとは思うんじゃないの?(笑)
● あのわざとらしいフランス訛りもイヤミだし。
◆ あれはけっこううまいと思ったけどな。これは監督の演技指導のたまものだと思うけど。それに男って片言をかわいいと思うらしいじゃん。
● わからん。それより私はPatriciaのアクセント――ねっとりとした物憂げな、南部ふうのしゃべり方――のほうが、よっぽどセクシーだと思うけど。でも、この人なんでフランス人のふりなんかしてるの?
◆ フランス娘のほうがもてると思ってるんじゃないの?
● 彼女のベッドルームなんて、もろに娼婦の部屋じゃない。あれもなんでかよくわからん。
◆ Gabrielleはまさに女優型の人間で、つねに自分ではない他の誰かを演じていないと不安なんだよ。男に言い寄るのに他人のふりをするというのは、素のままの自分では嫌われると思ってるからじゃない。
● 結局、この連中みんなビョーキなんだな。
◆ それを思うと、Gabrielleもちょっとかわいそうな気もするけどね。

● でも、LilaもNathanの好みに合わせようと自分を殺しているし、PuffはNathanの期待に応えようと演技しているし、結局この人たちはみんながみんな、無理して「嘘の自分」を演じてるんだよね。
◆ だからみんなかわいそうな人たちなんだって。
● だったらNathanはどうだろう?
◆ 彼はもちろん両親の理想の息子を演じてるのよ。それがほとんどパラノイアになっちゃってる。でも彼もかわいそうなんだよ。Lilaを連れて両親に会いに行くと、両親は彼の知らない間に養子を取っている。これがまた憎たらしいクソガキでさ(笑)。
● しかもNathanの時と違って、両親はこの子を甘やかして育てている。
◆ Nathanが異議を唱えると、「だってまだ子供なんだから、しょうがないじゃないの」みたいなこと言って、彼の時とぜんぜん違う。おかげでNathanはものすごく傷ついた様子。
● だからと言って、反省して心を入れ替えたりはしないけどね。
◆ そこが彼の哀れさで、結局彼も自分の実験動物と同じなんだよ。刷り込まれた本能には勝てない。
● その意味、Puffとも同じだよね。Lilaは真剣に彼を愛しているのに、Nathanは自分の愛に自信がない。結局やりたいだけのPuffと変わらない。
◆ それに実験も失敗だったんだよ。Nathanにうまく取り入って檻から出してもらったPuffは、せっかくの「教育」もむなしく、たちまちストリップと酒に溺れてしまうんだから(笑)。

◆ というわけで、Gabrielleは露骨にNathanを誘惑するんだけど、女性経験に乏しく、Lilaとの間がぎくしゃくしているNathanはたちまちその罠に落ちてしまう。そしてすったもんだのあげく、Lilaを捨ててGabrielleの元に走ってしまうんだけど。
● でもそれでへこたれるようなタマじゃないのよね。ついに全身脱毛に成功し、ついでにシェイプアップしてナイスバディに生まれ変わったLilaは、研究室に乱入し、Nathanに銃を突きつけてPuffを拉致してしまう。
◆ もう自分を偽ることに嫌気がさして開き直ったのね。
● なのに、情けないNathanは、生まれ変わったLilaを見てポーッとしてしまう(笑)。
◆ やっぱりこの男は女の外見だけしか見てないのがよくわかる。
● このシーンは本当にスカッとしたのになー。
◆ このときLilaの手助けをするエスティシャンの女と彼女のボーイフレンドがいいのよねー。彼女は以前、Lilaに「いい男紹介してよ」と言って、Lilaが「IQ170の天才で、すてきな人がいるんだけど‥‥ただ、ちょっと背が小さいのよね」と言うのを聞いて、「そういう人はちょっと‥‥」と答えてたのに。
● ちょっとどころじゃないでしょ! 本当の小人でしょ!
◆ でも天才、ってところがいいんだよ。しかも二人は明らかに愛し合っていて、肉体的ハンデを超えたという意味で、Lilaにとってもすごく勇気を与えてくれたはず。
● 同時に、Nathanがいかにつまらん男かも実感したはずだよね。

◆ というわけで、PuffをさらったLilaは、彼を「自然に戻す」ことに取り組む。つまり、二人で森へ入り、昔のように裸になって、猿として生きることにするのだが、その過程で二人の間に愛が芽生える。
● 愛っていうか、この人はやりたいだけなんだから(苦笑)。この辺で私は「えっ? これでいいの?」と思ったのだが。
◆ いちおう、このまま二人が幸せなら、And they lived happily ever after.でハッピーエンディングにもなったんだけど、ところがそこへNathanが現れて、二人を連れ戻そうとし、Puffは彼を射殺してしまう。
● すると、Lilaは自分が殺したことにするからと言って罪をかぶり、警察につかまってしまう。ここで「えっ?」と思った人多いんじゃないかな。
◆ これは私はすごくわかるけどね。自分でも言ってたけど、これが彼女の贖罪なんだよ。Puffは動物だから罪はない。Nathanが死んだのも、間接的にだけど彼女の責任だし、それ以上に、彼女は自分が許せなかったんだと思うな。彼女がNathanに妥協して、Puffを文明化する手伝いなんかしなければ、こんなことにはならなかったんだし。
● でもひどい!

◆ さらにLilaは罪をかぶるかわりに、Puffに議会ですべてを話すように頼む。その様子はテレビ中継され、国民みんなが彼の物語を知ることになる。
● これもわからん! なんでいきなり議会? だいたいアメリカ議会ってこんなことさせてくれるの? 猿男に演説させるなんて(笑)。
◆ まあ、その辺はあんまりリアルなお話じゃないから。それで一躍スターになったPuffは、自分は森へ戻ると宣言し、着ていた服を脱ぎ捨てながら、歩いて森へ向かう。
● それをテレビカメラや群衆が追いかけるんだけどね。
◆ ここはさながらゴルゴダへ向かうキリストのような風情で崇高ささえ漂うんだけど‥‥
● ところが彼が森の中へ消えて群衆が去ると、こそこそ出てきて迎えの車に乗り込む。その車を運転しているのはなんとGabrielle。それで二人がいちゃついてるところを見せてthe endなんだけど、あんまりにもひどすぎる結末に口あんぐりというのが、観客一般の反応だと思うけど。
◆ でもこの物語はこういうふうに終わるしかなかったんだよ。このラストも“Adaptation”と違ってすごく納得がいく。
● だってLilaがかわいそうすぎるよ! こんなやつのために殺人の罪を着て一生刑務所で過ごすんだぜ! それにこれじゃNathanだって浮かばれない!
◆ でもこれしかなかったんだよ。

◆ このストーリーはすでにお気づきのように“Pygmalion”テーマの変奏なんだけど(“My Fair Lady”と言った方がわかりやすいかな?)、イライザが花売り娘には戻れないように、一度「文明化」された動物が「野生に帰る」なんてことはできないんだよ。
● そのことはLilaがPuff同様「解放」してやったネズミを見てもわかるね。映画の最後で、New Yorkと書いた札持って、ヒッチハイクしてるの(笑)。人間の都合で一度馴らした動物を、また勝手な理屈で「自然に帰す」なんて残酷そのもの。私は日頃からそのことに憤ってるものだから、Lilaの計画を知ってちょっといやな感じがしたんだよね。
◆ でも、あのままハッピーエンドになっても、べつに文句はなかった。映画なんてしょせんそういうものだと思ってるし。
● なのに、それをしなかったところがKaufmanの切れ味。
◆ だいたい、LilaもPuffの人権無視してるしね。しつけのためには電気ショックを使うことも辞さないし。誰もPuffがどうしたいのかは聞こうとしない。
● LilaはNathanそっくりになっちゃうんだよね。
◆ その意味で、LilaとNathanは同じ過ちを犯したことになる。結果としてこの二人が罰せられることになるのも意味があるのだ。
● だいたい、Puffは本当の猿ですらないし。
◆ それにしても後味の悪いエンディングだね。このあと、この人たちどうなるんだろう?と思っちゃう。
● どちらも性欲だけで行動しているケダモノ同士だから、案外うまくいったりして。
◆ それはないよ。Puffが車で昔のねぐらのそばを通るとき、ふっと寂しそうな顔をするでしょう。彼も自分が失ったものに気付いてるのかなーと。

◆ これでストーリーと役者の話は終わりだけど、でもまだ話は終わらない。
● あの構成のこと言ってない。ここがいかにもKaufmanらしく凝ったところなんだけど、この映画は公聴会でのPuffの話と、どこだかわからない白い部屋にいる死んだNathanの回想で語られるんだよね。
◆ あれはべつになくてもいい小細工だと思ったけどね。Puffを議会に引っ張り出したのは確かに無理があるし。死んだ男がナレーターってのは、“American Beauty”を思い出すな。
● Nathanがいるのはあれ、どこなの?
◆ Nathan自身はここが天国か地獄へ行く前の煉獄みたいなところだと思っているらしいけど。
● ところがカメラが引くと、彼の前には誰もいなくて、ずっと壁に向かって話していたことがわかる。
◆ たぶん彼は永遠にここから出られないんだと思うな。だんだん人間らしさを失っているようだから、あとはただ消えていくだけ。
● かわいそうじゃん。
◆ だって、これだけ冷静に自分を振り返りながら、何も反省の色がない。
● それは肉体といっしょに感情も失ったんじゃない?
◆ だからこれが彼の罰なんだよ。
● してみると、この4人の中ではいちばん純真で罪がないのに、いちばんひどい罰を受けたように見えるLilaは、もしかしていちばん幸せなのかも。Puffの証言をテレビで見て幸せそうだし、自分がしたことは正しかったと確信しているから。
◆ ところが実際は裏切られたことを知らないだけ。
● Ignorance is bliss.とは言うけど、つくづく皮肉で意地悪な話だ。

◆ 実は私がこの映画に思い入れるのには他にもわけがあってね。このテーマが自分にとっても切実なものだから。
● 私、それほど毛深くないけど(笑)。
◆ そうじゃなくて! 魂を売って本当の自分を殺すってこと。
● あー、この日記じゃプライベートなことは書かないのが原則なんだけど。
◆ これはもうさんざん書いてるからいいよ。ご存じのように、私は長いこと教師をやってた(やってる)んだけど、それがいやでいやで。
● 仕事そのものがっていうより、「教師である自分」に耐えられないんだよね。
◆ なのに食べていくために魂を売らなきゃならなかった。
● そこまで言うかね。
◆ 職場ではいつも本当の自分を隠して、別人の仮面を付けなきゃならないのがどんなにつらかったか。だからLilaの苦しみはわかりすぎるほどわかるんだよね。
● だから専任辞めたわけだけど。
◆ でも一時でも妥協した自分が許せないのよね。それに男に関しても似たような経験があるのだ。
● そんなこと書くのー?
◆ もう昔のことだから時効でしょ。彼はやっぱり世間並みの「かわいい女」がほしかったんだよね。でも私はこの通りだし(笑)。
● そもそもこっちは惚れてもいなかったから、Lilaと違って妥協もしなかったけど。
◆ でも相手は私に惚れてるもんだから、思い通りにならないと見ると、勝手に人を「かわいい」と思い込んで、必死で自分の枠に当てはめようとするんだよね。
● 私はそれがいやでいやで。ときどきためしに彼の喜びそうなことを言うと、バカみたいに舞い上がるのを見て、みじめったらしいなーと思っていた。
◆ そういうところがかわいくないんだよ(笑)。それで嫌気がさして別れたっていうんならまだいいんだけど、私としては自分がマイペースで生きられさえすれば、彼といてもべつにいやじゃなかったのね。ところが別れたきっかけは彼の浮気。
● 結局、自分の思い通りにあやつれる、自分より弱い女でないとダメだったのよ。これで完全に愛想が尽きて別れられたのは良かったけど。
◆ とにかく、見てるとそういう思い出にモロにダブっちゃってさ。ここでご教訓。他人を変えようとするのはとんでもない思い上がりであり、自分を変えようとするのはとんでもない間違いだからね。人もケモノも、本当の自分の姿でしか生きられない。

● 話は変わるけど、こういう自然主義者みたいなの、“Adaptation”にも出てきたけど、Kaufmanってそういうのが好きなのかしら?
◆ 逆でしょ。だってどっちもひどい目に遭うじゃん。むしろ、そういう態度がいかに嘘っぽいかを暴いてみせる。
● ふむ。そこも共感できるところだな。
◆ かく言う私はというと、私が動物(足が6本以上あるやつと霊長類を除く)を人間より愛してるのはご存じの通りだけど、その一方、私は根っからの都会人で、自然の中でなんか1日だって暮らせない。
● だって6本足がうじゃうじゃいるんだもの!
◆ 反面、あこがれだけは持ってるんだけどね。誰もいない山奥で隠者みたいに暮らしたいという。
● Kaufmanのスタンスも似たようなものっていう気がするな。

◆ というわけで、Kaufmanは完全に見直した。やっぱりこのライターは無視できない。
● 「変」というだけでも評価したいですね。
◆ とことんひねくれ者だね。冷笑と皮肉のかたまりだから、見る人に好かれるかどうかは疑問だけど。
● なんかこういう話ばっかり書くのって、やっぱり本人も相当問題抱えてるような気がするが。考えれば考えるほどひどい話だよね。特にこの映画の男は、二人とも脳みそが海綿体みたいなやつらで。
◆ フェミニストが喜びそうな話だな。

● ところで脚本の話ばかりしているけど、監督のGondryについては何も言わないんですか?
◆ カエル野郎は嫌いだ。
● またそういう人種差別発言を!
◆ これは絶対脚本の勝利で、監督はどうでもいいよ。Bjorkのビデオは評価するけど、ビデオ上がりなんてどうせたいした監督はいない。 とりあえず、Kaufmanには今後も期待!ってところで終わり。

以下は蛇足

● 見てて気になったことがひとつあるんですけど。
◆ 何?
● Rhysの猿まねはなかなか堂に入ってるんだけど、猿の特徴と言えばナックル・ウォークでしょ。それを一度もしないのが気になった。
◆ 裸で? 尻からタマはみ出させて? それはいくらなんでもかわいそうだよ!

● あと、英文学者としては“Brave New World”に言及しなくていいんですか?
◆ Noble savageってやつ? でもPuffには少しもノーブルなところなんてなくて、しょせんは猿だしなあ。アイロニーに関してはHuxleyと似てるけど。
● しかしこれを見るとターザン映画の嘘がわかるね。本当にターザンがいたら、やっぱり自分のウンコ投げたりしてたはずだ(爆笑)。

◆ こういう映画はオーディオ・コメンタリーを見るのが楽しみなのだが、この映画は途中で挫折した。
● なんで?
◆ 監督のGondryとRhysの対談なんだけど、あのものすごいフランス訛りとウェールズ訛りだから、何言ってるか理解するのに苦しむ!
● わからなくはないんですけどね。ただ全編見る気力は失せたね。
◆ これはどうせDVDで買うから、いずれゆっくり見よう。

2006年4月22日 土曜日

The Ninth Gate (1999) Directed by Roman Polanski
(邦題『ナインス・ゲート』)

● なんだ、こりゃー!
◆ あわてるなって。あのラストは明らかに狙ったものなんだから。
● それにしたってあれもこれもぜんぶ謎解きなしかい?
◆ それも観客に謎解きをする楽しみを残すためじゃないか。

◆ あー、すいません。話がラストから始まってしまった。とりあえず前置き。最近おもしろい映画がさっぱりないので、私はビデオ屋でもホラーの棚は見ることすらしなかったのだが、これはPolanskiならばというので借りてきたもの。
● Polanskiの映画でおもしろいのってそんなにあった?
◆ “Death and the Maiden”(『死と処女』)。
● またそういう地味な‥‥
◆ 私は好きなんだよ! それにこのジャンルならすでに“Rosemary's Baby”というクラシックを撮ってる人だし。
● 古典だってことは認めるけど、あれそれほどおもしろかった?
◆ おもしろいかどうかはともかく、私はもうガキ向けの映画や、トウシロ同然の映画はうんざりって感じでさ。少なくともPolanskiは超一流監督だし、スタイルがあるし。安っぽいものになるはずがないから。

◆ ここでストーリーを簡単に要約すると、世界に3冊しかない稀覯書『影の王国の9つの門』。その本には悪魔を召還する鍵が隠されていると言う。その1冊を手にしたコレクターBalkan(Frank Langella)が、Corso(Johnny Depp)という男に‥‥
● またJohnny Depp! あんたはもういいよ。しっしっ!
◆ そう嫌うなよ。
● だってキャラクターも合わないじゃん。あんな軽くてヘラヘラしたの。そもそもホラーって柄じゃないし、Polanskiって感じもしない。どうしてもっと渋い男にしないのよ?
◆ いちおう原作があるからね。Polanskiもイメージ通りだって言ってるから、元がそういうキャラクターだったんじゃないの?
● そもそもそんなに頭良さそうにも見えないし、悪魔って趣味わるいな。
◆ ストーリーに話を戻す! それでBalkanはJohnny Deppに、じゃなかったCorsoに、3冊のうち、本物は1冊だけで、真贋を知りたいから、他の2冊を調べてくれと依頼する。
● ところでJohnny Deppの職業は「本の探偵」なんて紹介されてるけど、せどり屋じゃない。それもかなり悪質な。
◆ 価値を知らない素人はだますし、目的の本を手に入れるためなら違法な行為も辞さないし。
● でもDeppだとちっとも悪そうに見えないところがミスキャストなんだよ。Johnny Deppって何の役やってもJohnny Deppにしか見えないから嫌いだ。
◆ それはわかったって! でもって、彼がヨーロッパを駆けずり回って本の持ち主に会うんだけど、その連中は片っ端から殺され、本は版画だけを切り取られて燃やされてしまう。Corsoも命をねらわれるんだけど、そのつど、名前のない謎の女(Emmanuelle Seigner)に救われる。
● さすが、Polanski、女の趣味だけはいいね。(Sharon Tateも好きだったのだ)
◆ あ、彼女は気に入ったんだ。Polanskiの今の奥さんなんだけど。
● 山猫のようなグリーンの瞳と、高い頬骨がいいね。クールだし、気品があるし、セクシーだし。文句なしにいい女。好き。
◆ でもって、話を適当に端折ると、実は悪魔を呼び出す鍵は3冊の本のLCF(ルシファー)のサインのある9枚の挿画を集めることで、Balkanはそれを集めて悪魔を召還しようとするんだけど、最後の1枚だけが偽物で失敗して死んでしまう。それで謎の女がCorsoに最後の1枚のありかを教え、それを手にしたCorsoは悪魔の城へ向かうところで終わり。
● このエンディングに当惑したり怒った人多し。

◆ じゃあ、謎解き行ってみる? 実はそれほど難解ではないんだけどね。ただ普通の映画みたいに、「実はこれこれですよ」とセリフで解説しないだけ。
● でもわかんない人がいるから驚き。
◆ たとえば、他のコレクターを殺したのは誰かってのはBalkanだということが明らかだし。
● じゃあ、なんでCorsoに本を探せなんて言ったのよ? 自分で力づくで奪いに行くんならCorsoが周囲をチョロチョロしたら邪魔なだけじゃない。
◆ 彼に殺人の罪を着せるためかな?
● でも秘密結社の女は大勢の人の見ている前で殺すじゃない。
◆ 悪魔を呼び出してしまえばそんなことはどうでもよくなるからかな?
● なんかあまりすっきりしないな。じゃあ、最大の謎である女の正体は?
◆ これはもう空飛んで出てくるところからして人間じゃないことは明らか。最初はBalkanの陰謀を阻止するために出てきた天使なのかなとも思ったけど。
● Polanskiでそれはありえないね(笑)。
◆ でも「悪魔の目」をするから、この女が実はルシファーなんだとわかる。
● わりと見え透いてますね。
◆ だけど、あくまで正体を見せないままのところがいいんだよ。これで角やしっぽを生やしたら興ざめでしょ。

● じゃあ、問題のラストは?
◆ これももちろん見せないところがいいんだ。陳腐な悪魔や悪魔の王国を見せずに、観客に想像させるだけってのが。
● 結局ルシファーは最初からCorsoを選んで、命を助け、邪魔者を殺した上で、わざわざ彼に鍵を見つけさせ、自分の王国に導いたってこと?
◆ そう。
● なんでJohnny Deppに?
◆ それを言うなって!
● Johnny Deppでなくても、Corsoのどこが気に入ったわけ? ただのセコい商売人じゃない。彼のどこがそんな特別なわけ?
◆ 主人公だから(笑)。
● なのあるかー!
◆ 確かにそこがいかにも弱いんだけどね。まあ、原作がそうなってるからしょうがないでしょ。
● これが悪魔もなびくようないい男だったり、本当に悪魔的な男なら納得するんだけどね。やっぱりミスキャストだ。

● 他にも突っ込みどころはいろいろあるよ。
◆ たとえば?
● 本の謎が簡単すぎる。これはそれこそ悪魔的なひらめきがないと解けないような謎にすべきなのに、特定の絵を集めるだけ。しかも、ちゃんと自分の署名入りってバカにしてない?(笑)
◆ たしかに(笑)。
● 悪魔を呼び出す儀式も簡単すぎる。ただ絵を並べて、いい加減な祈りを唱えるだけでホイホイ出てくる悪魔なんて安っぽすぎる!
◆ だから失敗したんじゃないか?
● あと、悪魔を召還するとどんないいことがあるの?
◆ なんかスーパーマンみたいなものになるらしい。火が熱くないとか。
● それだけ?
◆ あとは想像しろってことでしょ。
● 魔女の集会も拍子抜けだったな。どんな悪魔的な所行が行われてるのかと思ったら、単におばさんたちがマント着て集まってるだけで。
◆ だってほんとの魔女じゃないんだから。

◆ でも私はおもしろかったけどな。特にコレクターでもあり、愛書家でもある私としては。
● それそれ。コレクターとしては、絶対許せないアラがあった!
◆ たとえば?
● この本って、悪魔うんぬんは別としても、それこそ値段の付けようがないほどの稀覯本なんでしょ? なのにCorsoは本を読みながら飲み食いしたりタバコ吸ったりしている! 私はCDを手元に置いてこれはしないよ、絶対! ましてこの本はCorsoのものじゃなく、預かってるだけなのに。
◆ 確かに。お茶こぼしたり、ソースがはねたり、火の粉が飛んだりするからな。
● そのため、CDやレコードはすべてビニールで密封してある。これのおかげでどれだけ危ないところを救われたか。それに本をコピー機にかけるでしょ?
◆ あれは私も目を疑ったな。私は大事な本は絶対コピーしない。背が傷むし、糊の部分が割れちゃうし。
● 本物の本コレクターは、買った本を絶対開かないそうだよ。開いただけで背が痛むから。とにかく誰が脚本書いたか知らないが、およそコレクターというものを知らない人だなと。
◆ まあ、本自体はどうでもよくて、必要なのは挿絵だけだから。
● だってCorsoはそんなこと知らないわけじゃない。素人だな(笑)。

◆ 「プロ」の意見はそれぐらいにして、でも私はいい映画だと思ったよ。
● どこが?
◆ 手堅い演出、重厚な画面、全体に漂う緊迫感とか音楽とか。
● あくまで雰囲気と職人芸の部分だけね。やっぱりこれは原作がたいしたことないんだと思うな。似てると言われる“Angel Heart”のほうがはるかにおもしろい。(ちなみに、あの映画の原作は話もぜんぜん違うし、おもしろくないのでご注意)
◆ それは認めるけど、でも「こわくない」という批判には反論したいな。そういう人はホラー・メイクとか、首が飛んだりするスプラッタを期待してたのかもしれないけど、そんなのはもう見飽きたし笑っちゃうだけ。その意味、大人向けのホラーだと思った。
● でもCorsoは悪魔に魅入られて、その世界に入っていく男でしょう? なのに、彼自身は最初からぜんぜん変わってないように見えて、最後までボンクラの善人にしか見えないところが大きな欠陥なんだよ。
◆ Johnny Deppには狂気がないからなあ。

● 私としては収穫はあくまでEmmanuelle Seignerだけの映画だった。こういう「謎の女」、ミステリアスで、ちょっとおっかないけど、セクシーな誘惑者ってのは、それこそスリラー映画じゃありふれたキャラクターだけど、この人はその中でも白眉の出来。
◆ そう? むしろ私は最初は女学生風に見えて、ちっともそそられなかったけどな。髪をいじくる仕草とかが、いかにも見え透いた媚態で、「これだからフランス女は‥‥(笑)」なんて。
● 確かに初めはそれほど魅力的に見えないんだけど、悪魔の正体を徐々に現してくると、急にすてきに見えてくる。あのセックス・シーンなんて、忘れられない印象を残したよ。燃え上がる城をバックに、男に馬乗りになって哄笑するあの顔!
◆ 下のDeppはおびえてるようにしか見えない(笑)。
● だからミスキャストなんだって。Deppなんかどうでもいいから、もっと彼女の悪魔的なシーンを増やしてくれればよかったのに。

◆ ところでPolanskiの新作は“Oliver Twist”ですって? またDickens!
● それは自分がたまたま見たばかりだから。でもこれは期待。Polanskiには時代物が似合うような気がするし、やっぱり雰囲気はヨーロッパだから、アメリカ人が撮るよりずっといいし、だいいち、かわいい男の子が見れるから(笑)。
◆ あんまりかわいくないよ、このBarney Clarkって子。
● この年頃のイギリス人の男の子なら私はなんでもOKなのだ(笑)。
◆ 何だ、そりゃー!

Arabian Nights (2000) (TV) Directed by Steve Barron

◆ あー、マジで時間がなくなってきたのでもう手短かに行く。これはアメリカでテレビ放映されたものだが、Jim Henson Workshopの作品だと思って借りてきた。
★ でもクレジットを見ると、ビジュアル・エフェクツのクルーに何人か名前があるだけで、直接は関係ないみたいね。
◆ でもまさにあの世界だし、Steve Barronは“Storyteller”の監督もしていたし、あのシリーズのひとつと思っていい。
★ その前にJim Hensonとのいきさつを述べなくていいんですか?
◆ だから時間がないんだって。だいたい前の日記にさんざん書いてるし。とにかく知っておいてもらいたいのは私がJim Hensonの大々ファンだったってこと。
★ と言ってもマペットのほうじゃないの。Jim Hensonと言えば、日本じゃ“Sesami Street”の人形使いとしか知られてないだろうけど、彼のテレビ・シリーズの“Storyteller”を知って惚れ込んでしまったのよね。理由は‥‥
◆ だからそれは“Storyteller”のリビューに書いたからもういいよ。
★ でも読者は知らないし。理由のひとつは私がフェアリー・テールのたぐいに目がないこと。
◆ だってストーリーそのものが本当によくできてるんだもん。それこそ何百年と語り継がれてきた話には、磨き抜かれた宝石のような輝きがあって、下手な文学や映画なんて太刀打ちできないほどおもしろく、よくできている。
★ それと、テレビでも、子供向けでも、まったく手抜きをしない本物志向のところ。
◆ もちろん予算は限られているのは見てもわかるんだけど、それをアイディアとセンスでカバーしているあたりが見事。特に美術だけど。
★ さらにJim Hensonはアメリカ人で、アメリカで放映されたものなんだけど、ワークショップはイギリスにあって、役者もスタッフもイギリス人で固めていること。
◆ なにしろ豪華な役者陣が本格的な芝居を見せてくれるからね。とにかく言えるのは、テレビとは思えない質の高さだってこと。私は日本のテレビ・ドラマはもうまったく見ないし、子供のころは熱中したアメリカのドラマも、最近のを見るとやっぱり薄っぺらだしチャチだと思うんだけど、このシリーズだけは何度繰り返し見ても飽きない。
★ ギリシア神話のシリーズもあるんだよね。
◆ あれは見てないんだ。以前LDで見つけたんだけど、ものすごい値段がついてて買えなかった。でもDVDになってるようだから、あれも買わないと。
★ で、これがその『アラビアン・ナイト』版と。
◆ だから直接はタッチしてないみたいよ。しかし、Jim Hensonが死んだときはもう二度とあれが見れないと思うと泣きたくなったけど、ワークショップは健在みたいでうれしい限り。それに彼の精神も死んではいない。
★ と言うと?
◆ だからー、笑わせて泣かせて感動させる、良質のファミリー・エンターテインメント。
★ それってまるでDisneyのことみたい(笑)。
◆ 違ーう! 確かに似てる部分もあるが、センスがまるっきり違う! だからDisneyは嫌いでもJim Hensonは大好きなわけ。

★ しかし、Jim Hensonが生きてた時代とくらべると、今はひとつ有利な点があるよね。CGが使えること。こういうファンタジーを作るには、CGがあるとないとじゃ大違いでしょ。
◆ それがそうじゃないの。私は手作りのクリーチャーのほうがずっといい。この作品もCG使った部分だけがなんか安っぽく見えちゃって。昔ならこんなことなかったのに。
★ それは言えるかも。でも本当にこれがテレビ?って言うぐらいお金かかってるよね。
◆ いや、低予算でもそう見せるのが技術なのだ。
★ でも背景はほとんどマット絵だった“Storyteller”と違ってロケもしているし。まさかとは思うけど、ほんとに中東に行って撮ったとしか思えないぐらいリアルだし。だいたい、中世ヨーロッパよりは、アラビアを作る方がはるかにお金はかかるはず。セットにしろ、衣装にしろ。
◆ そういうところを手を抜かないんだよね。

★ お話そのものは?
◆ もちろん全話を映画化するわけにはいかないので、シェヘラザードとサルタンの話を額縁に、中にいくつかのエピソードを織り込んである。そこはもちろん原作通りなんだけど。
★ この「現実」の部分のストーリーって、原作でもこうだったっけ? 弟との確執の話。
◆ 忘れた。私は全話読んでるんだけど、なにしろ昔のことだし、今はうちに本がないので。とにかく話は原作に忠実なんだけど、大胆な翻案もまじえている。
★ 登場人物の人種がアラブ人だけじゃないんだよね。特にアラディンがJason Scott Lee演じる弁髪の中国人になってるのにびっくりした。
◆ 舞台も中国でね。
★ なのに地名や人名は元のままなのですごい変なんだけど、変わってておもしろい。

◆ それ以外の役者も、アクセントと顔だちから登場人物の国籍を想像するだけで頭がクラクラしてくるほど多彩。
★ その辺も、場所がアラブだろうが、どこだろうが、顔を黒く塗っただけのアメリカ人俳優が、アメリカン・アクセント丸出しで芝居する普通のアメリカ映画とは大違い。
◆ 出演俳優の国籍を調べたら、イスラエル人、トルコ人、ガーナ人、インド人、ヨルダン人、フィリピン人、スウェーデン人、ケニア人、ナイジェリア人‥‥まさに人種のるつぼだ。
★ でもやっぱりイギリスで撮ってるよね。それ以外は人種は雑多でもほとんどイギリスの役者だし。
◆ イギリスはアラブ人とインド人が多いから、ちょうどいいしね。しかし中国のお姫様役で、バイオリニストのVanessa Mae(中国系シンガポール人)が出てるのにびっくり。
★ シェヘラザードはイスラエル人女優が演じてるけど、これはもっとアラブっぽい濃い顔だちの人の方が良かったな。
◆ でもいちばん印象的だったのは、John Leguizamoでしょう。(ちなみにこの人はコロンビア人)
★ “Land of the Dead”に出てたあの人?
◆ そう。彼はここではエキゾチックな容貌を活かしてジンを演じてるんだけど、二役を巧みに演じ分けて、芸達者なところを見せている。
★ あれが同一人物とはまったく気付かなかったよ! もしかしてコメディアンとしてはものすごい才能あるんじゃない?
◆ 間違いないね。

★ ところで『アラビアン・ナイト』と言えば、すでにPasoliniの傑作があるんですけど。
◆ あれとくらべるのは無理だよ! エロとグロのPasoliniとファミリー向けのこの映画とじゃ。
★ エログロだけみたいに言わないでよ。でも原作は艶笑譚が多くて、エロなしというのはやっぱりほんとの『アラビアン・ナイト』じゃないと思う。
◆ でもさすがに“Storyteller”と違ってちょっぴりはあったよ。ハーレムもベリーダンスも出てくるし、女はすごく色っぽい。というわけでおもしろかった。
★ これもDVD買わなくちゃ。あー、どうしよう! 買わなきゃならないDVDだけでもすごい数だよ!
◆ でも『アラビアン・ナイト』ってすごいな。似たような説話物語集は世界各国にあるけど、これだけ長大で、隅から隅までぜんぶおもしろいってのはない。私がイスラムをひいきするのも、こういう文学を生み出したからでもあるのだ。

2006年4月24日 月曜日

 もう4月30日なのに、なぜか日付けは24日ってことはこれだけ書くのに6日間かかってるんですね。やっぱり映画リビューはそれなりに考えて書いてるので。とりあえず、これは「今日の出来事」を書く日記じゃないので、日付けは単なるナンバリングと思ってください。それと、この日記(特にリビュー関係)は読み返して、誤記を訂正したり、言い足りなかったことを付け加えたり、けっこうあとになっても推敲を重ねてますので、古いリビューもときどき読み返してみてくださいませ。

映画リビュー特別編もう一丁

Session 9 (2001) Directed by Brad Anderson
(邦題『セッション9』)

▲ あーもう、バッカじゃねーのー! ちょっと頭に来たんですけど、私!
◆ いきなり何を怒ってるのよ?
▲ 私は映画見る前はいっさい批評は読まない主義(先入観を入れないために)なんだけど、見たあとはIMDbで調べて、いちおう参考までにallcinema Onlineも見るんだよ。それでallcinema Onlineのユーザー・コメントはほんと程度低いなーとは普段から思ってたし、こういう映画は理解できない人多数だろうなとも思ったけど、それにしてもこれはひどすぎる! 書いてる人ほぼ全員がボロクソ! それも目を疑うばかりの! できたらここに引用してバカっぷりを見せたいぐらいだけど、バカをバカ呼ばわりするのはあまりに気の毒だからやめたけど。
◆ ということは、あんたはこの映画を高く評価するってわけね?
▲ その話はあとにして、どうして日本の批評ってこうレベルが低いの?
◆ それ言ったらかわいそうだよ。批評じゃないもん。単なる素人の感想文で。
▲ でもIMDbのユーザー・コメントはやたらレベル高いじゃない。
◆ 私もあれ、最初はぜんぶプロの批評家が書いてるのかと思ってた。
▲ だって、意見に賛同できるかどうかは別として、論旨も明確だし、論理的なちゃんとした批評になってるじゃない。だけど、日本の方は論理も根拠もなく、ただの落書きレベル。私はふだん、アメリカをバカにするようなことばかり言ってるけどさ、こういうの見るとアメリカ人ってすごいなあと。
◆ それにしちゃ、映画作ってるほうは頭悪いやつが多いと思わない?(笑)
▲ それこそ経済学の問題でしょ。頭悪いと文句言いながら、ちゃんとお金払って見てるんだから、やっぱり賢いんだよ。
◆ まあ、IMDbにコメント書いてるのって映画おたくばっかりだし、ちょっとあそこに普通の人が「おもしろかったです」なんて書き込める雰囲気じゃないでしょ。
▲ それにくらべると日本のはアホばっかだからアホが安心して書き込むと?
◆ とにかくそういう非難はフェアじゃないよ。私はいちおう批評で食ってたこともあるプロなんだから、素人の書いたものを責めたってしょうがない。
▲ もっとも、批評家の書くものだって大差ないけどさ。

▲ どうして日本人ってこんなにレベル低いの?
◆ いきなりそう決めつけるのも‥‥。ひとつには論理的な文章ってものとあまり縁がないせいもあるな。学生の書いたもの見ると、ほとんど論理がむちゃくちゃだし。論理的な文章書く練習ってまったくしてないみたい。
▲ いやしくも大学のレポートなのに!
◆ あと、どうも日本人って批評が嫌いらしい。私なんかシムじまんにちょっとサイト批評めいたことを書いただけで、「(ユーザーオブジェクトの)作者さんの悪口を言ってる」と決めつけられてしまった。なんか批評が成り立たない社会体質みたいなものがあるような気がする。
▲ シムピープルは「女子向け」ゲームだからそうだけど、一方で罵詈雑言しか言わない2ちゃんみたいなのもあるしね。でもここまで違うと、そういうレベルの問題じゃないような気がするなあ。
◆ あとは規模の違いかね。英語人口とは分母の大きさが違いすぎるからね。だいたい日本のサイトで読むに値するようなものはまずないし。
▲ 自分もひどいこと言ってるじゃないか。
◆ 特に日本語の映画評なんて、自分の書いたもの以外、読む気が起こらんよ。
▲ 勝手に唯我独尊の世界に入らないでくださいよ。

▲ でもふと思ったんだけどさ、ちゃんと意味わかって映画見てる人の数って、実は少ないのと違う?
◆ そこまで言う?
▲ だって、私が短大で教えてたころ、映画のゼミなんて持ってたんだけどさ、驚いたのは映画見せても学生のほとんどがストーリーも、登場人物が何者で、何考えてるかもわかってないの。私が細かく解説して初めて、「そうだったのか」と納得してるぐらいで。映画なら××でもわかると思って、文学じゃなく映画にしたのに!
◆ まあ、あそこの学生は知の巨人とは言い難いから(苦笑)。
▲ でもその意味では日本のごく普通の若者と言えるじゃない。それに何も難解な映画見せてるわけじゃないんだよ。普通のハリウッド映画だよ。
◆ あえて理由を捜すなら、やっぱり字幕だけ見ててもよくわからない面はあるね。字幕ってしょせんは抄訳だし、意訳だから。私が非英語圏の映画が苦手なのはそのせい。
▲ だって、映画じゃセリフなんてほんの添え物。画面を読まなくちゃ!
◆ あと、歴史とか文化的背景を知らないのもつらいね。なにしろアメリカに黒人がいるとは知らなくて、黒人が出てくるだけでアフリカの話だと思ってた子もいたんだから(笑)。
▲ 『シンドラーのリスト』見て「ユダヤ人がナチスを虐殺した」と試験に書くやつとか(涙)。
◆ allcinema Onlineに書いてる人はそこまでひどいのはいないよ(苦笑)。
▲ つまり日本じゃ映画見てるだけで、じゅうぶん知的エリートだということがわかりました。

(以下重大なネタバレありです。まだ見てなくて、見ようと思ってる人は絶対読まないこと)

◆ つい話が脱線したが、かんじんの映画の話!
▲ はい。これは“The Machinist”が思いのほか良かったので、あわてて借りてきたBrad Andersonの前作。1本だけならまぐれということもあるし、あの映画はChristian Baleの、あー、何というか役者根性(笑)にかなり幻惑されていたので、どこまで撮れる人なんだろう?という試金石のつもりだった。
◆ それでやっぱり本物だったと。
▲ うん、すごいよ! 私は異常心理や精神異常については、映画はもちろん、膨大な数の小説やノンフィクションを読んでる、この道のエキスパートと言っていいんだけど、その私が太鼓判を押す。異常心理ものの映像作家としては、この人はHitchcockやCronenbergに匹敵する監督だし、この作品自体、Hitchcockの“Psycho”や、いつも言ってる“Angel Heart”にたとえてもいいぐらいの傑作だ。
◆ つまり、allcinema Onlineの観客評とは正反対ってわけね。
▲ ちなみにIMDbのほうは絶賛のオンパレード。それで「この違いはなんなんだ!」といって冒頭の話になったわけ。少なくとも楽しい話じゃないから、嫌いという人がいてもいい。でも「狂気」をこれほど鮮やかな手並みで映像化した映画はそうはないよ!

◆ なんか▲は熱くなってるようだから、突っ込み入れてもいい? これはネタバレにもつながるんだけど。
▲ どうぞ。
◆ これ、“The Machinist”とまったく同じ話じゃない。善良な男が自分の犯した罪の重さに気が狂って、自分のしたことを忘れてしまったばかりか、異様な幻覚を見るようになる話って。ラストですべてを思い出すのも同じ。それを言ったら、Cronenbergの“Spider”もまったく同じ話だったけど。
▲ うーん、確かに大筋は同じだ。ディテールはぜんぜん違うけど。でもいつも言うように、この手のジャンル・ムービーなんて、すべてだいたい同じパターンなんだよ。あとはそれをどう料理するかで。

◆ じゃあ、そのディテールのどこがいいのか言って。
▲ この人の持ち味は徹底したunderstatement。これもいつも言うけど、ホラーやスリラーは見えないもの、正体がわからないものほどこわいんだ。目に見える化け物や、派手に血や首が飛ぶスプラッタなんてぜんぜんこわくない。
◆ 化け物やスプラッタも好きなくせに。
▲ それは別の意味でワクワクするだけ。こわいとはぜんぜん思わないよ。でもこれはこわい。こわいものが出そうで出ないのがいちばんこわい。“Psycho”はシャワー・シーンがこわいっていうけど、刺すところも傷も見せないし、血だってほんの少ししか流れないもんね。
◆ それは時代的制約でしょ?
▲ でもこの映画はもっとすごい。なにしろ殺人の話なのに殺人シーンすら出さない、最後の種明かしまで、殺されたことをほのめかすようなカットすらないからね。
◆ だからわからないとかつまらないという人が多いんだな。なんかヤバい感じだなーというところで、いきなり画面が暗転するだけ。悲鳴が聞こえるわけでも、死体が転がるわけでもないので、本当に殺されたのかどうかもわからない。
▲ おまけに主人公は幻覚も見てるから、死んだ人がその後も画面に登場したりして、映画の最後に行くまで、犯人はおろか、いったい誰が殺されて、誰が生きてるのかもわからない。それを見て初めて、ああ、あのシーンは幻覚だったんだとわかる。
◆ 何が現実で何が幻覚かわからないという例のパターンですね。
▲ こわいんだよー、これが!

◆ しかし、たかが轢き逃げであれだけ狂う“The Machinist”の主人公にくらべると、こっちのほうがはるかに凄惨な大量殺人なので、もっと狂ってもいいと思ったけど。
▲ だからー、この完全に抑圧された狂気が恐ろしいんじゃない。何も見せない代わり、異様な緊張感が漂ってくる。文字通り、精神がきしむ音が画面から聞こえてくるような映像。キシキシ‥‥
◆ 確かに神経がささくれだつような映画だな。でもね、Peter Mullanは最初から様子がおかしいし、仲間にも変だ変だと言われてるので、私はてっきり真犯人は一見正常そうに見える他の人かと思ったよ。それがやっぱりPeter Mullanが殺人者と知って、ちょっと肩すかしの感じ。
▲ だってミステリじゃないもん。“The Machinist”もそうだったけど、真相の断片は最初から何度もチラチラ出てくるんだ。Gordonはしきりに奥さんに電話をかけているけど、奥さんの声は一度も聞こえないし、他の人に「奥さん、元気?」と聞かれるとうろたえた様子なので、もしかして電話の向こうには誰もいないんじゃないかと思えてくる。だから妻子が殺されていたことには驚かないんだけど、仕事仲間全員が殺されてたのには驚いた。
◆ あのラストはかなりの衝撃だったねえ。
▲ それもHankだっけ、あのロボトミーされた人を除くと、死体すらはっきり見せない。Gordonが廊下を歩いていくと、アウト・フォーカスでチラッチラッと見えるだけ。
◆ だいたいそのHankも死んでるのかと思ったら、いきなり目を開けたりするし!
▲ だからそれはGordonの幻覚なんだって。

▲ それより何より、私が感心したのは、これってmass murderer(大量殺人者)の本質を実によく捉えていることなんだ。
◆ それにはストーリーの話をしないと。もうここまで来たから全部ばらしてしまえ。Peter Mullan演じるGordonは、最近日本でも問題になったアスベストの除去業者。彼は妻子思いの温厚な男なんだけど、ある日突然狂気に駆られて、妻と生まれたばかりの赤ん坊を殺してしまう。そのことを忘れたまま、彼は閉鎖された精神病院のアスベスト除去の仕事に出かけるのだが、狂気はとどまることを知らず、甥を含めた仲間全員をひとりひとり殺していく。話としてはいたって単純だよね。
▲ それも大量殺人者の特徴なんだよ。ただ何かに取り憑かれたように、目に入るものを機械的に殺すだけの単純な犯行。それもまったく動機のない殺人。そこがシリアル・キラーとの違いね。シリアル・キラーは自分がやっていることを十分意識して、被害者も入念に選んで殺すから。
◆ いちおう奥さんに(偶発事故で)鍋のお湯を浴びせられて火傷したというきっかけはあるみたいだけど。
▲ でもその前から頭がおかしくなってたのは明らかで、きっかけなんてどんな些細なことでもいいんだよ。
◆ なんで狂ったんだろ?
▲ それも想像がつくんだ。まず、会社が倒産寸前で追い詰められていたこと、危険で神経をすり減らす仕事の内容、それに子供が生まれたこと。
◆ 彼は子供はほしくなかったらしいんだけど、生まれた子供のことは愛していたみたいじゃない。
▲ それだけにモヤモヤしたものがたまっていたんでしょう。男性にもマタニティ・ブルーがあるのかもしれないし。
◆ とにかく人間なんて、本当にどうでもいいようなことでも思い詰めて狂うからね。
▲ この映画を見たら、これまで読んだいろんな小説のことを思い出しちゃってさ。以前ここにも書いた“Roman”がそうでしょ。あれなんか結婚式の夜という幸せの絶頂に発狂して、村人全員を殺してしまう。それから、これは短編だけど、“Safe”(邦題『生存者』 祥伝社文庫『サイコ』に収録)という話があってさ、これがもう本当に恐ろしくて痛ましくて悲しい話なんだ。家族思いの優しい少年が、独立記念日のパーティーのさなかに、突然一家全員を虐殺し始める話なんだけど。もちろんこういう話はいずれも、現実に起きた事件をモデルにしている。そういう事件の話を聞くと、誰しも「でもなんで?」と考えてしまうけど、なにしろ理由なき殺人だから答は永遠に出ない。でもこういう小説を読んだり、映画を見たりすると、少しはわかるような気がしてしまうところがなんとも恐ろしい。
◆ さすがこういう話だとよくしゃべるな。

◆ ただ、ここに多重人格や因縁話を持ち込んだのはどうかねえ。
▲ ああ、それがこの映画の弱点なんだよね。せっかくマス・マーダーものとしてすばらしくリアリティがあるのに。
◆ Gordonが仕事を請け負ったのは、Danvers State Hospitalという、アメリカに現実に存在する精神病院。アメリカン・ゴシックの壮大な建物で、ロボトミー手術を最初にやったところだという。おまけに場所がSalemということで、ホラー映画の舞台としてはこれ以上ない(アメリカでは)というぐらいの場所なんだけど。
▲ 病院ってのはただでさえ不気味でこわいじゃない。ましてそれが廃屋になった病院、ましてそういう現実の暗い過去のある病院の廃墟となれば、どんなにかこわいだろうと、それも期待してたんだよ。
◆ ところが?
▲ ところがダメなんだ。まず建物は確かにすばらしいんだけど、きれいすぎる。イギリスのお化け屋敷みたいに見るからに古くて不気味な感じじゃないんだよ。空は青いし。
◆ 一天にわかにかき曇り、雷が鳴って‥‥というんじゃ、それこそゴシック小説そのもので古いんじゃないの?
▲ おまけに中もぜんぜん不気味じゃないんだよ。確かに壁がはがれたりはしてるんだけど、壁の色が淡いパステルカラーで。
◆ いろいろと細かいやつだな(笑)。
▲ だって、そんな清潔そうできれいな場所じゃ、感じが出ないよ! “The Haunting”なんて、映画としてはゴミだったけど、あの家(これもイギリスに現存する幽霊屋敷)だけは本当に気味悪かった。考えてみたら廃墟と言ってもたかが15年間無人というだけ。まだ新しいんだよ。1500年前のならいいのに。
◆ そんな昔に精神病院なんてないって!
▲ それならせめて150年前でもいい。ここらがやっぱり歴史の浅い国の悲しさだなあ。

▲ でもそれ以上の傷と言えるのが多重人格を持ち出したことね。
◆ この病院の入院患者にMaryという女性がいて、彼女は分裂人格のひとりにそそのかされて、幼いころに家族全員を殺してしまったんだけど、従業員のひとりが偶然その面接テープ(これがタイトルのSession 9)を見つけ、MaryとGordonがダブる構成になっている。
▲ これじゃまるでGordonがMaryの亡霊にそそのかされたみたいに見えるじゃない。
◆ Kubrickの“The Shining”ですな。
▲ せっかくリアルな話にオカルトっぽい要素を持ち込んでほしくなかったなあ。Gordonは多重人格ですらないのに。
◆ そこはまあ、エンターテインメント性がほしかったのかな。ただ意味もなく殺すだけの話じゃ、観客がついてこられないだろうし。でもね、この映画はいろいろな解釈が可能なんで、Maryのことはただの偶然と考えることもできるよ。
▲ それにしちゃGordonの行く先々にMaryの影がちらつくじゃない。彼がすべてを思い出すのもMaryの病室でだし。

▲ だいたい多重人格というのがいかん! そういう非科学的なことは。
◆ そう言う我々はなんなんだ?(笑)
▲ 私はほんとの多重人格じゃないもん。精神医学にはやたら迷信が多くて、私が精神医学に訣別したのはそれが原因なんだけど。
◆ 一時は本当に精神科医になりたいと思ってたのだ。
▲ まあ、フロイトやユングは今ではまじめに取り合う人はいないようだけど、昔読んだときは、物語としてはおもしろいけど、こんな非科学的なことを研究してる人がいる、ましてや治療に使っているなんて信じられないと思ったよ。多重人格もいろいろ症例読んだけど、有名なEveやBilly Milliganをはじめ、どう考えてもすべて作り話。(翻訳は『24人のビリー・ミリガン』早川書房 『イブの三つの顔』は絶版。どっちも実話としては眉唾もいいとこだが、創作としてはおもしろい) 小説としてはおもしろいけど、科学的根拠はまるっきりないし、学会でも最近は多重人格の存在に懐疑的なようだ。
◆ 精神病患者というのは想像力が豊かだから、実にリアリティがある作話をするんだよね。ところが精神科医という人種はそれをすべて真に受けてしまうくせがあるみたい。この映画の中でも触れられてる「幼児期の抑圧された記憶」の話とおんなじね。
▲ あれはアメリカじゃ社会問題にまでなったんだよ。おかげで幼児期の虐待を「思い出す」患者が激増してさ、親が訴えられたりして。でもこういう話――ごく普通の恵まれた中流家庭で育った娘が、子供のころ、悪魔主義者の親に集会に連れて行かれ、何度も強姦されたばかりか、生け贄の赤ん坊の血を飲まされたりしたことを「思い出して」裁判沙汰になったのだが、あとからすべて作り話とわかった――聞くと、やっぱりアメリカ人ってバカだなあと思っちゃう。日本の精神科医だったら、こんな突拍子もない話聞かされたら、単なる妄想として一蹴するでしょ(笑)。
◆ だってアメリカには悪魔主義者ってほんとにいるんでしょ?
▲ それも都市伝説の一種じゃない? いくらアメリカでもそんな大勢がそんな目立つことやってて発覚しないわけないじゃない。
◆ 多重人格を持ち出すというのは、宮崎勤(幼女連続殺人の犯人)と同じだな。
▲ だから殺人をそそのかすのは多重人格でも、神の声でも、ネズミ男でも、隣の犬でもいいんだよ。どうせ狂人の幻聴なんだから。
◆ Gordonも声を聞くけど、べつにそれが多重人格の声とはほのめかされてもいない。
▲ あくまで映画的小道具に過ぎないと思うけど、見た人はやっぱりそう思っちゃうよな。
◆ でもね、いろんな見方ができるというのもいい映画の特徴だから、これでいいんじゃないの? 過去の因縁がたたるお化け屋敷ホラーだと思いたい人はそう思えばいいし、(でもきっと失望する)、精神を病んだ男の悲劇として見たい人はそう思えばいい。
▲ まあね。

▲ ところでこれは未公開シーン集を見て知ったんだけど、最初の脚本では、病院に住み着いている女のホームレスがいるという設定になってたんだよね。観客にははっきり姿を見せず、ただ、この病院には何かがいると思わせて、それが犯人だと思わせるミスリードになってたんだ。
◆ ありがちな話だけど、その方がスリラーとしては盛り上がるかもね。なんでカットされたの?
▲ 観客が彼女がMaryだと勘違いするといけないからだって。
◆ ふーん?
▲ でも彼女の影がちらつくシーンはわざと残してあって、それがよけい観客を煙に巻く。
◆ もしかして意地悪でないかい、この監督?(笑)
▲ 徹底的に観客を幻惑させようという魂胆だね。それで彼女は隠れてすべての殺人を目撃し、最後は彼女がGordonを殺すというエンディングになっていたのだ。
◆ うーん、少なくともその方が見る人は納得したんじゃない? ある種のカタルシスが得られるし。正気が狂気にとどめをさすわけだからね。今のエンディングじゃ、観客はまるでGordonの狂気の中に閉じ込められたまま終わるみたいで、すごく後味が悪い。
▲ でもAndersonはそれをすべてすっぱりカットしちゃうんだよね。確かにこのエピソードはあったほうが一般客受けは良かったかもしれない。でもそれじゃ単なるホラーになっちゃって、このえも言われぬ異様な雰囲気は出なかった。明らかに受けより芸術性を優先したわけよ。今◆が言った「狂気の中に閉じ込められる」ってズバリだと思うな。狂気や凶行は離れたところから眺めてるぶんにはそんなにこわくないけど、自分がその中に取り込まれたらものすごくこわいでしょ? これがまさにその感覚なんだ。

◆ これってまたスペインで撮ったの?
▲ いや、これはアメリカで。
◆ これってインディペンデント映画?
▲ えーと、IMDbには製作会社が書いてないや。だめだなあ、最近のハリウッドは監督じゃなくて会社が映画を作るのに。でも確かメジャーだったと思ったな。
◆ ほんとに? “The Machinist”は「アメリカでは絶対に撮らせてもらえない映画」と書いたけど、これはそれ以上じゃない。
▲ うん。“The Machinist”はまだ少なくともChristianという「スター」が出てるけど、これはそれすらないしね。
◆ スタジオのお偉方に見せたら、こんなの絶対ギッタギタに手直しを命じられるよ。「こんなわけのわからない映画ダメだ」と言われて、もっと死体とか血とかバンバン出して、刑事が出てきて、カー・チェイスとか入れて(笑)。
▲ ついでに色っぽい姉ちゃんも(笑)。なにしろ出てくるのは生活に疲れた中年男ばっかりだし。
◆ 誰だか知らないけど、よくこんな映画にOK出したな。やっぱりアメリカもえらい!
▲ おかげで日本の観客にはまったく受けなかったみたいだけどね。
◆ ほんとにエンターテインメント性は完全無視してるな。Hitchcockはその点、芸術性とエンターテインメント性を両立したところがえらいんだけど。
▲ Cronenbergなら、話はわけわからなくても、グロテスクなクリーチャーやバイオレンスやエロで「バカなティーンエイジャー」を引きつけられるしね。
◆ その意味、本当にストイックな心理映画だ。

▲ というところで、これがいかに唯一無二の、稀代の傑作かおわかりいただけたでしょうか?
◆ まあねえ。見終わって幸せになるような映画じゃないけれど。
▲ でも、こういう映画もなくてはならないんだよ。
◆ 役者の話はしないの?
▲ 主演のPeter Mullan(スコットランド人俳優)は名演技だったよ。ただ、ギャースカわめく熱演じゃなくて、ひたすら抑えに抑えた演技だけど。
◆ Gordonの相棒を演じたDavid CarusoはなぜかBernard Sumnerによく似ていて、つい笑ってしまった。
▲ 年取ってみすぼらしくなった、ついでに痩せたBarneyだけどね。
◆ ただ、それ以外の役者はまるで印象に残らなかったな。これで登場人物にもう少し感情移入ができれば、もっとこわいし悲しい映画になったのに。
▲ すべてが病院の中で進行して、キャラクターの私生活は軽くほのめかすだけだからね。
◆ Gordonと妻子との関係さえ、ほとんどわからないじゃない。
▲ だからそういうのをセリフや映像で説明しないのがいいの。それより、Gordonが壁に貼り付ける妻子の写真だけから、彼の生活が正常だったころを想像するのがいいんだよ。
◆ ある意味で本当に観客を選ぶ映画。
▲ 私は選ばれたよ。
◆ そういうことで自慢しないでね。
▲ とにかく、Brad Andersonには今後も期待。
◆ でも、フィルモグラフィを見ると、“The Machinist”のあと1本も撮ってないのね。テレビの仕事ばっかりで。やっぱり商業主義に妥協しないと仕事もらえないのかなあ?
▲ これだけの才能が埋もれるとしたら許せないね。まだ若いし、経験も少ないし、本当の代表作はまだこれからだと思うのに。


Crna macka, beli macor (1998) Directed by Emir Kusturica
(邦題 『黒猫・白猫』)

◆ あー、疲れた。いくら私でもこれだけ一気に映画見て、一気にリビュー書いたらさすがに疲れた。これで最後?
★ 最後ですからがんばって。
◆ この映画も公開当時、ビデオは借りてきたんだけど、見る時間がなくて忘れてた映画。
★ Emir Kusturicaは『アンダーグラウンド』を見て大感激したので、ぜひとも見たかったのに。
◆ いつも書いてるように、私は非英語映画は苦手なのだ。ましてEmir Kusturicaはサラエボの人で、私は東欧の事情にはまったくうとかったのに。
★ でも『アンダーグラウンド』には感動してしまったと。
◆ 本当にいいものに国境はないからね。これはもう長いリビューを書いたので繰り返したくないんだけど、Bernardo Bertolucciの“1900”(私のベスト・ムービーのひとつ)を彷彿とさせる歴史ドラマ。おかしくて悲しくて、とどめに最後の幻想シーンでノックアウトされた。
★ だけど、これは今になって知ったんだけど、あの映画のせいでやっぱりKusturicaは当局に目を付けられて、一度は映画監督を廃業すると伝えられてたんだって。
◆ なんで? あれほどの愛国者はいないのに!
★ やっぱりかなりアナーキーだからなー。それでこれが彼の久々の復帰作だったのだ。

◆ でも見て驚いたのは、表面的には底抜けに愉快だけど、その下に重いテーマとメッセージを持っていた『アンダーグラウンド』とくらべて、これはほんとにただのラブコメだったのね。
★ やっぱりいろいろあって疲れたんじゃないですか?
◆ でもこの私がラブコメ見て喜ぶと言うだけでも画期的なことだよ(笑)。
★ それじゃまず、Kusturicaの魅力について。
◆ 上記のように英語圏以外の映画が苦手な私だけど、若いころから好んで見ていたのがイタリア映画。
★ だって昔のイタリア映画はすごかったもの。Fellini、Pasolini、Bertolucciの御三家だけでもすごすぎる。
◆ Kusturicaを見ると、そのイタリア映画を思い出すんだ。
★ たとえば?
◆ あの土臭さと田舎臭さ。
★ 私はおよそ田舎と縁のない人間で、普通なら敬遠するものだけど。
◆ でもあの、どっしりと大地に根を下ろした感じは、私みたいな人間でも郷愁をそそられるほどのものなんだ。それから、全編に横溢する生命の息吹き。登場人物のすべてが、生きてることの喜びを全身全霊で荒々しいばかりに謳歌してるんだよね。
★ この激しさは英米の映画にはないね。やっぱり英米人って国際的には冷めてるほうなんだな。でもイタリアならラテンの血ってことで納得できるけど、暗くて寒くて貧しいというイメージしかなかった東欧でも同じというのは意外だった。
◆ そういうところだからかえってそうなんじゃない。それから音楽。
★ これもいつも言うように、私は民俗音楽にはまったく興味がないんだけど、こういうふうに歌と踊りが完全に生活の一部になってる暮らしってあこがれちゃう。
◆ こっちはジプシー音楽だけどね。イタリア映画でもそこらのおじいさんが歌うとすばらしい声で。あとやっぱりめちゃくちゃおかしい。これも英米みたいなキザなコメディじゃなく、泥臭いドタバタの笑いだけど。
★ そういう楽しさではこの映画もまったく変わりませんでしたね。というか、『アンダーグラウンド』の楽しい部分だけ取り出したような映画。

◆ 今さらストーリーを紹介しても意味がないと思うから簡単にまとめるけど、お話は二組のカップルがすったもんだのあげく、相思相愛の人と結ばれる話。
★ 登場人物がみんな性格がかわいいんだよね。悪役もドジでかわいいし。若者たちもかわいいけど、やっぱり老人がたまらなくいいな。
◆ またここでも素人役者使ってるんでしょ?
★ うん、プロの俳優はほんの数人。あとはすべて現地調達の素人。
◆ Pasoliniも同じことやってたな。監督としてはすごく仕事がやりにくいはずだけど、それよりリアリティと「本物」ってことを重視した。ありえないお伽話だけど、見れば必ず幸せになる映画。
★ こういうのを見ると、自分の暮らしがいかにもつまらなく生気がないものに思えて、いいなあ、私もこういう国で暮らしたいなあと思うんだけど‥‥
◆ この人々は近代の歴史の中でも最悪の地獄を生きのびてきた人たちなんだよね。
★ やっぱり生きてることのすばらしさって、そういう経験がないと実感できないのかも。

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